バッドエンド?
マックス率いるドビリシュ盗賊団はカイゼル達の圧倒的な強さにどんどんと劣勢に追い込まれていた。
「くっ! 人数的にはこっちが圧倒しているはずなのに、なんでこっちが追い込まれているんだ!」
そう辛そうな表情でマックスは怒鳴りながら、ビクトルの剣技を受けるのに必死になっていたのである。
するとその時、私とアンジェリカ姫を捕まえたままストレイド伯が皆の前に姿を現したのだ。
「セシリア!」
「アンジェリカ!」
私達に気が付いたカイゼルとヴェルヘルムが驚きながら私達の名前を呼んだのである。
その二人の声に他の皆も気が付き次々と私達の方を見てきたのだった。
「くっ! 姫! 今お助け致します!」
「セシリア! 俺が助けてやるからな!」
「セシリア姉様!! 待ってて! すぐに僕が助けるから!」
「……セシリアを捕らえるなど許せないな」
「「セシリア様!!」」
「姫さ~ん! なんで大人しく捕まっているんだよ? 俺様の時みたいに勇ましく抵抗すればいいのに……」
そう口々に皆が私に向かって言うと、今度はストレイド伯に鋭い視線を向けたのである。
しかしそのストレイド伯はそんな皆の視線など気にする様子もなく、腕に抱いていたアンジェリカ姫を近くにいたドビリシュ盗賊団の男に引き渡し、微笑を浮かべながら前に進み出たのだ。
「やあ、皆様お揃いで」
「ストレイド、貴様! いますぐ二人を解放しろ!」
「ヴェルヘルム皇帝……それは出来ないですね」
「ちっ……何故こんな事をした」
「それは事前に送らさせて頂いた書状の内容通りですよ」
「……俺に恨みを持っているのならば、直接俺を狙えばよいだろう! 何故二人を狙った!」
「それは貴方を直接狙うよりも数倍貴方を苦しめるのに効果的だと思いましたので。それに……愛しいアンジェリカ姫を手に入れるためです」
「……お前、まだアンジェリカの事を諦めていなかったのか」
「当然です。諦められるわけありませんよ。それよりも……皆様、剣を捨てて頂きましょう」
「……」
「べつに嫌なら嫌で構いませんよ。ただし……皆様の大切な方に傷が出来るだけですから」
そう言ってストレイド伯はニヤリと笑うと、懐から短剣を取り出し鞘を抜いたのである。
そしてその抜き身の刀身の面を私の頬にピタピタと当ててきた。
「っ!」
その冷たく無機質な刃の感触に私は思わず顔を強張らせてしまったのだ。
「や、やめろ!!」
私の頬に当てられている短剣を見てシスランが焦った顔で叫び、他の皆の顔がどんどんと青ざめてしまったのである。
すると皆はお互いに視線を交わしうなずくと、視線を私達に向けながらゆっくりと持っていた剣を足元に置いてしまった。
「くく、これは想像以上に効果絶大なようですね」
「ストレイド伯……」
私の頬から短剣を外したストレイド伯に向かって私は鋭い視線を向けたのである。
しかしそんな私の視線など気にする様子もなく、楽しそうに笑いながら再びヴェルヘルムに話し掛けたのだ。
「さて……ヴェルヘルム皇帝、せっかくここまできてくださったのだ、書状で要望していた事を今この場で実行して頂こうかな」
「……」
そのストレイド伯の言葉にヴェルヘルムは無言で眉をしかめた。
「……ヴェルヘルム皇帝、まだその書状とやらを見せて頂いていないのですが……一体何が書かれていたいたのですか?」
「……」
「くく、おっしゃれないのでしたら私が代わりに答えてあげましょう。その書状にはアンジェリカ姫と婚約者であるセシリア嬢を助けて欲しければ、ヴェルヘルム皇帝の命を差し出すようにと書かせて頂きました」
「なっ!?」
書状の内容を聞きカイゼルは驚きの声をあげながらヴェルヘルムの方を見たのだ。そしてそれは他の皆も同様であった。
「お兄様! そんな要求お聞きになる必要はありませんわ!」
改めて書状の内容を聞いてアンジェリカ姫は必死な形相でヴェルヘルムに訴えたのである。
そんなアンジェリカ姫を見て私も一緒に叫んだのだ。
「そうですよヴェルヘルム! 貴方が命を落とす必要などないのですから! それにストレイド伯はアンジェリカ姫を偏愛しておりますので、命を奪われる心配はありませんよ!」
私はそう言ってヴェルヘルムを説得しようとした。
しかしそんな私を皆がなんとも言えない顔で見てきたのである。
「……セシリア、確かに貴女の言う通りならアンジェリカ姫の命は心配ないのかもしれませんが……貴女の命の保証はされていませんよ?」
「…………あ。で、でもカイゼル、ヴェルヘルムの妹であるアンジェリカ姫の命は助かるのですし、やはり要求を飲む必要は……」
「お前は俺を馬鹿にしているのか?」
「え?」
私の言葉を聞いてヴェルヘルムがとても不機嫌そうな顔と声で私の言葉を遮ってきたのだ。
「俺がお前の命を見捨てると本気で思っているのか? そんな事は絶対しない! 俺はアンジェリカも大事だが同じぐらいにセシリアの事も大事だからな」
「ヴェルヘルム……」
真剣な表情でじっと私を見つめてくるヴェルヘルムに、私は何も言えなくなってしまった。
「ではそれほど大事な妹と婚約者のために、いますぐここで自害して頂きましょう」
「くっ!」
ストレイド伯がニヤニヤしながらヴェルヘルムに言うと、ヴェルヘルムは唇を噛みしめながらストレイド伯を睨み付けたのである。
「さあさあ早くして頂けませんかね? 私はあまり気は長い方ではありませんので。それに……時間が経てば経つほど貴方の大切な方の体に傷がついてしまいますよ?」
そう言ってストレイド伯は私に近付くと私の髪を一房すくい、そして……ザックという音がすぐ近くから聞こえたかと思うと、そのストレイド伯の手に切れた銀髪が握られていたのだった。
「っ!」
その切られた髪を見て私は息を飲むと同時に、周りから不穏な気配が漂ってきたのだ。
私はその気配に恐る恐る周りを確認すると、皆がとても恐ろしい形相でストレイド伯を睨んでいたのである。
(いやいや、ちょっと一部の髪を切られただけで傷は付けられていないから! だからそんな視線で人が殺せそうな目をしないで!!)
あまりにも怖い表情の皆を見て、私は髪を切られたショックよりも違う意味での恐怖が勝ったのだった。
そしてさすがのストレイド伯も、そんな皆の様子に多少たじろいでいたのだ。
「さ、さあ! 早くしないと今度は血を見る事になりますよ?」
その言葉で一気に場の空気が固まったのである。
するとおもむろにヴェルヘルムは足元に置いた剣を拾い上げて自分の首にあてがったのだ。
「ヴェルヘルム!」
「お兄様!」
そんなヴェルヘルムを見て私とアンジェリカ姫は驚きの表情で同時に叫んだのである。
「ば、馬鹿な事はやめてください! 貴方は皇帝ですよ? 貴方はこんな事で命を捨ててはいけません!」
「そうですわお兄様! 考え直してください!」
私とアンジェリカ姫で必死に説得しようとしたのだが、ヴェルヘルムはその手をおろしてくれなかった。
「セシリア、アンジェリカ……俺のせいですまなかったな」
「っ! そんな事を言わないでください!」
「お兄様嫌です! 死なないでください!」
とうとうアンジェリカ姫は我慢出来ず目から涙をこぼしてしまったが、捕まっている私達にはこれ以上どうする事も出来なかったのである。
そんな中、ストレイド伯はヴェルヘルムの死ぬ所を近くで見ようと私達から離れていった。
するとこの緊迫した状況の中で、何故かラビがうっすらと笑った事に気が付いたのだ。
(……なんでそんな表情?)
そんな疑問を浮かべていたその時、突然後ろの方で大きな葉擦れの音が聞こえたと同時に私の後ろ手を掴んでいた男のうっと言う呻き声が聞こえた。
そしてその男はそのまま意識を失って倒れてしまったのである。
「え?」
私はそんな突然の出来事に戸惑いながら後ろを振り向くと、そこにはにこにこと笑っている盗賊姿の男が立っていたのだ。
「姐御! 助けにきやしたぜ!」
「あ、姐御って……まさか貴方、ラビの子分?」
「そうですよ姐御!」
「いや、姐御って呼ばないでと……」
そう呆れて言い返そうとした時、隣から男が倒れ込んできたのである。
私は驚きながら横を見ると、アンジェリカ姫を捕まえていた男も地面に倒れて気を失っていた。
「お頭! 姐御と皇女様、救出成功しやした!」
「よくやったお前ら! そのまま二人を安全な場所まで避難させろ!」
「へい!」
アンジェリカ姫は何がなんだか分からず呆然としていたが、アンジェリカ姫を助けたラビの子分がアンジェリカ姫の腕を掴んで連れ出そうとしたのだ。
「え? え? 一体なんなのですの!?」
「驚くのは今はいいから、とりあえずここにいるとお頭達の邪魔になるのでついてきてくだせえ!」
そうして子分の男は、困惑しているアンジェリカ姫を急かせながら走り出していったのだった。
「さあ姐御! 姐御も早くいきやしょう!」
「だから姐御と……」
「大人しくいかせるとお思いですか!!」
怒りの声と共にストレイド伯が、険しい表情でアンジェリカ姫を追い掛け私の横を通り抜けようとしたのだ。
「いかせません!」
そう叫ぶと同時に私の体が咄嗟に動き、力の限りストレイド伯のお腹に膝蹴りを入れてやったのである。
「うぐぅ!!」
走り出した勢いも相まって思った以上にダメージが入り、ストレイド伯は苦しそうに呻き声をあげながらお腹を押さえて地面に膝をつきうずくまってしまった。
「さすが姐御! 格好いいですぜ!」
私を助けてくれた子分の男が感動した表情で手を叩き私を誉め称えてくれたのだが、正直こんな事で誉められても全然嬉しくなかったのだ。
しかしそこでハッと気が付き私はゆっくりと周りを見回した。
するとマックス達ドビリシュ盗賊団は呆気にとられた顔で私の方を見て固まり、カイゼル、ヴェルヘルム、アルフェルド皇子は揃って額に手を置き大きなため息を吐いて天を仰ぎ見ていたのだ。
さらにレオン王子は苦笑いを浮かべながらその場にたたずみ、シスランは心底呆れた表情を私に向け、ビクトルは尊敬の眼差しで私を見つめ、ニーナとレイティア様はお互いに手を取り合い、頬を上気させながら嬉しそうに私を見て、アンジェリカ姫は目を丸くしていたのだ。
そしてラビはと言うと……とてもいい笑顔で親指を立てて私に向けてきたのである。
(…………グーじゃない!!)
そう思わず心の中でツッコミを入れてしまったのだ。
そうして私とアンジェリカ姫という人質がなくなった事で、完全に遠慮のいらなくなったカイゼル達にドビリシュ盗賊団が敵うはずもなく、あっという間に全員が捕まってしまったのである。
「セシリア! 無事なのですか!?」
「カイゼル……私は大丈夫ですよ」
心配そうな顔で近付いてきたカイゼルに、私は安心させるようににっこりと微笑んでみせた。
そんな私の様子を見てカイゼルはホッと息を吐いたのだ。
そのカイゼルの様子に、本当に心配かけてしまったのだと申し訳ない気持ちになってしまった。
するとそんな私の下に、すっかり落ち込んでしまっているアンジェリカ姫を伴ったヴェルヘルムが近付いてきたのである。
「セシリア……だいたいの事情はアンジェリカから聞いた。……すまなかった」
「……ごめんなさい」
「ヴェルヘルム、アンジェリカ姫……」
「ヴェルヘルム皇帝、今回の事は城に帰ってから色々追及させて頂きますよ」
「ちょっ! カイゼル!!」
「いや、よい。確かに今回の事は全てこちら側に非があるからな」
「そんな事ありません! ヴェルヘルムもアンジェリカ姫も被害者なのですよ! 悪いのはストレイド伯とアンジェリカ姫をそそのかしたドビリシュ盗賊団の方です!」
「だがセシリア、貴女が一番の被害者なのですよ? アンジェリカ姫が貴女にされた事と今回の誘拐、そして……セシリアのその美しい髪が切られた事はとても許される事ではありません!」
「いえ、許してあげてください!」
「セシリア!!」
私がキッパリと言い切るとカイゼルは眉間にしわを寄せながら抗議の声をあげ、ヴェルヘルムとアンジェリカ姫は驚いた表情で私の方を見てきた。
そして遠巻きに私達の様子を伺っていた皆も同じように驚いていたのである。
「カイゼル、よく考えてください。自分の好きな人が別の方とばかり仲良くされている姿を見てもなんとも思わないでいられますか?」
「そ、それは……」
「正直まだ私にはその感情は分からないのですが、もし私がアンジェリカ姫と同じ状況になっていましたら……もしかしたら同じ事を相手の方にしていたかもしれません」
(……まあ、ゲームでのセシリアはやっていたけどね)
辛そうな表情でカイゼルに訴えながらも、私はゲーム内でセシリアがニーナに行っていた数々の嫌がらせを思い出していたのだ。
「それにこの髪だって綺麗に整えれば問題ないですし、そもそも髪はまた伸びてきますから。だから……ヴェルヘルム達を訴えるのはやめて頂きたいです!」
「っ! 貴女って方は本当になんなのですの!? どうしてあれほどの嫌がらせをしたわたくしに、そこまでしてくださるのか全く意味が分かりませんわ!」
「だって……私、べつにアンジェリカ姫の事嫌ってはいませんから。むしろ好きですよ?」
「っ!!」
素直な気持ちをのべてアンジェリカ姫ににっこりと微笑むと、アンジェリカ姫は目を見開いて固まってしまった。
そしてみるみるうちに顔が真っ赤に染まってしまったのである。
「……ふっ、さすがセシリアですね。アンジェリカ姫まで落としてしまわれるとは……分かりました。セシリアの望むように致しましょう」
「カイゼル! ありがとうございます!」
「……カイゼル王子、よいのか?」
「ええ、愛しい人の頼みですから」
「……そうか、すまない。この礼はいずれ別の形で返そう」
カイゼルの決断にヴェルヘルムは真剣な表情でお礼を言ったのであった。
「さて、夜が明けてきましたしそろそろ城に帰りましょう」
そうカイゼルは皆に伝え、そして其々が帰るために門に向かおうと歩き出したその時──。
「……私のモノにならないのでしたらいっそこの手で!」
突然地面に転がっていたストレイド伯が起き上がり、ギラギラした目でアンジェリカ姫を見つめると、持っていた短剣を両手で握りしめアンジェリカ姫に向かって突進してきたのだ。
「危ない!!」
私はそう叫ぶと同時にアンジェリカ姫を強く押し退けたのである。
次の瞬間、私の横っ腹に強い衝撃と共に何かが深く刺さる感触と激しい痛みが脳まで一瞬に伝わったのだ。
「くっ!」
私はその強烈な痛みに立っている事が出来ずそのまま前のめりに倒れてしまった。
するとそんな私をカイゼルが抱き止めてくれたのである。
「セシリア! しっかりしてください!!」
「カイ……ゼル……っ!……ビクト……リア……姫は……無事……です……か?」
「ええ無事ですよ! それよりも今はしゃべらないでください!」
「それ……は……よか……った…………」
「セシリア!?」
アンジェリカ姫が無事だと聞きホッとした私はそのまま力なくカイゼルに寄りかかり、目を開けている事が出来なくなってしまったのだ。
(……そうか、結局私、死亡バッドエンド、からは……逃れ、られなかった、のか……もしか、したら……もう一度……リセット、される……の、かな…………)
そう意識が遠のいていく中そんな事を考えていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます