婚約者

 私はすぐに婚約の話を断ろうとしたのだが、カイゼル王子はにこにこと似非スマイルを浮かべるだけで全く聞いてくれなかったのだ。


 結局国王からの直接のお話なので、国王かカイゼル王子から婚約を破棄してもらわないと婚約解消が出来ない事を悟ったのである。




(・・・あ~もしかしてこれがゲーム補正ってやつなのかな?だけど、どうもカイゼル王子から国王に頼んだみたいなんだよな~。でもどうしてそんな事・・・あ、そうか!多分あの令嬢集団への対策でとりあえず筆頭貴族の私を婚約者に選んで寄せ付けないようにしたいんだね。まあでもあれは・・・私でも嫌になるわ~)




 そう思いながら昨日行われた舞踏会でのカイゼル王子に群がる令嬢達の様子を思い出し苦笑いを浮かべた。


 まあそう言う事なら暫くの間は仕方がないと諦める事にしたのだが、それでもこれだけは絶対言っておかなければと思い真剣な表情でカイゼル王子に詰め寄ったのだ。




「カイゼル王子!もし将来好きな方が現れたら私の事はお気になさらず婚約解消して頂いて結構ですからね!!」


「いえ、そんな事は絶対あり得ないですから」


「絶対無いとは限りませんよ!!それから、私はカイゼル王子とそのお相手の恋の邪魔は決して決してしませんので!!その方と幸せになって下さい!!」


「いやですから・・・」


「カイゼル王子!お願いします!好きな方が現れたら婚約を解消して下さいね!!」


「・・・・」




 私は必死な形相で頼むと、カイゼル王子は困った表情で黙ってしまった。


 しかし私の将来に待ち受けているかもしれない死亡フラグを回避するにもヒロインの幸せを守るにしても、これは絶対譲れない条件なのでどうしてもカイゼル王子には約束をして貰わないと駄目なのである。


 私はどうしても譲れない気持ちを込めてじっとカイゼル王子の顔を見つめた。


 するとカイゼル王子はそんな私の様子に小さくため息を吐き、苦笑しながら頷いてくれたのである。




「分かりました。まあまずそんな事は無いですが、それを約束しましたら私との婚約を認めて下さりますか?」


「・・・・・・はい」


「そうですか。では約束致します」




 そう言ってにっこり似非スマイルで微笑んできたカイゼル王子に、私も同じように似非スマイルで微笑みながら心の中でガッツポーズをしたのだ。




(よし!言質取ったぞ!!!)




 言葉の約束だから必ず大丈夫だとは言い切れないが、それでもカイゼル王子の性格上自分で言った約束は守ってくれるだろうし、それに一応回りにはお父様やお兄様それに遅れてやって来たお母様もこの約束を聞いていたのだから言ってなかったと言い逃れ出来ないであろうとひとまず安心したのである。




「・・・カイゼル王子、すぐに他に好きな人作って下さい」


「ロベルト・・・仕方がない子だ。さてカイゼル王子、私はまだ城で仕事が残っていますのでこれで戻らせて頂きますが、カイゼル王子はどう致しますか?」


「私はもう暫くここでセシリアとお話をしてから戻ります」




(いや、私は話す事無いのでお父様と一緒に帰って欲しいんだけど・・・)




「そうですか、でしたら時間も時間ですし我が家で御昼食を食べていって下さい。レイラそのように準備お願いするよ」


「はい、分かりましたわ」


「ではカイゼル王子、城に戻られる際は家の者にお知らせ下さい。すぐに迎えを来させますので」


「ええ分かりました」


「さあロベルト何をしている、お前も城に戻るんだよ」


「え?いや父上私もここに残・・・」


「駄目に決まっているだろう。お前も城で仕事が残っているのだから」


「しかし父上!」


「ロベルト」


「くっ!・・・セシリア、絶対カイゼル王子と二人っきりになっては駄目だよ!まだお前達は子供なんだから!!」




(いや、お兄様も子供ですから。・・・まあお兄様が心配しているような事は精神年齢が大人の私には分かるけど、でもまだ私達7歳と6歳ですよ?そう言う意味で危ない事なんて絶対無いから!それにカイゼル王子が私に対してそんな気持ちになるわけ無いよ。だってゲーム上では全くセシリアの事好きでは無かったんだからさ)




 私はゲーム上でカイゼル王子が仕方がなくセシリアと婚約しているが好きではないとキッパリ言ってたのを思い出していたのだ。


 だからまさかカイゼル王子から婚約してくるとは思わなかったのだが、令嬢集団対策であると考えれば納得がいったのである。


 そうしてまだブツブツ言っていたお兄様をお父様が無理やり連れお城に出掛けていった。


 それを苦笑を浮かべながら見送ると、私はお母様の言い付けで昼食が出来るまでカイゼル王子に我が家を案内する事になったのである。


 私は侍女と共に応接間、書庫、お父様の執務室など無難な部屋をカイゼル王子に案内して回った。


 それをカイゼル王子はにこにこと楽しそうに聞きながら私の横にピッタリと付いて歩いていたのだ。




(なんか近いんですけど・・・)




 その距離感に戸惑いながらもまあ特に支障はないのでそのままほっといて案内を続けたのである。




「・・・一通り案内終わりましたけど、まだ食事の用意が出来ていないみたいですのでどう致しましょう?」


「それでは・・・私はセシリアの部屋が見てみたいです」


「え?」


「・・・駄目でしょうか?」


「いえ駄目、と言う事も無いのですが・・・」


「では行きましょう」




 カイゼル王子はそう言うと私の手を握り侍女に案内をさせて私の部屋に向かってしまった。


 そうして私の部屋まで到着すると、カイゼル王子は物珍しそうに私の部屋を見回したのだ。




「女の子の部屋に入ったのは初めてなのですが、とても可愛らしいお部屋ですね」


「・・・ほとんどお母様の趣味なのです」




 私の部屋はザ・お姫様の部屋みたいにピンクや白で統一され、フリルやリボンがふんだんに使われた飾りがカーテンやソファに施されているのである。


 さらにふわふわの可愛らしい動物のぬいぐるみが多く置かれていた。それらはお父様やお兄様からの贈り物である。


 正直前世では一般的な普通の部屋に住んでいた身としてはこの部屋はいまだに慣れないのであった。




(絶対大きくなったら模様替えしよう!)




 私がカイゼル王子を部屋に案内するのを渋ったのはこの部屋をあまり見られたくなかったからである。




「凄い部屋で驚かれましたよね。あまり男の方に見せられるお部屋ではないので・・・」


「そんな事ありませんよ。セシリアによくお似合いの素敵なお部屋だと思います。ただ気になるのは・・・このお部屋には誰か男性が入られた事はありますか?」


「一応お父様とお兄様と・・・あと家の者がたまに用事で入る事はありますけどそれがどうかされましたか?」


「そうですか・・・ではそれ以外では私が貴女の初めての男性と言う事ですね」




 そう言ってにっこりと微笑んできたので、私は頬を引き攣らせながら何も言えなかった。




(なんか言い方が・・・)




 カイゼル王子のなんだか含みのある言い方が引っ掛かったが、私は本能的に敢えて気が付かなかった振りをする事にしたのだ。




「あ!そう言えば、家の者以外でしたらデミトリア先生もこの部屋に入られてました」


「・・・デミトリア先生?もしかして王宮学術研究省の所長をされている、デミトリア・ライゼントですか?」


「ええそうです」


「そう言えばデミトリアがどこかの令嬢の家庭教師をしていると聞いた事があったのですが・・・貴女でしたか」


「多分そうだと思います」


「実は私もデミトリアに勉強を教えてもらっているんです」


「そうなんですか!デミトリア先生は優しいですし教え方が上手ですので授業楽しいですよね!」


「え、ええそうですね・・・」




 私の言葉に何故かカイゼル王子は歯切れの悪い反応を返してきたのである。




「私には優しさなど・・・」


「え?」


「いえ、なんでもありませんよ」




 一瞬カイゼル王子が険しい顔でボソッと呟いたので一体どうしたのかと聞き返すと、すぐにカイゼル王子はいつもの笑顔に戻ってなんでもないと言ってきたのだ。


 私はそれを不思議に思っていると、侍女が昼食の用意が出来たと呼びに来たのである。


 そうして私とカイゼル王子は食堂に移動しすぐに料理が用意された。


 ちなみにこの食堂で食事をしているのは私とカイゼル王子だけである。


 お母様はなにかよく分からない気を回して「ここは若い二人だけでね。ふふふ」と含み笑いを溢しながら自室で昼食を取りに行ってしまったのだ。


 私はその時のお母様の様子に呆れながらも今はカイゼル王子が来た事でいつも以上に豪勢になった昼食を堪能する事にした。




「ここの料理人はとても腕が良いのですね。どれも素晴らしいお味です」


「気に入って頂けて嬉しいです」


「特にこの鶏肉のグリルが絶品ですね」


「私それが一番大好物なんです!」




 お気に入りの料理を褒めてもらえたので、私は嬉しくなってにこにこと笑顔になったのだ。


 するとそんな私を見てカイゼル王子はふわりと微笑んだのである。




「やはりセシリアは、食べている時が一番幸せそうな笑顔になりますね」


「・・・美味しいものを食べて幸せな気分になるのは普通だと思いますよ?」


「そうですね・・・まあ貴女と一緒に食事をするようになってからその事が理解出来るようになりましたよ」




 そう言ってカイゼル王子は似非スマイルを浮かべたのだった。


 その笑顔に私は小首を傾げていると、そこに料理長が私達の下にやって来たのだ。




「カイゼル王子様、お食事はお口に合いましたでしょうか?」


「ええどれも美味しかったですよ」


「ありがとうございます。・・・セシリアお嬢様はいつもお出しした料理は必ず完食して頂けるので作る方もとても作り甲斐があるのですが、カイゼル王子様にも気に入って頂けて大変嬉しく思っております。これからもセシリアお嬢様をよろしくお願い致します」




 料理長はそう言って笑顔をカイゼル王子に向けると一礼して調理場に戻っていった。




「・・・セシリア、貴女はこの屋敷の皆からとても愛されているのですね」


「ま、まあ・・・ちょっと愛され過ぎな所はありますが」


「それでも嫌われているよりかはよっぽど良いですよ。しかし・・・このような環境で育ったのならもっと我儘に育ちそうなものですのに、貴女は全くそんな様子はありませんよね」


「え、ええ・・・我儘に育ちたくありませんでしたので」


「そうですか、それは良いことだと思いますよ。あ、そうでした、まだお話をしていませんでしたね。私達の婚約発表会は一週間後に王宮で行いますので準備の方だけお願いします」


「・・・・・え?婚約発表会?」


「はい。何か問題でも?」


「・・・わざわざやられなくても良いのではないですか?下手に大々的に発表致しますと、後々婚約解消する時にお互い色々都合が悪くなると思いますよ?」


「まず婚約解消する事は無いのでそのような心配は無用ですよ。それに・・・セシリアを私の婚約者だと大々的に皆に知らせる方が都合が良いですので・・・」




 私はそのカイゼル王子の言葉に、確かにあの令嬢集団に堂々と私が婚約者になったと言うのを見せ付けるのには婚約発表会と言うのは都合がいいのだと理解したのだ。




「・・・分かりました」


「ありがとうセシリア。今から婚約発表会が楽しみです」




 全く私は楽しみではないのだが、仕方がないと小さくため息を吐き再び料理に集中した。


 そうしてデザートまでしっかりと平らげ食後のお茶を飲んでいると、カイゼル王子が食堂から見える庭が素敵だと褒めてくれたので、食後の運動がてら私はカイゼル王子と庭を散歩する事になったのだ。




「とても素敵な庭ですね。手入れもしっかりと行き届いていますし」


「それを庭師のお爺さんに聞かせたらきっと喜びます!」




 私は一生懸命毎日庭を手入れしてくれている庭師のお爺さんを思い出し、その庭を褒めてくれた事を自分の事のように喜んだのである。


 そんな嬉しい気分のまま綺麗に植えられている薔薇の垣根の間を歩いていると、ふとカイゼル王子が何かに気が付き一緒に付いてきている侍女に頼み事をしたのだ。




「すみません、先程の食堂で私のハンカチを忘れてきてしまったようなので持ってきてもらえませんか?あれはお気に入りのハンカチですので・・・」


「畏まりました。すぐに行って参りますのでお二方はこちらで少々お待ち下さい」




 そうして侍女が急いで屋敷の中に戻って行くのを見送っていると、突然カイゼル王子が私の手を握ってきたのである。




「え?」


「漸く二人っきりになれましたね」




 そう嬉しそうににっこり頬笑むカイゼル王子を見て、もしかしてわざとハンカチを忘れてきたのではと思ってしまったのだ。




(この腹黒王子ならやりかねない・・・でも私と二人っきりになって何か得になる事なんてあるのかな?あ、そう言えばお兄様にカイゼル王子と二人っきりになるなと言われていたんだ・・・でもべつになにかあるとは思えないし、まあいっか)




 するとそんな事を思っていた時、突然突風が吹いて辺りの薔薇の花びらが飛び散ったのである。


 私はそれに驚きながらも強風でなびく髪の毛を必死に押さえた。


 しかしそこでカイゼル王子が何故かボーと私を見つめている事に気が付いたのだ。




「カイゼル王子?」


「綺麗だ・・・」


「え?ああ確かに舞ってる花びらが幻想的で綺麗ですよね」




 私はそう言って風は止んだが突風で浮き上がった花びらがゆっくりと舞い降りてくる様子を眺めたのである。




「・・・セシリア、少し目を瞑って頂けませんか?」


「目を?どうしてですか?」


「・・・目の上に今の風で飛んできたゴミが付いてしまってますので」


「そうなんですか!」


「ああ触らないで下さい。目に入ってしまっては大変ですから」


「あ、はい。ではお願い致します」


「・・・じっとしてて下さいね。私が良いと言うまで目を開けては駄目ですよ」


「分かりました」




 そうして私はカイゼル王子の言う通り目を瞑り大人しく待ったのだ。


 しかしいくら待ってもカイゼル王子はなかなかその付いてしまったゴミを取ろうとしてくれないのである。




「・・・カイゼル王子まだでしょうか?」


「・・・もう少しだけ待って下さい。慎重に取りたいですので」


「分かりました」




 私はもう一度返事を返したが、何故か先程よりもカイゼル王子の声が近いような気がしたしなんだか吐息が顔に掛かっているような気もしていたのだ。


 するとその時、突然後ろから強い力で引っ張られ誰かに抱きしめられた。


 その突然の出来事に驚き私は思わず目を開けると、何故かカイゼル王子が顔を突き出した状態で固まっている姿が目に入ったのだ。


 しかしカイゼル王子の目は私の後ろを睨み付けている。


 一体なにが起こったのか分からないまま私は恐る恐る後ろを首だけで振り返った。




「お兄様!?」




 私を後ろからしっかり抱きしめているのは、城に行ったはずのお兄様であったのだ。


 しかしお兄様は私を抱きしめたまま険しい眼差しでじっとカイゼル王子を睨み付けていた。




「ロベルト、またいいところを邪魔して・・・だけどどうして貴方がここにいるんですか?」


「デミトリアさんが勉強の時間になってもなかなかカイゼル王子が戻られないと笑っていない目で笑われていたので、私が代わりに迎えに来たのです」


「っ!!」


「・・・だけど、急いで帰ってきて本当に良かった。もし少しでも遅かったら私の大切な妹の唇が・・・」




 私の頭の上でお兄様がなにかブツブツ言っていたが内容はよく聞き取れなかったのである。




「さあカイゼル王子、私と一緒にお城に戻りましょう」


「しかし・・・」


「デミトリアさんがお待ちです」


「う・・・分かりました」




 お兄様の言葉に渋々頷いたカイゼル王子は、私を離してくれたお兄様と一緒に玄関に向かって歩き出したのだ。




(・・・何でデミトリア先生の名前にあんな反応するんだろう?ん~まあ良いか。とりあえず漸く帰ってもらえるみたいだし、これで婚約発表会までは暫く会わなくて済むだろうし!!)




 そうホッとしていると歩いていたカイゼル王子が立ち止まり、くるりとこちらに振り返っていい笑顔で言ってきたのである。




「セシリアまた遊びに来ますね!」




(いや、来なくていいから!!!)




 私はそう心の中でツッコんだのであった。


 しかしそのカイゼル王子の言葉の通り、次の日からすぐにカイゼル王子は我が家に遊びに来たのだ。


 そして私はそんなカイゼル王子をうんざりした気持ちで迎えたのである。




















 暫くカイゼル王子が我が家に遊びに来る日が続いたが、今日は公務があり遊びに来る事が出来ないと前日に聞かされていたので、私はとても気楽な気分でいた。


 さらに今日はデミトリア先生の授業の日でもあったので、私はウキウキとしながら自室でデミトリア先生が来るのを待っていたのだ。


 するとノックの後にデミトリア先生が扉を開けて入ってきたので、私は笑顔でデミトリア先生を出迎えそしてその表情が固まったのである。




「セシリア様、お待たせして申し訳ございません。少し家を出る時にごたつきまして・・・実は私の息子がどうしてもセシリア様にお会いしたいと言われてしまい仕方がなく連れてきてしまいました。さあシスラン、セシリア様にご挨拶をしなさい」




 そう言ってデミトリア先生は横に立っていた男の子の背中を押して前に一歩進ませたのだ。




「・・・シスラン・ライゼントだ」




 そう仏頂面で名乗った男の子の名前を聞いて私は思わず絶叫しそうになったのである。

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