社交界デビュー

 あれからデミトリア先生の教えを受けこの国の歴史や他国の事、さらにこの世界の様々な情勢を知る事が出来た。


 ただ時々デミトリア先生が息子のシスランを連れて来ようかと持ち掛けてくる度に私は全力で拒否していたのである。


 それならば家庭教師の先生を変えてもらえば良いのではと思うだろうが、さすがにわざわざ頼んで来てもらっているのに断るのも悪いと思ったし、なによりデミトリア先生の教え方が上手く授業を受けるのが楽しみになっていたからだ。


 そうしてシスランとの接触を避けつつデミトリア先生の教えを受け続けていたら、途中からマナーと教養とダンスの先生が増え貴族としての知識や立ち振舞いを身に付けると言う慌ただしい日々を過ごしあっという間に3年の月日が流れ私は6歳に成長したのだった。














 夜も更けたある日、私は寝室にある机に座りランプの明かりを頼りに一枚の紙を見ていたのである。


 その紙は私が3歳の時に書き記したこの世界『悠久の時を貴女と共に』の攻略対象情報であった。


 そしてその紙に書かれている攻略対象の名前は『カイゼル王子』であったのだ。






※『カイゼル・ロン・ベイゼルム』




 襟足まである金髪と宝石のように輝く青い瞳が印象的な美しい顔立ちの男性でゲーム上では18歳。


 ベイゼルム王国の第一王子で王太子である。


 王子と言う立場上人当たりも良く常に王子様スマイルを振り撒いている。


 しかしその笑顔によって誰も王子の本心を知る事が出来ないでいた。実は王子はその優しい見た目とは裏腹に腹黒王子であったのだ。


 自分に近付いてくる者は誰も信用せず、逆に利用出来る者は利用していた。


 だがヒロインと出会いその優しい心と王子と言う身分を気にしない人柄に次第に惹かれていったのである。


 そうして最後ヒロインと恋人同士になった時、逆上し襲い掛かってきた婚約者のセシリアを断罪し投獄そして処刑と言う手はずを王子はいつの間にか整えていたのであった。


 ちなみにセシリアと婚約する事になった経緯は、セシリアが6歳の時社交界デビューをする為王宮で開かれた舞踏会に参加した際、そこで初めて王子と出会い一目見て恋に堕ち宰相である父親に頼み込んで無理やり婚約者の座を得たのである。






 私は自分で書いた内容を何度も見返し大きくため息を吐いたのであった。




(つくづくゲーム上のセシリアって性格悪すぎだな~。親の権力使って婚約者の座を得るわ、散々苛めていたヒロインが婚約者の王子とくっついたから逆上して襲い掛かるわ・・・そりゃ王子もそんな婚約者より可愛くて優しいヒロインを選ぶよね。まあ処刑まで用意周到に裏で動いていた王子も凄いけど・・・・・だけど、セシリアがあんな性格になったのも今ならよく分かるよ)




 そう思いながら家族やハインツ家に仕える人々からの甘やかしっぷりを思い出し苦笑いを溢したのだ。




(そもそも最初っから精神が27歳の私だったからそれらの甘やかしにも冷静な判断が出来たしむしろ逆にしっかりしなくてはと思えたけど、普通の純真無垢な子供ならそりゃあんな待遇受け続ければ我儘な子供に育つよ・・・)




 私は一人乾いた笑いを洩らすと読んでいた紙を再び隠し机から離れて寝室の隣にある衣装部屋の扉を静かに開けた。


 するとそこには目立つように飾られている一着のドレスがあったのだ。


 それは薄紫の色をしたドレスで何層ものレースが重ねられ全体的にふんわりとしており、所々小さな宝石が縫い付けてあって持っていたランプの光に照らされてキラキラと輝いていた。


 そしてそのドレスの近くにはそのドレスと同じ色のヒールや髪飾り、さらにはアクセサリーも置かれてすぐにでも着れる準備がされていたのである。


 私はそれを見て再び深いため息を吐いたのだ。




(・・・いよいよ明日か。はぁ~私としては行きたく無いんだけど貴族に生れた以上避けて通れない道なんだよね。社交界デビューは。そしてその社交界デビューが王宮で開かれる舞踏会・・・確実にゲーム上でカイゼル王子が言っていたセシリアと婚約する切っ掛けとなった舞踏会なんだよな~。はぁ~行きたくない。だけど今年6歳の貴族の子供は必ず参加なんだよね・・・仕方がない!ここはある意味重要な第一関門なんだからなんとしてもくぐり抜けないと!!そう、カイゼル王子と婚約しないと言うとても重要な関門が!!!)




 そう私は明日の夕方から行われる舞踏会で出会うであろうカイゼル王子と婚約しない道を進むつもりである。


 そうすればもし将来ヒロインがカイゼル王子ルートに入ってもカイゼル王子に婚約者が居なければ気兼ねなく愛を育めるだろうし、私も関わらなくて済んで命も助かるからだ。


 さらにどう考えてもカイゼル王子の婚約者と言う立場だから出会う事になる他の攻略対象の男性とも、私が婚約者にならなければ会う事も無くなるだろうしそうすればやはり私の命は助かるしヒロインを邪魔する人も居ないのだ。




(うん!やっぱりどう考えても私が婚約者にならない方が皆幸せだ!!まあそもそも私がお父様にカイゼル王子の婚約者になりたいと言わなければ問題無いんだろうけど・・・ここはゲームの世界だし何が切っ掛けで婚約者になってしまうか分からないから、極力カイゼル王子には関わらないでおこう!!よし!明日は頑張るぞ!!)




 そう決意を込めて一人右手を振り上げて気合いを入れると、衣装部屋の扉を閉め明日に備えて就寝する事にしたのであった。


















 翌日の夕方、城の入口の前に馬車が停まりそこから正装姿のお兄様に手を支えられながら私は昨日見たドレス姿で馬車から降りたのだ。


 そうしてお兄様の腕に手を添えながら舞踏会が開かれる広場に向かって足を進めたのである。




「・・・セシリア、今日はいつにも増して綺麗だよ」


「ふふ、お兄様ありがとう。お兄様もとても素敵です」




 お兄様は私のドレスと同じ色の薄紫の正装姿をしており、いつもは垂らしている前髪を後ろに撫で下ろしているのでとても12歳とは思えない色気が漂っていた。


 今日行われる舞踏会には一部の人間を除いて基本的に大人は参加する事が出来ないのである。


 なので15歳で成人となるこの世界では14歳まではこの舞踏会に参加する事が出来る為、お兄様が一緒に付いてきてくれたのだ。


 一応社交界デビューする6歳のご子息ご令嬢以外と王族以外は参加は自由となっているのである。


 私はお兄様が一緒に付いてきてくれた事に心底感謝しながら広間に続く扉の前に立った。


 そしてお兄様が扉の近くに立っていた男性に招待状を手渡すと、それを見た男性が広間の中に向かって大きな声で私達の名前を告げたのである。


 するとゆっくりと中から扉が開き華やかに飾り付けられた舞踏会場が目に飛び込んできたのだ。


 さすがにいくらゲームで何度も見た雰囲気でも現実で見るとでは迫力が違い、一瞬その雰囲気に飲まれて足がすくんでしまった。




「・・・セシリア大丈夫だよ。私が付いているから。さあ行こう」


「・・・はい、お兄様」




 お兄様が私の緊張に気付き腕に添えた私の手を軽く撫で優しく微笑んでくれたので、私はそれでなんとか緊張を解くことが出来お兄様と共に広間に足を踏み入れたのだ。


 すると広間に入った途端至る所から様々な視線が私達に集まってきた。


 その視線は明らかに値踏みするような視線であり、目線だけ回りに向けると沢山のご子息ご令嬢がコソコソとお互い話ながら私を見ていたのである。




(・・・うわぁ~予想はしてたけど・・・貴族社会って面倒だな~)




 改めて貴族に生れた事を実感していると、隣を歩いていたお兄様が私に顔を寄せてきて小声で話し掛けてきた。




「・・・セシリア大丈夫かい?なんだったら私があの者達に一言言ってくるけど?」


「あ、ううん大丈夫よお兄様。こんなの覚悟の上ですから」




 どうやら私があの人達の様子に怯えていると思ったお兄様が心配してくれたようなのだ。


 だけどここで怯えた態度を見せれば確実になめられるし、同時にハインツ家もなめられてしまうのである。




(絶対そんな事させない!)




 私は気が付かれないように小さく深呼吸をすると、その回りでコソコソと話していたご子息ご令嬢に向かってにっこりと微笑んだのだ。


 すると私の笑顔を見たその人達は一瞬固まり、次に顔を染めて笑顔を返してくれた。


 さらに向けられた視線は好意的な物に変わったのである。




「・・・セシリア、どこでそんな事覚えたんだ?」


「ふふ、笑顔は処世術の一つですよ」




 私はそうにっこりとお兄様に笑顔を向けながら言ったのだが、前世でもOLと言う社会人を経験していたので、笑顔は人間関係を友好にする為の一つの手だと身に染みて分かっていたのであった。




「セシリアは時々まだ子供とは思えない考え方をするよね」


「・・・・」


「まあ悪いとは思っていないよ。それよりも・・・私から離れないようにね」


「ええ、勿論そのつもりですよ?」


「なら良いけど・・・やっぱり私が付いてきて良かった。もし一人で来させていたら可愛い妹に変な虫が付くところだったよ」


「え?虫?窓も閉まってるようですから虫が入ってきてるようには見えないですけど?」




 お兄様の言葉に私はどこかに虫が飛んでいるのかとキョロキョロしていたのだが、お兄様は私とは全く違う方に顔を向け目を細めて鋭い視線を送っていたのである。


 そしてその視線の先にいた数名のご子息達が青い顔でコソコソとその場から離れていた事に私は気が付いていなかったのであった。


 そうして私達が広間の中まで入ると、様子を伺っていたご子息ご令嬢達が一気に私達の下に集まってきて次々に挨拶をしてきたのである。


 やはり筆頭貴族であり公爵家のご子息とご令嬢なので、この機会にお知り合いになり仲良くしておこうと考えている人はお大勢いるようだ。


 さらに明らかにお兄様狙いだと分かるご令嬢もその中に何人かいて、頑張ってお兄様に自分をアピールしていた。


 しかしお兄様は慣れたものなのか、笑顔でそのご令嬢達をかわしていたのである。


 そうして私もなんとかその挨拶の波を笑顔で乗り気っていると、唯一大人で参加する事が出来る国王夫妻とそのご子息である『カイゼル王子』の入場を知らせる声が広間中に響き渡ったのだ。




(とうとうこの時がやって来た!!)




 私はうるさい程に鳴り響く心臓の音を聞きながらゆっくりと開く扉を見つめていたのであった。

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