悪役皇女の企み
私はアンジェリカ姫に連れられ城の裏手にやってきた。
そこは周りに木々が生い茂り人気の無い場所であったので、人に聞かれたくない話をするには丁度いい場所だったのだ。
そうしてアンジェリカ姫は私と向かい合うように立ち、不機嫌な顔で私に言い放ったのである。
「貴女! いい加減カイゼル王子やお兄様にまとわりつくのをおやめなさい!」
「いや、私がまとわりついているのではないのですが……」
「貴女の意見など聞いておりませんわ!」
「はぁ……それよりもアンジェリカ姫、そろそろ私に対する嫌がらせをやめて頂けませんか?」
「な、何を貴女は言っていますの? そ、そんな事わたくしはしておりませんわよ!」
私の言葉に明らかに動揺した様子を見せるアンジェリカ姫を見て、私は苦笑いを浮かべた。
「まあ違うと言い張るおつもりでいるのでしたらべつに構いませんが……私はアンジェリカ姫のために言っているのですよ?」
「……どういう事ですの?」
「……カイゼルもアンジェリカ姫が私にされている事を知っています」
「なっ!? そんなわけありませんわ! カイゼル王子はいつもと変わらずわたくしに笑顔で優しくしてくださりますもの!」
「それは……表の顔のカイゼルですよ。ちゃんとカイゼルを見ていればその笑顔が本物かどうか分かりますから」
「デ、デタラメを言わないで! 貴女の言う事など信じませんわ!」
全く私の言葉を信用してくれないアンジェリカ姫に私は困った表情を向けたのだ。
「しかし、信じて頂かないとアンジェリカ姫の身が……」
「まだ言いますか! だからわたくしは貴女が大嫌いなのですわ! もうわたくしの前から消えて頂戴!!」
そうアンジェリカ姫は目くじらを立てながら右手をあげたのである。
すると突然木の影から数人の男達が現れ出てきたのだ。それもその男達の風貌は、明らかに悪者ですよと言っているようなガラの悪さだった。
「あ、貴方達は?」
私は戸惑いながらアンジェリカ姫の隣に並び立った男達を見たのだ。
その時おそらくリーダーだと思われる頬に大きな傷のある男が、悪い顔で腕を組み笑みを浮かべながら私を見ているアンジェリカ姫に声を掛けたのである。
「なあ皇女様……あの女が依頼対象の女か?」
「ええそうよ」
「……アンジェリカ姫? その方々とお知り合いなのですか?」
「つい最近知り合いましたの。さあ、あなた達あの女を何処かに連れていって頂戴!」
「なっ!? アンジェリカ姫一体何を言っているのですか!?」
まさかのアンジェリカ姫の発言に、私は驚愕の表情になりながらアンジェリカ姫と男達を交互に見たのだ。
(ちょっ! いくらなんでもこれはやり過ぎだよ!!)
私は心の中でそう絶叫しながらも、ニヤニヤした顔で私に近付いてくる男達を見ながら後ろに後退していった。
しかし突然男達がその場でピタリと止まったのである。
「あなた達何をしていますの! 報酬のお金はちゃんと払ってあるのですから早くその女を連れていきなさい!」
そうアンジェリカ姫は男達に向かって怒鳴ったのだが、それでも男達は動こうとはしなかったのだ。するとリーダーの男がアンジェリカ姫に振り返り、頭を掻きながら苦笑いを浮かべたのである。
「いや~すまねえ皇女様、実は……あんたの依頼とは別で大口の依頼があったんだ」
「……は? 突然何を言い出しますの?」
「その大口の依頼って言うのが……皇女様、あんたを拐う事なんだよ」
「なっ!?」
リーダーの男はそう言うなりくるりと体の向きを変えてアンジェリカ姫に近付いていったのだ。さらに私の方に向かっていた男達数人もリーダーに続いていったのである。
「ああ、安心しな。その依頼主からあの女も一緒に拐うように依頼を受けているから、結果的に皇女様の依頼もちゃんと達成してやる事が出来るぜ」
「わ、わたくしに近寄らないで頂戴!」
アンジェリカ姫は恐怖に顔を引きつらせながら後退りしていた。
そして私の方には残った一人の男が再び近付いてきたのである。
私はチラリと私に向かってくる男とアンジェリカ姫の方を見てぐっと体に力を入れたのだ。
「あ! あそこに!!」
そう唐突に私は空の方を指差しながら叫んだのである。すると男達は一斉に私の指差した方に顔を向けたのだ。
(今だ!)
心の中でそう言い放つと私はさっと姿勢を低くし男の横を走り抜け、一気にアンジェリカ姫の方に向かって走り出したのである。
さらにそんな私の行動に一瞬遅れたリーダー達の横をすり抜け、呆然と立ち尽くしているアンジェリカ姫の手を取った。
「アンジェリカ姫! 逃げますよ!」
「あ! こら! 待ちやがれ!!」
そんなリーダーの怒鳴り声を後ろに聞きながらも、私はアンジェリカ姫の手を掴んだまま必死に城の中に向かって走り出したのだ。
「あ、貴女どうして……」
「今はそんな事よりも逃げる事が優先です!」
アンジェリカ姫の戸惑いの声が聞こえたが、足を止めるわけにはいかないのでそう言い放ち走り続けたのである。
そしてもうすぐ城の中に到着するという所で、茂みから突然数人の男達が飛び出してきた。
「逃がさねえぜ」
「くっ! ここにも隠れていたなんて!」
城までの道を塞がれ、私は悔しそうにしながら何処か逃げ道はないか周りを見回したその時──。
「きゃぁぁ!」
後ろで悲鳴が聞こえたと同時に、握っていたアンジェリカ姫の手が離れたのだ。
私は慌てて後ろを振り返ると、そこにはアンジェリカ姫を羽交い締めにしているリーダーの男がいたのである。
「アンジェリカ姫!」
「お離しなさい!」
「ちっ、てこずらせやがって。おいお前ら! そいつもとっとと捕まえろ!」
「へ、へい!」
リーダーの男に怒鳴られながら慌てて道を塞いできた男達が私を捕まえたのだ。
「ちょっ! 離してください!」
「こら暴れるんじゃねえ! いいから大人しくしていろ!」
私は捕まれた腕から逃れようと必死に暴れたのだが、数人の男達に取り押さえられているため抜け出す事が出来なかったのである。
ちらりと私はアンジェリカ姫の方を見ると、いつの間にか気絶させられたようでぐったりとしながらリーダーに担がれようとしていたのだ。
「アンジェリカ姫!!」
「うるせえ! せっかくあの皇女様がここら辺に人がこないようにしてくれたのに気付かれちまうじゃねえか!」
「あ! そうか叫べばいいのか!! 誰……うっ!」
男の言葉にいまさらながら気が付いた私は、すぐさま人を呼ぼうと大声をあげようとしたのだが、そんな私のお腹に強い衝撃が走ったのである。
「暫く寝んねしてな」
そうリーダーの男が言いながら私のお腹に拳を入れているのが見えたが、そのまま私の意識はゆっくりと落ちていったのだった。
「…………さ……い!」
何かを叫んでいる声が微かに聞こえ、私の意識は段々と浮上していったのだ。
そうしてゆっくりと目を開けたのだが、何故か周りの様子がよく見えなかった。
私はしっかりと確認しようと目を擦り寝ていた体を起こそうとしてお腹に痛みが走ったのである。
「っ!」
その痛みに耐えながら自分のお腹を押さえて身を起こした。
(なんでお腹が痛い……ああそうだ! 私、あのリーダーの男にお腹を強く打たれて意識を失ったんだった!)
そして意識を失う前の出来事が頭によみがえり、私は呆然としながら自分のお腹を見つめたのだ。
「ここから出しなさい! わたくしを誰だと思っていますの!!」
アンジェリカ姫のそんな叫び声と共に強く木の板を叩く音が聞こえ、私はハッとしながらその聞こえてきた方を見たのである。
するとそこには薄暗いながらも波打つ濃い紫色の髪が見えたので、どうやらそこにアンジェリカ姫がいる事が分かったのだ。
さらにアンジェリカ姫は木製の扉を両手で叩きながら外に向かって叫んでいるようだった。
私はようやく慣れてきた目で周りを見回し、そしてここが牢のような場所である事に気が付いたのである。一応この部屋の中に唯一夜空が見える窓はあったが、そこにはしっかりとした鉄格子が付いていた。
そんな中で私は設置されていた簡易的なベッドに寝かされていたようなのだ。
「……ここは一体」
そう呟きながらもとりあえずアンジェリカ姫に話し掛けようと、痛むお腹を押さえながらベッドから下りまだ扉を叩いているアンジェリカ姫に近付いた。
「アンジェリカ姫……」
「っ! ……貴女、いつ起きたの?」
「たった今です。それよりもここは何処なのですか?」
「……分からないわ。わたくしもついさっき目覚めたばかりですもの」
アンジェリカ姫はそう言って不機嫌な顔で私から顔を背け、私のいたベッドの向かいにあるもう一台のベッドに腰掛けたのである。
私もそんなアンジェリカ姫を見ながら、もう一度私が寝ていたベッドに腰掛けたのだ。
「アンジェリカ姫……お聞きしたいのですが、あの男達は何者なのですか?」
「…………ドビリシュ盗賊団と名乗っていたわ」
「ドビリシュ盗賊団……聞いた事ありませんね」
「……わたくしも本人から聞くまで知りませんでしたもの」
「それで、そのドビリシュ盗賊団とは何処で知り合われたのですか?」
「……たまたま街で貴女用のビックリおもちゃ……いえ! 買い物をしていた所にあの男達が声を掛けてきたのですわ。そしてわたくしの買った物を見て、ニヤニヤしながら提案を持ち掛けてきましたのよ」
「提案、ですか?」
「ええ……嫌っている人物がいるのなら、その人物をわたくしの前から消してくれると……」
「……」
アンジェリカ姫はバツの悪そうな顔で横を向いてしまった。
そして明らかにその人物が私である事が分かるので、私は苦笑いを浮かべる事しか出来なかったのである。
「それで……アンジェリカ姫はその時に依頼をされたのですね」
「……いいえ。その時はさすがにその男達の言葉を信用する気にはなれなかったですし、わたくしだけでなんとか出来ると思っていましたから」
「そうなのですか」
「だけど……全然効果がなく本人はいたって平気そうにしているのですもの。わたくしそれが段々腹立たしくなっていましたのよ。さらにわたくしの婚約者の部屋から出てきた姿を見て……すぐにあの男達に連絡を取ったのですわ!」
「なるほど……それであの男達の指示でアンジェリカ姫が私をあの場所に誘い出したのですね」
「……ええ、そうよ。だけどまさかあの男達がわたくしまで拐うつもりでいたとは思わなかったわ」
アンジェリカ姫はそう言うと悔しそうに親指の爪を噛みだしたのだ。
私はそんなアンジェリカ姫を見てベッドから立ち上がり、アンジェリカ姫の隣に座ってその噛んでいた手を優しく外したのである。
「アンジェリカ姫、とても綺麗な爪をされているのにそんな事されてはいけませんよ」
「……貴女、わたくしの事が憎くありませんの? 確かに貴女の言うとおり……わたくしは貴女に数々の嫌がらせをしてきましたのよ? さらにこのような事態になったのもわたくしのせいですし……」
「いえ、全く憎いとは思っていませんよ」
「え?」
「だって……もしかしたら私もアンジェリカ姫と同じ事をしていた可能性がありましたから」
「え? 貴女のようにどなたからも好かれている人がわたくしと同じ事を? 一体どなたに?」
「ヒロイ……いえ! そこは気になさらないでください! まあ私はアンジェリカ姫の事を嫌ってはいない事を知って頂ければいいのです」
「……」
私の発言を聞きアンジェリカ姫は驚いた表情で目を瞬いていた。
「それよりも……あの男達が言っていた大口の依頼人が気になりますね。何故アンジェリカ姫を拐わせたのでしょう?」
そう呟き私は手を顎に持っていって考え出したのだ。
するとその時、扉の鍵が開く音が聞こえそしてゆっくりと扉が開いたのである。
そうしてその開いた扉から手に明かりを持った一人の男性が入ってきたのだ。
「あ、貴方は!!」
そんな驚きの声が私の横にいたアンジェリカ姫から発せられたのであった。
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