攻略対象者カイゼル王子
私が驚きに固まっていると、カイゼル王子がなんだか楽しそうにふわりと笑ったのだ。
(・・・あれ?なんかこの笑顔、さっきまでの似非スマイルとはちょっと違うような?)
その違和感に首を傾げていると、カイゼル王子はもう一度私に問い掛けてきたのである。
「セシリア嬢・・・『たっぱ』とは何の事ですか?」
「え?あ!い、いえ・・・たっ、たっぷりの料理が並んでいて美味しそうですね~と言っていたんです!」
「そうでしたか?ん~私の聞き間違えでしたかな?だけどそのようには聞こえなかったような気がしたのですが・・・」
「た、多分私が言い間違えていただけですのでお気になさらないで下さい」
私はこの世界には無い前世で愛用していた『タッパ』の事をなんとか誤魔化そうとしたのだ。
しかし私の必死の言い訳もカイゼル王子はあまり納得しているようには見えなかったが、だがどうにも説明出来ない物なので私は笑って誤魔化したのである。
「それよりもカイゼル王子、どうしてこちらにいらっしゃられるのですか?それも取り巻・・・いえ、あのご令嬢の方々が近くにおみえにならないようですし・・・」
先程までカイゼル王子の側を離れなかった取り巻き集団のご令嬢方が今は一人もいない事に不思議に思っていると、カイゼル王子が目線だけで別の方を示してきた。
そこには寄り固まってじっとカイゼル王子を見つめているご令嬢の集団がいたのだ。
「あのご令嬢の方々には申し訳ないけど少し離れて頂いたのです」
「・・・ああお一人になりたかったのですね。あれ?でもどうしてこちらに?お一人になられたいのなら別の場所でも・・・」
「いえ、私がセシリア嬢とお話したかったからです」
「・・・・・え?私と!?」
そのカイゼル王子の言葉に私は再び驚愕の表情で固まった。
(な、何で私と!?べつに挨拶はもう済ませたし、それに挨拶の時になにか気になる話なんてしてないんだからわざわざ私と話がしたい意味が分からないんだけど・・・と言うか私は話したく無いんだけど・・・)
そう思い戸惑いの表情を浮かべていると、再びカイゼル王子が楽しそうにふわりと笑ったのだ。
「ふっ、セシリア嬢はよく表情がコロコロ変わられる」
「へっ?」
「いえ、お気になさらず。それよりも・・・食事をされていたんですね」
「あ、はい。お腹が空いてしまいましたし・・・それにこんなに美味しそうな料理を前にして食べないわけにもいかなかったからです」
「・・・ここの料理は気に入って頂けましたか?」
「勿論!凄く美味しいです!」
「それは良かった。ではせっかくなので私も一緒に食べますね」
「え?一緒に?」
「ええ。あ、でも女性に立ったまま食べて頂くのも申し訳ないので、あちらの席で座って一緒に食べましょう」
カイゼル王子はそう言っていつもの似非スマイルを浮かべながら、広間の端にいくつか用意されている机と椅子が置かれた場所を手で示した。
そこはひと区間毎に仕切られた空間になっており、上からカーテンも垂れ下がっているのでまるで個室席のような場所になっていたのだ。
私はその場所を見て思わず頬が引き攣ってしまったのである。
(いやいや、あんな所でカイゼル王子と二人っきりで食事するなんて絶対嫌だ!!)
ただでさえこうして話しているのも正直勘弁して欲しいのに、さらにあんな所で王子と過ごすなんて考えられない私はどうにか断れないかと考え出しすぐにある事を思い出す。
「・・・カイゼル王子、申し訳ないのですがお兄様との約束でここで待つように言われてますの」
「ああロベルトはどこかに行かれたみたいでしたね。それならば他の者に伝言を頼んでおけば良いのですよ」
「え?」
カイゼル王子の言葉に一瞬反応出来ないでいた私は、カイゼル王子が側を通り掛かった給仕の男性にさっさと伝言を頼んでしまった事を止められなかったのだ。
そうして再び私ににっこりと微笑んできたカイゼル王子は、私が持っていた料理の乗った皿をさっと取っていくと代わりに私の手を掴んで歩き出したのである。
「カ、カイゼル王子!て、手を離して頂けませんか!それに皿も自分で持てますので!」
「駄目ですよ。女性の荷物を持ってあげるのは男として当然ですし、それに・・・手を離したら一緒に来て頂けないでしょ?」
「うっ・・・」
カイゼル王子に図星を刺され私は仕方がないとガックリと項垂れながら重い足取りでその個室席に向かったのである。
(・・・一体何でこんな事に)
このよく分からない状況に困惑しながらも、さすがに王室主催の舞踏会で堂々とカイゼル王子の誘いを断るわけにもいかず個室席まで到着すると、カイゼル王子は持っていた皿を机の上に置き無駄の無い動きでさっと椅子を引いて私を座らせてくれた。
(・・・さすが王子なだけあって女性への気遣いが完璧だな)
そう感心しながらも向かいの席に座ったカイゼル王子を見て私はふとある事に気付く。
(あれ?そう言えば一緒に食べようと言ってきたのにカイゼル王子の分の料理が無いのでは?)
私はそう思いながら私の前にカイゼル王子が置いてくれた私の皿を見つめていると、私達の下に何人かの給仕の男性達がやって来て机の上に先程見た料理が少量ずつ乗った皿を次々置いていったのだ。
「カイゼル王子これは・・・」
「さっき伝言を頼んだ時についでに頼んだんですよ。さあ好きなだけ食べて下さい」
そう良い笑顔で言ってきたカイゼル王子を呆れながら見つめ、私は気が付かれないように小さなため息を吐くと諦めてフォークを手に取り料理を食べ始めたのである。
(仕方がない、さっさと料理を食べてとっとと去ろう!・・・だけど、やっぱりどの料理も美味しいな~!)
私はあまりの美味しさに思わず頬を緩めていると、なにか視線を感じチラリと向かいの席にいるカイゼル王子を見たのだ。
そのカイゼル王子は何故か机に頬杖を付きながらにこにこと私の事を見ていて一向に料理を食べようとしなかったのである。
「・・・カイゼル王子、食べないのですか?」
「貴女の美味しそうに食べる姿を見てるだけで満足してしまいましたので」
「・・・意味が分からないのですが。それよりもせっかく用意して頂いたのですしカイゼル王子も食べて頂けませんか?私一人では食べきれないので・・・」
「無理に食べて頂かなくても大丈夫ですよ。好きな物だけ食べてあとは残してもらって良いですから」
「・・・・・絶対嫌です」
「え?」
「カイゼル王子、ここやあそこで用意されている料理は残ったらどうなるのですか?」
「・・・多分廃棄されるかと」
「そうなったらせっかくこんな素敵な料理を作ってくれた料理人の人達に悪いと思いませんか?きっと喜んで食べて貰えると思って作られたんだと思いますよ。なのにほとんど食べてもらえないなんて・・・それに、この料理に使われている食材だってタダではないんですよ?国民から得た国税で購入して作られているのに、それを廃棄するって事は国民のお金を捨てているのと一緒の事です!」
「・・・・」
私は思わず興奮した面持ちで椅子から立ち上がりカイゼル王子に向かって捲し立てた。
するとカイゼル王子はそんな私の様子に驚き、だがすぐに真剣な面持ちで顎に手を当てながら考え込んでしまったのだ。
そんなカイゼル王子の様子にハッと我に返り、慌てて椅子に座り直して身を縮めたのである。
(私なにやってるの!カイゼル王子にこんな事言っても仕方がないのに!!・・・と言うかカイゼル王子怒っちゃったかな?まさかこれが切っ掛けで処刑になるとか・・・無いよね?)
私は一気に顔から血の気が引き背中に嫌な汗をかきながら、恐る恐るカイゼル王子の様子を伺った。
するとカイゼル王子は何を思ったのか先程の給仕の男性を呼び付けたのである。
「お、王子、なにか私が粗相致しましたでしょうか?」
「いえ何もしていないですよ。ただ少し確認したい事があったので」
「・・・確認したい事ですか?」
青褪めた顔で近付いてきた給仕の男性に、カイゼル王子は安心させるように笑みを見せたのだ。
「あの料理、もしこの舞踏会が終わるまでに残ったらどうなるですか?」
「え?ああ、あの料理の事ですね。毎年必ず残りますので申し訳ないのですが私達使用人達で頂かせて頂いています。・・・駄目でしたでしょうか?」
「いや構わないですよ。では廃棄は無いんですね」
「・・・いえ、さすがに量が量だけに食べきれない分は廃棄しております」
「・・・そうですか分かりました。忙しい所呼び付けて悪かったですね」
「いえ!では私は戻ります」
そうして給仕の男性は一礼すると私達の下から去っていった。
私はそんな二人の会話を戸惑いながら黙って聞いていたのだが、給仕の男性が去ったあとカイゼル王子は申し訳なさそうな顔で私を見てきたのである。
「セシリア嬢、貴女に言われなければこれからも当たり前にあったこの料理の事を考えなかったです。ありがとう」
「い、いえ!私の方こそ言い過ぎてしまい申し訳ございませんでした」
「貴女は当然の事を言われたのですからお気になさらないで下さい。本来は王子である私が自分で気が付かないといけない事でしたし・・・」
「ああそんな落ち込まないで下さい!それならこれから気を付ければいい事ですし、今はこの料理を食べてあげればいいと思いますよ!」
「確かにそうですね。では私も食べる事にします」
そう言ってカイゼル王子が皿に料理を乗せて食べ始めたので、私はその姿にホッとしながら再び私も料理を食べ始めたのだ。
「・・・・・貴女は他のご令嬢とは違う方ですね」
「え?なにか言われましたか?」
カイゼル王子が小さく何かを言ってきたようだったが、小さすぎてよく聞き取れず私は不思議そうな顔で聞き返してみた。
しかしカイゼル王子はにっこりと微笑みを浮かべたまま何も答えてくれなかったのである。
私はそのカイゼル王子の様子に多分聞き違いだったんだと納得し、再び黙々と目の前の料理を平らげる事に専念した。
そうして漸くカイゼル王子と一緒に食べた事で皿に乗った料理が無くなり、私はすぐに席を立ってこの場を離れる事にしたのだ。
「ではカイゼル王子、私はこれ・・・」
「お待たせ致しました。追加のお料理です」
「え!?」
カイゼル王子に辞する言葉を言おうとした時、先程の給仕の男性が空になった皿と取り替えてまた料理の乗った皿を机の上に置いていったのである。
私はその料理の乗った皿を見つめながら固まってしまった。
「追加で頼んでおきました。さあセシリア嬢、残されるのはお嫌いなのですよね?一緒に頑張って食べましょう」
そうにっこりと似非スマイルで微笑んできたカイゼル王子を見て、私は悔しそうな顔で再び椅子に座り直したのだ。
(くっやられた!!この腹黒王子め!!!)
私はキッとカイゼル王子を睨み付け、渋々フォークを手に持ったのである。
「・・・ここの分までですからね。さすがに私でもこれ以上は食べれませんので」
「ええ分かりました」
結局そのままなんだか楽しそうにしているカイゼル王子と食事を続行する羽目になったのである。
そうしてもう食べれないと思ったほど食べた私は、フォークを空になった皿に置いて一息吐いた。
「ご馳走さまでした。料理人の方々に大変美味しかったとお伝え下さい」
「ええ勿論ちゃんと伝えておきますよ。・・・ああセシリア嬢、口元にソースが」
カイゼル王子はそう言うと同時に椅子から立ち上がり身を乗り出して私の口元に手を伸ばしてきたのだ。
しかしその手が私の口元に届く寸前でその手は別の手で止められた。
「お兄様!!」
「セシリア、あの場所から離れては駄目だと言っただろう?」
「・・・ごめんなさい」
私は約束を破ってしまった事に申し訳ない思いで謝ったのだ。
するとお兄様は胸元からハンカチを取り出しそれで私の口元を拭いてくれた。
「よし、綺麗になった」
「お兄様、ありがとうございます」
「それにしても・・・私は変な男にも付いていったら駄目だと言ったよね?」
「・・・・・その変な男と言うのは私の事ですか?」
お兄様の言葉に眉を顰めながらカイゼル王子はお兄様に掴まれている手を振り解いたのだ。
それをお兄様は無表情で見つめながら私の肩を抱いて椅子から立ち上がらせたのである。
「お兄様?」
「さあセシリア、舞踏会も堪能出来た事だしそろそろ帰ろうか」
「ロベルト・・・まだ舞踏会が終わるのには時間がありますよ。それに私はセシリア嬢とダンスも踊りたいですし」
「え?」
「・・・セシリア、カイゼル王子とダンス踊りたいかい?」
お兄様がにっこりと私に笑顔を向けながら聞いてきたのだが、その目が笑っていない事に気が付き背中に寒気が走った。
(お、お兄様どうしたんだろう?・・・ん~カイゼル王子とダンス?いや、一緒に食事するのも限界だったのにダンスなんて絶対無理!!)
私はそう結論付けて首を横に振ったのだ。
「いいえ、遠慮致したいです」
「セシリア嬢!!」
「そう言う事ですので、カイゼル王子私達はお先に失礼致します」
「なっ!ロベルト待って下さい!!」
そんなカイゼル王子の慌てた声が後ろから聞こえたが、私はお兄様に肩を抱かれたまま歩かされているので、顔だけ振り向いてカイゼル王子に会釈を一つするとそのまま広間を出ていったのである。
そうしてお兄様に急かされつつ馬車に乗り込むとそのまま帰路についた。
そしてあまりにも早い帰宅の私達にお父様達は驚いたが、お兄様が初めての舞踏会で私が疲れていたからと説明して納得させていたのだ。
私はその間、お兄様から漂ってくる黒いオーラを感じただただ黙って頷いていたのである。
(なんでお兄様があんなにご機嫌が悪くなったのか分からないな・・・まあ何はともあれ舞踏会も終わった事だし、あとはカイゼル王子と関わらないように基本夜会や舞踏会は欠席すれば晴れて婚約者の身分から逃れられるはず!!)
そう確信しその夜は心地よい眠りに落ちていったのだ。
しかし次の日事態は急変したのである。
何故かお城に仕事で向かわれたはずのお父様が数時間も経たない内に家に帰ってきた。
それも何故かカイゼル王子を伴って。さらにその後ろにはとても不機嫌そうなお兄様までいたのだ。
その不思議な組み合わせに私が戸惑っていると、お父様がとんでもない事を言い出したのである。
「セシリア喜びなさい!カイゼル王子がセシリアを婚約者にと選んで下さったのだよ!」
「・・・・・・は?」
「セシリア嬢、私の父上にもお許しを頂きましたのでこれからは私の婚約者としてよろしくお願いしますね」
カイゼル王子がそう言ってにっこりと私に微笑んできたが、私は突然の出来事に頭が付いていけないでいた。
するとそのカイゼル王子の後ろにいたお兄様がお父様に向かって抗議の声を上げたのだ。
「父上!私はこの婚約絶対認めません!」
「ロベルトまだ言っているのか。これは国王陛下からの直々の命でもあるから覆す事は出来ないんだよ。それにセシリアにとってもいい話なんだし、妹が可愛いのは分かるが兄として妹の幸せを考えなさい」
そうお父様に諭されているが、お兄様は全く納得がいっていない様子だった。
するとまだ呆然としていた私の下にカイゼル王子が近付き、私の目の前で膝を折って私の右手を取りそこに口づけを落としたのである。
「っ!」
「これからよろしくお願いします。セシリア」
そう言って微笑んでくるカイゼル王子を見て、私は心の中で大絶叫したのだ。
(なんでこうなった!!!!!)
そんな心の声に答えてくれる者などいないのであった。
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