異国の皇子
レオン王子が出席した社交界デビューの舞踏会もなんとか終わり、私は自室でのんびりと読書をしながら過ごしていた。
するとそこに来客の知らせを侍女から受け私は応接室に移動したのだ。
そして応接室に入るとそこにはビクトルが立ったまま私を待っていたのである。
「あら、ビクトル帰っていたんですね」
「はい。先程無事遠征訓練を終え帰国致しました」
「それはお疲れ様です。訓練は大変でしたか?」
「大変と言えば大変でしたが、充実した訓練をする事が出来たので部下共々満足しております」
「そうですか・・・だけど、先程帰られたばかりならお疲れでしょうしわざわざ私の所に顔を出されなくても良いですよ?どうぞ帰って休んでください」
「ありがとうございます。姫のお優しいお心遣いとても嬉しく思っています。しかしこの後、城で遠征訓練の事務処理をしなければいけないのでその前に姫にお会いしたく伺いました。姫、こちら遠征先で見付けました物ですが、刺繍が大変美しく姫にお似合いになると思い購入して参りましたのでどうぞお受け取りください」
「・・・・ありがとうございます」
ビクトルが懐から綺麗な包装紙に包まれた平らな物を私に手渡してきたので、私は頬をひくつかせながらそれを受け取り包装紙を開けて中を確認した。
「・・・・・き、綺麗なハンカチをありがとうございます」
「気に入って頂けましたでしょうか?」
「え、ええ、とても素敵ですね・・・ただビクトル前々から言っていますが、もうあの時のハンカチの事を気にされて何度もハンカチを贈って頂かなくても結構ですよ」
そうビクトルは2年前の例の決闘騒ぎで負った手の怪我に巻いてあげたハンカチのお返しと言って、事ある毎に私にハンカチを贈ってくれるのである。
さすがにたった一回の事だったのにそんなにハンカチばかり贈られて私としては正直困っているのだ。
確かにハンカチ自体は沢山あっても困る物では無いのだが、気にしすぎているビクトルの行動に私は何度も止めるよう言っているのである。
しかし一向に止めてくれないビクトルに私は呆れているのであった。
「いえ、あの時の姫の優しさに対してのお返しはまだまだこれぐらいでは足りませんので!」
「そ、そうですか・・・でも程々にお願いしますね」
私が苦笑いを浮かべながらお願いしたのだが、ビクトルはそれに対して真面目な顔のまま返事を返してくれなかったのである。
(あ、これはまた次もハンカチ贈られるな・・・)
そうビクトルの様子に内心確信したのだった。
「それよりも姫、私のいない間特にお変わりはありませんでしたでしょうか?」
「え、ええ・・・まあビクトルが居ない間にレオン王子の社交界デビューがあたぐらいですけど、それもいつもの通り・・・・・」
「おいセシリア!!お前、レオン王子まで落としたと言うのは本当なのか!?」
「セシリア様!大丈夫ですの!?レオン王子に言い寄られていたとお聞きしましたわ!!!」
突然応接室にシスランとレイティア様が血相を変えて駆け込んできたのである。
「なっ!シスランにレイティア様!?ちょ、落ち着いてください!!」
「セシリア、本当の事なのか!?」
「セシリア様!!」
「いや、本当に落ち着いてください!!そもそも私がレオン王子を落としたって・・・どうしてそう言う話になったのかさっぱり分からないのですが?そもそも今はまだゲームの本番じゃないんですし・・・」
「・・・げーむ?」
「あ、いえ何でもありません!それにレイティア様の言い寄られていたのも語弊です。確かに姉様と呼ばれて懐かれは致しましたけど・・・多分姉様と言う存在に憧れていたんだと思いますよ」
「「・・・・」」
私がそう言う説明したのだが何故か二人は納得のいっていない顔でお互いを見合った。
そしてコソコソと二人で話し出したのだ。
「シスラン、どう思われます?」
「絶対本人が気が付いていないだけだと思う」
「わたくしもそう思いますわ」
「・・・お二方、その話私にも聞かせて頂けませんか?」
「そうか、ビクトルは遠征訓練に行っていて知らないんだったな。まあ俺も今回の社交界デビューの舞踏会に参加してなかったから詳しくは分からないが・・・」
「わたくしも知り合いからの伝え聞きになりますけど・・・」
そうして三人は顔を突き合わせた格好でコソコソと話し出したのである。
(なんだなんだ!?一体どうしてあんな怪訝そうな表情で話し合っているんだろう?)
私は三人の様子を見ながら困惑しつつ一人蚊帳の外状態にされていたのだった。
するとそんな状態の応接室にさらに来客が増えたのである。
「やあセシリア!遊びに・・・何故私より先に貴方達がいるのですか?」
笑顔で入ってきたカイゼルがシスラン達の姿を見て途端に不機嫌そうな表情になったのだ。
「ああカイゼル王子いい所に来たな!ちょっと聞きたいんだが・・・」
「兄上!先に行かないで下さいよ!!」
シスランが何かカイゼルに聞こうとしたその時、突然そんな声が扉の外から聞こえそしてレオン王子が頬を膨らませながら慌てて応接室に入ってきたのである。
「え?レオン王子!?」
「・・・セシリアすみません。どうしてもレオンも一緒に行くと聞かなかったのです」
「セシリア姉様!会いたかったよ!!」
申し訳なさそうに言ってきたカイゼルと対照的に、レオン王子は私を見付けると嬉しそうに顔を綻ばせて両手を広げて私に駆け寄るとそのままの勢いで私に抱きついてきたのだ。
「「「「あっ!!」」」」
その瞬間、私とレオン王子以外の四人が同時にそんな声を上げたのである。
私はその皆の声に驚き、レオン王子に抱きつかれたまま四人の方を見ると何故かとても不機嫌そうな顔をしていたのだ。
(な、何でそんな顔してるの?)
その四人の様子に戸惑っていると、私に抱きついているレオン王子がニコニコと笑いながら私を見上げてきたのである。
「ねえねえセシリア姉様!僕と二人で遊ぼうよ!!」
「え?いえレオン王子、他の方々も来て頂いているのでそれはちょっと・・・」
「え~!僕はセシリア姉様と二人で遊びたいんだけど!!」
そう言ってレオン王子が頬を膨らませて不満気な顔を私に向けてくるので、私は困惑しながら助けを求めるように四人の方を見ると、何故かカイゼルが三人に詰め寄られるような感じで取り囲まれていたのだ。
「カイゼル王子、お前の弟だろ!なんとかしろよ!!」
「私だって色々動いてはいるのですがなかなか上手くいかないのです!」
「わたくしのセシリア様が困られているのですよ!やっぱりカイゼル王子にセシリア様はお任せ出来ませんわ!!」
「セシリアはレイティア嬢のモノでは無く私のモノです!!」
「「はぁ!?」」
「っ!シスランにレイティア嬢、そんなに怖い顔で詰め寄らないで下さい!!そしてビクトルは無言の圧力を私に掛けないで下さい!!」
「カイゼル王子・・・私が居ない間、姫の事をお頼みしておいたのですが・・・これは一体どう言う事ですか?」
「わ、私だってこれは予想外だったのです!!」
なんだかよく内容は聞こえないが珍しくカイゼルが狼狽えているのだけは私から見て分かったのである。
そしてその後カイゼルによってレオン王子は私から引き剥がされたのだが、何故かさらに人口が増えてしまったこの状況に私は心底うんざりしていたのであった。
そうして漸くなんとかこの場が落ち着くと、カイゼルが何か思い出したかのような表情で私に話し掛けてきたのである。
「ああそうそうセシリア、三日後に同盟国の皇子が遊びに来る事になりましたので、謁見にセシリアも出席してくださいね」
「え?私も謁見にですか?それに同盟国の皇子?」
「ええ、その皇子とは何年か前から手紙のやり取りをして仲良くさせて頂いているのですが、今回私の国を見てみたいと言う事で来られるそうです。まあ海を越えた国ですので来るのに三日程時間が掛かってしまうのですよ」
「・・・・・同盟国の皇子、海を越えた国・・・・・」
「セシリア?」
「カイゼル・・・その皇子のお名前は?」
「皇子の名前ですか?アルフェルド皇子ですよ。同盟国であるモルバラド帝国の皇太子です」
そのカイゼルの言葉に私はなりふり構わず頭を押さえて唸り声をあげたくなったのであった。
(もう最後の攻略対象者と会わないといけないのか!!!!!)
私はそう心の中で叫んでいたのである。
※『アルフェルド・ラ・モルバラド』
褐色の肌に腰まである長く美しい白髪を三つ編みで束ね、瞳は宝石のような赤色をした妖艶な美男子。ゲーム上は20歳。
砂漠の国の皇太子で常にアラブの服装であるカンドゥーラによく似た白い足元まである服を着ている。
さらに腰まである白く大きなスカーフを黒い紐で頭に留めている為、基本的に髪の毛はその中に隠れている。
性格は女好きで守備範囲が広く誰にでも声を掛けるほど。
その理由は自分用のハーレムに入れる女性を自分で探しているからである。
モルバラド帝国の建国者は元々盗賊だった事で、いまだに欲しい物は奪ってでも手に入れる考えが根付いていた。
そんな皇子がヒロインと出会い即口説こうとしたが全く相手にされなかったのだ。
すると皇子は今までに居なかったタイプのヒロインに興味を持ちだし、なんとか落とそうと頑張っているうちに逆にヒロインに落ちてしまったのである。
その後ヒロイン一人だけを愛していくとヒロインに認めてもらい漸く恋人同士になった。
しかし皇子の母国に一緒に帰る為、帰国用の船に乗っていたヒロインを隠れて乗船していたセシリアが襲い掛かりそのまま海に突き落とそうとしてきたので、皇子がそれを阻止して変わりにセシリアを海に突き落とし海に落ちたセシリアはサメに襲われて喰われてしまったのである。
私は自分の結末の一つを思い出し空笑いを浮かべるしかなかったのであった。
(前世で見たサメに人が喰われる映画みたいな状態になるんだろうな・・・)
そう思いながらも私はカイゼルと共に謁見の間に向かっていたのである。
「セシリア、どうかされましたか?なんだか浮かない顔をされてますが?」
「いえなんでも・・・それよりも、アルフェルド皇子はどう言った方なのですか?」
「ん~私も手紙だけでお会いした事が無いので何とも言えないのですが、手紙からはとても感じの良い方だと思いましたよ。ただやたらにこの国の女性の事を知りたがってはいましたが・・・」
私は不思議そうに言っていたそのカイゼルの言葉に、内心どうやらこの歳からすでに女好きである事を確信したのであった。
(・・・多分ゲームで描かれていなかった部分で、セシリアがアルフェルド皇子に口説かれていてそれを本気にしちゃったんだろうな~。だからカイゼルと言う婚約者がいても、アルフェルド皇子と仲良くなっていくヒロインを凄い形相で邪魔していたんだね・・・)
何故かアルフェルド皇子ルートに入った時のセシリアの立ち絵が、他のルートに比べて段々怖くなっていく事に今更ながら納得したのである。
そんな事を思い出していたらもう謁見の間についていたので、とりあえず今はこの謁見を目立たずアルフェルド皇子の目に止まらず静かにやり過ごす事に決めたのだ。
そして謁見の間に入り先に壇上の玉座と王妃の席に座っていた国王夫妻に挨拶をすると、その後ろに用意されていた私とカイゼルの席まで移動した。
すると何故か椅子が三脚並べて置かれそこの右端にすでに座っていたレオン王子に私は困惑したのである。
(あれ?私とカイゼルが並んで国王側に座って、レオン王子が国王夫妻を挟んで王妃側の方で一人座ると聞いていたんだけど?)
私はそう思っていると、レオン王子がニコニコと笑顔のまま椅子から降り私の下までやって来ると私の手を引いてきたのだ。
「僕、セシリア姉様の隣が良いから椅子移動してもらったんだ!」
「え?・・・カイゼルこれは良いのですか?」
「はぁ~本当は良くは無いのですけどね・・・ただもう時間が無さそうですし今回は仕方がありません。でもレオン、謁見中にセシリアに迷惑を掛けてはいけないですよ!」
「は~い!」
そうして私は何故か二人の王子に挟まれる形で椅子に座る羽目になったのである。
すると完全に私達が着席したのを見計らい、すぐにアルフェルド皇子が入場する事が謁見の間中に知らされたのだ。
私はドキドキと鳴り響く自分の心臓を聞きながらゆっくりと開く謁見の間の扉を見つめていると、そこから足元まである真っ白な服と大きなスカーフを頭に被っているアルフェルド皇子が、様々な献上品を持った沢山の家来を後ろに引き連れて入ってきたのである。
そして壇上の下までやって来ると、胸に手を当て頭を下げながら挨拶をしてきたのだ。
「私はアルフェルド・ラ・モルバラドです。お初に御目にかかれて光栄です」
そう言って顔を上げ妖艶に笑ったのであった。
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