第1話 『いくら天才だからって0歳児は喋れません』


 当たり前の話だが、記憶を持ったまま赤ん坊に転生したとしても直ぐに活動出来る訳ではない。


 生まれたての赤ん坊だから自由に動けない――という以前の話、赤ん坊の時点では『自我』が確立していないので、まともに『考える事』すら出来ないのだ。


 あやふやだった自我が少しずつ形になっていき、安定しない思考でやっと『考える事』が出来るようになったのは1歳を過ぎてからの事だった。




 ★




 この世界に赤ん坊として転生してから1年以上が経過し、やっと自分の事を理解出来るようになって更に数ヶ月。


 どうやら俺の転生先は『人間種』であるらしかった。


 人間ではなく『人間種』という種族。


 いや。大まかに言って人間なのだが、この世界の呼び方としては『人間種』と呼ぶらしいので人間種と呼んでおく。


 男に生まれるか女に生まれるかも不明だったのだが、どうやら俺は『男』に生まれたらしい。


 ちゃんと身を捻って『付いている事』を確認したので間違いない。


 自分が女に生まれて『俺KIREEEE』もありと言えばありだったが、出来れば可愛い女の子とイチャイチャしたかったので男で少しホッとした。


 俺が生まれたのは特別裕福でもないが特別貧乏している訳でもない所謂『没落貴族』の家で、平凡な父親と平凡な母親の間に生まれたらしい。


 余りにも両親の外見が平凡過ぎるので俺も平凡な顔立ちに育ってしまうのかと少し不安だったのだが…。


「この子、俺達の子供とは思えないくらいに可愛いな」


「ええ。私達の子供とは思えないくらいに顔立ちが整っているわね」


「 「 …… 」 」


 などというやりとりの末、母親の方の浮気を疑われるまでに発展したので結構将来は期待出来るかもしれない。


 鏡なんて滅多に無い世界なので、あくまで親バカとしての判断ではなかったらの話だが。






 ここまでの話で分かると思うが俺は既にこの世界の言葉――言語を習得済みだった。


 発音器官が未発達の赤ん坊なので喋る事は出来ないが、周囲の話に耳を傾ける程度は問題ないので日々情報収集の毎日だ。


 まぁ昔から――前世時代から無駄に頭が良いとか自分でも思っていたし、言語の習得や文字の解明などに苦労するなどとは欠片も思っていなかった。


 まぁ今は出来る事も多くないので…。


「さ~。ご飯の時間ですよぉ~」


「……」


 顔立ちもスタイルも平凡だが、一応女である母親のおっぱいに吸い付いて母乳を堪能しておく事にした。


「……」


 流石に1歳児ではエロい気分にはなりませんでした。


 相手、母親だしな。




 ★




 とりあえず2歳くらいから喋り始め、3歳でこの世界の文字を完全にマスターした。


「ラルフちゃんは頭が良いわねぇ~♪」


「…うん」


 ちなみに、この世界での俺の名前は『ラルフ』と命名された。


 フルネームを『ラルフ=エステーソン』というらしいのだが、元の世界基準だと『山田太郎』並みに平凡な名前らしい。


 もうちょっと考えろよ、両親。


 まぁ、ともあれ折角『剣と魔法の世界』に転生したのだから剣も魔法も使ってみたいと思うが人情だろう。


 しかし3歳児にそんな事をさせてくれる親など居る訳もなく…。


「遊びに行って来ま~す」


「行ってらっしゃい。気をつけるのよぉ~」


「は~い」


 とりあえず3歳児らしく外に遊びに行って――魔法の練習をする貴族の家を覗き見するのが習慣になっていた。






 俺は昔から無駄に頭が良かったが、実をいうと無駄に『耳』も良かったりする。


 まさに地獄耳で、学校なんかで俺の悪口を言う奴を聞きつけては密かに制裁を下していたりした。


 勿論、俺がやった証拠など欠片も残さなかったが。


 その特性は転生した現在も引き継いでいるらしく、貴族の家を覗きながら、ある程度距離があってもしっかり魔法の授業の内容は耳に入って来ていた。


 その授業の内容からすると魔法を使う為にはいくつか手順が必要になるらしい。


 最初は身体の中を流れる『魔力』を制御する為の訓練。


 魔力は名前の通り魔法を使う為のエネルギーだと思えば良い。


 その魔力を身体の中で巡回させて練り上げ、魔法を使う為に適した形に整える。


 魔力を練り上げて魔法を使う為に適した形にした物を『魔法力』というらしい。


 その魔法力を身体の外に放出して『呪文』や『詠唱』によって一定の法則を与えた物を『魔法』と呼ぶ。


 まぁ魔力がどうこうとか魔法力がどうこうと言われても現代人の俺にはサッパリだったのだが貴族が授業を受ける様子を観察していたらなんとなく出来るようになっていた。


 こういうところ本当に昔から無駄に優秀だったのだ。


 魔法力に法則を与える為の呪文や詠唱などは『秘伝』とされて早々表では口外したりしない。


 もっと言うならば貴族以外には『秘伝』を伝える事は『法』で厳しく禁止されているらしかった。


 随分と狭量な世界だとは思うが、この世界に転生したばかりの俺が文句を言っても始まらない。


 呪文や詠唱なんかは後で何とかするとして、今は習得した『魔力の制御』や『魔法力を練り上げる』訓練を重点的にやっていく事にしよう。






 体中に魔力を流して分かった事があるのだが体の中には魔力を『流しやすい箇所』と『流しにくい箇所』が存在する。


 流しやすい箇所は問題ないのだが流しにくい箇所は何かが詰まっているようでどうにも気に入らない。


 それを何とかしようと思って試行錯誤して――半場無理矢理に魔力を強引に流してみた。


「~~~~~っ!!」


 結果、魔力を無理矢理流した場所に激痛が走り、声なき悲鳴をあげて床の上を転げまわった。


 暫く痛みで身体が痙攣して動く事が出来なかったくらいだ。


「…なんぞ、これ?」


 激痛の走った箇所を恐る恐る動かしてみるが特に動作に支障はない。


 次に更に恐る恐る魔力を流してみるのだが、こちらも特に動作に支障は無かった。


「あ」


 というか流れにくかった筈の魔力がスムーズに流れるようになっていた。


 どうやら詰まっていた何かが開通されて魔力が流れやすくなったらしかった。


「……」


 否。正確には――魔力が流れやすかった箇所よりも更に流れやすくなっていた。






 何週間も時間を掛けて床をビッタンビッタン転がりながら激痛に耐えて全身を魔力が流れやすく開通した。


 そりゃ、もう毎日が激痛で床を転げまわる嵌めになって自分がMじゃなかった事を心底恨めしく思ったほどだ。


 だが、そのお陰で全身にスムーズに魔力を流せるようになった。


 世間一般でどう呼ぶのかは知らないが俺はこの開通して魔力が流れやすくなった箇所を『魔力回路』と呼ぶ事にした。


 全身の魔力回路に魔力を通して大胆に練り上げて『魔法力』を精製していく。


 まぁ、今のところこの魔法力には使い道が無いのだが。




 ★




 5歳になったら父親から剣術の手解きを受ける事になった。


 まぁ使うのは木剣で、しかも子供用に大分短い物を用意して貰った。


「ラルフ。お父さんの真似をして振るんだぞ」


 そう言って素振りをする父親は――言う程様になってはいなかった。


 一応没落したとはいえ貴族だったので嗜み程度には剣術を齧っているが得意という訳ではないらしい。


 仕方ないので前世の知識を動員して素振りをする事にする。


「おぉ。上手いじゃないか、ラルフ」


「ありがとうございます。父さん」


 そりゃ『あんたよりはな』とか思いつつ素振りを続けた。


 なんか全体的に剣道っぽくなってしまったが素振りには違いないだろう。






 この世界に転生した俺にとって、あまり直視したくない現実という奴があって、その1つに『父親の仕事』という物が含まれる。


 没落貴族である俺の父親は一体どんな仕事をして稼いでいるのかというと…。


「父さんはな、父さんはな…父さんなんだぞ!」


 とか何処かのエンディングのような事を叫ばれて誤魔化された。


 まぁ何処かの商店で下働きみたいな事をしている事は知っていたのだが、それを誤魔化そうとする父親が半端なく格好悪かったので直視したくなかったのだ。


 没落したとはいえ貴族だったプライドがあるのかもしれないが子供の前で自分の仕事を誇れない父親というのは残念成分が強かった。






 そんなある夜、両親が俺の事を相談しているのをベッドの中で無駄に良い耳が捉えてしまった。


「ひょっとしてラルフちゃんって…お友達が居ないのかしら?」


 おうふ。


 確かに色々やっているから同年代の子供とは滅多に遊んでこなかったが、まさか俺の方が『残念な子供』扱いされる事になろうとは。


 地味にショックだ。


 なんだかんだ言いつつも結局俺はあの父親の息子という事か。






 汚名返上の為に翌日は外に遊びに出かけた。


「いってらっしゃい♪」


 母親はニコニコと俺を送り出してくれた。


 大丈夫です。友達なんて居なくても生きていけますから。


「おい。お前…生意気だな」


 なんて事を考えていたら近所の悪ガキ3人に絡まれた。


 どうやら俺の両親が没落貴族だから、どうたらこうたら。


 俺の父親の職業が、どうたらこうたら。


「お前の親って最低のクズ野朗だな」


 子供がこういう事を言い出すという事は、その親が何かを話していたという事なのでそう言ってやったら――何故かキれた。


「パパの悪口言うなぁっ!」


 自分は俺の両親の悪口を言った癖に自分が言われると怒り出す訳のわからなさが子供らしいという事か?


 今世では喧嘩なんて初めてだが前世では嫌という程に経験してきたので勝手は分かっている。


 泣きながら突っ込んでくる1人に対して拾っておいた石を投げつける。


「ぎゃっっ!」


 顔面に命中してぶっ倒れて泣き出した。


 続く1人はドブ川突き落とし、最後の1人はなんとなく用意しておいた落とし穴に落として仕留めた。


 3人は泣きながらドロだらけになって帰って行った。


「……」


 ちょっとだけ大人気なかったかもしれない。






 家に帰ったら何故か両親に怒られた。


 どうやら3人組に怪我をさせたのはいけなかったらしい。


「大人しく3人に殴られていれば良かったの?」


「そ、そうは言っていないが、怪我をさせるのは良くないだろ?」


「親の悪口を言われて大人しく我慢するのが良い子なの?」


「っ!」


 母親に思いっきり抱き締められた。


 ああ。なるほど。


 自覚は無かったが俺は親の悪口を言われて腹を立てていたらしい。






 翌日にはまた悪ガキ3人に絡まれた。


「ぼ、僕のパパは凄いんだぞ!」


 というか父親自慢をされた。


「子供の前で他人の親の陰口を言う奴は親以前に人間として最低だろ」


「っ!」


「お前の親はそういう最低の人間で、お前はその最低の人間の子供。俺の親は他人の陰口なんて言わない立派な人間で、俺はその両親の子供だ。近寄るな劣性遺伝子、馬鹿がうつったらどうする」


 論破してやったらワンワン泣いて逃げ出した。






 家に帰ったら今度は悪ガキの親が家に来て文句を言いに来た。


「たかが子供の喧嘩に親が介入するなんて普通に格好悪いと思います」


 そう言ったら思いっきり睨まれた。


「親が下劣なら子供も下劣だ事」


 まぁ大体予想通りの事を言われた。


「子供の前で親を侮辱するような人間は最低の人間だって言ってやっただけですよ。あなたは最低の人間ですか?」


「っ!」


 悪ガキの親は俺に対して手を振り上げて…。


「ごっっ!」


 その手が俺に届く前にぶっ飛ばされた。


 俺の親に。


「……」


 なんだよ。俺の親――格好良いじゃん。






 結論から言ってしまえば問題らしい問題にはならなった。


 元々向こうは親子揃って嫌われ一家だったし、そいつらを撃退したって事が噂になって俺の親の株がちょっとだけ上がったらしかった。




 ★




 8歳。


 魔力制御の方はかなり上達したが相変わらず呪文とか詠唱とかは分からないので魔法を使う事は出来ないでいる。


 剣術の方は一応剣道モドキから剣術っぽい動きになってきた気がする。


「すぅ~…はぁ~」


 木剣を下段に構えて全身の力をゆっくりと抜いていく。


「ふっ…!」


 その状態から一息で木剣を振り抜く。


 緩から急への移行による剣の振り。


 人間の体というのは力んだ状態では最良の動きを発揮しない。


 だから1度完全に力の抜けた状態から力を入れて力む際の筋肉などの収縮を利用して最良の動きを作り出そうというコンセプトで練習しているのだが…。


「…上手くいかん」


 流石の俺でもこんな奥義っぽい事を3年で達成するのは難しそうだった。


 いや。ある程度形にはなっているのだが実戦で使えるような練度には程遠かったという話だ。


 完全に力を抜いた状態に移行するのに時間が掛かるし、緩から急で木剣を振り抜いてもスムーズに行かない。


「う~ん」


 悲観するほど駄目な訳じゃないが最初に思っていたほどには上手くいっていない。


 剣術も魔法も。


 これは俺の才能云々よりも剣や魔法を教授してくれる人間が居ない事が問題だ。


 直接教えてくれなくても、その見本さえ見せて貰えれば俺は即座に自分の中に取り込んで形に出来る自信があるのだが、その見本を見せてくれる人さえ居ないのだからどうしようもない。


「う~ん」


 そうやって悩んでいたら…。


「っ!」


 ピリッとした感覚が俺を貫いてギョッとして振り返る。


「???」


 周囲をキョロキョロ見回してみたが一体何が起こったのか把握出来ない。


 この俺がだ。


 意味不明な現象に困惑しつつ、それでも冷静になって何が起こったのか検証を開始する。


 何かが俺を貫いた――というよりも俺の体を通過していったという方が正しい現象だった気がする。


 何が通過していった?


 少なくとも物理的な現象ではなかった。


 物理的な現象なら俺が無事である筈がないからだ。


 となると静電気的な何かかと思ったが――良く考えてみればもっと身近なところに答えが転がっている気がした。


「(魔力…もしくは魔法力が波のように広がって俺の体を通過していった)」


 と考える方が合理的。


 先程の現象にどんな意味があるのか分からないが魔法ではなく魔法力自体にそういう使い方があると知ったのは大きな前進だった。


 身体の中の魔力を魔力回路に通して練り上げて魔法力を精製していく。


 そして今まで使い道のなかった魔法力を身体の外に放出して…。


「(波のように拡散するイメージ)」


 解き放つ。


 俺の解き放った魔法力はドンドン周囲に広がって行き…。


「(凄っ…!)」


 四方八方に広がっていく魔法力の波が通過した箇所の情報が俺の中にフィードバックされて伝達されていく。


 例えるなら俺を中心に打たれたソナーが俺という探知機に情報を表示されていくような。


 結果として俺は俺の住んでいる街に何人の人間が居て、ソナーが発信されたタイミングで何処に居たのかという詳細の情報を的確に手に入れていた。


「(いやいや。これ…普通の人間じゃ情報を処理しきれないだろ)」


 俺だからこそ、この膨大な情報を頭に取り込んで取捨選択、整理して結果を出す事が出来るが、並の人間がやったら頭のパンクするような作業量と情報量だ。


 って事は…。


「(さっきソナーを使った奴はあらかじめ情報を制限していたって事だな)」


 ソナーを打つ前に予め条件を設定しておき、その条件に合わない情報は頭に入って来ないようにしておいたと考えられる。


 そういう条件付けも出来るのだという事を学習する。


 なんか俄然やる気が出てきた。


 っと。その前に肝心のソナーを打ち込んだ奴なのだが、既に特定を終えて場所も把握済み。


 だが今のところ俺がそいつに近付こうという意思はなかった。


 俺はまだ8歳のガキだし余計な事に首を突っ込むのは、もう少し自立出来る歳になってからにするべきだ。


 と言っても俺がソナーを打ち込んだ事にも気付いただろうし慌ててこちらに向っているところだろうからさっさとトンズラこかせて貰う。






 魔法ではなく魔法力自体に使い道があった事を知れたのは僥倖だった。


 とりあえず魔法力を使って周囲を探知する方法を『ソナー』と『レーダー』の2つに分けた。


 あの時は空中で魔法力を開放してしまったが本来ソナーという物は水中に対して音波を発進して、その反射音で対象の位置を特定する技術だ。


 それを応用し地面に魔法力を打ち込んで地面を伝播させて周囲の探査を可能にする技術として確立させた。


 この方法を『ソナー』と命名。


 ソナーはかなり広範囲の探査が行えるが探査が行えるのは殆ど一瞬だけだ。


 ソナーを打ち込んだ瞬間の探査範囲に居た人間の位置情報を知る事が出来る程度。


 だから、より詳細な探査を可能とする為に俺を中心として薄く、かなり広い範囲に魔法力を展開する技術も確立した。


 これによって展開した魔法力の範囲内に居る対象の行動の詳細を知る事が出来る。


 但し、複雑な情報を大量に処理する必要があるし、ソナーと比べると相当狭い範囲でしか探査出来ないのが特徴。


 これを『レーダー』と命名。


 広範囲を大雑把に探査するソナーと、狭範囲を詳細に探査するレーダー。


 うん。なんか現代日本から来た人間が考えた魔法っぽいぞ。


 まぁ本物の魔法なんてまだ使えないけど。




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