家庭教師

 朝日がカーテンの隙間から差し込んでくる頃、侍女が私を起こしに来る少し前に私は書いていた紙を誰にも見付からない場所に隠し、すぐさまランプを元の場所に戻して明かりを消すとベッドに潜り込みさもずっと寝てました風に目を閉じた。


 正直ずっと対策を考えていたのですっかり目が覚めてしまい全く眠くなくなってしまっていたので仕方がなく狸寝入りをしている。


 すると寝室の扉が控え目に叩かれそしてゆっくりと扉が開きそこから一人の侍女が部屋の中に入ってきた。


 私はそれを薄目で確認するとすぐに目を閉じ気が付いてないように寝た振りをする。


 そうしているうちに侍女が私のベッドに近付きそっと私の額に手を置いて熱を確認してきたのだ。




(・・・侍女さんにも心配掛けちゃったみたいで申し訳ないな~)




 そう心の中で苦笑いを溢しつつ、私はまるで今目が覚めたかのようにゆっくりと目を開けたのである。


 するとその様子に気付いた侍女が慌てて手を引っ込めたのだ。




「起こしてしまい大変申し訳ございませんセシリアお嬢様!」


「ううん、ちょうどいまめざめたところだからだいじょうぶでちゅよ。それにおててきもちよかったでちゅ」


「まあ!」




 私がにっこりと笑うと侍女は頬を染めて嬉しそうに喜んだのである。


 そんな侍女の様子に内心呆れながらも私は侍女に手伝ってもらい朝の支度を整えると、用意された朝食を食べてすぐに目的の場所に向かった。


 しかしその道中すれ違う使用人の人達に体調は大丈夫かと声を掛けられ、その都度大丈夫だと言って笑顔を向けるのは正直疲れたよ・・・。


 そうして目的の部屋の前に着いた私は、その閉じている扉を小さな手でノックしたのである。


 すると中から返事が返ってきたので、私はなんとか背伸びをして取っ手を掴むとゆっくり扉を開けて中に入ったのだ。




「・・・おとうちゃま」


「ん?おおセシリア!もう体調は大丈夫なのかい?」


「うん!いっぱいねたからげんきいっぱいでちゅよ!」


「それは良かった。だけどこの時間にセシリアがこの私の執務室に来るのは珍しいね。まあ私は会えて嬉しいが」


「だっておとうちゃま、もうすぐおちろにいっちゃいまちゅよね?だからそのまえにおあいちたかったのでちゅ」


「そうなんだ!それは嬉しいよ」




 私の言葉に嬉しそうな顔になったお父様は、持っていた書類を執務机に置きそこから立ち上がって私の下まで歩いてくると、私を軽々と抱き上げてきたのである。


 そうしてお父様に片腕で抱き上げられた状態なのですぐ目の前にお父様の端正な顔があり、やはり凄く美形だと心の中で惚れ惚れしていたのであった。




「朝からセシリアの顔が見れたから私は今日も1日仕事頑張れるよ」


「おとうちゃまおちごとがんばってくだちゃい!あ、そうだわたちおとうちゃまにおねがいがあってきたんでちた!」


「ん?お願い?セシリアがお願いしてくるなんて珍しいね。いつもはまだ子供なのに何もお願いしてこないからさ。それでお願いとはなんだい?私がなんでも叶えてあげるよ」




 そう言ってお父様は私に向かってにっこりと微笑んできたのだ。




「んっとね~わたちおべんきょうがちたいんでちゅ。だからわたちもおにいちゃまみたいにかていきょうちのちぇんちぇいおねがいちまちゅ」


「・・・・・ん?勉強?いやいやまだ3歳なんだから早いよ。今は好きな事して遊べば良いんだよ」


「おべんきょうがちたいんでちゅ!おねがいおとうちゃま!!」




 私はそう必死に言うと両手を合わせて上目使いで若干目を潤ませながらお父様に懇願した。




「うっ!・・・・・はぁ仕方がないそんなに言うんだったらセシリアの先生を探しておくよ」


「ありがとうおとうちゃま!だいちゅき!!」




 諦めたように言ったお父様に私は満面の笑顔を向け、さらにお父様の頬に口づけをしてあげたのだ。


 するとお父様はみるみる顔が緩みとても嬉しそうな表情になったのである。




「よし!セシリアの為に最高の家庭教師を用意してあげるからな!!」




 そう約束をしてくれたお父様ににこにこと笑顔を向けながら私は気が付かれないようにぎゅっと小さな手を握ったのだ。




(よし!なんとか家庭教師付けてもらえた!とりあえず私の将来に待っている死亡フラグを回避するにもまずこの世界の事をしっかり知っておかないと!だって私の知識はゲーム上で知れる断片的な知識だけだから、ちゃんと知識を得てるのと得ていないとでは絶対将来に影響するはずだと思ったんだ。・・・まあ普通に考えれば、ヒロインのハッピーエンドを防げば死亡フラグを回避出来るんだろうけど・・・それじゃあ本来のセシリアと全く同じ事をする事になるし一歩間違えれば死亡フラグが立っちゃうんだよね。それに・・・なんと言ってもあのヒロインの幸せを邪魔なんてしたくない!!あの子にはちゃんとハッピーエンドを迎えて欲しいんだ。だからヒロインの幸せを邪魔せずそして私も生き残る道を進む為今出来る事から始めるつもり!)




 私は徹夜で考えた対策の中でまず最初に行うのが、この世界の知識を得る為の家庭教師を付けてもらう事だったのである。


 そしてそれを実行する為、私を溺愛してくれてるお父様にさっそくお願いしたのであった。


 そうして数日後お父様は私の為に一人の家庭教師を我が家に連れてきてくれたのだ。




「セシリア紹介しよう。王宮学術研究省所長のデミトリアさんだ」




(・・・お、王宮学術研究省の所長!?この国でトップクラスの機関で秀才達が集まる研究所のさらにそこの所長に家庭教師頼んじゃったの!?)




 その肩書きに驚いていると、デミトリア先生がお父様から一歩前に出て私に向かって挨拶をしてきたのである。




「初めましてセシリア様。お父様のラインハルト様からお話は伺っています。3歳と言うお年で勉学に興味を持たれるとは大変素晴らしいと感心致しましてこの話を快くお受け致しました。これから宜しくお願い致します」


「・・・デミトリアちぇんちぇいおねがいちまちゅ」




 デミトリア先生は背中で切り揃えている深緑の長髪に茶色い瞳をしており、銀縁の眼鏡を掛けた綺麗な顔立ちの男性だった。


 そしてデミトリア先生は私に挨拶すると微笑みながら胸に手を当てて軽く頭を下げてきたので、私もすぐにスカートの裾を軽く掴んで会釈を返したのだ。




「ふむ、確かにラインハルト様の言う通り3歳にしては随分大人びた雰囲気を持ってますね」


「そうだろう?昔からあまり泣かないし我儘を言わないし言うことはちゃんと聞いてくれるとても良い子なんですよ。さらに・・・」




 そうお父様は自慢気な顔で話すと、デミトリア先生は微笑みを崩さずまだ続くお父様の親バカっぷりの話を黙って聞いていたのであった。




(デミトリア先生、申し訳ございません)




 そうして漸くお父様の話が終わったあと、お父様は執務室で仕事をする為出ていきさっそく私はデミトリア先生に勉強を教えてもらう事になったのである。




















 それから3時間後、本日の授業が終わったぐらいに再びお父様が授業を受けていた私の部屋にやって来た。


 するとそのお父様にデミトリア先生が興奮した面持ちで詰め寄ったのである。




「ラインハルト様!貴方の娘のセシリア様は天才なのかもしれませんよ!!」


「ちょっ、デミトリアさん落ち着いてください!一体どういう事ですか?」


「これを見てください!」


「これは?」


「セシリア様が書いた文章と数学の解答です」


「・・・・・これを本当にセシリアが?」


「はい!とても3歳とは思えない秀才ぷりですよ!!」




 お父様はデミトリア先生から受け取った紙を見て驚きに目を瞠り私を見てきた。


 しかし当の私はと言うと、困った表情で頬を掻き立ち尽くす事しか出来なかったのである。




(・・・いや~薄々は感じていたけど、この世界日本で作られたゲームだったから文字は日本語だったし数学も大学まで卒業した私にとっては簡単なものばかりだったよ。しかし、今までは3歳の私に合わせて絵だけの絵本しか見せてもらえなかったし、物語りが書かれた絵本は夜寝る前にお母様が読み聞かせてくれたぐらいで実物見た事無かったんだよね。言葉も最初っから日本語で聞こえていたから逆に違和感無かったし・・・だけどまさかこの世界の共通言語が日本語だとは思わなかった)




 その事に今日初めて知り、私は複雑な気持ちで授業を受けていたのだ。


 だから出された問題も難なくこなす事が出来、さらにまだひらがなであったが文字も完璧に書けたのである。




「いや~本当に素晴らしい娘さんですね!将来は是非とも我が王宮学術研究省に入ってもらいたいですよ!」


「いや、さすがにそれは・・・」


「・・・ああそうでした。公爵家のご令嬢ですので厳しい事でしたね。でももし機会があれば検討の方お願い致します」


「・・・分かりました。しかし王宮学術研究省に入れられるのであればデミトリアさんのご子息の方が適任では?」


「もちろん息子はそのつもりでいるようで、毎日勉学に励んでいますよ」


「そう言えばご子息は神童と呼ばれる程の秀才でしたよね?確かセシリアの一つ年上で4歳でしたかな?」


「はいそうです。親の私から言うのもなんですが、あの子も天才なんです。ただ少し性格が・・・」




 そう言ってデミトリア先生は口を閉ざし困った表情をしていた。


 するとお父様も何かを思い出したのかそれ以上何も聞かなかったのである。


 しかし私は二人の会話を聞いて何か嫌な予感を感じた。




(・・・4歳の時点で神童と呼ばれている天才の男の子。将来は王宮学術研究省を目指している。どうも性格に問題があるよう・・・なんかこれに符合する人物に心当たりがあるんだけど・・・)




 私は凄く凄く嫌な予感が高まりながら、恐る恐るデミトリア先生に声を掛けたのだ。




「デミトリアちぇんちぇい・・・ちぇんちぇいのおうちのおなまえってなんでちゅか?」


「え?ああそう言えば名乗っていなかったですね。どうも所長をしているとなんの役にも立たない家名の事を忘れてしまうんです。私の家名はライゼント・・・デミトリア・ライゼントですよ。一応伯爵です」


「ラ、ライゼント・・・・・デミトリアちぇんちぇいのむちゅこちゃまのおなまえは?」


「息子?息子の名前は『シスラン・ライゼント』ですが?」


「・・・・」




 デミトリア先生の家名を聞いてさらに嫌な予感が高まった私は、息子の名前を聞いて愕然としたのである。




(や、やっぱり『シスラン・ライゼント』か!!!)






※『シスラン・ライゼント』




 攻略対象の男性の一人でゲーム上では18歳。


 深緑の長髪を後で一つで結び切れ長の金色の瞳と銀縁の眼鏡が印象的な綺麗な顔立ちのクールな男性。


 4歳ぐらいからその頭脳明晰な様子で大人達を驚かせ神童と呼ばれるようになった。


 将来は王宮学術研究省に入る事が目標で日々勉学に励んでいる。


 しかしその為か人付き合いが悪く自分より頭の悪い者と話すのも嫌い、仕方がなく話す時は常に刺のある言い方で他人を寄せ付けない。


 だがヒロインとふれ合っていくうちにいつしかその心が和らぎ、そして勉学だけが自分の拠り所だと思っていた気持ちに変化が起こりヒロインを大切な人だと思えるようになった。


 そうしてヒロインと最終的に恋人同士になった時、怒り狂ったセシリアが襲ってきたのでヒロインと必死に逃げその逃げた先にあった崖にセシリアを落として殺したのである。






 私は『シスラン』について書いた内容を思い出し、私の結末の一つである崖に転落死が頭に過ったのであった。




(うぎゃぁぁぁ!もう攻略対象の関係者とここで接点が出来るなんて!!!出来る事なら一生関わりたくないのに!!!)




 その事実に私は放心状態でいると、デミトリア先生が不思議そうな顔で声を掛けてきたのだ。




「どうしたんですセシリア様?あ、もしかして私の息子に会いたいのですか?でしたら今度一緒に連れて・・・」


「いえ!けっこうでちゅ!!!!!!」




 デミトリア先生が最後まで言い終える前に食い気味に私は必死な形相で断りの言葉を叫んだのであった。

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