団長と皇帝の手合わせ
騎士達の訓練場として整備された場所に、ビクトルとヴェルヘルムが入っていったのを見て私は慌てて呼び止めた。
「ちょっ、ちょっと待ってください!!お二方共一体何をなさるおつもりなのですか!?」
「勿論ヴェルヘルム皇帝陛下とお手合わせをさせて頂くのですよ」
「そうだ。だからセシリアよ少しそこで待っていてくれ。すぐに終わらせる」
「それは私の台詞です」
「ふっ、それはどうだろうな」
そう言って二人は鋭い眼光で見合ったのだ。
「いやいや、そんな勝手に手合わせなどしても良いのですか!?さすがに隣国のそれも皇帝陛下相手に手合わせなど・・・国際問題になりかねませんよ!?」
「いや、それは問題無い。そもそもこれは決闘では無く手合わせだからな。それに俺自らも望んだ事だ。何かあっても俺が全責任を負うつもりだから安心しろ。・・・そうだろう?ノエル」
ヴェルヘルムが肩で留めてあったマントを外し後ろに放り投げると、そのマントを受け取りにっこりと微笑んでいるノエルがそこに立っていたのである。
「はい。その通りです。それに私も見届け人となりますのでどうぞご安心ください」
「ええ!?ノエル一体いつの間にそこにいたのですか!?」
「ふふ、いつからでしょうね」
私は驚きながらノエルに問い掛けたのだが、ノエルは含み笑いを溢すと話をはぐらかされてしまったのだ。
(相変わらずノエルは掴み所の無い人だ・・・)
そんな事を思っているうちにビクトルとヴェルヘルムは、テオとダグラスにそれぞれ練習用の刃の潰れた剣を受け取ってしまっていた。
そんな二人を見てどうやらもう止める事は出来ないようだと諦めたのである。
「・・・お二方共、怪我だけはなさらないようにしてくださいね!」
「はっ!出来得る限りは努力致します」
「まあ、なるべく覚えておく」
絶対しないとは約束しない二人を見て私は小さくため息を吐きながら、二人の邪魔にならない位置に移動したのだ。
そうして二人は向かい合うように立ちお互い剣を構えた。
するとその二人の間にテオが立ちビクトルとヴェルヘルムに視線を送ったのだ。
「双方正々堂々とお願い致します。では、始め!!」
テオがそう声高々に宣言し挙げていた右手を振り下ろすとすぐにその場を離れた。
それと同時にビクトルとヴェルヘルムが間合いを詰めるように駆け出したのである。
次の瞬間金属同士がぶつかり合う音が辺りに響き渡ったのだ。
そして激しい鍔迫り合いをしながらお互い顔を見合せ鋭い視線を交わすと、同時に後ろに飛び退き間合いを離した。
「ふっ、やはり簡単にはいかないようだな」
「それは私も同意見です」
二人はそう言ってニヤリと笑い合ったのである。
(・・・何かあの一瞬だけでお互いの実力を分かり合ったような顔になってる)
さすがに私は剣術など習った事も無いし力のぶつかり合いなんて事も勿論した事無いので、あのようにお互いの力を認め合う気持ちが分からなかったのだった。
そう戸惑いながら二人を見ていると、今度はビクトルが腰を低くしながら一気にヴェルヘルムに向かって駆け出したのだ。
そしてヴェルヘルムの懐に素早く入り込むと脇に持っていた剣を打ち付けようとしたのである。
しかしすぐにヴェルヘルムはその動きに反応しビクトルの剣を自分の剣で受け止め、さらに流すようにビクトルの剣先を別の方向に向けながら素早い動きでビクトルの後ろに回り込んだのだ。
するとヴェルヘルムは剣をひらりと翻し剣を振り上げると、そのままビクトルの背中に向かって剣を振り下ろした。
だがビクトルもすぐさまその動きに反応し、後ろを振り向かず剣を頭上で横に持ちヴェルヘルムの剣を受け止めたのである。
そんな二人の姿を見て応援していた騎士達から歓声が上がったのだった。
「ビクトル騎士団長、お前なかなかやるな」
「ヴェルヘルム皇帝陛下、貴方こそ・・・」
そう言葉を交わすとビクトルはヴェルヘルムの剣を弾き返し、素早く前転しながらヴェルヘルムから距離を取って離れたのだ。
そして二人は再び剣を構えながら向かい合い斬り込むタイミングを見計らっていたのだった。
私はそんな二人の様子にハラハラする気持ち半分と、戦う男達の姿を見て思わず格好いいと思っている気持ち半分で二人の戦いに釘付けになっていたのである。
(す、凄い!!!こんな間近でこんなのが見れるなんて来て良かった!!!)
ゲームでも見る事が無かったリアルな男同士の戦いの場面を目の前にして私は興奮しまくっていたのだ。
そうして二人は激しく剣を打ち合い隙あらば相手に一撃を喰らわそうと仕掛けていくが、お互いの実力が拮抗していて全く決定打にならない。
そんな状態が暫く続きさすがにお互い額に汗をかきだしてきたその時二人は同時に仕掛けたのである。
今までで一番早い剣さばきでお互い剣を打ち合いだしたのだが、さすがにその素早い動きに私の目が追い付けなくなってしまっていた。
私に分かるのは物凄い早さで剣がぶつかり合っている音だけであったのだ。
さすがにそんな二人の様子に心配の気持ちが膨らみ、怪我をしてしまうのではないかと不安になってきたのである。
するとその時、この場にいなかったはずの人物の声が訓練所に響き渡ったのだ。
「そこまでです!!」
私はその声に驚き声がした方に振り向くと、そこにはカイゼルが険しい表情でこちらに近付いてきていたのだった。
そしてよく見るとそのカイゼルを追い掛けるようにアンジェリカ姫も遅れてこちらに早足で向かっていたのである。
そこで私はハッとしすぐにビクトル達の方に振り向くと、そこには片膝をついているビクトルの喉に剣先を向けているヴェルヘルムがいたのだ。
私はその様子を見てどうやら今回はヴェルヘルムが勝ったようだと思ったのだが、よくよく見るとビクトルも剣先をヴェルヘルムのお腹の手前で止めていたのだった。
そのまま微動だにしない二人の下に、呆れた表情のカイゼルが近付いていったのである。
「貴方がたは一体何をなされているのですか?城の中にまでここの騒ぎ声が聞こえてきたのですよ?」
カイゼルのその呆れた声にビクトルとヴェルヘルムはお互い剣を納めビクトルは立ち上がって崩れた衣服を正し、ヴェルヘルムも練習用の剣をダグラスに手渡すと衣服を正した。
そしてそんなヴェルヘルムにノエルが近付き黙って持っていたマントをヴェルヘルムの肩に付けたのである。
「カイゼル王子、お騒がせして申し訳ありません。少しヴェルヘルム皇帝陛下とお手合わせをさせて頂いておりました」
「ヴェルヘルム皇帝陛下とお手合わせ?決闘ではなくてですか?」
「ああそうだ。この国の騎士団長であるビクトル騎士団長の実力が知りたくてな。少し手合わせをしていただけだ。それはこの場にいる者が全員証人だ」
ヴェルヘルムはそう言って私を含めて回りを見回すと、全員が同意するように頷いたのだ。
「そう、ですか・・・そう言われるのでしたらそう言う事に致しましょう。まあ私としてはセシリアに害が無いのであれば問題ありませんので」
カイゼルはチラリと私の方を見てにっこりと微笑んできたのである。
そんなカイゼルを見て私は苦笑いを浮かべた。
(まあとりあえず誰も怪我をしていないし結果も引き分けみたいな状態だったから、どっちかが悔しい思いになる事も無かっただろうしそれはそれで幸いかな。それにカイゼルの登場でなんとか終わってくれたみたいだしね)
私はそう心の中でホッと胸を撫で下ろしていたのだ。
しかしその時、甲高い声で怒鳴りだす声が響いてきたのである。
「まあ!!お兄様!!このような所で何をなされていたのですか!!」
「アンジェリカか。べつに大した事はしていない。少しこの男の実力を知る為に手合わせをしていただけだ」
ヴェルヘルムはチラリとビクトルを見て話した。
するとアンジェリカ姫は信じられないと言った表情でヴェルヘルムを見たのである。
「お兄様がお手合わせをされたのですか!?信じられませんわ!!今までお兄様自らそんな事された事ありませんでしたわよ!?そんな事はいつも別の者にやらせていたではありませんか?それがどうして今回だけ・・・」
アンジェリカ姫はそう言いながら視線を動かしそして私を見付けて目くじらを立てたのだ。
「もしかして貴女のせいですの!?」
「え!?いえ違・・・・・違わない?いや違う、のでしょうか?」
「そんなのわたくしが分かるわけありませんわ!!一体何を貴女は言ってますの!?やはり貴女が原因なのですわね!!!」
結局どうしてビクトルとヴェルヘルムが手合わせを始めてしまったのかよく分かっていなかったのだが、話の流れからして私が原因のような気もしてきたので曖昧な態度になってしまったら、そんな私を見てさらにアンジェリカ姫が激怒してしまった。
「貴女はお兄様に悪影響を与えてばかりいますわ!!」
「そ、そうなのでしょうか?」
「そうですわ!そうでなければお兄様がわたくしよりも貴女を優先させるはずありませんもの!!」
アンジェリカ姫のその言葉を聞いて私はどう言えばいいのか困ってしまったのである。
(出来れば私もアンジェリカ姫の方を優先させて欲しいんですけどね。そうすればヴェルヘルムの相手もしなくて良いし、そもそも婚約なんてしなくて済んだのに・・・どうしてこうなってしまったんだろう?)
そう思いながらヴェルヘルムに初めて挨拶した時の事を思い出したが、その時は確実にアンジェリカ姫の方が優先度が高かったと思ったのだ。
しかしどういうわけかその後ヴェルヘルムとお話したぐらいで何故か婚約者となってしまったのである。
(う~ん、考えても考えても何故こうなってしまったか分からないな・・・)
私は一人考え事をして唸っていた。
「ちょっと!わたくしの話を聞いていますの!!」
「アンジェリカ・・・いい加減にしないか。そもそも俺の意思で始めた事だ。お前がとやかく言う権利はない」
「お、お兄様!?」
「アンジェリカ姫、落ち着いてください。そんなに怒ってしまっては貴女のお美しいお顔が台無しですよ?」
カイゼルはアンジェリカ姫に近付きあの似非スマイルを浮かべながらにっこりと微笑んでみせたのだ。
するとアンジェリカ姫はそんなカイゼルを見て顔を赤らめ惚けた表情になったのである。
しかしすぐに顔を横に背けツンとした表情になるが、その頬はまだ赤かった。
「カ、カイゼル王子がそう言われるのでしたら今回はこれぐらいにしてさしあげますわ」
「ありがとうございます」
まだ顔を背けているアンジェリカ姫にお礼を言いながらカイゼルは私の方に顔を向けると、今度は似非スマイルではない微笑みを私に向けてきたのだ。
そのまるで愛しそうな人に向ける微笑みを見て私は逆に固まってしまったのである。
(うわぁ~相変わらずの腹黒王子っぷりで正直怖いんですけど・・・)
しかし私はすぐにハッとしアンジェリカ姫の兄であるヴェルヘルムの方を見た。
すると案の定とても不機嫌そうな顔でカイゼルを見ていたのだ。
「ヴェ、ヴェルヘルム・・・」
「・・・大丈夫だ。確かにあの方法が一番アンジェリカを落ち着かせる事が出来るからな」
そう言いながらもヴェルヘルムの不機嫌な顔は直らなかったのである。
「さあさあカイゼル王子!そろそろわたくし達はお城に戻りましょう!」
「え?いや、もう少しここにいても・・・」
すっかり機嫌が良くなったアンジェリカ姫は、カイゼルの腕に自分の腕を絡ませお城の方に向かって歩こうとした。
そしてカイゼルはそんなアンジェリカ姫に腕を引かれながら名残惜しそうな顔で私を見てきたのである。
そんなカイゼルを私は心の中で応援しながら手を振って見送ったのだ。
「・・・お前も罪な女だな」
「え?そうですか?」
「姫・・・さすがに今のは私もカイゼル王子に同情致します」
「そ、そうなのですか?・・・分かりました。後でカイゼルの部屋に伺って謝ってきますね」
「・・・いや、そこまでしなくて良い」
「そうです!姫のそのお気持ちだけで十分ですから!!ですから絶対カイゼル王子のお部屋に伺おうとは思わないでください。特にお一人では!!」
「それは俺もビクトル騎士団長の意見に賛同だ」
さっきまであんなに戦っていた二人が何故か今度は息ぴったりな様子で私に捲し立ててきたのである。
そんな二人の様子に私はただただ戸惑いながらも無言で何度も頷く事しか出来なかったのであった。
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