盗賊団のお頭

 馬車ごと盗賊に連れ去られてしまった私は、深い森の奥で馬車を止められそこで頭からスッポリと全身に麻袋を被せられると、そのまま盗賊の男に担がれてその場から連れていかれてしまったのだ。


 その為完全に視界を塞がれてしまった私は、どこをどう移動したのか分からないうちに盗賊の隠れ家らしき場所に連れ込まれてしまったのである。


 漸く麻袋から出された私は、不安定な状態で担がれていた事で少し気分を悪くしながらも回りを見回した。




(・・・ここは、地下の食料庫のようね。棚に沢山の食料が並んでいるけどまったく窓が無いし空気も少しひんやりしているから・・・)




 そう思いながらふらふらする頭を押さえていたのだ。




「おい、ここで大人しくしていろよ!」




 私を連れ去った盗賊の男はそう言い残し部屋の扉を閉めて出ていってしまった。


 そうして部屋の中に一人残された私は、小さな明かりが一つあるだけの薄暗い部屋の中を足音を立てないようにゆっくりと閉められた扉に近付き取っ手を回してみたのである。




「・・・はぁ~やっぱり鍵が掛かっているよね」




 私はそうため息と共に呟き扉から離れ座れそうな木箱に腰を下ろすと頬杖をついて考え出した。




(さて、どうしたものか・・・そもそもどうして盗賊イベントが起こったんだろう?普通に考えればセシリアである私が裏で動いて初めて起こるイベントなのに何故か起こってしまった・・・もしかしてゲーム補正?ん~まあそれならなんとなくだけど納得出来るかも。だけど・・・それなら何で私は拐われてしまったんだろう?完全に盗賊イベントとは関係無いはずなのに・・・)




 そう考えながら盗賊達の襲撃事件を思い出していたのだ。




(・・・ニーナが盗賊に拐われそうになった時にカイゼルが助け出していたし、ビクトルやアルフェルド皇子さらにはシスランまで戦ってニーナにその勇姿を印象付けれたはずだからこれで盗賊イベントは終わりなはずなんだよね・・・やっぱりこれは完全にイベント外の身代金目的の誘拐だよな・・・)




 私は困った表情でガックリと肩を落としどうしたものかと頭を抱えたのである。


 その時扉の向こうから大きな怒鳴り声が聞こえてきたのだ。




「馬鹿野郎!!」


「す、すみません・・・」




 そんな二人の男の声が聞こえてきたので、私は再び扉に近付きその扉に耳を押し当てて聞き耳を立てた。




「あの人数差でどうして負けるんだ!ちっ、情けねえ」


「だ、だけどお頭・・・あの王子達思っていた以上に強かったんですぜ!それに・・・一人あり得ないほど強い騎士もいたし」


「あり得ないほど強い?・・・そいつは長身に黒髪と黒い目の男か?」


「へい、そうです」


「あ~そうか、騎士団長のビクトルまでいたのか・・・そりゃ確かに厳しいな」


「分かってくれますか!」


「・・・だが、それでもニーナちゃんを連れて来れなかった事を許したわけじゃ無いからな!」


「うっ・・・すみません」




 どうやら私を拐った男がお頭と呼ばれる男に怒られているようなのだが、その話している内容に私は眉を顰めたのである。




(やっぱり狙いはニーナだったって事か・・・だけどニーナを拐って一体どうするつもりだったんだろう?私のように身代金目的?だったらニーナにこだわる必要無いよね?あの場には王族だっていたんだから・・・)




 そう思いながら首を捻っているとさらに男達の会話が続いたのだ。




「しかしお頭・・・本当にあの巫女を嫁にするつもりなんですか?」


「そうだ!何か悪いか?」


「いや、悪いわけじゃ無いんですが・・・一応神託で選ばれた巫女ですしバチが当たりそうで・・・」


「ふん、そんなの俺様は全く怖くなんてない。それよりもニーナちゃんが俺様の嫁になる事の方が重要だ。あの王都で行われたお披露目パレードで見掛けたニーナちゃんの可憐で愛らしい姿と、剣を持った兵士にも臆せず少女を身を呈して守ったあの優しさに俺様は一目惚れしたんだ。絶対ニーナちゃんを俺様の嫁にしてみせる!」




 そんな意気込みが聞こえてきて私は呆れてしまった。




(ニーナを嫁にするって・・・まああのお披露目パレードの時のニーナの可憐な巫女姿に一目惚れしたと言う気持ちは分からなくもないけど・・・ちょっとやり方が強引過ぎだよ!)




 私は心の中でそうツッコんでいると会話が私の話題に変わったのである。




「あの~お頭・・・巫女を連れて来れなかった代わりに王太子の婚約者を拐ってきたんですが・・・」


「王太子の婚約者を?」


「へい。王太子の婚約者なら王太子から身代金ガッポリ手に入るかと思ったんで」


「・・・それは厳しいかもな」


「へっ?どうしてですかい?」


「考えてみろ。すでに妃になってるならまあ分かるが、まだ婚約者だろう?それだったら身代金なんて払わずさっさと婚約解消して他の女と婚約すれば良いだけだからな。表向きは最善を尽くしたが無理だったとか言うんだろう。どうせ王族なんて皆そんなもんさ」




 そのお頭の言葉が私の胸を突いたのだ。




(うっ!確かにその可能性は否定できない!!もしかしたらこの機会にカイゼルは私と婚約を解消してニーナと婚約するかも・・・うう、そうなったら私はどうなるの!?身代金を払われなかった人質の末路は・・・)




 私はそう考えぞっとしたのである。




「だけどお頭、あの王太子の婚約者って確か・・・この国の宰相の娘だったはずじゃ?」


「ん?ああそう言えばそうだったな・・・それなら価値があるか」


「それにお頭~あの拐った娘、結構な美少女でしたぜ」


「・・・・・今どこにいるんだったか?」


「この下にある地下食料庫に閉じ込めてありますぜ」


「そうか・・・まあ一度顔を見ておくかな」




 するとすぐに扉の先の上の方が開く音が聞こえ続いて梯子を降りてくる音が聞こえてきたのだ。


 私はその音を聞き慌てて扉から離れ部屋の奥の床に座り込み怯えた表情を浮かべたのである。




(まだ逃げれる算段は無いし・・・今は大人しく弱々しい令嬢の振りをして油断させておかないと。そうすればもしかしたら逃げれる隙が出来るかもしれないし!だって・・・助けに来てもらえるか分からないこの状況、自分でなんとかしないと!!)




 そう秘かに決意し扉が開くのをじっと見つめていたのだった。


 そうしてカチャリと鍵が開く音が聞こえるとゆっくりと扉が開きそこから二人の男が部屋に入ってきたのだ。


 男の一人は私を連れ去った男で、もう一人は太めの黒いバンダナを額の上に巻いて赤い髪を逆立て緑の瞳をした狐目の30代前半ぐらいの男だったのである。


 その赤髪の男は鋭い眼差しを私に向けながら部屋の中を進み、床に座り込んでいる私の前まで近付くとその場でしゃがみこんでじっくりと私の顔を見てきた。




「へぇ~確かにこれは上玉じゃねえか。もしこいつの親が金を出さなくても高く売れ・・・・・ん?こいつの顔何処かで見た事あるような・・・」




 そう言って男は自分の顎に手を当てて考え込んだのだ。


 私はそんな男を怯えた振りをしながらじっと見つめていると、男はあっと言う声を上げ目を見開いて驚きの表情になったのである。




「お、お前は!!あのお披露目パレードでニーナちゃんの隣に座っていやがった優男じゃねえか!!!」


「・・・へっ?」


「お前!何で女の格好なんかしてやがる!気持ちが悪いんだよ!!ふん、どうせこの胸も偽物だろう!」


「なっ!!!」




 男は怒鳴りながらいきなり私の胸を鷲掴みにしてきたのだ。




「ん?なんだこれは?いやに本物っぽい・・・それに凄くさわり心地がいいな。どこで作ったんだこれ?」




 そう感心しながら真剣な表情でさらに私の胸を揉んできたのである。


 私はそんな男の行動に俯きながら体を戦慄かせ、そしてキッと顔を上げて男を睨み付けると握り拳を作り大きく手を振りかぶった。




「私は女だ!!!!!!」




 そう私は叫びながら男の左頬に向かって渾身の一撃をぶつけたのである。




「ぐぉ!!!」


「お、お頭!!」




 お頭と呼ばれた男は私の渾身の一撃を受けそのまま後ろに転げて倒れると、そこにもう一人の男が慌てて駆け寄りそのお頭を抱き起こしたのだ。


 私はと言うと自分の胸を左腕で押さえながら右腕を殴った状態のまま伸ばし、肩で荒い息を上げながら倒れているお頭を睨み付けていたのである。


 正直右手の拳は殴った事でじんじんと痛みが走っているがそんな事今はどうでもよかった。




(も、揉まれた!!前世でも誰にも揉まれた事無かったのに!!!)




 前世と合わせても全く男性経験の無かった私は、生まれて初めて男性に胸を揉まれた事に酷くショックを受けていたのだ。


 そうして私は涙目になりながら暫くその場を動けないでいると、すっかり赤くなった左頬を押さえながらお頭がゆっくり立ち上がったのである。




「っ・・・女が拳で殴るか?普通は平手だろうが?しかし・・・確かによく見れば女だな。何であの時男の格好を・・・まあ今はそんな事どうでもいい」




 そう言いながらお頭は私に再び近付き今度は立ったままじっと黙って見下ろしてきた。


 私はそんなお頭の様子に警戒しながらもう胸を触られないように両腕で自分の胸を隠したのである。


 そしてもう怯えた振りをする気などさらさら無くなった私は、その見下ろしてくるお頭にキッと鋭い眼差しを向けたのだ。




「何?何か文句ある?・・・殴った事を怒っているなら私絶対謝らないからね!」


「・・・良い」


「はっ?」


「くっ、惚れたぜ!!よし!お前を俺様の嫁にしてやる!」


「・・・・・はぁ!?一体何言ってるの!?そもそもニーナを嫁にするって言ってたじゃん!!」




 あまりの予想外の言葉に私はいつもの敬語で話す事を忘れたまま驚きの表情で叫んでしまった。




「聞いてたのか。まあ確かに可憐なニーナちゃんを嫁にすれば毎日が癒されるだろうが・・・やはり盗賊団の頭の嫁にはこれぐらい気の強い女の方が向いているだろう。しかし・・・まさか貴族の女にこれほど良い女がいるとは思わなかったな」


「・・・あんた本気?」


「ああ本気だ。そう言えばまだ俺様の名前を言っていなかったな。俺様はこのロンジャー盗賊団を率いているラビだ。お前の名前は?」


「・・・・」


「お頭、確かその女セシリアって呼ばれてましたぜ」


「ふ~んセシリアか・・・良い名前じゃねえか」


「あ、そう言えば姫とも呼ばれてたみたいですぜ」


「姫・・・良いね~俺様も姫さんと呼ぶことにするわ」




 私が名乗らず黙っていると、呆れた表情のもう一人の男が代わりに教えてしまったのだ。さらにビクトルだけに呼ばれていた『姫』呼びで呼ばれる事が決まってしまったのだった。




「お頭・・・本気でその女を嫁にするんですかい?正直貴族の女って色々我儘言いそうで面倒そうだと思うんですけどね」


「ふん、俺様はそんな我儘も聞いてやれる器量の良い男だぞ!」


「・・・はぁ、まあお頭がそれで良いなら良いんですがね。じゃあ巫女の方はもう良いんですか?」


「ああ、俺様は昔かっら嫁は一人と決めているからな。だから姫さん、安心して俺様の嫁になれるぞ」


「いえいえ!ならないから!!」




 ラビが私を見ながら自慢げに笑ってきたので、私は勢いよく首を横に振り必死に否定したのだ。


 しかしそんな私を無視してラビは子分の男と今後の事を話し始めたのである。




「とりあえず仮の隠れ家であるここに長居は危険だな」


「へい、一応他の奴等もなんとか逃げ延びて戻って来ましたが・・・ここが見付かる可能性はありますしね」


「なら、準備が整い次第すぐ出発するぞ!今すぐ他の奴にそう伝えてこい!」


「分かりやした!」




 ラビの指示を聞き子分の男は急いで部屋から出ていった。


 そうして部屋にはラビと私の二人っきりになってしまったのである。




「姫さん、すぐ用意するから少しだけこの狭い所で待っててくれや。次行く場所は姫さん用に住みやすい部屋にしてやるからよ」


「いや、全く望んでいないから!」


「じゃあ少しの間だけ待っててくれよ。俺様の大事な嫁さん」




 私が立ち上り抗議の声を上げると同時にラビは私をぎゅっと抱きしめ頬にキスをしてきたのだ。




「なっ!?」




 そのキスをされた部分を押さえ驚いているうちにラビは私から離れさっさと部屋から出ていってしまったのである。




「ちょっ・・・・・こら!!私の話を聞け!!!!!」




 私はしっかりと鍵を掛けられてしまった扉を叩きながらそんな叫び声をあげていたのだった。

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