収穫祭

 聖地巡礼イベントを終えてから半年ほど経った。


 しかしこの半年間、特にこれと言ってニーナの恋に進展があったようには見えずただただ相変わらず皆でワイワイと楽しく過ごしていたのである。


 だけどもしかしたら私の知らない所で密かに恋を育んでいるのかもしれないと思っている私は、極力ニーナと攻略対象者達との時間を邪魔しないように気を付けているのであった。


 そんなある日、私は鏡台の前に座りダリアに髪を整えてもらいながらふと思い出した事をダリアに聞いたのだ。




「ねえダリア、結局ラビ達・・・ロンジャー盗賊団ってあれから見付かったのですか?」


「いえ、特に捕まったと言う情報は入ってはいません」


「そうなのですか・・・」




 実はラビはあのまま警備隊の手によって近くの街で勾留されていたのだが、暫くしてそこから別の大きな街に護送される事になったラビをその道中で盗賊団の仲間達が助け出していたのである。


 そんな事を知ったのは、私が城で散歩をしていた時に使用人の男の子から私に渡すように頼まれたと言われて渡された小箱の中身を見た時だったのだ。


 その渡された小箱には傷薬の瓶が一つと手紙が一枚入っていたのだが、その手紙の内容を見て私は固まってしまったのである。




『愛しの姫さんへ




 あの時は俺様のせいで怪我をさせちまって本当にすまないと思っている。


 その詫びに俺様の知り合いが作っている傷口を綺麗に消してくれるよく効く傷薬を姫さんにプレゼントするぜ。


 ちなみに俺様はと言うと子分達が必死に助け出してくれたもんでとりあえず逃げる事にした。


 だから暫くは身を隠す事になるから姫さんを迎えに行くのはちょっと時間が掛かると思う。


 まあそれまで寂しいと思うが俺様の事を思って待っていてくれよ。




姫さんの愛しい夫となるラビより』




 私はその手紙を見ながら部屋で固まっていると丁度部屋に遊びに来たカイゼル達に訝しがられ、さらにその手紙を奪うように読まれてしまったのだ。


 するとカイゼル達は皆揃って目を据わらせすぐに討伐隊を結成させたり私の護衛を増やしたりと色々大事になって大変だったのである。


 ちなみに私に小箱を渡してくれた使用人の男の子の話では、フードを被った男の人から小銭を渡されて頼まれたらしい。


 そしてよく話を聞くと、そのフードからちらりと赤い髪が見えていたらしくその話からどうやらラビ本人が王都まで来ていたようなのだ。


 その話を聞いたビクトルはボソッと呟いたのである。




「・・・やはりあの時とどめを刺しておけば良かった」




 そんな恐ろしい言葉が聞こえギョッとしているうちにビクトルは自ら街に飛び出しラビを探し回ったのだが、結局どれだけ探してもラビは見付からなかったそうなのであった。


 ちなみにあの傷薬は一応ちゃんとした機関に調べてもらうと、本当に傷薬でそれもなかなか効能が良い良品だった事が分かり私はありがたく使わせてもらったのである。


 そのお陰か私の左手の甲の怪我はすっかり綺麗に治ったのだ。


 私はその半年前の出来事を思い出し一人苦笑を浮かべていたのである。




「さあセシリア様出来ました」




 ダリアがそう言って満足そうな顔で頷いているのを鏡越しに見ながらダリアに整えてもらった髪を確認したのだ。


 その鏡に映っている私の髪型は今着ている淡い紫色のドレスに凄く合っていてとても素敵なものであった。




「うんとても良いです!ダリアありがとうございます」


「いえいえ、セシリア様をお美しく着飾る事が私の仕事ですので」


「いつも感謝しています」


「さて、そろそろお時間ですのでカイゼル王子がお迎えに来られるかと・・・」




 するとその時、窓の外からドーンと爆発音が聞こえたのである。


 私はその音に驚き慌てて夜空が見える窓の方を見ると、そこには綺麗な大輪の花火が上がっていたのだ。




「うわぁ~綺麗ですね!」


「はい。とても見事です。今街の方の祭りも最高潮なのでしょうね」


「・・・楽しそうで良いですね。正直私もそちらの方に参加したかったです」


「お気持ちは分かりますが、公爵令嬢のセシリア様のご身分ではさすがに・・・」


「分かっています。貴族の方々はお城で行われる収穫祭の舞踏会の方に参加ですものね」




 私はそう言ってダリアに向かって苦笑いを浮かべた。


 実は今日は収穫祭と言う名のお祭りが国の至るところで行われているのだ。


 特に今年は『天空の乙女』が選ばれた事もあってか各地で農作物が大豊作だったのである。


 その為、今年の収穫祭の盛り上がりは例年以上だった。


 そしてその盛り上がりは貴族達も例外ではなく、特に領地を持っている者達はとても上機嫌であったのだ。


 なのでお城で行われる収穫祭も今年は豪華なものになるそうなのである。


 私はその収穫祭の舞踏会に参加する為、着飾りダリアに髪の毛を整えてもらったのだ。




(・・・本当に街の方のお祭り楽しそうだな~。私前世で小さい時は近くでやってたお祭りに行くのが毎年楽しみだったんだよね。まあさすがに今はそのノリでここの街のお祭りには行けないけど・・・でもこれからあるお城の舞踏会も密かに楽しみなんだよな~。だってこの収穫祭の舞踏会もゲームのイベントであったから!!)




 そうこれから行われる舞踏会はニーナと攻略対象者との恋が大きく進展するイベントなのである。


 綺麗に着飾ったニーナと舞踏会用の正装姿をした攻略対象者がダンスを踊り、そしてその後人気のない場所でお互いに秘めていた思いを告白し合い晴れて恋人同士になるのだ。




(そのダンスシーンのスチル、どの攻略対象者が相手でも凄く美麗なんだよね!!だってクリアした後で見れる画像集で暫く全員のその部分見てニマニマしてたんだよな~)




 私の脳裏にそのスチルがスライドショーのように映り無意識に顔がにやけてしまった。




「セシリア様・・・どうされましたでしょうか?」


「っ!な、なんでもないです!!」




 ダリアが奇妙な者を見る目で私に問い掛けてきたので、私は慌てて顔を戻しなんでもないと無理矢理誤魔化したのだ。


 するとその時部屋の扉がノックされそしてカイゼルが部屋に入ってきた。




「やあセシリア・・・今日は一段と美しいね」


「カイゼルの方こそ・・・いつにも増してその正装姿が似合っていて素敵ですよ」




 白地に金の刺繍が美しく施されている正装服を完璧に着こなしているカイゼルを見てそう私は素直な感想を述べたのである。




「ふふ、セシリアにそう言ってもらえた事が一番嬉しいです。ではそろそろ時間ですし広間に行きましょうか」


「あ、はい」




 そうして私はカイゼルの腕に手を添えて並んで舞踏会が行われる大広間に向かったのであった。






































 大広間に入るともうすでに沢山の王侯貴族達が思い思いに舞踏会を楽しんでいたのだが、私達の姿を発見するとすぐに恒例の挨拶の列が出来てしまったのだ。


 私はそれを内心うんざりしながらもそれを表面に出さず、似非スマイルを顔に張り付けて対応したのである。


 そうして漸く挨拶も終わりホッと息を吐くと、カイゼルが私を促して広間の中心に向かった。




「カイゼル?」


「さあダンスをしましょう」


「・・・やっぱりそうですか。まあもう慣れましたから良いですけど・・・せっかくですし今日は別の方とも踊られたらどうですか?」


「まあ・・・・・本当に気が向いたら踊りますよ。それよりも曲が始まります。さあセシリア手を」


「・・・はい」




 私は相変わらずのカイゼルに呆れた表情を浮かべながらも仕方がなくその差し出された手に自分の手を乗せると、カイゼルと共に踊り出したのである。




「やはりセシリアはダンスがとても上手ですね」


「いえいえ、カイゼルのリードが上手なのですよ」


「それでもセシリアと踊っているのが一番踊りやすく楽しいです」


「・・・ありがとうございます」




 カイゼルは私に顔を近付けて楽しそうに微笑んできたので、私はその間近で見る端正な顔を直視できず顔を反らしてお礼を言った。


 ただその時顔が熱くなっていたのできっと顔が赤くなってしまっていたと思う。




(間近で見る美形の微笑みは反則だ・・・)




 特に今日の衣装と舞踏会のきらびやかな雰囲気でカイゼルの美形度がいつも以上に増してるように感じたのである。




「セシリア可愛いです・・・」


「え?」


「・・・セシリア・・・・・後で貴女にお話したい事がありますので少しお時間を頂けますか?」


「今では駄目なのですか?」


「雰囲気が大事ですので・・・」


「はぁ・・・まあ良いですよ」




 カイゼルが何を話したいのか分からなかったが、とりあえず了承の返事を返したのだ。


 そんな事を話しているうちに曲が終わり私達はお互い一礼をした。


 するとそんな私達の下にニーナが近付いてきたのである。




「セシリア様!カイゼル王子!」


「やあニーナ、そのドレスとても貴女に似合っていますね」


「あ、ありがとうございます。カイゼル王子」


「どうです?舞踏会は楽しんでいますか?」


「はい!とても楽しいです!」


「それは良かったです」


「・・・セシリア様、どうかされましたか?」




 カイゼルがニーナのドレス姿を見て微笑みながら褒めるとニーナは恥ずかしそうにはにかみながらもお礼を言ったのだ。


 しかし私はと言うと、可憐なニーナの真っ白なドレス姿を間近で見て思考が停止してしまっていた。


 さらにニーナの頬を染めて恥ずかしがっている様子を見てこの場で転がって身悶えたい衝動にかられていたのである。


 だがさすがに理性が私を律しなんとかそんな醜態を晒さなくて済んでいたのだ。




「ニーナ・・・とてもとても素敵です!まるで天使みたいですよ!!」


「っ、そ、そんな事無いです。でもセシリア様にそう言って頂けてとても嬉しいです。ありがとうございます。それに・・・セシリア様の方こそ凄く綺麗で女神様みたいですよ!」


「女神だなんて・・・御世辞でも嬉しいです。ありがとうございます」


「御世辞ではないのですが・・・」


「まあまあ、お二人ともとても美しいですよ」


「・・・あ、そうだ!カイゼル、このままニーナと踊られたらどうですか?」


「「え!?」」




 私はふとニーナとカイゼルの舞踏会でのスチルを思い出し、どうせならこのまま二人で踊らせようと思ったのである。




「せっかくですし踊ってください。ニーナ、カイゼルはとてもリードが上手ですので安心して踊れますよ。カイゼルはしっかりとニーナをリードしてあげてくださいね」


「セ、セシリア様!?いえ、私どうせ踊るのでしたらセシリア様が・・・」


「セシリア!何を勝手に決めているのです!?私は貴女以外とは踊る気は・・・」


「まあまあ、ではお邪魔虫は退散しますのでどうぞごゆっくり~!」


「セシリア様!!」


「セシリア!!」




 二人は私を呼び止めようとしていたが私はそれを聞こえない振りをしてそそくさと中央から離れていったのだ。




(ここは大事なダンス場面なんだよ!絶対二人で踊ってもらわねば!!まあ相手がカイゼルと決まったわけではないから、他の攻略対象者もニーナと踊ってもらえるように仕向けないとな・・・)




 私はそう思いながらもちらりとカイゼル達の方を見ると、中央に取り残されてしまい呆然としていた二人はお互い見合い仕方がないと言った顔で手を繋ぎ踊り出したのである。




(そうそう!!これが見たかったのよ!!!)




 そう心の中で叫びスチル画像と全く同じ様子に一人うっとりと見つめていたのだ。




「・・・セシリア」


「・・・・」


「セシリア!」


「え?あ、シスラン!ごめんなさい、気が付かなくて」


「まあ、お前が変なのはいつもの事だから諦めている」


「変って・・・」


「それよりもセシリアは一人か?カイゼル王子はどうした?」


「ああ、あそこでニーナと踊っていますよ」


「・・・珍しいな。あのカイゼル王子がセシリア以外と踊っているなんて」


「私が踊るように勧めましたから。ですので、カイゼルの後シスランもニーナと踊ってあげてくださいね」


「は?なんで俺が!?」


「是非とも踊ってあげてください!!」


「・・・どうしても踊って欲しいなら、先にセシリアが俺と踊ってくれたら踊ってやる」


「え?それぐらい全然構いませんよ?」


「・・・・・逆にあっさり過ぎて少し悲しくなるな」


「???」


「まあ良い。じゃあ行くぞ」




 そうして少し不満そうな顔をしているシスランの差し出してきた手を困惑しながらも取り、そのまま二人で再び踊りの輪に混ざっていったのであった。

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