第28話 『魔王。天翼種の姫君と邂逅する』
オリヴィア=ディプシーは転生者である。
彼女は『天翼種』と呼ばれる人間種の背中に翼を持ったような姿を持つ種族として生を受けた。
天翼人や有翼人とも呼ばれる一族で種族の者は軒並み美形が生まれやすい一族ではあったのだけれど、彼女は一族の中でも特に美しく育った。
長く、艶やかな銀色の髪。見る者を全て魅了するかのような琥珀色の瞳。そして女ですらも羨むほどの豊満なプロポーション。
それ程に美しく育ったのだが…。
「…死にたい」
それが口癖になってしまっているので周囲から距離を置かれる存在になっていた。
☆
オリヴィアが『死にたがり』になっているのは前世での『失敗』が原因だった。
彼女には前世で生涯を賭して愛すると誓った最愛の恋人が居たのだけれど、その恋人とは彼女の我侭が原因で別離する事になっていた。
しかし例え別離したとしても彼の事を一生愛すると誓った彼女に迷いは無かった。
その後の人生を過ごす為に、せめてもの慰めにと彼の子供を身篭った。
身篭った――つもりだった。
「う…そ」
確実に確実を重ねて確信出来る日を選んで彼に最後の逢瀬を迫って抱かれた筈だったのに――生理が来てしまった彼女は愕然と立ち尽くした。
そして彼女は猛烈に迷った。
彼にはもう2度と会わないつもりだったけれど、それでも『失敗』してしまった事実を抱えて今後の人生を生きられる自信は彼女には無かった。
恥を忍んで彼にもう1度逢瀬を頼む事を決断するのに時間は掛からなかった。
もう1度会ってしまえば1人で生きる決意が鈍ると分かっていたけれど、それでも彼女には彼の『忘れ形見』が必要だったのだ。
今度こそと確実を確信出来る日を選んで彼に会いに行き――再び愕然とした。
彼は行方不明になっていた。
彼女は混乱した。
混乱しつつも資産家である実家の力を借りて彼を探す事にした。
けれど――彼は見つからなかった。
「あ」
そして唐突に当たり前の事に気付いた。
彼女が彼の事を誰よりも愛していたのと同じように、彼も彼女の事を誰よりも愛していた。
その確信が彼女にはあった。
その彼女の我侭で一方的に別離を告げた彼が平気な訳がなかったのだ。
「あ…あぁ」
彼女は猛烈に後悔した。
後悔して、後悔して、後悔して、自己嫌悪に陥って、死にたいと思うようになるのに時間は掛からなかった。
けれど彼女が自ら命を絶つ前に…。
「君の願いをどんな願いでも1つだけ叶えてあげるよ」
彼女の前に『それ』が現れて自暴自棄になった彼女は容易く『異世界転性』を受け入れた。
☆
だから今世でオリヴィアは生まれた時から『死にたがり』だった。
この世界で言葉を覚えて初めて喋った言葉が『死にたい』だったのだから相当だ。
オリヴィアが今も生きている理由はほんの僅かな希望と、そして『弟』の存在があるからだった。
「姉さまっ!」
天翼種として生まれたオリヴィアの血を分けた実の弟。
オリヴィアに懐き、オリヴィアを困らせ、そしてオリヴィアにほんの少しだけ生きる気力を唯一与えてくれる存在。
この弟の存在が無ければオリヴィアはとっくに自ら命を絶っていただろう。
「姉さま。今日も稽古をつけて下さい!」
「…ええ。良いわよ」
天翼種は、この世界において英雄種と並ぶ程に優れた戦闘力を持つ種族だった。
純粋な身体能力や魔力の高さでは英雄種に劣るものの、先天的に『制空権』を持つ天翼種は非常に高い戦闘能力を有していた。
その天翼種の中でオリヴィアは100年に1人の天才と言われるほどに剣技に長けた少女だった。
オリヴィア自身は自らの才能にありがたみを感じていなかったけれど、その剣技を弟に教える僅かな時間だけは『死にたい』と思う事を少しだけ忘れさせてくれた。
「たぁっ!」
天翼種特有に空中戦を交えた剣技の稽古。
オリヴィアの弟――アシュレイの最近の成長は著しかった。
まだまだオリヴィアには及ばないものの、天翼種の中では上位に位置するほどの剣技を習得しつつあった。
「(この子も、いつか戦いに行って…居なくなってしまうのかしら?)」
前世で彼が居なくなってしまったように。
そう思うとオリヴィアの中に後悔と自己嫌悪が湧き上がってきて――死にたくなった。
「姉さま?」
「ごめんなさい。なんでもないのよ」
せめて弟の前では控えようとして『死にたい』とは言わなかったけれど、それでもオリヴィアの顔色はドンドン悪くなっていった。
「姉さま。少し休憩しましょう」
「…ええ」
オリヴィアが倒れてしまう前に休憩を提案したアシュレイは姉思いの優れた弟だったのだろう。
けれどアシュレイにはオリヴィアを本当の意味で癒す手段を持っていなかったし、オリヴィアも弟に癒されたいと思っていた訳ではない。
オリヴィアは、ある意味で不治の病におかされていたのだから。
☆
そうして『死にたがり』のままオリヴィアが15歳になった時、彼女の両親から1つの命令を下される事になった。
「婚約者…ですか?」
「ああ。本当はもっと早く言うつもりだったのだが、お前は…色々と問題を抱えているようだったからな」
天翼種自体が極少数の一族だ。
そうである以上、生まれて直ぐに結婚相手を決められても不思議ではない。
今までオリヴィアに告げてこなかったのは両親のせめてもの優しさだったのかもしれないが…。
「嫌です」
オリヴィアはキッパリと拒絶した。
いまだに前世での恋人を忘れられないオリヴィアにとって、彼以外の人を愛する事など絶対にありえなかったし、彼以外の人に心も身体を許すつもりも無かった。
「これは天翼種の長からの命令だ」
それでもオリヴィアに拒否する権利は無かった。
「それなら…その婚約者を殺してわたくしも死にます」
「っ!」
勿論オリヴィアの両親はオリヴィアのその答えを予想していたが、それでもショックを受けた事に間違いはなかった。
それでも気を取り直して事前に決めていた台詞をオリヴィアに告げる。
「この婚約を蹴ればアシュレイが困った立場に立たされるぞ」
オリヴィアが唯一可愛がっている弟を盾にするという最終手段を。
「…どうでも良いわ」
「っ!」
確かに弟は可愛いけれど、それでも『彼』と天秤に掛けられるほどに大事という訳ではなかった。
オリヴィアには『彼』を裏切って誰かに身体を許すくらいなら、可愛い弟を捨てる決断は容易だった。
「もう知らんっ!勝手にしろっ!」
「…はい。お世話になりました」
そうしてオリヴィアは両親の元から――天翼種という一族の元から追放される事になった。
☆
一族を追放されたオリヴィアは『これから』の事を特に考えていなかった。
正直、直ぐにでも死んでしまいたいと思っていたけれど、それでも『僅かな希望』を探してみようとも思っていた。
もう名前を思い出す事が出来ない『彼』は『行方不明』になっていた。
資産家であった前世の実家の力を使っても居場所を探し出す事が出来ない程の行方不明であるならば…。
「(この世界に居る可能性も…僅かにあるかもしれない)」
それは砂漠の砂から一粒の砂金を見つけ出すのに等しい行為。
存在するかどうかも分からない砂金を途轍もなく低い可能性の中から探し出す行為。
それでも…。
「(死ぬまでやってみよう)」
それはオリヴィアが初めて『死にたがり』とは思えない決断をした瞬間だった。
「姉さまっ!」
唯一の誤算といえば追放された彼女の旅に弟が勝手に付いて来てしまった事だろうか?
「(まぁ…良いかな)」
1人で旅をするよりも少しは死にたくなる頻度が低くなるかもしれないと思った。
オリヴィア15歳。アシュレイ13歳の旅が幕を開けた。
★
「はい?」
俺は俺の自宅を訪ねて来た魔王サミエルに対して、そう聞き返す事しか出来なかった。
「だから!またボクの領域で誰かがボクの配下を狩りまくってるんだよ!」
「…今度は私ではありませんよ?」
「分かっているよ!」
「それでは何故、私にそんな話を?」
「君が1番暇だろ?犯人を見つけて排除してくれよ!」
「…はい?」
そりゃ確かに俺は他の魔王に比べれば暇かもしれないが、だからと言ってサミエルが俺に仕事を頼む理由が分からない。
「君って対価を支払えば働いてくれるんだろ?報酬は支払うから犯人を見つけてくれ!」
「いや。私が対価を求めるのは基本的に『仕事をしたくないから』なのですが。まぁ大魔王様はそれを分かっていて私で遊んでいるみたいですが」
「む」
大魔王贔屓のサミエルは俺が大魔王に構われている事実は気に食わないようだ。
「でも他に仕事を頼める人が居ないんだよ。分身体で片手間でも良いから引き受けてよ」
「あ~。あの分身体って管理している獣人の娘に舐めまわされているんで、あんまり使いたくないんですけど」
「…そんな娘に預けるなよ」
同感だけど他に管理してくれる信用出来る人が居ないんだよ。
「サミエル様。『ぶぶ漬け』は如何でしょう?」
「あ。ありがと」
「……」
そんな感じでサミエルと話していたらソフィアがお茶漬けを出してサミエルが普通にお礼を言って食べ始めた。
ソフィアさん的にはサミエルに『さっさと帰れ』という意思表示だったのだが『クィーンオブKY』のサミエルには全く通用しなかった。
「というかサミエル様の配下には結構強いのが揃っているじゃないですか。その方々に頼めないのですか?」
「誰かさんのせいでボクの領域は魔王の中で1番広いんだよ。それを管理するだけで大変なんだから」
「…サミエル様の配下には広い領域が必要だったのですよね?」
「そうだよ!」
サミエルの配下には巨大な獣達が多いので住むだけなら以前の領域だけでも十分だったが満足に活動させる為にはガルズヘックスの領域が必要だったのだ。
それなのに広い領域を譲って文句を言われる筋合いは無い。
「そもそも報酬って何を支払ってくれるつもりなのですか?」
「…好きなところに転移で送ってあげる券?」
「研究中とはいえ転移石を手に入れた私に出す報酬ですか?」
「…あ」
どうやら忘れていたらしい。
「え~と。え~と。他にボクに支払える報酬は…」
「はぁ~。『貸し1つ』ですからね?」
「わ、分かったよ」
嘆息して言いつつ内心では目をキラン☆と光らせる。
もしも仮に相手が大魔王だったのなら俺に『貸し1つを了承する』なんて言質は絶対に取らせなかっただろう。
俺に『借り』を作る事がどれだけ危険か理解しているからだ。
「(くっくっく。1度貸しを作ったら利子だけで永遠に搾り取られるっていう未来が待っている事を教えてあげないとなぁ♪)」
勿論サミエルを俺の奴隷にしようなんて考えていないが、それでも小さな事をチマチマと頼み続けていく事なら可能だろう。
サミエルは言い負かせやすいし『貸しがありましたよね?』から『あの程度で貸しを返したつもりですか?』に繋げるのは容易いだろう。
転移石はあるけれどサミエルを便利なタクシー代わりに出来そうだ♪
★
という訳で久しぶりにソフィアと一緒にお仕事に行く事になった。
別にケティスを連れて分身体で仕事しても良いのだけど、折角転移石も手に入った事だし試運転も兼ねてサミエルの領域へと向かう事にしよう。
「それじゃ行こうか」
「はい♪旦那様♡」
俺に抱きついてくるソフィアを抱き寄せて転移石を使ってサミエルに聞いた情報の場所へ転移する。
転移石は『1度行った事のある場所』か『式紙が座標を提示出来る場所』にしか飛ぶ事が出来ない。
普通の人が使うなら前者しか選択出来ないが、俺の場合は式紙で場所を特定出来るので後者も有効になる。
まぁ今回の場合だと『分身体が行った事のある場所』という例外の行使だが、分身体の認識だと式紙とたいして変わりないので似たようなものだ。
「ここがサミエル様の領域ですか?」
「ああ。とは言っても『ここ』を中心に物凄く広い場所なんだけど」
サミエルの領域は馬鹿みたいに広く、そして今回の犯人は相当広範囲で活動してサミエルの配下を狩っているらしい。
「見つけ出せるでしょうか?」
「基本的には式紙をばら撒いて情報収集だな。それまでは…宿でお休み♪」
「ぽっ♡」
はい。勿論そういう意味です。
宿に泊まってニャンニャンしながら情報待ちます。
「行こうか」
「はい♡」
楽しい待機時間になりそうだ。
★
ソフィアと共に宿に篭って3日目。
「すやすや♡」
再びパンツの履き方を忘れて裸で眠っているソフィアを腕の中に抱き締めて柔らかさと暖かさを堪能する。
「(あぁ~。良い匂い♪)」
それとケティスを見習ってソフィアの匂いも存分に堪能する。
今までもソフィアの匂いを無視してきた訳ではないが重点的には意識してこなかった。
それを意識的に吸い込むと――想像以上に興奮した。
まぁ『事後』の現在は無理に行為に及ぼうとは思わないが、それでもソフィアの香りは俺の心を昂揚させるのに十分な要素となっていた。
「(女の子ってどうしてこんなに柔らかくて暖かくて良い匂いがするんだろ?ソファアが特別?それとも…)」
ふと。一瞬だけ頭の中を過ぎった『俺が抱いた事のあるもう1人の女』の事を少しだけ思い出したが抱きしめた感触は兎も角、匂いまでは思い出せなかった。
思い出せなかったのに…。
「旦那様。今…何を考えましたか?」
「っ!」
俺の腕の中で穏やかに眠っていた筈のソフィアがパチリと目を開いて恐ろしく白い目で俺を見つめてきた。
ほんの一瞬。
本当に『ほんの一瞬』しか考えていないのに速攻でバレた!
ソフィアさん、マジ恐ぇっす!
「もう。私とエッチな事をしている時は私の事だけを考えてくださいね?」
「…はい。すみません」
「それじゃ、もう1回夢中になってくださいね♡」
「うん♪」
ソフィアの言う通り俺は奥さんに夢中になる事にした。
★
そうやってソフィアとイチャイチャ、エロエロしつつ宿の中で引き篭もって片手間で情報収集を始めて5日目。
「あ」
「旦那様?」
「…見つけた」
裸のソフィアに膝枕で耳掻きをして貰っている最中に『それ』を見つけた。
「ああ。お仕事の方で進展があったのですか?」
「うん。サミエルの領域の中で狩りをしている2人組みを見つけた」
「直ぐに向かいますか?」
「…服を着てからね」
ソフィアはもう5日以上もパンツを履いていない。
「旦那様のエッチ♡」
ソフィアとイチャイチャしながら服を着て、それから転移石を使って移動する事にした。
この転移石、魔法力のチャージが必要ではあるけれど俺とソフィアの2人くらいなら余裕で転移させてくれる優れものだった。
俺とソフィアが現場に辿り着いた時、既にサミエルの配下と思わしき獣――巨大なイノシシは例の2人組みによって倒されていた。
「やれやれ。サミエルへの言い訳が面倒臭そうだな」
「犯人を排除すればきっと文句も言われませんよ」
「排除…か」
俺は改めて犯人の2人組みを確認して嘆息する。
魔王サミエルの領域で狩りをしていた2人組みは両方とも背中から翼を生やした『天翼種』と呼ばれる者達だった。
「(面倒臭ぇなぁ)」
本当。面倒臭い事この上ない相手だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます