謁見の間

 振り向いたその先にはニーナが驚愕の表情で私を見つめながら立っていたのだ。




「ニーナ?」


「っ!セ、セシリア様!!!」




 ニーナの名を呼んで呼び掛けると、ニーナは弾かれたように私に走りよりそのままの勢いで抱きついてきたのである。




「ちょっ、ニーナ!?」


「セシリア様!!セシリア様!!」


「ニ、ニーナちょっと落ち着いてください!」




 私の胸に顔を埋め何度も私の名前を呼んでいるニーナに戸惑いながら、なんとか落ち着いてもらえるように声をかけその肩に手を置いた。


 その時ニーナの肩が小刻みに震えている事に気が付きどうやら泣いてしまっているようだ。


 そんなニーナの様子に私はどうすれば良いか困惑してしまったのである。


 すると漸く少し落ち着いたのかニーナは私の胸から顔を離し顔を上げてくれた。


 そしてやはりその目は涙に濡れていたのだ。




「ニーナ・・・」


「セ、セシリア様・・・今まで一体何処にいらっしゃっていたのですか?」


「え?あ~それは・・・」


「それにそのお姿・・・」




 そう言ってニーナは体を離すと険しい表情で私の体を上から下までじっと見つめた。


 そのニーナの様子に私は自分の姿を改めて確認したのである。




(・・・うわぁ~埃や砂で至る所汚れちゃってるし気が付かないうちにドレスの裾や飾りが破れちゃってる・・・それに見えないけど多分頭も凄い事になってる感じがするな。まあ普通に考えたら通気孔の中を通ればこうなるよね)




 私は黒くなってしまっている手のひらを見ながら苦笑いを浮かべたのだ。


 しかしそこでハッと気が付き慌ててニーナの方を見た。




「あ・・・ごめんなさい。ニーナまで汚れてしまいましたね」




 どうやら私に抱きついた時に付いてしまったようでニーナの顔と服が少し黒く汚れていたのだ。




「私の事ならお気になさらないでください。それよりもセシリア様の方です!!確か・・・そこから出てこられましたよね?」




 そう言ってニーナは私が出てきた通気孔の方に目を向けた。




「あ、うん!ちょっと訳があってあそこから出てきただけで気にしないでください」




 私はから笑いを浮かべながら慌てて外したままの通気孔の柵を戻したのである。




「訳、ですか?それは一体・・・」


「そ、それよりもこの姿でここにずっといるのはさすがに良くないと思うのですよ。ニーナも汚れてしまいましたし・・・多分ここお城の裏手ですよね?いくら人があまり来ない所とは言えこの姿を他の人に見られるのは・・・」


「・・・そうですね。とりあえず私の部屋に行きましょう」


「ええ、それは助かります」




 そうして私達は人目を避けてお城の中を通りニーナの部屋に到着したのであった。












































「ニーナ、お風呂お借ししてくれてありがとうございました。それに着替えまで・・・」




 そう言って私は申し訳ない表情でお風呂場から出てきたのである。


 するとすでに着替えて汚れた顔を綺麗にし終えたニーナが座っていた長椅子から立ち上がり私に近付いてきた。




「ああサイズが合って良かったです」




 ニーナはそう言ってにっこりと微笑んだのだ。


 さすがにあまりの姿だった私を見かねてニーナが部屋に付いていたお風呂を貸してくれたのである。


 さらに私がお風呂に入っているうちにドレスと靴まで用意しておいてくれたのだ。


 ちなみにこのニーナの部屋にはニーナと私の二人だけしかいない。


 何故なら庶民であるニーナが全部一人で出来るからと言って、お城に住むようになった初日にお世話をしてくれる侍女を全て断ったからだ。


 そのお陰でいまだに私はニーナ以外の人とは出会っていないのである。




「セシリア様、髪を整えますのでどうぞ鏡台の前に座ってください」


「え?べつにわざわざ良いですよ」


「良いですから!さあ座ってください」




 戸惑っている私の手をニーナが取り鏡台の前まで連れていかれるとそのまま椅子に座らされた。


 そしてニーナは鏡台に置いてあったブラシを手に取り私の髪を優しく梳きだしたのだ。




「・・・本当にセシリア様が無事で良かったです。他の貴族の方々は、またセシリア様が勝手に何処かに行かれたと呆れてあまり心配されていらっしゃらなかったのです。でも私達はセシリア様の身に何かあったのではと思いあらゆる所を探していたんですよ」


「そうなのですか・・・心配掛けてごめんなさいね」


「・・・・・セシリア様、もしかしてレオン王子が関係されていませんか?」


「え!?」


「やはり・・・」


「い、いえそれは・・・」


「隠さなくて良いんですよ。実は私・・・ずっとレオン王子が怪しいと思っていたんです」




 そう言ってニーナは髪を漉くのを止め真剣な表情で鏡越しに私の顔を見てきたのである。


 私はそんなニーナに驚きの表情を向けた。




「い、一体どうして・・・」


「私、レオン王子と初めてお会いした時からレオン王子のセシリア様への気持ちは薄々分かっていました。ですが・・・レオン王子がセシリア様の事を話す時に一瞬見せる危険な目の光を何度か目撃しその度に寒気が走っていたのです」


「・・・・」




 そのニーナの言葉を聞き私はあの地下室で狂気に満ちた表情で笑うレオン王子の顔を思い出し、思わず自分の体を抱きしめたのだ。


 するとそんな私をニーナが後ろから優しく抱きしめてくれたのである。




「ニーナ・・・」


「とても怖い思いをされたのですね」


「っ・・・」


「私・・・セシリア様が行方不明になられてからすぐにレオン王子が怪しいと思いずっと探っていたのですが、皆様と同じようにセシリア様を心配し一生懸命探してくださったりしていたので、段々自信が無くなっていたのです。しかし私はふとずっと前にレオン王子から何かレオン王子のお部屋で作っているとお聞きした事を思い出し、もしかしたら何か見付かるかもとレオン王子の部屋がある裏手まで行ったのです。すると丁度そこにセシリア様が現れたのですよ」




 そのニーナの話を聞いて何故あんな人が滅多にこない所にニーナが現れたのか分かったのだ。




(なんてグットタイミング!もしニーナ以外に見付かっていたら・・・きっと私の姿を見て大騒ぎになっていた所だろうね。そう思うと本当にニーナには大感謝だよ!)




 私はそう思いながら抱きしめてきたニーナの手を優しく撫でそして鏡越しににっこりと微笑んだのである。




「ニーナ、本当にありがとうございます」


「セシリア様・・・」


「私、ちょっと今回の事を説明しに国王の所に行ってきますね」


「え?セシリア様!?」


「さすがに前回に続いてのお騒がせですから・・・私が直接謝罪をしないといけないと思うのですよ」


「それはセシリア様のせいでは・・・」


「それでも・・・私が行かないといけないですから」




 そう言ってニーナの手を外すと椅子から立ち上がりニーナの方を向いてもう一度にっこりと微笑んだ。




「ニーナ、色々ありがとうございます。では行ってきますね」




 私はニーナに軽く頭を下げてから廊下に通じる扉に向かって歩き出した。するとその私の後ろをニーナが追ってきたのだ。




「私も行きます!!」


「・・・ありがとうございます。正直ニーナについてきてもらえると心強いです」


「セシリア様には私が付いていますので安心してください!」




 ニーナの言葉に私は嬉しくなり笑顔を向けると、ニーナも嬉しそうに笑ったのである。


 そうして私達は部屋を出て国王の下に向かったのであった。






































 どうやら国王は謁見の間で政務を行っていると聞いた私達は、様々な視線を受けながら謁見の間に急いだ。


 そして扉の前を警護していた衛兵に国王への取り次ぎをお願いしたのである。


 すぐに許可が下り私達は謁見の間の扉を開けて中に入った。


 しかし予想はしていたが中で政務を行っていた官僚の人々の鋭い視線が私に突き刺さったのである。




(・・・まあ、長い事行方不明になっていた令嬢が突然現れればそんな反応になるよね。それも公爵令嬢であり王太子の婚約者なら尚の事)




 官僚達の反応に私は内心苦笑いを浮かべながらも、それを表情に出さず凛とした態度で堂々と壇上の玉座で座る国王の下に歩いていった。


 すると私の目の端に、嬉し涙をためて立っているお父様とそのお父様に腕を掴まれながらもこちらに走り寄ろうとしているお兄様の姿が見えたのである。


 私は敢えて言葉は発さず二人に軽く頭を下げてからすぐに視線を国王に戻した。


 そうして国王の前までやってくると私はスカートの裾を摘み完璧な淑女の礼をしたのだ。


 その時私の一歩後ろにいるニーナも頭を下げたのが見えた。




「国王陛下・・・政務中のお忙しい時にお邪魔し大変申し訳ございません。しかし、お話したい事がございまして本日参りました」


「・・・話したい事?」


「はい・・・」




 私はそう返事を国王に返しながらもチラリと回りにいる官僚達に視線を向けたのだ。


 すると国王はその視線の意味を察してくれたらしく政務を一時中断すると言って官僚達を退室させてくれた。


 しかしさすがにお父様やお兄様は頑として出ていくつもりはないと言い張ってこの場に止まったのである。


 私はそんな二人に苦笑いを浮かべながらも時間を割いてくれた国王にお礼を言ったのだ。




「ありがとうございます」


「いや良い。それよりも・・・セシリア嬢は今まで一体何処にいたのだ?」


「それは・・・」




 その時大きな音を立てて扉が開きそこからレオン王子が駆け込んできたのである。




「セシリア姉様!!」




 レオン王子の呼び声に私は一瞬肩をビクつかせるがすぐに平静を装ってレオン王子の方に振り返った。


 するとそんな私を庇うようにニーナが間に入り鋭い視線をレオン王子に向けたのだ。


 そのニーナの視線にレオン王子は驚き私に駆け寄ってくる足を止めたのだ。




「ニーナありがとうございます。でも大丈夫ですよ」


「ですがセシリア様・・・」




 守ってくれようとしたニーナに優しく微笑みかけ、私は落ち着かない様子のレオン王子にも淑女の礼をしたのである。




「レオン王子、お久し振りです」


「「え?」」




 私の態度にニーナとレオン王子が同時に驚いたのだ。


 しかし私は敢えて何も答えず、もう一度国王の方に体を戻したのである。




「お話の途中に申し訳ございませんでした。それでお話の続きなのですが・・・私、今まで思うところがあり遠くの町で身を隠していたのです」


「え!?セシリア様!?」




 まさかの私の説明にニーナが小さな声で驚きの声を上げ私を見てきた。


 しかしそんなニーナに私は視線だけを向け小さく首を横に振ったのだ。


 そして私の横まできていたレオン王子も戸惑った表情で私を見ていたのである。




「・・・ふむ、捜索隊を派遣したのだがよく見付からずに済んだものだな」


「私・・・意外に庶民に紛れる事が得意なのです」


「そ、そうか・・・しかし思うところと言うと、やはりカイゼルの婚約者の件か?」


「・・・・・はい。あれからよく考えたのですがやはり私にはどうしても荷が重く、その重責に耐えられず身を隠してしまったのです」




 私はそう言って思い詰めた顔で肩を落とすと黙って私達を見ているお父様とお兄様の方に顔を向けた。




「しかしそのせいで様々な方にご迷惑をお掛けしてしまい、さらにはハインツ家の評判も悪くしてしまいましたよね?」


「いや、そんな事は・・・」


「セシリアは全然悪く無いから心配する事は無いよ!私と父上がなんとかするからさ。そうですよね父上?」


「あ、ああ!勿論だ!!可愛い私の娘を悪く言う者は片っ端から私が・・・」


「・・・私も協力します」




 二人が怖い顔で笑い合う姿を見て私は頬を引きつらせながら視線を外したのである。


 するとその時、再び扉が大きな音を立てて開きそこからカイゼル達が雪崩れ込んできたのだ。

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