詐欺男
ヴェルヘルムは不敵な笑みを浮かべたままノエルと共に私達の下まで歩いてきた。
しかしそんな二人をラッセルは戸惑った表情で見ていたのだ。
「・・・お前、は?」
「ふん、俺の顔を知らぬか。まあ良い。それよりも随分契約書を盾に強気に出ているな」
「あ、ああそりゃそうだろう!だがそんな事お前には関係無いはずだ。良いからとっとと何処かに行けよ!!」
ハッとラッセルは今の状況を思い出し面倒くさそうな顔でヴェルヘルム達に怒鳴った。
そんなラッセルの態度を見てヴェルヘルムが皇帝である事を知っている私達は、ハラハラしながらヴェルヘルムとラッセルを交互に見ていたのである。
(うわぁ~知らないって、凄いな・・・)
正直ヴェルヘルムの着ている服の質が一般的な貴族が着る物より数倍も上質な物である事は、普通の貴族であれば大概気が付くものなのだがどうもラッセルは気が付いていないのだ。
まあそれでなくともヴェルヘルムのまとう雰囲気が明らかに高貴な人特有の雰囲気を漂わせているので、普通の人であればヴェルヘルムが只者ではない事に気付くはずなのである。
それでも全く気が付かないラッセルの様子を見て私はただただ呆れてしまったのだった。
「ふっ、関係ない、か・・・それはどうだろうな?」
「・・・どう言う事だ?」
「ノエル」
「はい」
ヴェルヘルムは鼻で笑うと後ろに控えていたノエルに声を掛けたのだ。
するとノエルはヴェルヘルムの一歩前に出て手に持っていた紙の束を目の前で広げると、ラッセルに向かってにっこりと微笑んだのである。
「え~っと、確か貴方はラッセル・メンディアでしたか?いやそれとも・・・マリック・ランペリア?それかライル・ロンペル?トーマス・バッズ?ザベール・シンディ?あ、もしかしたらこれ以外の名前の方でお呼びすれば良かったですか?」
「なっ!?」
ノエルがニコニコしながら次から次に名前を言うと、ラッセルが驚愕の表情でどんどん顔を青ざめさせていったのだ。
しかし私達はと言うと全く意味が分からないと言った表情で名前を読み上げているノエルを見ていたのである。
「貴方には我が国で詐欺及び恐喝の容疑で逮捕状が出ている事をご存知ですよね?」
「我が、国?・・・まさか!!」
「ええ。ランドリック帝国ですよ」
「なっ、何でここにランドリック帝国の奴が・・・」
「ふん、お前はカモになる貴族の顔は覚える事が出来るのに、詐欺を行っていた国のトップの顔は覚えていないのだな」
「トップの顔?・・・・・あ、あ、まままさかお前、いや貴方様は!?」
「俺の名はヴェルヘルム・ダリ・ランドリック。ランドリック帝国の皇帝だ」
「ひぃぃぃぃぃ!!!」
ヴェルヘルムが堂々と名乗るとラッセルは恐怖の表情でヴェルヘルムを見ながらヨロヨロと後ろに後退した。
しかしその途中で中庭に置いてあった机にぶつかると、寄り掛かるように後ろ手で机に手を置いたまま動きを止めたのである。
「もうすでにこの国での協力は取り付けてありますので、もうすぐこの国の兵士達が貴方を捕まえにここへ来る事になっています」
「ば、馬鹿な!?ここはランドリック帝国じゃ無いんだぞ!この国で俺を捕まえられるはず・・・」
「そもそも今の時点で詐欺を起こしているだろう。それだけで十分この国での逮捕に繋がる」
そう言いながらヴェルヘルムはいまだに持っているラッセルの契約書を指差したのだ。
「こ、これは・・・」
「いくらダイハリア侯爵のサインが書かれていても、お前の偽名でサインされている契約書では全く効力は発揮せんぞ」
「っ!!」
「まあ今までは後ろ暗い貴族をターゲットにしていたから、偽名の契約書でもお金を手に入れる事が出来ていたのだろう。しかし今までの通りお金だけを手に入れておけばすぐにはバレなかったものを、ダイハリア侯から娘が結婚しないと聞いたお前の頭に爵位を手に入れる方法が浮かんだのだろうな。そうして出来たのが今回の契約書の内容か。だが相手が悪かったな」
ヴェルヘルムはそこまで言うとちらりと私とレイティア様に視線を向けた。
「たまたま俺の婚約者の友人がレイティア嬢だったのでな、そのレイティア嬢の話を聞いてすぐにお前の事だと気が付いた。だからすぐにノエルにランドリック帝国へ確認させ、確実に捕らえられる手はずを整えてから今日を待ったのだ」
私はそのヴェルヘルムの言葉を聞いて、あのレイティア様の話を聞いた時のヴェルヘルム達の様子に納得がいったのである。
(そっか・・・あの時にはすでに色々考えていてくれたんだね。薄情だと思って悪かったな~。でも・・・出来れば私には事前に教えて欲しかったよ。そうすればこんな男装して恋人の演技までしなくて済んだのに・・・)
そう思い恨みがましい目でヴェルヘルムを見ると、どうも私の思っていた事が分かったみたいで私を見ながら口角を上げたのだ。
(・・・・・ああ!あれは絶対わざとだ!!!私が男装して恋人の演技をするのを面白がっていたんだな!!!)
ヴェルヘルムの真意に気が付いた私は眉間に皺を寄せてヴェルヘルムを睨み付けたのである。
しかしヴェルヘルムはそんな私の視線を敢えて無視し再びラッセルの方を向いた。
「さて、さすがに今のお前が置かれている状況が分かっただろう。それに多分もうそろそろ兵士達が到着する頃だろうな」
「っ!!」
「ふっ、観念するんだな」
ヴェルヘルムの言葉を聞きラッセルはガックリと項垂れてしまったのだ。
(まあ・・・さすがにこの状況じゃどうにも逃げられないだろうからね。観念したんでしょう)
私はそのラッセルの様子を見てこれで今回の件は無事に解決したんだとホッと一安心していた。
そうしてすっかり油断していた私はラッセルの微妙な変化に気が付かなかったのである。
ラッセルは項垂れたまま懐に手を入れていたのだ。
そしてゆっくりと顔を上げると何故か私を鋭く睨み付けてきたのである。
「お前が・・・」
「え?」
「お前が現れたせいで全て台無しだ!!お前だけは絶対許さねえ!!」
ラッセルはそう叫びながら懐からナイフを抜き出し鞘を投げ捨てると、刃先を私に向けて一気に駆けてきたのだ。
(ぎゃ、逆ギレ!?)
そう思いながらもその突然の出来事に私の体は言う事を聞いてくれずそのまま硬直状態で固まってしまった。
「きゃぁぁ!!セシリア様!!!」
レティシア様の悲痛な叫び声が耳に響くがそれでもその迫り来る凶器から目が離せないでいたのである。
(うそ・・・私、ここで、死ぬの?)
そんな考えが頭を過ったその時、突然目の前でマントがひるがえったのだ。
「殺らせるか!!」
ヴェルヘルムの怒気を孕んだ声と共に甲高い金属音が辺りに響き渡り、次に何かが地面に突き刺さる鈍い音が聞こえてきた。
私は一体何が起こったのか分からず呆然としていると、目の前に立っていたヴェルヘルムが私の方に振り向いてきたのである。
するとその手には抜き身の剣を持っている事に気が付き、そしてその剣先がヴェルヘルムの前で尻餅をついているラッセルの喉元に向けられていたのだ。
「大丈夫か?」
ヴェルヘルムが心配そうな顔で私を見ていたが、私はまだ状況が飲み込めず困惑したまま回りを確認した。
そして地面に突き刺さっているナイフとラッセルの後ろに回り込み腕を掴んでいるノエルの姿を見て、漸く状況が理解出来たのである。
「そっか、私助かったのですね・・・」
「・・・今気が付いたのか」
私の呟きにヴェルヘルムが呆れた表情になったのだ。
「突然過ぎて頭が追い付かなかったので・・・・・あ、ヴェルヘルム助けてくださりありがとうございました!!」
ハッと気が付き慌てて私はヴェルヘルムに頭を下げてお礼を言ったのである。
「いや、無事なら・・・」
「姫!!!」
「え!?」
突然この場にいないはずのビクトルの声が聞こえ驚きながら振り返ると、そこには必死な形相でこちらに駆けてくるビクトルの姿があった。
「ビクトル!?どうしてここにいるのですか!?」
「犯罪者逮捕の命を受けて急いで駆け付けたのですが・・・どうやら一足遅かったようですね」
ビクトルはいつでも剣を抜けるように柄を握りながら回りを見回し、自分の剣を鞘にしまっていたヴェルヘルムに視線を止めると眉間に皺を作ったのだ。
「ふっ、だいぶ不満そうな顔だな」
「いえ・・・ヴェルヘルム皇帝陛下、姫・・・セシリア様を守って頂いたようで感謝致します」
「俺の婚約者を守るのは当然の事だ」
「っ!・・・それでも感謝致します。しかし・・・噂でヴェルヘルム皇帝陛下の剣の腕前は相当な物だとお聞きしていたのですが・・・確かに噂通りのようですね。その剣を握る手と身のこなしを見るだけで分かります」
「それを言うならお前もそうだろう?ビクトル騎士団長。お前の噂も俺の国まで届いているぞ」
「・・・姫を守る為に日々鍛練をしていますので」
「まあそれもセシリアが俺に嫁いでくるまでだがな」
「・・・・」
ヴェルヘルムの言葉を聞いてさらにビクトルは眉間の皺を深くしたのである。
そして二人は無言のまま見合ってしまったのだ。
二人共背が高くしっかりとした体つきをしているので、その二人が向かい合って並ぶと威圧感が半端なかった。
さらにそんな二人の視線が交差する場所で、なんだか火花が散っているような幻覚さえ見えた気がしたのである。
そんな二人の様子を見て私は頬を引きつらせながら呆れていたのだった。
「・・・是非ともお手合わせ願いたいですね」
「・・・俺はべつに構わないぞ」
そう言うなり二人は腰の剣に手を置きいつでも抜ける体勢に入ってしまったのだ。
私はそんな二人を見て慌てて仲裁に入ったのである。
「ちょ、ちょっと待ってください!!ここを何処だと思っているのですか!!そもそもビクトルもそんな事をしに来たのでは無いですよね!!!」
そう叫び私は両手を広げて今にも始まってしまいそうな戦いを止めた。
すると呆れた表情のノエルが私達に近付いてきたのだ。
「そうですよお二方共。それに・・・遅れてらしたビクトル騎士団長の部下の方々がもうすぐ到着されるようですよ?」
ノエルはそう言ってビクトルの後方に視線を向けた。
私もその視線を追ってビクトルの横から覗き見ると、確かに辛そうな表情でこちらに走ってくる兵士達が見えたのだ。
どうやら全力で走ってきたビクトルに追い付こうと頑張って走ってきたけど、途中でバテてしまったようである。
(・・・全く息の上がっていないビクトルって、どれだけ体力があるんだろう?)
私はすっかり疲れきってしまった様子の兵士達を見て、つくづくビクトルの体力はどれだけ凄いのかと当惑してしまったのだった。
とりあえず二人はここで戦う事を諦めてくれたようでそれぞれ柄から手を離してくれたのである。
「・・・仕方ありません。今は犯罪者の逮捕を優先させます。その者は何処に?」
「ああ、危なくないようにあそこで気絶してもらってますよ」
ビクトルの問い掛けにノエルはにっこりと微笑みながら、まるでなんて事のないような口振りで地面に伸びているラッセルを指差した。
「そうそう、罪状に殺人未遂も追加してくださいね。セシリア様を刺そうとされましたので」
「何!?」
ノエルの言葉を聞いた途端、ビクトルの背中から黒いオーラが漂い出たように見えたのだ。
私はそんなビクトルを見て焦りながら再び柄に手を置こうとしていた腕を抱きしめて止めたのである。
「っ!!姫!?」
「ビクトル落ち着いてください!私は大丈夫ですから!!」
「しかし・・・」
「良いですから!!さあさあビクトル、お仕事してくださいね!」
ビクトルの腕を強く抱きしめながら見上げるように顔を上げにっこりと微笑んでみせた。
するとビクトルはそんな私の顔を見つめたまま固まり顔を赤くしてしまったのだ。
「ビクトル?」
「っ!!・・・・・姫にそう言われては仕方がありませんね。では部下達も到着した事ですしあの男を連れていきます」
「お願いします」
漸くいつものビクトルの様子に戻ってくれホッとしていると、再びビクトルはヴェルヘルムの方をじっと見つめていたのである。
するとビクトルは姿勢を正しヴェルヘルムに向かって綺麗に頭を下げたのだ。
「姫の命を助けて頂き本当に感謝致します」
「・・・ああ」
ヴェルヘルムはビクトルの真剣な感謝の言葉に今度は茶化す事はせず真面目な顔で一つ頷いたのだった。
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