カイゼル・ロン・ベイゼルム

 私はカイゼル・ロン・ベイゼルム。ベイゼルム王国の国王夫妻の間に生まれすでにその時点で第一王子としての地位が定められていた。


 そして私が物心つく頃には私の第一王子であり王太子でもある地位にすり寄ってくる大人ばかりに囲まれていたのである。


 そんな環境で育った私は笑顔で本心を隠しその大人達と上手く付き合っていく方法を早い内に覚えた。


 さらにそんな大人達を逆に利用出来る時は利用する事も覚えたのである。


 そうして6歳で社交界デビューを果たした時、そんな大人達に加えその子供達も同じように私の顔や地位にすり寄ってくる事に正直うんざりしたのだった。


 もうその時点で私はうわべだけの言葉と下心のある態度に私に近付いてくる者は誰も信用しなくなったのだ。


 そして次の年、今年も新しく社交界デビューを果たす子息令嬢の為の舞踏会が王宮で執り行われ、私も王子と言う立場上参加しないわけにもいかず父上と母上と一緒に広間に向かった。


 父上達と広間に入り参加者に向かって挨拶を終えると、すぐに去年と変わらない状態が起こったのである。


 私に挨拶をしようと子息令嬢達が私の前に長い列を作って下心を含んだ目で並んだのだ。


 その様子を見て私は笑顔を顔に張り付かせながら心の中で呆れていたのである。




(やはり今年もか・・・多分家族の者に私と必ず仲良くなるように言われて来たのだろう)




 そう思いながらも私は次々に挨拶をしてくる子息令嬢の名を聞きながら頭に入っている各貴族の家族構成を思い出していた。




(ふむ、この令嬢の父上は確か大臣をしていたな。一応仲良くしておけば後々なにかの役に立つだろう)




 私はそう考え令嬢の容姿を笑顔で褒めてあげたのだ。


 するとその令嬢は頬を染め嬉しそうな顔で私の事を潤んだ瞳で見つめてくる。


 しかしそんな令嬢を見ても私は何の感情も沸かず、ただただ家の話や自分をアピールする話を笑顔で聞き流していた。


 そして子息達の話も同じように聞き流しながら内心早く舞踏会が終わらないかと思っていたのである。


 そうして漸く挨拶の列が途切れてきたので、誰にも気が付かれないようにホッと息を吐くとそんな私の下にまだ挨拶をしていなかった子息令嬢が近付いてきたのだ。




「カイゼル王子」


「ん?ああやあロベルト貴方も来ていたんですね」




 私の前にやって来たのは、この国の宰相で筆頭貴族であるラインハルト公爵の子息であった。




(・・・ロベルトがこのような舞踏会に来るのは珍しいな。父親と一緒に城に来た時は時々話をしていたが、強制的な参加でない限りほとんど夜会や舞踏会に顔を出さない男だったはず)




 そう疑問に思っているとすぐにその答えを知ることとなったのだ。


 どうやらロベルトは今年社交界デビューをする妹に付き添って来たらしい。




(そう言えば・・・ラインハルト公やロベルトから公爵令嬢の自慢話を散々聞かされていたな)




 その事を思い出し漸くロベルトの隣にいる令嬢に視線を向けた。


 その令嬢は確かに二人の話に聞いてた通り他の令嬢とは群を抜いて可憐で美しい容姿をしていたのだ。


 だがセシリアと名乗ったこの令嬢も所詮は見た目が良いだけで他の令嬢と同じだろうと思っていた。




(宰相の娘であるこの令嬢は何かと利用価値は高そうだ。ならば機嫌を取っておいた方がなにかと都合が良いだろう)




 そう思い私は他の令嬢にしたように笑顔を向けながら容姿を褒めてあげたのだ。


 しかしセシリア嬢は何故か私が思っていたのと違う反応を返してきたのである。


 確かにお礼の言葉を返してくれたのだが、その表情は他の令嬢のように頬を染めて嬉しそうに喜んでおらず、むしろ私と同じような笑顔を向けてきたのだ。


 私はその予想外の反応に一瞬動揺したがすぐに気を取り直し、次に始まるであろうセシリア嬢のアピールを聞く体勢に入ったのである。


 だが再び私の予想とは違う行動をセシリア嬢は示してきた。


 何故かもう一度私に会釈をしてきたかと思ったら───。




「では挨拶も終わりましたので私はこれで失礼致します」




 そう言って踵を返しそのまま私の下を去って行ったのである。


 私とロベルトはそのセシリア嬢の突然の行動に驚きの声を上げ、思わず名前を呼んで引き止めようとした。


 しかしセシリア嬢はそんな私の声にも振り返る事はせずそのまますたすたと歩いて行ってしまったのだ。


 そんなセシリア嬢を呆然と見つめていると、ロベルトが申し訳なさそうに辞する言葉を言ってそのセシリア嬢を追い掛けて行ってしまった。


 私はそんな二人を戸惑いの表情で見ていると、さっき挨拶を済ませた令嬢達が私を取り囲むように集まってきたのである。


 どうやら公爵令嬢のセシリア嬢が私に興味を示さなかった事で自分達にチャンスがあると思ったようなのだ。




(これだから私の地位に寄ってくる者達は・・・だがあのセシリア嬢はこの令嬢達とはどうも違うようだ)




 そう思い令嬢達に囲まれながら去って行ったセシリア嬢に目を向けると、追い付いたロベルトと話していたセシリア嬢がまるで花が開いたような笑みを浮かべたのである。




(っ!!)




 その笑みを見た瞬間何故か私の胸が大きく跳ねたのだ。


 私はその自分でも分からない胸の鼓動に戸惑いながら胸を押さえセシリア嬢をじっと見つめた。




(・・・どうしてだろう、あの笑みをもっと近くで見てみたい。それも私に向けた笑みを)




 その自分でも分からない欲求に駆られながらダンスが行われている中央に向かったセシリア嬢達を追うように私も中央に足を向けたのだ。


 しかし私が移動すると一緒に私を取り囲んでいた令嬢達も移動するので正直心の中でげんなりしていたのである。


 そうして中央に到着すると一緒にダンスをして欲しいと懇願してきた令嬢の一人ととりあえずダンスを踊り、踊っているセシリア嬢の近くに踊りながら少しずつ近付いていったのだ。




(・・・この曲が終わりロベルトとのダンスが終わったら次は私と踊って頂こう)




 そう目論みながらなんとか二人の側まで近付くと丁度曲も終わり、私は一緒に踊っていた令嬢に一礼をすると素早くセシリア嬢に向かって手を伸ばし踊りに誘おうとした。


 しかしそんな私の思惑に反して目の前でロベルトがセシリア嬢の手を取りこの後もずっと一緒に踊る約束を取り付けてしまったのだ。


 そうして目の前で再び踊り出した二人を手を伸ばした状態のまま呆然と見つめていると、ロベルトが私をチラリと見て口角を上げニヤリと笑ったのである。


 私はそんなロベルトを見て思わず悔しげに唇を噛んでしまったのだ。


 その後結局セシリア嬢は本当にロベルトとだけ踊り続けそしてダンスの輪からロベルトと共に抜け出していった。


 その姿を次々と迫ってくる令嬢を相手にしながら見送ったのだ。




(セシリア嬢に近付くにはまずこの令嬢達が邪魔だな)




 そう思い私は丁度曲が終わったのを見計らって令嬢達ににっこりと作り笑顔を向けたのである。


 するとそんな私の笑顔を見て令嬢達は頬を染めてうっとりと私を見つめてきたのだ。




(やはり私の笑顔を見た令嬢の反応はこれが普通のようだ。だがセシリア嬢は・・・)




 そう先程のセシリア嬢の反応を思い出しながら、私は令嬢達に笑顔のまま言葉を発した。




「皆さん申し訳ないのですが・・・少し公爵令嬢のセシリア嬢とお話してきたいので私を一人にさせて頂けませんか?」




 私の言葉に令嬢達は驚きの表情になり動揺しだしたが、相手が公爵令嬢なので何も言うことが出来ず結局令嬢達は渋々頷いてくれたのだ。


 そんな令嬢達にもう一度笑顔を向けてお礼を言うとすぐにセシリア嬢達が向かった先に私も向かった。


 すると丁度その時、セシリア嬢と一緒にいたロベルトの下に一人の子息が近付き何かロベルトに話すとそのままセシリア嬢を残して二人でその場を離れて行ってしまったのだ。




(どうやらこれはセシリア嬢に近付くチャンスのようだ)




 そう思って足早にセシリア嬢に近付いていると、どうやら私と同じ事を考えていた他の子息達もセシリア嬢に近付こうとしていたのである。




(・・・誰がお前達をセシリア嬢に近付けさせるか!)




 何故か心の奥から沸き上がってくるドス黒い気持ちを感じながら私はさらに足早に歩き、その子息達に私がセシリア嬢に近付いている姿を見せ付けたのだ。


 するとさすがに王子である私が相手では分が悪いと感じた子息達は諦めたように離れていったのである。


 私はその子息達を満足気に見送ってから再びセシリア嬢に視線を向けると、セシリア嬢が何かを頬張りながら幸せそうな顔で微笑んでいたのだ。




(っ!!な、なんだあの笑顔は!!!)




 そのあまりにもの破壊力がある微笑みに私の心臓はうるさいほど早鐘を打ち始めたのである。


 私はこのよく分からない動悸に戸惑いながらもセシリア嬢に近付いていくと、キョロキョロと辺りを見ていたセシリア嬢が何かを考え込む仕草を取ったのだ。


 そして私がセシリア嬢の後ろまで漸く到着した時、セシリア嬢が何かを思いながらボソリと呟いた。




「せめてタッパでもあれば・・・」


「たっぱ?」




 セシリア嬢が呟いた聞き慣れない言葉に思わず私は反応して聞き返してしまったのだ。


 すると私が後ろにいる事に気が付いていなかったセシリア嬢は驚きの声を上げ、慌てて振り向くとさらに私を見て驚愕の表情で固まってしまった。




(・・・可愛い)




 そう思わず思うと自然と顔が緩みセシリア嬢を見つめながら微笑んでしまっていたのである。


 するとセシリア嬢はそんな私の表情を見て不思議そうに首を傾げていたのであった。


 そうしてセシリア嬢から『たっぱ』と言う言葉の説明を聞き終えると何故私がここに居るのか問い掛けてきたので、私は素直にセシリア嬢と話がしたかったからだと答えたのだがその私の言葉にセシリア嬢は再び驚愕の表情で固まってしまったのだ。




(やはりセシリア嬢は他の令嬢と違いコロコロと表情が変わって見ていて飽きないな)




 そう思いながら楽しくなって再び自然と笑顔になったのである。


 そして私はセシリア嬢が食事をしていた事に気が付きこれは丁度いいと一緒に食事をすると言う口実を作り、ロベルトとの約束があるからと断ってきたセシリア嬢をなんとか言いくるめて座る事が出来る場所までセシリア嬢を促した。


 そうしてあらかじめ頼んでおいた料理を席まで運ばせると、漸く観念したセシリア嬢が料理を食べ始めたのである。


 するとみるみるうちにセシリア嬢の頬が緩み幸せそうな顔で料理を噛み締めたのだ。




(・・・漸くこの顔を近くで見れた)




 そう満足そうにセシリア嬢の顔を嬉しい気分で見つめていると、セシリア嬢が不思議そうな顔で私の事を見てきたのである。


 どうやら私が料理を食べようとしない事に疑問を持ったようなので、正直にセシリア嬢の美味しそうに食べる顔を見れただけで満足したからと伝えると、セシリア嬢はそれではこの用意した料理が食べきれないと訴えてきたのだ。


 そんな事を気にする貴族など珍しいと思いながらも、べつに食べれなかったら残して良いと伝えてあげた。


 すると突然セシリア嬢は不機嫌そうな表情に変わり、さらにこの舞踏会用に作られた料理の事を訴えてきたのである。


 そのセシリア嬢の言葉に私はハッとし、すぐに考え込むと近くを通り掛かった給仕の者を呼んだ。


 そしてその者からこれらの料理が残った場合どうなるかを聞いた私は、貴族であり令嬢であるセシリア嬢が気が付いた事に私が気が付かなかった事に心から恥じたのである。


 そんな私をセシリア嬢は励ましそしてこれから気を付ければ良い事だと諭してくれたのだ。


 私はそんなセシリア嬢の言葉に心が軽くなり、そして今出来る事である目の前の料理を食べ始めた。


 その時チラリと料理が置かれていた机を伺い見ると、そこにはセシリア嬢の美味しそうに食べている姿に影響を受けたのか大勢の子息令嬢達が楽しそうに料理を食べていたのである。




(セシリア嬢、貴女の影響力は凄いね)




 そうして暫く料理を食べ進めすっかり料理が無くなるとセシリア嬢は席を立ちこの場を立ち去ろうとしたのだ。


 しかしその前に私があらかじめ頼んであった追加の料理が運ばれ、セシリア嬢は唖然とした表情でその置かれた料理を見つめていた。




「追加で頼んでおきました。さあセシリア嬢、残されるのはお嫌いなのですよね?一緒に頑張って食べましょう」




 そう私がにっこりといつもの笑顔を浮かべてセシリア嬢に微笑むと、セシリア嬢は悔しそうに私を睨み付けながらも渋々席に座り直し再び料理を食べ始めたのだ。




(ふっ、行かせないよ)




 私はそう心の中でほくそ笑みながら楽しいセシリア嬢との食事を楽しんでいたのである。


 そうして次の料理もしっかりと平らげるとセシリア嬢は料理人達に感謝の言葉を伝えて欲しいと頼まれた。


 それは勿論了承し私も一緒に料理人達に感謝の言葉を伝えようと思ったのである。


 するとその時セシリア嬢の口元にソースが付いている事に気が付いた。


 私はその様子に可愛いと思いながらもそのソースを取ってあげるべく椅子から立ち上がり身を乗り出すと、セシリア嬢の口元に向かって手を伸ばしたのだ。


 しかし私の手がセシリア嬢の口元に届く寸前でその手を別の人物に邪魔された。


 私はその人物に視線を向けるとセシリア嬢の兄上であるロベルトが私の手を掴んでいたのである。


 そしてセシリア嬢に言いながら私に向かって言ったように聞こえた『変な男』と言う言葉に、私はムッとしながらもロベルトから自分の手を振り解いた。


 その時ロベルトは今まで王子に対していた表情から一変して無表情で私を冷たく見てきたのだ。




(・・・どうやらロベルトにとって私は大事な妹に近付く敵と認識されたようだ)




 そう確信し私もロベルトをじっと見つめ返すと、ロベルトは私から視線を外しあろうことかセシリア嬢と共に帰ろうとしたのである。


 私はさすがに慌てて引き止めまだこれからセシリア嬢とダンスを楽しもうと考えていた事を伝えると、セシリア嬢からキッパリと断りの言葉を言われたのだ。


 まさかこんなにキッパリと断られると思っていなかったので私が動揺していると、その間にセシリア嬢はロベルトに促されて広間から出ていってしまった。


 さらにその足でそのまま城から出ていったとも報告を受けた私はすぐに行動に移したのである。


 私は舞踏会が終わるとすぐに父上達の私室に行き、父上にセシリア嬢を婚約者にしたいと訴えた。


 すると父上は先程の舞踏会での私の様子を見ていたようで快く承諾をしてくれ、さらに明日ライハルト公爵に直接伝えてくれる約束を取り付けたのである。


 そうして次の日ライハルト公爵がロベルトを伴って登城するとすぐに父上に呼び出され、私もその場に一緒にいる所でライハルト公爵にセシリア嬢を私の婚約者にするよう言ってくれたのだ。


 するとライハルト公爵は最初驚き戸惑うがすぐに嬉しそうに喜び快く受け入れてくれた。


 そして私はすぐにセシリア嬢に直接会って伝えたいと言うと、私を伴ってハインツ家に戻る事になったのだが、廊下で待機していたロベルトがライハルト公爵からその話を聞いて猛反対をしてきたのだ。


 しかしライハルト公爵は国王である私の父上からの直々の申し出なので断る事は出来ないとロベルトを諭していた。


 だが全然納得の出来ないロベルトはハインツ家に戻る馬車の中でも必死に訴えていたが、それをライハルト公爵は全く聞き入れていなかったのだ。


 そうしてハインツ家に着いた私は昨日ぶりのセシリア嬢と会うことが叶ったのである。


 そしてライハルト公爵から私と婚約した事を告げられるとセシリア嬢は呆然と佇んでいた。




(ふふ、やはりセシリア嬢・・・セシリアは可愛い。そして愛しい私の婚約者だ)




 そうセシリアに対しての愛しさを改めて実感しつつ私は騒いでいるロベルトを無視し、セシリアの前で膝を折るとその愛らしい右手に口づけを落としたのだ。


 そして目を見開いて固まっているセシリアににっこりと微笑み───。




「これからよろしくお願いします。セシリア」




 そう告げたのであった。

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