第10話 『まだ16歳。対・S級魔法士』


 俺に仕事の話を持ってきた女騎士は俺とソフィアに対して自己紹介をしようとしてきたけれど…。


「いらん」


「…え?」


「どうせお前は依頼を持ってきただけの『代理人』だろ?次も俺の担当になるかどうか不明の奴の名前なんて覚える気はない。自己紹介するなら正式に俺の担当になってからしてくれ」


「…分かりました」


 ちょっとガッカリしているようだが文字通り知った事じゃない。


「早速依頼の話…の前に」


 俺は周囲に魔法力を薄く広げて『レーダー』を展開する。


「今…何をしたのですか?」


「盗み聞きする奴が居ないか確かめただけだ。話を聞こう」


「あ。はい」


 女騎士は早速俺達と向き直るが…。


「えっと。彼女は?」


 どうやらソフィアがこの場に居て話を聞いても良いのかどうか判断出来ないらしかった。


「彼女は俺の妻で、同時に弟子でもある。弟子である以上、彼女は俺の1級下の権限を持つ事になるが、妻となると同等の権利を保証される。十分お前より立場が上だから話を始めろ」


「わ、わかりました!」


 俺の説明を聞いて女騎士はソフィアにも敬意を払って礼をする。


「(旦那様ったら…良いんですか?そんな嘘を吐いて)」


「(気付かない方が馬鹿なだけだろ)」


 ソフィアが俺の妻で弟子な事は嘘じゃないが、弟子が1級下の権限を持つのは本当の事だが『妻が同等の権利を持つ』というのは真っ赤な嘘だ。


 妻になったから夫と同じ権利を持つとか普通に考えてありえないし。


「それではまず『歴代最速』様は『S級魔法士』というものを御存知でしょうか?」


「ああ。この依頼が終わったら俺はS級魔法士に任命されるらしいな」


「…え?」


 何故か女騎士は驚いていた。


「そ、そうなのですか。知りませんでした」


「情弱だな」


「どちらかと言えば旦那様が情報通過ぎるだけではないでしょうか?」


「つってもソフィアとイチャイチャするのの片手間に情報を集めていただけだぞ」


 基本的にはソフィアとイチャイチャして、暇が出来たら適当に情報網を構築する。


 そんな感じで勝手に俺の元へ情報が集まるようにしておいただけなのだが魔法学院の学院長や王国の宮廷魔法士の情報まで筒抜けになっているのは少しやりすぎたか?


 まぁ俺の式紙って情報収集とか隠密偵察、更に『お土産』を置いてくるのに便利なんだから仕方ない。


「と、ともあれ。現時点でS級魔法士と呼ばれる方が国内に何名いらっしゃるかご存知でしょうか?」


「そんなには知らんなぁ。俺が知っているのは『北風』のロザミィとか『鉄腕』のガゼルとか『紅蜘蛛』のマーラくらいだなぁ」


「じゅ、十分ではないでしょうか?というかS級魔法士様はその3名しか居りませんし」


「そうなのか?道理で3人調べたところで情報が入ってこないと思った」


 3人しか調べられなかったのではなく最初から3人しか居なかったらしい。


「それでご依頼の話なのですが…」


「反乱を起こそうとしている『北風』のロザミィを止めろって話か?」


「……」


「むぎゅっ?」


 女騎士を沈黙させたら何故かソフィアに頬を抓られた。


「苛めちゃ駄目ですよ?旦那様」


「ふぁい。ふみまへん」


 とりあえずソフィアに注意されたので謝っておく事にした。


「え、え~と。どうしてロザミィ様が反乱を起こそうとしている事をご存知だったのでしょうか?」


「いや。国の上層部にその情報リークしたの俺だし」


「…え?」


「だ・ん・な・さ・ま?」


「すみません。ごめんなさい」


 ソフィアに耳を引っ張られたので謝る。


「まぁ兎も角、S級魔法士に反乱とか起こされたら俺の生活が乱れそうだったから、未然に防げそうなタイミングでリークしておいたんだわ。それを俺に解決させようとするとは思っていなかったが」


「えっと。つまり、まだ反乱は起こっていない訳ですか?」


「ああ。まだ準備中で反乱の実行は少し先になる」


「…なんか、もう全部この人1人で良いんじゃないでしょうか?」


 なんかネタっぽい事を言われた。


「それじゃ一応確認しておくが『北風』のロザミィを説得、駄目なら討伐という事で良いんだな?」


「…一応本来の依頼内容は『討伐』がメインとなっていますが、もしも『説得』出来たならボーナスが付く事になっています。貴重なS級魔法士を失わずに済むのなら、それに勝る結果はありませんから」


「ふむ。基本的には討伐で、トドメを刺す前に余裕があったら生きたまま連れて帰って来いという感じか」


「…上層部の意向はそんな感じです」


「了解した。それじゃ行くか」


「…え?」


 俺がソフィアを伴って立ち上がると何故か女騎士は困惑した。


「どした?」


「えっと。今直ぐに出発なさるのですか?」


「面倒な事は早く済ませて早く終わらせたいじゃん」


「…準備は必要ないのですか?」


「城の地下にある転移魔法陣を使えるように既に手配済みだが?」


「…そうですねぇ~」


 女騎士が何故か色々諦めた。






 話が終わった15分後には俺達は王城の地下の転移魔法陣の前にいた。


 女騎士が話を持って来てから数えてもまだ30分は経っていない。


「それじゃ行ってくる」


 転移魔法陣を制御する闇属性の魔法使いに頼んで俺とソフィアは『北風』のロザミィが反乱の準備をしている街へとピンポイントで飛ぶ。


 王城の転移魔法陣から各街に設置してある転移魔法陣への転移は緊急事態のみに開放される事になっているが、今回は十分緊急事態なので使わせて貰った。


 ちなみに特殊な闇属性の魔法使いが転移魔法陣の制御を担当しているのは空間系の魔法は闇属性に含まれる為だ。


 同系統の『召還魔法』も闇属性に含まれるらしい。


 俺はどちらも使えないけど。


「お待ちしておりました」


 そして転移先の魔方陣の傍には1人の男が待機していた。


「それではご案内いたします」


「ああ、頼むけど…その前にこれ」


「?…なんでしょう?」


 男は俺の差し出した紙を綺麗に折りたたんだ物を困惑しながら受け取って…。


「ワーム」


「っ!」


 男が紙――式符を受け取ると同時に蟲型の式紙『ワーム』となって男の身体に絡み付いて動きを封じた。


「な、なにをっ…!」


「分裂」


 驚愕する男には応じずに俺はワームに命令を下す。


 ワームは俺の命令で細かく分裂を開始して…。


「ひ、ひぃっ!!」


 無数のムカデとなって男の身体に張り付いた。


 数は多くとも小さくなったので拘束力は弱くなったが、その外見の嫌悪感から男は鳥肌を立てて動けなくなっていた。


「寄生」


 その上で俺は無情に命令を下す。


 俺が式符で作った式紙に下せる命令設定は『3つ』までという制限がある事が研究によって分かっているので、臨機応変に命令を考えて設定しなくてはいけない。


「ひぃぃぃっっっ!!!」


 ちなみに最初の『分裂』がワームを無数のムカデに分裂させる命令で、次の『寄生』で無数のムカデとなったワームが男の身体を食い破って体内へと侵入する。


「ぎぁぁぁぁあああっっ!!!」


 生きたまま蟲に体内に侵入され、中から食われる恐怖と体内をワサワサ動き回る強烈な不快感と生理的嫌悪感は半端な精神では耐え切れない。


「転移先で待ち構えている奴なんて十中八九敵のスパイで決定だよな」


「旦那様。もしも間違えていたらどうするのですか?」


「その時は『ごめんなさい』で良いんじゃね?」


「なるほど」


 ソフィアはこう見えても結構蟲は平気らしくワームを見ても特に取り乱したりはしなかった。


 ちなみにワームへの最後の命令は『吸収』で寄生対象の魔力を吸収する事で半永久的に活動出来るというものだ。


 まぁ既に血の混じった嘔吐を繰り返し、小便を垂れ流している男に言っても仕方ないので教えてやらないが。


「おい。さっさと案内しろ」


「おぼっ!」


 色々吐き出している男の腹を蹴っ飛ばして案内を促す。


 スパイ決定のこいつにはボスの下へと案内して貰わないと。






 ガタガタ震えながらヨロヨロと歩く男に案内されて俺とソフィアは『北風』のロザミィの元へと案内される。


 案内されるのは良いのだが…。


「まぁ兵隊くらいは普通に居るよな」


 ロザミィの手下と思わしき兵隊200人に囲まれて移動を止められていた。


「ソフィア」


「はい。旦那様」


 俺が呼ぶとソフィアは素直に俺の傍に寄ってきて、それを確認してから俺はレーザーを撃つのと同じ原理で指先に炎を集めて小さな球体を作り上げ…。


「ほいっと」


 それを環にして俺とソフィアを囲むフラフープのように形成させた。


 まぁ、これは炎のレーザーを環になるように巡回させたものなのだが…。




「サークル・リッパー」




 俺の言葉と同時に環が一気に広がって俺達を囲んでいた200人の人間の間を通り抜けて――ピタリと止まる。


「あ?」


 最初にそんな声が上がり、奴らは自分の体を何かが通り過ぎたような感覚に振り返り――ドシャリと地面に落ちた。


 何が、何処から落ちたのか?


 それは俺達を取り囲んだ奴らの『下半身』から『上半身』が落ちた音だった。


「~~~~っ!!!」


 声にならない悲鳴が無数に響き渡り、それでも勘の良い奴や運の良い奴はしゃがみこんで炎の環を回避していた。


 その運よく回避していた奴等は周囲の惨状を呆然と見渡して――見渡せるという事は顔を『上げて』しまっているという事。


 そのタイミングを狙って広がって止まっていた炎の環が瞬時に元に戻る。


「…え?」


 今度はポトリと落ちる。


 周囲を見渡していた奴らの首が地面に落ちて――悲鳴は当たり前のように上がらなかった。






「大丈夫か?ソフィア」


「はい。事前に精神安定薬を服用していますから。今のところは体調に異常はありません」


「不甲斐無い旦那ですまん」


「いいえ。私は頼っていただいて嬉しいです」


 俺がソフィアを惨状にまで連れ出したのには勿論、理由がある。


 俺は自分というものを誰よりも理解していたからだ。


 例え何百人無関係な人間を殺そうと俺は罪悪感など抱かないが、無残に殺した人間の死体を見れば嫌悪感や忌避感で動けなくなる可能性があった。


 俺は魔法使いとしては強いかもしれないが、精神的な面では決して強くない事を自覚していた。


 だからこそ俺を支えてくれる『誰か』が必要で、それを探すまで魔法使いとして活動する事は出来なかった。


 そう。ソフィアが俺の味方になってくれるまで俺は本当の意味で『動けなかった』のだ。


 そしてソフィアが味方になってくれたからこそ、俺はやっと活動出来るようになった。


 ソフィアだって決して強い女ではないが、それでも俺と支えあって倒れないように隣を歩いてくれる覚悟くらいは持っている。


 ソフィアの負担を考えれば無差別殺人など起こす気にもなれないが、それでも俺はこうして何百人を殺しても平気なフリくらいは出来るようになった。


 俺はソフィアと密着する事で精神を徐々に落ち着けるように努めつつ…。


「行くぞ。起きろ」


「げふっ!」


 ワームを寄生させた為、ずっと蹲っていて唯一無事だった男を蹴って起こして案内を再開させた。






「あたしの計画って奴はどうしてこう上手く行かないんだろうね」


 案内された部屋で俺達を待っていたのは褐色の肌に銀色の髪を持つ二十歳前後の女だった。


 褐色の肌で2つ名が『北風』というのもどうかと思ったが、それより前情報では彼女の年齢は50近かった筈。


 まぁS級魔法士だし、なんらかの美容法か若返り法があるのかと納得しておく。


「…茶でも飲むかい?」


「貰おう」


 褐色の女――ロザミィは部屋に入ってきた俺達に戦意を示さず茶を用意してくれたので、ありがたく頂く事にする。


 まぁ流石に本当に飲みはしないが席について話をするくらいは良いだろう。


「で?反乱の理由は?」


「…革命だよ」


「どっちでも良いけど…革命の理由は?」


 俺から言わせて貰えば反乱と革命は全く同じ意味なのだが、起こそうとしている奴からすると拘りたい事なのかもしれない。


「活を入れる事…かな」


「活…ねぇ」


「お前が誰だか知らないが今のこの国は色々駄目になりかけている。ハッキリ言えば危機意識が足りんのだ」


「あ~。だから誰かが反乱…いや革命?を起こして危機感を煽り、国の防衛を強化する必要があるって事ね」


「ほぉ。物分りが良いな」


 感心されたが別に嬉しくない。


「でも、そういう事情ならなんとかなりそうだな」


「何?」


「だって、お前さん俺が来る事知らなかっただろ?」


「…どういう意味だ?」


「分かると思うが俺は国家から派遣された『刺客』って奴だ。その俺の情報をお前さんは得ていなかった…だろ?」


「……」


「コレが何を意味するのかというと、お前さんの諜報は国家の防諜を突破出来ていなかったという結論になる」


「それは…つまり…なにかい?」


 ロザミィは俺の言いたい事を自分で噛み砕き、徐々に理解しつつあった。


「この国の危機意識が薄いというのはあたしが国の防諜を突破出来ていなかった故の…『早とちり』だとでも?」


「さぁ?そこまでは断言しないけどねぇ」


「お前…さっき『なんとかなりそうだ』とか言っていたね。どういう意味だい?」


「俺は別にお前さんの革命とやらを止める必要はないし。唯、国の防諜を突破出来ない諜報力不足だという事を認識させてやれば…『保留』くらいには出来るだろ?」


「……」


 沈黙して思考を回すロザミィ。


 恐らく俺の言葉にも一理あると思って国の現状を調査しなおす必要があるとでも考えているのだろう。


 で。その行動を起こすという事は…。


「お前…頭良いな」


「よく言われる」


「あたしがお前の口車に乗って国の防諜を突破しようと試みる。当然、反乱を起こされたくない国家はお前の助言に従って私に防諜を破られまいと全力を出す。結果、あたしと国家は高い確率で拮抗して攻防は長引く事になる。そして、この時点であたしが革命を起こす意味はなくなるって訳だ。例えあたしが防諜を突破出来たとしても、あたしとの攻防を経験した国家は十分な経験と実績を積んであたしの満足出来るくらいの国家に成長している筈だから」


「1つの可能性ではあるなぁ」


「はっ。この可能性を示されて、なんでわざわざ革命なんて起こして国力を衰退させる必要があるんだって話になるだろうが。あたしにこの可能性を気付かせた時点でお前の目的は既に達成している事になるんだろ?」


「お~。そいつは気付かなかったなぁ」


「ちっ。あくまで言質を取らせない。いやらしい奴だ」


「夜の生活で嫁を喘がせる事には自信があるけどな」


「ぽっ♡」


 隣のソフィアを抱き寄せると頬を染めて抱きついてくる。


「ちっ。卿が削がれた。帰れ帰れ」


「んじゃ。お暇する事にしようかね」


 俺はソフィアを連れて早速出口に向って歩き出し…。


「お前の名前は?」


 その背に問われた。


「2つ名は『歴代最速』。4人目の『S級魔法士』…になる予定」


「…名乗ってねぇ」


「諜報を頑張るって人に水を注すのもどうかと思ったんで」


「ちっ。知りたきゃ自分で調べろってか?生意気なガキだ」


「それもよく言われるなぁ」


 肩を竦めて俺は今度こそ帰ろうとして…。


「ああ。こいつはもう良いか」


 床に倒れて身悶える男に気付く。


 ワームを入れられて全身嫌悪感で鳥肌を立てている男に手を差し出して…。


「うげ。悪趣味」


 身体から無数のムカデが這い出したのを見てロザミィが顔を顰める。


「人の口を軽くするのには凄く役に立つけどなぁ」


「それは一般的に拷問って言うんだよ」


「それは知らなかった。勉強になるね」


 ともあれ這い出した無数のムカデ――ワームに手を差し伸べて瞬時に塵と化した。


 単純にワームを式符に戻してから火で焼いただけだが、傍目には蟲を一瞬で塵にしたように見えるだろう。


「さてと」


 ついでにソフィア特性の精神安定薬と下級魔法薬を投与する。


「外で200人も殺した奴とは思えないくらいにサービスが良いね」


「闇魔法を使える奴が居ないと転移魔方陣で帰れないじゃん」


「…あくまで実利目的かよ」


 何を当たり前の事を。


「言っておくが、あたしは革命を『保留』しただけだ。国家が不甲斐無いと判断すればいつでも革命を起こす。忘れるんじゃないよ」


「ほいほい。伝言しておく」


「ちっ」


 不愉快そうに舌打ちするロザミィに見送られて俺とソフィアは王都へ帰る事にした。




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