中庭イベント

 シスランの私室から慌てて去ってから数日が経ち、あの時のシスランの様子が何だかおかしかった事をいまだに不思議に思いながらも、今度はもうあの二人の邪魔をしないように気を付けようと思ったのだった。


 そうして今日は中庭を散策しようと一人で中庭を歩いていたのだが、またタイミングの悪い事にその中庭にはすでに先客がいたのである。


 それもその先客と言うのは・・・ニーナとアルフェルド皇子の二人であったのだ。


 そしてその二人は楽しそうに話ながら中庭を並んで歩いていた。




(ぎゃぁ!何で私はこんなタイミングで出くわすのよ!!)




 そう自分のタイミングの悪さを嘆きながらも、とりあえずまだ気が付かれていないうちにこの場を去ろうとくるりと踵を返したのである。


 しかしそんな私に向かって呼び掛ける声が聞こえてきたのだ。




「そこにいるのはセシリアでは?」


「え?・・・まあセシリア様!」




 さすがにそんな二人の声を無視するわけにもいかず、私は苦笑いを浮かべながらゆっくり二人の方に向き直ったのである。




「こ、こんにちは・・・」




 私はそう挨拶をしながら二人に向かって軽く手を振ったのだ。すると二人は笑顔で一緒に私の下までやって来た。




「セシリアは一人なのかい?」


「ええ、ちょっと中庭を散歩しに・・・」


「それなら丁度良い!今私達も中庭を散歩していた所だし、セシリアも一緒に歩かないか?」


「え?」


「それは良いですね!是非セシリア様もご一緒致しましょう!」


「いえ、さすがに二人の邪魔をするほど野暮な事は・・・」


「邪魔なんてとんでもない!!」


「そうですよ!むしろ大歓迎です!!」




 さすがに二人の邪魔をしたくなかった私はなんとか断ろうとしたのだが、結局二人の強い押しに押されて一緒に中庭を散歩する事になってしまったのだ。


 しかし────




(・・・何故この構図?)




 そう私は心の中で戸惑いながら一緒に横を歩いている二人をちらりと見た。


 私としてはせめてちょっとでも二人の仲を邪魔しないように一歩下がって後ろから付いていくつもりでいたのに、何故か二人は私を挟むように両側に立って並んで歩いてしまったのだ。


 さらに私は隙を見てそっと歩く速度を緩めて後ろに下がろうとしたのだが、その度に二人も歩調を私に合わせて下がってしまうのである。


 結局このよく分からない構図のまま私は中庭を歩かされる事になった。


 そうして暫く三人で中庭を散策していると、目の前に綺麗な彫刻が施された噴水が現れたのである。




(・・・あれ?なんかこの噴水どこかで見たような・・・)




 そう思いながら何気に横にいるアルフェルド皇子の顔を見てハッと気が付いた。




(ああ!!ここアルフェルド皇子とニーナの噴水イベントだ!!)




 このイベントはニーナがアルフェルド皇子に誘われて中庭を散歩している時に、偶然見付けた噴水で休憩する事になったのだがその時ニーナが足を滑らせ噴水の中に落ちてしまうのだ。


 それをアルフェルド皇子が慌てて助け起こすのだが、そのアルフェルド皇子もバランスを崩して一緒に噴水の中に落ちてしまい結局二人ともずぶ濡れになってしまう。


 そうしてお互いずぶ濡れの姿を見合って二人して笑ってしまうシーンなのだ。




(そうそう!その時アルフェルド皇子が頭のスカーフを取ったんだけど、その剥き出しになった白い髪から水が滴り落ちるスチルが妖艶で凄く綺麗だったんだよね!!)




 その画像を思い出し無意識にニヤニヤしながら意識を飛ばしていた私にアルフェルド皇子が困惑した顔で話し掛けてきた。




「セシリア、どうかしたのか?」


「え?・・・い、いえ!なんでもありません!!」


「そうか?何だか変・・・いや見慣れない顔をしていたから」


「正直に変な顔と言ってくださって結構ですよ・・・」


「セシリアにそんな事言うわけないだろう?それよりも、もしかして疲れてしまったのか?」


「え?いえ私はべつに・・・」




 アルフェルド皇子の心配そうな顔に私は困った表情を向けていると、隣からニーナがこちらも心配そうな顔で私の方を覗き込んできたのだ。




「セシリア様、無理はしないでくださいね。なんでしたらそこの噴水で少し休憩しましょう」


「ああそれは良いね」


「では私は先に行って座る所が汚れていないか見てきます!」


「それなら私がやるよ」


「いえ、私が・・・」




 そう二人は言い合いながら噴水に向かって行ってしまった。




(お!これはいよいよイベントシーンが始まるのでは!!)




 私はそう思いながらワクワクした気持ちで二人の様子をじっと見つめていたのである。


 するとニーナが噴水に近付いたその時、草に足を取られ噴水に向かって体が傾いだのだ。




「きゃぁ!」


「危ない!!」




 悲鳴を上げるニーナに向かってアルフェルド皇子が叫ぶと、今にも噴水の中に落ちそうになったニーナの腰をアルフェルド皇子が引き寄せ、そのままの勢いで二人は地面に座り込んだのである。




(・・・あれ?なんか違う感じになったんだけど?)




 そう目の前の光景を見ながら困惑していると、後ろからアルフェルド皇子に抱きしめられる体勢になったニーナが、その顔を赤らめて恥ずかしそうにしながらアルフェルド皇子にお礼を言っていた。




「アルフェルド皇子、ありがとうございます」


「いえ、貴女が無事で良かった」




 そう言ってニーナに優しく頬笑むアルフェルド皇子を見て私はこう思ったのだ。




(これはこれで有り!!!)




 私はそんな二人の雰囲気に一人心の中で身悶えながらも、とりあえず心配そうな顔で二人の下に近付いて行ったのである。


 しかしそんな二人の姿をじっと見つめて続けていた事で、足元にあった小さな石に気が付かなかったのだ。




「二人共大丈夫です・・・きゃぁ!」




 私はその石に足を躓かせ小さく悲鳴を上げると同時によろめくと、そのままの流れで噴水の中に頭から倒れ込んでしまった。




「セシリア!!」


「セシリア様!!」




 そんな二人の叫び声を水の中で聞きながら私は慌てて水面から顔を上げたのだ。




「び、びっくりした!!」


「セシリア大丈夫か!?」


「セシリア様お怪我は!?」




 噴水の中に座り込む状態になった私を覗き込むように二人が青い顔で詰め寄ってきたのである。


 私はそんな二人に向かって苦笑いを浮かべながら、この状況にとても恥ずかしくなっていたのであった。




「だ、大丈夫ですよ。ちょっとびっくりしましたけどどこもぶつけてはいませんし、怪我もしていませんから」


「ですが全身濡れてしまわれて・・・」


「これぐらい平気・・・くしゅん!」


「セシリア様!!」




 心配そうな顔をしているニーナに向かって大丈夫だとアピールしようとしたのだが、その時急に体に寒気が走りくしゃみが出てしまったのだ。


 すると大きな衣擦れの音と同時に水の跳ねる音がすぐ近くで聞こえたのである。


 そして次の瞬間、私の体に大きな白い布が巻かれさらにふわりと抱き上げられてしまった。




「え?え?」


「セシリアじっとしてて!」


「っ!ア、アルフェルド皇子!?」




 突然の事に動揺していた私の顔にアルフェルド皇子の端正な顔が近付き、そして真剣な表情で私を諌めてきたのである。


 しかしそのアルフェルド皇子の頭にはいつも被っている腰まであった大きなスカーフが無くなっていて、その白く美しい髪が露になっていたのだ。


 そこで私はその頭のスカーフが今私の体に巻かれている布である事に気が付き、さらにそのアルフェルド皇子に横抱きで抱えられている事に漸く気が付いたのである。




「ア、アルフェルド皇子!お、下ろしてください!」


「駄目だ!!」




 アルフェルド皇子はそう強い声で言うとすぐに噴水から出て心配そうに私達を見つめているニーナを見た。




「ニーナすまないが、先にセシリアの部屋に行って侍女達に湯殿の準備をお願いしてきてくれないか?」


「あ、はい!分かりました!!」




 ニーナはアルフェルド皇子の言葉に真剣な表情で頷きすぐに城内に向かって駆け出していってしまったのだ。


 そしてアルフェルド皇子は私を抱えたまま足早に城内に向かって歩き始めたのである。




「アルフェルド皇子、これぐらい大丈夫ですよ!それに私自分で歩けますから!!」


「・・・・」


「アルフェルド皇子!」


「・・・貴女にもしもの事があれば私は生きていけない」


「え?」


「それほどセシリアは私にとって大事な人なんだ!だからこれぐらいとか言って油断しないで欲しい・・・」




 そう言ってアルフェルド皇子は私を見つめながら辛そうな表情をしたのだ。




「うっ・・・ごめんなさい。確かに友達に何かあったら私も辛いですしね。心配してくださってありがとうございます」


「・・・友達、か・・・」


「?」




 何故かアルフェルド皇子は私の言葉を聞いて複雑そうな顔で笑ったのであった。


 そうしてそんなアルフェルド皇子の様子を不思議に思っているうちに、私はアルフェルド皇子に抱えられたまま部屋まで到着してしまったのである。


 そのまますぐに部屋に入ると、あらかじめニーナが説明してくれていたお陰であっという間に侍女達に湯殿まで連れていかれ温かいお風呂に入れられてしまったのだ。


 そして芯からポッカポカに温まった私はそのままリビングで一息つこうと思ったのだが、それを侍女達に止められ抵抗する間もなく寝間着に着替えさせられるとベッドに押し込められてしまったのである。




「いえ、私もう大丈夫ですので・・・」


「いいえ!あんなに全身ずぶ濡れになられていたのですよ?もしかしたら風邪でも引かれているかもしれませんのでどうぞこのまま安静にしていてください!」




 私は困った表情で侍女達に大丈夫だと訴えたがその願いをバッサリと侍女頭のダリアに弾かれ、さらに他の侍女達も同意するように何度も頷かれてしまった。


 その侍女達の様子に私は諦めたように小さくため息を吐くと、今日は大人しく寝ている事にしてベッドに深く潜り込んだ。


 するとその時、控え目に扉がノックされそこからアルフェルド皇子が入室の許可を伺ってきたので、私はダリアに頷き入室の許可を出した。


 そしてすぐにダリアから薄手のガウンを羽織らせてもらい、さらにベッドから上半身を起こした状態でアルフェルド皇子を迎え入れたのである。


 そうして私の準備が整った所で新しいスカーフを頭に被り直したアルフェルド皇子が部屋に入ってきたのだが、その後ろから心配そうな顔のニーナも一緒について入ってきたのだ。




「セシリア、体調はどうだ?」


「ええ、アルフェルド皇子のお陰でなんともありませんよ。ありがとうございます」


「そうか、それなら良かった」


「・・・セシリア様本当に大丈夫ですか?頭痛いとかありませんか?」


「ニーナも心配かけてごめんなさいね。でも全く痛くないから大丈夫ですよ」


「そうなんですね。本当に良かったです・・・」




 私の言葉にニーナはホッとした顔をすると、手に持っていた籠を私に見せてきた。




「一応生姜を使ったお菓子を作ってきましたので、食べれましたら後で食べてください」


「まあ!ニーナありがとうございます!!」


「実は私も体調が悪くなった時に飲む薬湯を持ってきたのだが・・・」




 そう言ってアルフェルド皇子が侍女に目配せをすると、その侍女が液体の入ったコップをお盆に乗せて私の下まで運んできたのだ。


 私はお礼を言ってそのコップを受け取り中身を見て固まったのである。




(・・・うぉぉぉ!凄い色だ!!これ前世で一度だけ親に強制的に飲まされた青汁よりも数倍濃い色してるよ!!それに匂いも・・・ヤバそうだ)




 そうなみなみと注がれているコップを両手で持ちながらじっと見つめ、ダラダラと背中に冷や汗をかいていたのだ。




「・・・セシリア、無理に飲まなくてもいいからな」


「い、いえ!!せっかく用意して頂いたものですし・・・飲みます!!!」




 私はそう力強く言うと目を瞑り一気にその中身を飲み干したのである。




「うっ・・・」


「セシリア!それはそんなに一気に飲むものでは・・・」


「うぅ・・・ニ、ニーナ!」


「は、はい!!」


「そのお菓子一個ください!!」


「え?あ、はいどうぞ!!!」




 涙目になりながらニーナに手を差し出すと、ニーナは慌てて籠からマドレーヌを取り出し手渡してくれたのだ。


 私はそれを受け取ると急いで口に含みもぐもぐと食べたのである。




(ああ~ほのかな甘みと生姜のスッキリとした香りでなんとか中和されていく~!!!)




 そうしてマドレーヌを食べきりホッと息を吐いた私は、目元の涙を拭いながら二人に笑顔を向けた。




「二人共、本当にありがとうございます」




 私はそう二人に向かってお礼を言ったのだが、ニーナはまだ心配そうな顔をして私を見ていたのである。


 そしてアルフェルド皇子の方はと言うと・・・。




「ふっ・・・あははははは!」


「え?アルフェルド皇子!?」




 突然アルフェルド皇子はお腹を抱えて笑い出したのだ。


 その突然の事に私を始めこの部屋にいる者達全員が驚いた表情で笑い続けているアルフェルド皇子を呆然と見つめていた。


 しかしアルフェルド皇子のその自然な笑い顔に私は自然と目を奪われていたのである。




(うわぁ~!いつもの妖艶な笑顔もよく似合っていたけど・・・こっちの笑顔も凄く良いね!!)




 そう私は思ったのだがよく見ると他の皆も同じように感じているのか、笑い続けているアルフェルド皇子を惚けた表情で見ていたのであった。


 そうして漸くアルフェルド皇子の笑いが治まると、目に溜まった涙を指で拭きながら私を妖艶な微笑みで見つめてきたのである。




「やはり、セシリアは最高だね」


「へ?何でですか?」


「あんな一気にあの薬湯を飲む女性を初めて見たよ。大概の女性は少しだけ飲んであとは残すからね」


「そんな事しませんよ!せっかく用意してくださったのですから!!」


「だから貴女は素敵なんだよ」




 そう言ってアルフェルド皇子はさらに笑みを深くしたのである。


 すると回りからため息混じりの吐息が漏れ聞こえてきたのだ。


 私はその音にキョロキョロと回りを見回すと、皆顔を赤らめてうっとりした表情でアルフェルド皇子を見つめていた。


 それもあのニーナでさえ顔が赤くなり落ち着かない様子であったのだ。




(おお!!もしかして・・・これが切っ掛けで二人の仲が進展するんじゃない!?)




 ニーナの様子を見て私は密かにそんな期待を持ったのであった。

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