第3話 『15歳で王立魔法学院に入ったと思ったら…』


 15歳になり『王立魔法学院』の入学試験を受ける日がやってきた。


 俺は自宅から2週間以上も時間を掛けて王立魔法学院へと赴き試験を受ける。


 試験は『筆記』『実技』『面接』の順に行われ、その過程で試験者はドンドン削られていく事になる。


 俺と一緒に一般試験を受ける人数は500人くらい居たが筆記試験をクリア出来たのは20人程だ。


 ちなみに俺の自己採点では筆記の結果は全教科満点で間違いなくトップ合格だった。


 まぁ最初から筆記に関しては全く心配していなかったので問題は次の実技という事になる。


 俺は勿論だが、他の奴らだって実技と言われても魔法を使える訳ではないのだから。


「こほん。それでは実技の試験の説明を開始する」


 そして俺達20名の前に現れた試験官は占いに使うような水晶球を机に設置してから実技の説明を開始した。


「今から諸君には、この宝珠に触れて貰い魔法の適正を示して貰う」


「適正…ですか?」


「うむ。この宝珠は特殊な素材で作られていて、この宝珠に魔法力を流す事で宝珠の色が変わる。その変化した色が諸君らの魔法の適正となる」


 周囲の人間がざわめき始める。


「そ、それは触れるだけで色が変わるという事でしょうか?」


「いいや。触れて魔法力を流さなくては色は変わらない。そして触れて1分以内に色を変える事が出来なければ試験は不合格だ」


「っ!」


 実技試験の内容は最低限、体内で魔力を練り上げて魔法力を精製出来なければ不合格だという事らしい。


「さて。それでは試験を開始するが…ラルフ=エステーソン。筆記試験トップ合格の君から始めるか?」


「…何故、私に質問を?」


「この試験は後になればなるほど有利とも言えるからだ。前の受験者を見学して魔法力を宝珠に流し込む方法を学習出来るかもしれないからな」


「……」


「筆記試験のトップ合格者である君は1番最後に試験を受けるか否かを選択する権利があるのだ」


「…そっすか」


 俺は特に気を負う事もなく宝珠に触れて魔法力を流し込む。


 宝珠の色は『赤』に変化した。


「赤はどんな魔法の適正ですか?」


「…火の魔法の適正だ」


「そうですか」


 素っ気無く答えて俺は実技試験の会場を出て次の部屋へと案内される事になった。


 今更『順番』で合否が別れるような試験ではあるまい。


 試験官の質問は俺の覚悟を問う『面接』も兼ねていると判断した。






 予想通り実技試験を1番に合格した俺は3つ目の試験である面接を受ける事無く合格を告げられた。


 そして入学金である金貨20枚を支払って俺は王立魔法学院に無事入学を果たした。




 ★




 王立魔法学院は基本的に3年で卒業出来るシステムになっている。


 そして卒業者には王立魔法学院の卒業証明証と色々な国で通用する様々な資格を得る事が出来るらしい。


 まぁ基本的にこの学院に入学出来るのは貴族のみであり、一般試験からの合格者は今年は3人だけというのだから平民には相当狭き門だ。


 その3人は全て1年の『Dクラス』に配属される事になった。


 学院には学年ごとにA~Dのクラスがあって、当然Dが1番下の扱いになる。


 特に平民だから差別されているという訳ではなくDクラスは基礎から教えてくれるので最初に配属される基本クラスという事だ。


 まぁ基礎が出来ている貴族の中にはいきなりAクラスに配属される奴も少なくないらしいが。


 ちなみに実績を示してクラスの担任に実力が認められれば『昇格試験』を受ける事が出来て、その試験に合格する事で1つ上にクラスに上がる事が出来るらしい。


 Dクラスで昇格試験を受けて合格すればCクラスに上がれるという具合だ。






 そして来る王立魔法学院での初授業の日。


「……」


 本当に基礎ばかりなので正直、俺は退屈していた。


 退屈はしていたが授業はしっかり聞いていたし、俺の認識していた基礎とは少し齟齬があったりして結構新鮮だった。


 しかし初めての授業なのだが俺はその最中に微かに『違和感』を覚えていた。


「はい。それでは最初の授業はここまでになります。何か質問があれば私のところまで来て何でも聞いてくださいね」


 そして授業が終わって教官が教室を出て行く。


「……」


 俺はなんとなく直ぐに席を立って教官を追いかけた。


「教官」


 そして廊下で追いついた教官に声を掛けた。


「…なんですか?」


「質問があります」


「なんでしょう?」




「何故わざと『間違えた授業』を行ったのですか?」




「……」


 そう。俺が覚えた違和感は教官が行った授業の内容に作為的なミスが含まれていた事だった。


「…付いて来なさい」


 そして俺は教官に連れられて1つの部屋へと案内される事になった。






「…ここは?」


「王立魔法学院が誇る魔法書庫です」


 案内されたのは何千――下手をすれば何万という書物が収められた書庫だった。


「これが…全部魔法書?」


 俺が喉から手が出る程に欲しかった物が、こんなに山程存在している事実には流石に驚きを隠せなかった。


「君の質問に答えましょう」


 そして教官は少しだけ自慢するように書庫を仰ぎ見ながら説明を始めた。


「この学院で最初の授業は例外なく『間違えた授業』を行う事になっています。本当に最初の1回のみであり、それに疑問を覚える者も少数ですし、疑問を覚えたとしても教官に質問しに来る者は更に少数でしょう」


「……」


「けれど、そういう生徒を選別する為の『間違えた授業』なのです」


「…学習意欲の特に強い生徒を選別する為、ですか?」


「君は本当に頭が良いですね」


「…どうも」


「ええ、その通り。特に学習意欲の強い生徒を選別して、この書庫を開放するのが目的です」


「この書庫を自由に使って構わないのですか?」


「なかなか居ないのですよ?最初に授業に違和感を覚えて教官に直接質問しにくる生徒というのはね」


 言いながら教官は俺に何かを差し出してくる。


「…鍵?」


「大事に使いなさい。鍵も…そして魔法書もです。学ぶ意欲のある生徒に学院は惜しみなく知識を与える。それが学院の理念でもありますから」


「…ありがたく使わせて頂きます」


「戸締りはしっかりしておきなさい」


「はい」


 こうして俺は膨大な魔法書を読む栄誉を与えられた。






 後で知る事になるのだが、この書庫――余り人気は無いらしい。


 大抵、貴族の家には必要な魔法書が揃えられているし、こんな膨大な魔法書があっても一生を掛けても読みきれないのでは意味がない。


 結果として貴族らはこの書庫の存在を知っていても、ここに足を踏み入れようとは思わないのだそうだ。


 俺は授業の時間以外の殆どを、この書庫の中で過ごす事になったけれど。




 ★




 自慢ではないが俺は速読が出来る。


 それはもう超速読と言っても良いほどで本を1冊読むのに1分掛からない。


 まぁ、この世界の本は羊皮紙が主流なので1冊のページ数が多くないという事もあるのだが、俺は1日に数百冊もの魔法書を読み漁り――僅か1ヶ月という時間で書庫の全ての魔法書を頭の中に記録した。


 そして更に1ヶ月を掛けて俺の適正である『火の魔法』の全てを網羅して実験と練習を繰り返し…。


「考え直す気はありませんか?」


 俺は学院の長である学院長を前に1つの権利を行使する旨を伝えていた。


「君は優秀な生徒だ。一般試験からの入学とはいえ君のような生徒は10年…いえ100年に1人と言っても過言ではありません」


「……」


「理由を聞いても良いですか?」


「この学院で私が学ぶ事は、もう何も無いからです」


「……」


 この学院に入学した生徒全員に1度だけ与えられる『権利』が存在する。


 それは自由な時間にいつでも『試験』を受ける事が出来る権利。


 試験の内容は学院に関係する物ならば種類は問われない。


 例えば昇格試験を受ける事も出来る。


 通常ならばDクラス→Cクラスという具合に1つ上のクラスへと上がる為だけの試験だが『権利』を行使する事によって『飛び級』という現象を発生させる事が出来る。


 例えば『1年のDクラス』から『2年のAクラス』に学年を超えて『飛び級』する事が可能なのだ。


 勿論、何処まで上がるかによって試験の難易度が跳ね上がるし、試験に失敗したとしても権利を行使出来るのは1度のみだ。


 そして入学2ヶ月目の俺が挑もうとしている試験は…。


「教育者として、これ以上の屈辱はありませんよ。入学2ヶ月の生徒に『卒業試験』を望まれてしまう現実にね」


「筆記試験は問題ない筈ですが?」


「ええ。文句の付けようもありませんよ」


 既に俺は『卒業試験』の第一段階である筆記試験を受けて合格を告げられていた。


「この学院にはA~Dクラスを担当する教官が3学年分、計12名が居て、更に学院長である私と副院長、更に予備の教員を合わせて計18名が居ます。その18名の専門課題に対して卒業論文を作成する。これだけでも十分無理難題のつもりだったのですがね」


「私に対して『1時間』は少々時間を与えすぎだと思います」


「制限時間を1時間に設定されるというのは普通は絶望的と言うのですよ」


「勉強になります」


「……」


 正確には俺は所要した時間は38分。


 それものんびり費やした為に使った時間なので本気ならばもう10分は短縮出来たし、その気になれば更に5分短縮が可能だっただろう。


 つまり超マジになれば俺は23分で18人分の卒業論文の作成が可能だったという事だ。


「実技試験は更に過酷な内容になりますよ」


「内容を聞いても宜しいですか?」


「…各クラスを担当する教官はA級の魔法使いと同等の実力を備えています。その全ての担当教官12名と同時に魔法戦で戦い勝利して貰います」


「……」


「条件は試験官に1人の死者も出さない事です」


 学院長としては、ひょっとしたら無理難題に俺が降参する事を望んでいたのかもしれないが俺は『つい』彼に質問してしまったのだ。




「制限時間は?」




「……」


 流石に彼も沈黙した。


「…何分必要ですか?」


 それでも直ぐに切り返してきたのだから彼はやはり大物だったのだろう。


「それなら、とりあえず『1分』で」


「……」


 俺は更に沈黙させてしまったけれど。






 結論だけを言わせて貰うなら実技試験は『3秒』で終わった。


「ああ。私の聞き方が悪かったのですね。君に対して『分』で尋ねるのではなく『秒』で尋ねるべきでした」


 学院長は諦め風味で乾いた声を上げていた。


 まぁ実際の話『何秒必要か?』と尋ねられていたなら『10秒』と答えていただろう。


 何分と質問された為に最低時間の1分と答えてしまっただけなのだから。




 ★




 こうして俺は王立魔法学院を『歴代最速』の2ヶ月で卒業した。


 学院の卒業証明である金属製のプレートを貰い、更に『飛び級』で卒業した生徒にはプレートの色が通常とは異なる仕様になるらしい。


「君に必要かどうかはわかりませんが学院の卒業資格を提示すれば巷の冒険者と呼ばれる者達の中でC級から開始する事が出来ます。更に特殊プレートを提示すればB級から開始になります」


「冒険者って儲かるんですか?」


「…唯の例え話ですよ」


 まぁ学院卒業の証明証と共に膨大な資格を得た俺ならば、その気になれば職は引く手数多だ。


 わざわざ冒険者になって危険な橋を渡る必要はないのだが…。


「折角、魔法を使えるようになったのですから練習を兼ねて冒険者も悪くないですね」


「…好きにしなさい」


「お世話になりました」


「…嫌味ですか?」


 学院長としては、そう言いたくなる気持ちも分かるが俺は本当に感謝しているのだ。


 喉から手が出るほどに欲しかった魔法書を山ほど提供してくれた学院に。


「正直、君を世に解き放つのは物凄く不安なのですが…」


「やだなぁ♪まるで人を猛獣みたいに」


「まぁ学院には君を引き止める権利も力もありませんからね。仕方ない事です」


「あるぇ~?否定してくれなかったぞぉ~?」


「…その自覚があるくせに惚ける癖は直しなさい」


「善処します♪」


 最後に深い溜息を吐いて学院長は俺を学院から送り出してくれた。


 こうして学院長の不安と共に俺という存在は世に解き放たれたのだった。






 とは言っても最初は両親への報告が先だけど。


 両親は俺が歴代最速の2ヶ月で学院を卒業してきた事に驚きつつも息子の帰りを喜んでくれた訳だが…。


「これからどうするつもりなんだ?」


「暫くはダラダラ休んで、それから冒険者でもやってみるつもりぃ~」


「……」


 俺の自堕落な答えを聞いて流石に呆れているようだった。




 ★




 とりあえず自宅でダラダラしながら魔法の練習をして練度を上げていった。


 それはダラダラしているのとは違うんじゃないか?と言われそうだが俺にとっては魔法の練習なんて片手間で出来るような事だから俺の主観ではダラダラしているという事だ。


「…というかだな。ラルフ」


「ん~?何?父さん」


「お前、学院みたいな同年代の子達が集まる場所に通って、結局友達の1人も出来なかったのか?」


「ぐふっ!」


 父親に物凄く痛い所を突かれて吐血しそうになった。


「あなたっ!そんな…ラルフちゃんを友達の居ない可哀想な子みたいに言わないであげて頂戴!」


「ごふっ!」


 母さん。トドメを刺してくれてありがとう。


「だ、大丈夫よ。ラルフちゃんは顔は良いんだから!友達は出来なくても恋人なら直ぐに出来るわ!」


「…そうだね」


 なんか、もう色々とどうでも良くなってきた。


 3ヶ月くらいは普通に自宅でダラダラするつもりだったけど、もう出発しよう。






 結局、自宅で2週間過ごした後に冒険者になるべく出発する事になった。


「冒険者になるなら王都が1番だぞ」


「…詳しいですね。父さん」


「父さんは昔、冒険者になろうとしていた時期もあったんだ」


「そ、そうですか」


 この似たもの夫婦め。


「あの時はお互い挫折して意気投合しちゃったのよねぇ~」


「うむ。運命の出会いだったな」


「……」


 マジで似たもの同士だった。


 俺、中身は兎も角、この両親の遺伝子継いでいるけど大丈夫なのだろうか?


「そうだ。昔、父さんが冒険者になろうとして買って、結局1度も使わなかった剣をラルフに譲ろう」


「それなら母さんが魔法使いになりたくて格好だけでそれっぽいのにする為に買った外套もあげるわ」


「あ、ありがとう…ございます?」


 剣と言いつつ渡されたのは何故かダガーだったが、これはこれで使いやすそうなのでありがたく貰っていく。


 外套は思いの他、まともな出来で夜露を防ぐくらいの効果はありそうだ。


「思ったより良い品ですね。高かったんじゃありません?」


「 「 …貴族だった頃の最後の品を売ったお金で買った 」 」


「……」


 本当に似たもの夫婦だわ。






 こうして俺は両親に見送られて王都へと旅立つ事になった。


「大金が手に入ったら仕送りしますけど余り期待しないでくださいね」


「お金は良いからお手紙を出して頂戴」


「手紙を出すのにも大金が掛かるので不定期になりそうですけど出来る限り送る事にします」


「いってらっしゃい♪」


 そうして俺は母さんに抱き締められて――誇れる両親の元を去って独り立ちする事になった。




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