姫と団長

「ビクトル危ない!!」




 私はそう叫ぶと同時にビクトルの体を思いっきり押しそして私の左手の甲に鋭い痛みが走ったのである。




「っ!!」


「姫!!」


「姫さん!!」




 まるで焼けるような痛みに耐えながら踞り右手で私の左手を押さえるが、その指の間から真っ赤な血が溢れ出てきたのだ。


 実はラビが放った短剣には凄く細い透明な紐が結ばれていて、その紐を引っ張って後ろから短剣をビクトルに刺そうとしていたようなのである。


 その事に気が付いた私は頭で考えるよりも先に体が動き、結果ビクトルを助ける事が出来たが代わりに手の甲をその短剣で切ってしまった。


 そんな私の下にビクトルとラビが慌てて駆け寄ってきたのだが、私の手の血を見たビクトルの様子が急変したのである。




「貴様!!私の姫に怪我を負わすなど!!今すぐ私の手で殺してやる!!」


「うぐぅぅ!!」




 ビクトルはラビの胸ぐらを掴むと地面から浮かせ持っていた剣を振り上げた。


 私はそんなビクトルに驚きながらもそのビクトルの顔を見ると、その目は完全にヤバイ状態だったのである。




(これはヤバイ!本気だ!!)




 そう察すると私はすぐさま立ち上り後ろからビクトルを抱きしめて止めたのだ。




「ビクトル落ち着いてください!!ちょっと切ったぐらいですし私は大丈夫ですから!!」


「・・・・」


「お願いします!私、ビクトルに簡単に人を殺めて欲しくないんです!!」




 私はそう叫ぶとさらにビクトルを抱きしめる腕を強めたのである。


 するとその私の声が聞こえたのかビクトルは剣をゆっくり下ろしラビを地面に放り投げたのだ。




「ゲホゲホ!」


「・・・姫に免じて殺さないでいてやる」




 ビクトルはそうラビに言い放つと突然口笛を吹いた。


 するとどこにいたのか兵士達が現れそしてあっという間にラビを縛り上げてしまったのだ。


 そしてラビはその兵士達に連れていかれそうになったのだが、その場で立ち止まり私の方に振り向いてきたのである。




「・・・姫さん、怪我させちまってすまない。そして助けてくれてありがとう」


「ラビ・・・怪我は大したことないから大丈夫だよ。だからちゃんと罪を償ってきてね」




 そうしてラビは今度こそ兵士達に連れていかれてしまった。


 そんなラビをじっと見送っていると隣にいたビクトルが急に跪きそっと怪我をした手に触れてきたのである。




「・・・姫、手当てを」


「あ、自分でしますので大丈夫ですよ」


「いいえ!私にやらせてください!」


「あ、はい・・・ではお願いします」




 あまりにもビクトルが真剣な表情訴えてきたので私は大人しくその手当てを受ける事にしたのだった。


 ビクトルは自分の懐に手をいれて何かを探すと、そこから水色のハンカチを取り出したのだ。


 そしてそれを優しくまるで壊れ物でも扱うように怪我をした私の手に巻いてくれたのである。




「・・・姫、キツくはありませんか?」


「ええ大丈夫ですよ。ビクトルありがとうございます。・・・ふふ、あの時と逆になってしまいましたね」




 私はそうクスクスと笑いながらビクトルにお礼を言った。


 しかしビクトルはじっとハンカチを巻いた私の手を見つめそしてゆっくりと顔を上げて今度は私の顔を見つめてきたのだ。


 だがその表情は何故か険しい物だった。




「ビクトル?」


「・・・姫、何故あのような無茶をされたのです!」


「え?」


「私などを庇ってこのようなお怪我を・・・」




 そう言ってビクトルは辛そうな表情で再び私の怪我をしている手に視線を向けたのだ。




「お願いです。私の事よりもご自身の身を一番に考えてください!」


「・・・それは無理です」


「なっ!?どうしてですか姫!!」


「だって・・・無意識に体が動いてしまうんですもの!私、目の前で誰かが危ない目に遇いそうになってると、頭で考えるよりも先に体が動いてしまうんです。だからビクトルのお願いには応えられないです」


「姫・・・」


「それに私・・・ビクトルを助けて怪我をした事は全く後悔していません。むしろビクトルが助かって本当に良かったと心から思っているんですよ?」




 私はそう胸を張ってにっこりと笑って見せたのである。




「っ!・・・本当に貴女と言う人は!」


「え?ビクトル!?」




 ビクトルは吐き捨てるように言い放つと勢いよく立ち上りそして私をその大きな胸に抱き寄せたのだ。


 その突然のビクトルの行動に私は驚きまだ痛んでいた手の事など一気に吹き飛んでしまったのである。




「ちょっ、ビクトルどうしたのですか!?あ!もしかしてまだ残党が!?」


「・・・・・いいえ、今は貴女と私の二人だけです」


「じゃあどうして・・・」




 私はそう戸惑いながらビクトルの胸から顔を上げると、見下ろすようにビクトルが真剣な眼差しで私を見つめていたのだった。




「姫・・・・・必ず貴女を迎えに行きますのでどうか私の事を待っていてください」


「・・・へっ?ビクトル何処かに行かれるのですか?」


「いえ、そう言うわけでは・・・」


「じゃあどう言う・・・あ、ニーナの護衛任務に関係したお話ですか?でしたらニーナを優先してあげてください!べつに私まで護衛する為に迎えに行くとかして頂かなくても大丈夫ですから、ビクトルはビクトルの任務に集中してくださいね」




 そう言って安心させるようにビクトルに向かって微笑んであげたのだ。


 しかしビクトルはそんな私の顔を見て固まりそして目元を手で覆うと何故か大きなため息を吐かれてしまったのである。




「ビクトル、どうかされたのですか?」


「いえ・・・貴女はそんな方でしたね」


「???」




 ガックリと肩を落とし明らかに気落ちしてしまったビクトルを見て、私は一体どうしたのかとビクトルに抱きしめられたままの格好で狼狽えていたのだった。




「・・・さて、そろそろ戻りましょうか。皆様方が大変心配されていますので」


「あ、そうですね」




 ビクトルの言葉を聞いて私はカイゼル達の事を思い出したのである。




(そうだよね、あんな目の前で拐われたら・・・さすがにヒロインじゃない私の事も少しは心配してくれてる・・・はず・・・だよね?)




 段々自信がなくなってきた私はそんな事を思いながらも、倉庫に閉じ込められていた時に聞いたラビの言葉を思い出していた。




『婚約解消して他の女と婚約』




(・・・もしかしたらあまり心配されていないかも)




 そんな風な考えが過りさすがにちょっと悲しくなったのだ。


 するとその時、急に私の視界がぐるりと回り気が付いたらビクトルの顔がさらに近くなったのである。


 その突然の事に驚いていたがすぐに私はビクトルにお姫様抱っこされている事に気が付いた。




「なっ!?ちょっ、ビクトル下ろしてください!」


「いえ、姫はお怪我をされていますので」


「いやいや、怪我と言っても手のしかも甲の方ですよ!?普通に自分で歩けます!!」


「お怪我の場所は関係ありません!私が姫をこうしてお連れしたいのです!」


「うう・・・でも恥ずかしいのですが・・・」


「では行きますよ。姫、危ないのでどうか私に掴まっていてください。ああその汚れてしまった手はここに来る途中にあった湖で洗いましょう」




 ビクトルはそう言うとそのままスタスタと歩きだしてしまったのだ。


 私はその動きにバランスを崩しそうになった為、慌ててビクトルの胸元に掴まったのである。




(ビクトルって時々強引な所あるよね・・・)




 そう呆れながらも私は諦めて大人しくビクトルに抱えられていくことにしたのだ。


 そうして本当に途中にあった湖で汚れた手を洗いさらに傷口をもう一度洗い流してから再びビクトルにハンカチを巻かれると、また抱き上げらそのまま皆の待っている場所まで連れていかれたのだった。


































 最後に誘拐事件と言う想定外のイベントが起こったがなんとか私の手の怪我だけで事は済み、さらに本当に皆に心配されていた事に内心ホッとしながらも無事に皆の下に戻れたのだ。


 しかしその時、私の怪我を知ったニーナは青い顔で卒倒しそうになるは、カイゼル達は怖い顔で剣を握りしめラビが捕らえられている場所に行こうとしたのでそんな皆を宥めるのに相当苦労したのであった。


 そうして私達はそれから帰りの足を早め王都に帰還したのだ。


 しかしそこでも一波乱あったのである。


 私の誘拐事件と怪我を知ったお父様がそれはそれは激しく取り乱し、自宅で療養させると言い張って強制的に家に帰らされてしまった。


 さらにお母様やお兄様、さらには屋敷の使用人達までもが大騒ぎをしてまるで重症人のように扱われてしまう始末。


 すぐに侍医が呼ばれすでに治療済みの手を再度治療してもらう事になってしまったのだ。


 まあ侍医の診断でもそんなに傷は深く無いのですぐに良くなると言われたのだが、それでも皆から自室から出してもらえないのである。




「・・・・・お兄様、いい加減私外に出たいのですが」


「まだ駄目だよ。その傷が影響して体調を悪くしたらどうするんだい?」


「そんなに心配する程じゃないと思うのですが・・・」


「その油断が危険なんだよ!ほら、それよりもセシリアの好きな美味しい葡萄が手に入ったから食べるだろう?」


「・・・食べます」


「ふふ、じゃあ口開けて」


「右手は無事なので自分で食べれますよ?」


「良いから良いから。ほらあ~ん」


「・・・あ~ん」


「美味しいかい?」


「美味しいです」


「じゃあもう一個」




 そんなやり取りをしながらお兄様にどんどん葡萄を食べさせられたのだった。


 正直昔の私ならこの状況をとても喜んでいたのだろうが、こう毎日こんな状態が続くとさすがにうんざりしていたのだ。




「・・・お兄様、毎日家にいますけどお仕事は良いのですか?確かお父様の手伝いをしていたと思いますけど?」


「ああ、その心配は大丈夫だよ。父上から私の代わりにしっかりセシリアの面倒を見てあげるように言われているからさ」


「はぁ・・・あれ?でも婚約者のマリー様の事は放っておいて良いのですか?」


「それも大丈夫。マリーはセシリアと一緒に住んでも良いと言ってくれた唯一の素晴らしい女性だからね。そのマリーからもセシリアの方を優先してくださいと言われているんだよ」


「・・・・・今凄く気になる事が聞こえたのですが、私がお兄様とマリー様と一緒に住むってどう言う事ですか!?」


「その言葉の通りだよ。私がマリーと結婚してもセシリアはずっと私達と一緒に住めるって事だよ。だから安心してカイゼル王子と婚約解消して良いからね」




 そう言ってお兄様はとても良い笑顔で私に笑い掛けたのである。


 私はそんなお兄様を見て額に手を置きガックリと項垂れたのだ。




(いやいや、さすがに新婚夫婦の所に堂々と居座れるわけないじゃん!!いくらマリー様がお優しい方だからと言っても義理の妹とずっと暮らすって・・・私なら厳しいよ。それに私も凄く居心地が悪いから嫌だし・・・まあカイゼルとの婚約解消の件はニーナとカイゼルの気持ち次第だから私には何も言えないんだよね・・・とりあえず今は一刻も早く傷を治してお城に戻ろう!!ハッキリ言ってここに居たくない!!!)




 さすがの過度な看病の日々に辟易していた私はそう心の中で誓い、それでも1ヶ月程実家に軟禁されたがなんとか皆を言いくるめてお城に戻る事が出来たのであった。

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