第2話 『10歳児は普通はまだまだ子供です』


 10歳になった。


 相変わらず魔法は使えないし、剣術も微妙な練度のままだが魔法力を使って出来る事が色々と増えていた。


 それと、ついに『魔法の鞄』を解禁する事にした。


 というか今まで殆ど私物なんて持っていなかったので使う機会が無かったのだ。


 そして実際に使ってみた感想として、あの管理者っぽいのが言っていた説明に少しだけ補足が必要らしかった。


 まず、この鞄は許容量を越えない限りは大抵の物を入れる事が出来るが『生物』を入れる事は出来ないという事。


 人間は勿論だが動物や植物なんかも入れる事が出来なかった。


 但し、動物の死体を入れる事は出来たし植物も薪なんかを入れる事は問題無かった。


 この辺の判定は結構シビアだったが、要するに『命のある者』は鞄に入れる事は出来ないと解釈しておけば間違いなかった。






 魔法力を使って出来る事、その1。


 魔法を使う上で常識として『魔力を練り上げて精製した魔法力は基本的に保存しておく事が出来ない』というものがある。


 体内で精製する魔法力だが、それを身体の中に長時間保存しておく事は出来ないし、体の外に出した時点で1日も持たずに消えてしまう。


 魔法を使う者は魔法を使う度に体内で魔力を練り上げて魔法力を精製する必要がある。


 しかし俺の知恵と知識がその常識を覆す。


 型揃え、醸解、洗浄、分解、漂白。


 何の行程かって?


 木材から紙を精製する為の行程だ。


 そして製紙の段階で使う水に魔法力を放射しておけば魔法力に適応する紙が作れる。


 その紙に魔法力を篭めると『あら不思議』。


 特に意図していないのに魔法陣のような物が書き込まれて長時間魔法力を保存出来る特殊な紙の出来上がりだ。


 俺はこの紙に『式符』と命名した。


 陰陽術みたいな命名だが元日本人の性とでも思ってくれ。


 で。専ら魔法の鞄にはこの式符を入れて保存してある。


 魔法力を外部に保存出来るのは良いのだが、魔法を使えない現状あまり役に立たないので魔法の鞄に日に日に蓄積されるに留まっている訳だ。






 魔法力を使って出来る事、その2。


 両親に連れられて街の繁華街にお出掛けした時、奇妙な兵士を見かけた。


 見た目は普通の人間に見えるが『レーダー』で探査してみると中身が明らかに人間ではなかった。


「父さん。これなんですか?」


「ん?」


 で。素直に父親に聞いてみた。


「ああ、良く気付いたな。これは魔法使い様が作った『ゴーレム』だな」


「…ゴーレム」


「私は良く知らんが魔法生物と呼ばれる物らしいな」


「へぇ~」


 で。独自に調べてみた結果、国から派遣された魔法使いが各街に治安を守る為のゴーレム兵士を作り出して置いて行くそうだ。


 余り違和感が出ないように普通の兵士が着るような鎧を着せてあるのでパッと見では兵士にしか見えない。


 まぁ魔法生物に興味のあった俺は1人で出かけた際、見掛けたゴーレム兵士をジックリと観察する事にした。


 このゴーレム兵士に下された命令は『街の治安を守る事』なので子供がジックリ観察しても治安を乱す事にならないので何も起こらない。


 まぁ、そんな事が分かったのはジックリ調べた後なのだけれど。


『ソナー』や『レーダー』よりも限定範囲で、より精密に探査が必要な場合のみに使う魔法力を使った探査方第3弾。


 その名は『スキャン』。


 対象の外部から内部までの詳細を克明に調査する為に確立させた技術で、これによってゴーレムの構造を解析する事に成功した。


 それによるとゴーレムの基本的な構造は普通の石で出来ていて、その内部に魔法力を含んだ『核』が存在した。


 その核に命令を書き込む事によってゴーレムの行動を決定し、更に構造を設定する事によって人間大の石を纏って行動させる事が出来るようになる。


 命令も構造も単純だったが、ゴーレムの核は少しだけ興味深かった。


 なんらかの宝石のように見えるが、その宝石は魔法力を蓄積させる事が出来る特性を持った石だった。


『魔法力は基本的に保存する事が出来ない』という法則があった筈だが、この核となる石は例外のようだった。


 勿論、安い物ではないだろうし貴族か魔法使いの中だけで流通する特別な物なのだろうけれど…。


「(これ…俺の『式符』で代用出来ね?)」


 魔法の鞄に蓄積させるだけだった式符に意外な使い道が出来た瞬間だった。






 試行錯誤の結果、式符を魔法生物の『核』として代用する事に成功した。


 式符を1枚机の上に置いて、その式符に対して魔法生物の『形』をイメージして魔法力を流し込んでいくと紙がザワザワ蠢いてイメージ通りの形を象る。


 それほど大きくない紙だった為に子供の俺の掌に乗ってしまうくらいの大きさの『小鳥』。


「…行け」


 それを家の窓から空へと解き放つ。


 この小鳥に俺が与えた命令は3つ。


 1つは『飛行』。


 その為、紙で出来ているにも関わらず問題なく羽ばたき空を自由に跳びまわる。


 1つは『視界』。


 小鳥には五感の内『見る』という機能だけを付けてあるので視覚を持っている。


 そして最後に『リンク』。


 俺の『右目』と『思考の一部』とリンクさせる事によって小鳥が見たものを俺の右目にフィードバックさせる事が出来、更に思考の一部とリンクさせる事によって小鳥の行動をコントロールする事が出来る。


「~♪」


 右目を瞑って小鳥の視界を確保しつつ、更にどの程度まで飛んでいけるのか有効距離を測る為に遠くへ飛ぶように命令を出す。


 小鳥の飛ぶ速度は精々時速で20~30キロ程度。


 空を飛んでいるのに人間種が全力で走る程度の速さしか出せないが、式符1枚分の魔法力しか使っていないのだから仕方ない。


 ともあれ実験なので式符を1枚無駄にするつもりで街の外を目指して小鳥を飛ばしていく。






 そして数時間後。


「おいおい」


 小鳥の飛行距離が100キロを超えた時点で俺は呆れて小鳥に帰還を命じた。


 考えてみればゴーレム兵士だって自律機能を備えていた訳だから魔法力が切れるまで何処までだって飛んでいけるに決まっている。


「ラルフちゃん。御飯よぉ~」


「は~い」


 母親に呼ばれて俺は小鳥に自動飛行で戻ってくるように指示を出して…。


「っ!」


 小鳥とリンクしていた右目に黒い影が映って大きく動揺した。


「(鷹かっ!)」


 油断した。


 俺の小鳥は不慣れな空中戦を強いられて、あっさり鷹に撃墜され…。


「痛っ…!」


 小鳥が死んだ瞬間、リンクしていた俺の右目に針で刺したような痛みが走る。


「がぁぁっっ!!」


「ラルフちゃんっ!どうしたのっ!」


 想像を絶する激痛に俺は右目を押さえて蹲り、その俺の悲鳴を聞きつけた母親が駆け寄ってくる。


「め、目がっ…!」


「目?」


 右目が潰れたかと思うような激痛を母親に訴えてみたが、俺の右目を確認していた母親は困惑した声を上げただけだった。


「大きなゴミでも入ったのかしら?」


「…え?」


 ハッと気付く。


 右目、ちゃんと見えてる。


 それにいつの間にか痛みも消えていた。


「(…幻痛か)」


 どうやら右目とリンクしていた小鳥が死んだ為に、その痛みが右目にフィードバックされてしまったらしい。


「(偵察に最適な魔法生物を作れたと思ったが迂闊な場所を飛ばすのも危険って事か)」


 以前に魔力回路を開通した時に匹敵する『痛み』だった。






 式符を使って作る簡易的な魔法生物は折角なので『式紙』と名付ける事にした。


 益々陰陽師っぽいけど、まぁ便利なので構わないだろう。




 ★




 12歳になった。


 相変わらず魔法は使えないままだし使える兆しも無い。


「(貴族の家に式紙飛ばしたりしてんだけど、秘伝というだけあって簡単に覗き見させてくれないんだよなぁ)」


 バレたら不味いので慎重に行動しているという事もあるが一向に魔法の呪文や詠唱を知る機会が来ない。


 まぁ魔法力を使って色々出来るようになったけど魔法を使える奴と対峙した時にまともに戦えるかは至極疑問だ。


「(っていうか。考えてみたら俺って魔法を見た事ないじゃん)」


 魔法を使えるように準備だけはしてきたが誰かが魔法を使ったところを見た事も無い。


 まぁ俺が生まれ育ったのはたいして広くも無い街だし、魔法を使える奴が居ると聞いた事も無い。


 いや。貴族連中の中には魔法が使える奴も居るのだろうが、当たり前のように貴族に知り合いなんて居ないのだ。


「母さん。魔法を勉強したいんだけど何か良い方法ないかな?」


 とりあえず駄目元で母親に相談してみた。


「ラルフちゃんは魔法使いになりたいの?」


「なりたいです」


 というか肉体的には既に魔法が使えないだけの魔法使いっぽいですけどねぇ。


「それなら…『王立魔法学院』に入学するのが現実的かしらねぇ」


「学院?」


「ええ。基本的に貴族の子しか受け入れない学院なんだけど、一応一般試験も行っていて少数だけど入学出来る可能性はあるのよ」


「ほぉほぉ」


「ただ…ねぇ」


「?」


「試験を受ける為の条件が厳しいのよぉ」


「どんな条件なのです?」


「15歳で未婚である事」


「…3年待つ必要がありそうですね」


「そして…入学金を支払える事」


「……」


 あ。なんとなく母親が厳しいと言った理由が分かった。


「入学金って幾らなんですか?」


「…金貨20枚」


「おうふ」


 俺の父親の年収が金貨1枚に届くかどうかと言えば、この条件の厳しさを分かって貰えるだろうか?


 日本円に換算すれば金貨1枚が100万円相当に値するらしい。


 年収100万円とかどんだけ~と思うが、この世界の平民――没落貴族の収入なんてそんなものだ。


 まぁ、そんな収入でも一家3人を養っていくのに十分というのだから、この世界の物価のお陰かもしれない。


 問題は後3年未満で金貨20枚――日本円に換算して2000万円を稼がないといけないという現実だった。


「母さん。良くそんな事を知っていましたね」


「…私も昔は魔法使いになりたかったのよ」


「そ、そうですか」


 とりあえず両親に援助して貰うのは不可能っぽいので稼ぐ方法を考える事にした。




 ★




 ガキに出来る金稼ぎの方法なんて『ガキらしく』稼ぐしかない。


 という訳で俺は近所のガキ連中から根こそぎ小遣いを巻き上げた。


 正確には俺が考案した『ゲーム』にガキどもに小遣いを賭けて参加させて合意の元に巻き上げた。


 まぁ考案したのは俺だし、俺が1人勝ち出来るように最初から設定してあったのだけど。


 もっとも。ガキどもだって唯馬鹿のままじゃないから一方的に搾取され続ければ誰も俺のゲームに参加してくれなくなる。


 だから時間を掛けて適度に勝たせて――最終的には根こそぎ搾り取るという方法を取った。


 親にバレたら大変?


 親にチクるような奴はゲームへの参加権を剥奪するというルールを作ってある。


 これは言い換えるとルールに違反するとゲームに参加出来なくなるだけではなく、子供連中から仲間外れにされるという事だ。


 勿論、中には慎重なガキも居て勝った分だけ別の事に使ってしまう奴も居る事には居たのだが…。


「くっくっく」


 俺が考案してガキどもに提供しているのはガキどもにとって『最大の娯楽』となるゲームだ。


 よって、このゲーム以外に金をつぎ込んだやつらは軒並み後悔する事になる。


『どうしてあんな無駄な事に金を使ってしまったのだろう』と。


 そして1度でもそう後悔した奴らは2度と同じ過ちを繰り返さない。


 つまり延々と俺のゲームに参加し続けて金を落とし続けてくれる訳だ。






 2年という歳月を掛けてガキどもから巻き上げたのは金貨1枚と少しだった。


 まぁ所詮はガキの小遣いだし、どれだけ集めても大人の年収に届かせるのは難しいという事だ。


 寧ろ2年で100万円以上稼いだ俺の手腕を褒めて欲しいくらいだ。


 しかし、これでは学院の入学金に全く届かない訳だが、それは勿論考えてある。


 というかガキどもから金を巻き上げる為に考案したゲームその物が『撒き餌』だ。


 当たり前のように俺の住んでいる街にも『裏の顔』というのが存在して、そして『裏カジノ』なんて物が存在していた。


 俺がやっていた事はガキどもをコントロールして金を巻き上げていただけだが、それは裏の人間からすれば将来的に言いなりになる兵隊を用意出来る『使えるかもしれない人材』という認識になる。


 その俺に黒服の人間が接触してきた。


「もっと面白いゲームに参加してみないか?」


 そいつらが俺にプレゼントしてくれたのは裏カジノの参加許可証。


 まぁ、狙いとしては俺に借金させてガキどものコントロールをさせて将来的に言いなりになる人材を確保しようという思惑だろう。


 しかし、これこそが俺の待ち望んでいた本当の『金を稼ぐ手段』だった。






 裏カジノには即日参加した。


 14歳の俺が参加するのは法的に問題がある筈だが許可証があるし、そもそも裏カジノ自体が違法な代物だ。


「(へぇ~)」


 そこで見た物は意外と言えば意外と言えるほどに発展した場所だった。


 カードゲームやスロット、ルーレットなど思った以上に近代的なゲームが楽しめるらしい。


 使うチップは銀貨1枚で赤チップ、銀貨10枚で白チップ、金貨1枚で黒チップという具合だった。


 俺は全財産を使って黒チップ1枚と赤チップ5枚を交換して勝負に挑む。


 その中で俺が選択したのはルーレット。


 回転する円盤に球を投げ入れ、落ちる場所を当てるゲーム。


 勿論、最初から参加はせずに席に座ってチップを置き、他の客が参加するのを観察する。


「……」


 ジックリと3回ほど観察してからゲームに参加する。


 ディーラーが球を投げ入れる前に賭けるのは馬鹿のやる事。


 ディーラーが球を投げ入れてから俺は切り札と呼べる黒チップを『赤』に賭けた。


 奇数なら赤、偶数なら黒という具合にどちらかの色を当てれば配当金が2倍になるという通常の賭け方だ。


 結果、球が落ちた場所は13の赤。


 黒チップが2枚になって俺の元へと返って来る。


 次も黒チップ1枚を『赤』に賭けて21の赤に落ちる。


 これで俺の手持ちは黒チップ3枚と赤チップ5枚。


 その俺を見てディーラーが僅かに目を細めた。


 次のゲームが開始され――俺はゲームを見送った。


「……」


 ディーラーは無言でゲームを続行する。


 その後、俺は5回ほどゲームを見送ってから――動く。


「っ!」


 俺が賭けたのは28の黒に赤チップ5枚。


 それは『1目賭け』と呼ばれる物で当たれば配当金が36倍。


 そして球は――28の黒に落ちた。


「…マジかよ」


 ディーラーが呆然と呟いたので俺は指をコンコンと鳴らして勝ち分を要求する。


「あ」


 慌ててディーラーは俺に配当金の赤チップ180枚を返してくる。


 え?どうやって当てたのかって?


 俺の頭脳からすれば円盤の回転、球の速度、跳ね返る場所、全てを計算出来る。


 1回目からダイレクトに球が何処に落ちるのかは完璧に把握出来ていたが勝ち過ぎると面倒な事になるし、色々対策をされる前に不自然ではない程度の演技が必要なのだ。


 ちなみに狙った位置に球を落とせるディーラーが居るという話は都市伝説に近い。


 ひょっとしたら居るかもしれないが少なくともこんな田舎街の裏カジノに居る訳がない。


 それでもイカサマはあるので慎重に賭けるタイミングを選ばなくてはいけない。


 という訳で確信のあるタイミングで17の赤に赤チップ60枚を賭けた。


「っっ!」


 俺が賭けた瞬間にディーラーがギョッとして何かをしようとして――何も出来ずに球が17の赤に入るのを呆然と見送った。


 俺の元へ赤チップ2160枚が返ってくる。


 これで合計金貨25枚と銀貨80枚の儲けだ。


 これ以上は蛇足なので、さっさと換金して裏カジノを出る事にした。






 帰り道で当然のように襲われた。


 まぁ金は魔法の鞄に入れておいたし、大の大人相手に俺の力が何処まで通じるのか試してみたかったので戦闘開始。


 相手はガタイの良い黒服が3人。


 俺をガキと侮っているのか、ゆっくりと俺に近付いてきて――足元から出現した細長ないものが足に絡み付いて動きを拘束された。


「な、なんだ、こいつはっ!」


 その正体は俺が事前に地面の中に待機させておいた拘束用式紙『ワーム』。


 名前の通り蟲型の式紙で見た目はちょっとグロテスクだが対象を拘束するという点において真価を発揮する式紙だ。


「ぎ…がぁあああっっ!」


 ちなみに、その拘束方法は人間の皮膚を食い破って体内に侵入して、体内から動きを拘束するという超グロい方法。


「ひぃぃいいいいっっ!」


 勿論、蟲を体内に入れられた奴等は生理的嫌悪感に全身に鳥肌を立てて――更に蟲が身体の中を動き回るおぞましさとか、身体を中から食われていく恐怖に精神が先に大ダメージを受ける。


 そして、この式紙のもっとも恐ろしいところは魔法力の消耗が極端に小さく、更に取り付いた人間の魔力を吸収して自動で回復出来るところだ。


 言い換えると、この式紙は対象の体内で半永久的に活動出来てしまうのだ。


 色々な意味で泡を吹いてビクビク痙攣しながら気絶して失禁している奴らも雇い主のところに運ばれるだろうし、そこで体内に蟲を入れられた事に気付くだろう。


 ぶっちゃけ、この式紙に人を殺せる程の力はないが『これ』を使われて俺とまだ敵対しようという気を起こす奴は早々居ない。



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