第56話 『魔王。面倒な依頼を果たす』


 エルフの里の外れで『天聖力テレズマ』に対して研究をしていた異世界転生者かもしれないエルフの名前は『ロン』というらしい。


 とりあえずロンの死体の傍の資料をひっくり返して名前だけは見つける事が出来たが、肝心の『天聖力テレズマ』の研究資料は見当たらなかった。


「あ、あなた様?ひょっとして…この家をお掃除する必要があるとか言いませんよね?」


「…諦めろ」


「…最低ですね。この人」


 オリヴィアはゲンナリしつつミイラ化したロンの死体を文字通り『死体蹴り』して追い討ちを掛けていた。


 俺も普通に蹴ってやった。






 資料になりそうなものとゴミとをせっせと区分けして掃除を進めていく。


 それ程大きな家ではないがゴミの量が量なので1日2日では終わりそうも無い。


「ま、ままま…ますたーっ!『龍核熱砲ドラゴニック・ブラスター』の使用許可をっ…!」


「…ちょっと休憩しようか」


 ゴミの中からGを発見して輝夜の精神が追い詰められている。


 このまま放置したら本気で『プラズマ・ブラスター』を乱射しかねない。


「終わりませんねぇ」


「つ~か。考えたら3人だけでやるのが間違えている気がする」


「…『ドールズ』を全機召集致しますか?」


「『迷いの森』の結界があるから召喚は無理だろ」


 それ以前に178人も入れるような大きさの家じゃない。


「どの道、少人数でやらないといけない訳だから、コキ使って良い奴が1人か2人居れば良い訳だろ?」


「ああ。そういえば使えそうなのが居ましたわね」


「…なるほど」


 俺の意見にオリヴィアと輝夜も同意してくれた。


 相当掃除が精神的負担だったらしい。






「…何故俺がこんな事を?」


「あのエルフっ娘にお前がスミカやケティスに言った事を暴露しても…」


「やりますっ!」


 ちょろい勇者候補のライノル君に手伝って貰える事になった。


「ライノル様。私もお手伝い致します」


 エルフっ娘――カエラという名前の娘もライノルを手伝おうとしたが…。


「だ、大丈夫だ。俺は勇者だし…このくらい1人で余裕だ」


「頑張れよぉ~」


「お前が…お前が言うなっ!」


 とりあえず1人でやるというので声援を送ったら――何故かキれた。


 掃除はライノル君にお任せだった。




 ★




 果報は寝て待て――という訳でもないがライノルが掃除を終えるまでの間、俺達はエルフの里の現状をカエラから聞かされる事になった。


「里のエルフ達が生きる気力を失ってしまったのはエルフの里を治める女王様が居なくなってしまったのが原因なのです」


「女王が失踪したのか?」


「いえ。随分前にお亡くなりになられてしまったみたいです」


「…それなら新しい女王を決めれば良いんじゃね?」


「勿論、それも幾度も会議で議題に上がったそうなのですが…女王の資質を持った女性が生まれなかった事も停滞の原因の1つなのです」


「資質って?」


「分かりません。唯…特殊で神聖な力だったと聞いています」


「……」


 それってつまり『天聖力テレズマ』の事じゃないのか?


 エルフが『天聖力テレズマ』を使えるとは聞いた事がないが、稀に――突然変異レベルで『天聖力テレズマ』を扱えるエルフが居たのだとしたら…。


「(ロンって研究者はエルフの里を救う為の研究をしていたって訳か)」


 勿論、それは俺の唯の推測に過ぎないが。


「だからこそ里の皆は私に期待しているようなのです。私は里で一番若い女ですし、唯一女王様を知らない世代なので皆のように生きる気力を喪失はしてはいません」


「女王の資質を持った子供を産み落とす可能性がある希望の星って訳だ」


「…はい」


 カエラは本当に若く、恐らくではあるけれど初潮も来ていない少女なのだろう。


 この考えが正しければ彼女は初潮が来るのと同時に――里中の男エルフと交わる事を強制されるのだろう。


 生きる気力を失った精気の薄い分は数でカバーするという事だ。


「(そう考えるとライノルがカエラを連れ出そうとしている理由も納得かな)」


 このままいけばカエラには里中の男達から犯され続けるという未来しか待っていないのだから。




 ★




「お、終わった…ぞ」


 ライノルが掃除を終えるまでに3日掛かった。


 俺達が手伝えばもっと早く終わったかもしれないが、俺もオリヴィアも輝夜もGが出てくるような環境に足を踏み入れたいとは欠片も思わなかった。


「ご苦労」


「…もう少し労ってくれてもバチは当たらんと思うぞ」


「この家で研究されていたのは『天聖力テレズマ』についてだ。そして『天聖力テレズマ』ってのはエルフの里の女王に必要な資質…かもしれない」


「っ!」


 グッタリと倒れていたライノルがバッと顔を上げて起き上がる。


「本当かっ!それがあればカエラは助かるのかっ!」


「…あくまで可能性の話だ」


 掃除の褒美――というのも無い訳でも無いが、真実を教えてやったのは『天聖力テレズマ』についての色々な検証要素が必要だと思ったからだ。


 まぁ平たく言えば人体実験が必要な時の被験者になって貰う為だ。


 こいつならカエラの為と言えば簡単に引き受けそうだし。


「さて。それじゃ研究者の残した資料を漁ってみるか」


「お手伝い致します。あなた様」


「ご命令ください。マスター」


 そして俺達は『天聖力テレズマ』の研究資料を捲っていった。






 資料を読み進めていくうちに、いくつか分かった事がある。


『魔法力』というのは魔力を身体の中で練り上げて精製するものだ。


 それなら『天聖力テレズマ』というのは天力というものを身体の中で練り上げて精製するものなのではないか?という推測。


 しかし、そもそも天力とは何か?


 天使達が生まれ持った魔力とは対極に位置する質のエネルギー?


 だが研究資料に拠れば天使というのは超自然的に発生した生命体ではない――という説が濃厚だった。


 人為的、もしくは偶発的に発生した生命体というのが研究者の考えで、そうであるならば『天聖力テレズマ』も人為的に作り出せる筈だ。


 その仮説から長い時間を掛けて研究者が辿り着いた答えが…。


「これは…確かにエルフにしか出来ない方法だな」


「このロンという研究者は自然死ではなく、この研究を自らに試した結果としてお亡くなりになっていたのですね」


「狂気にも近い実験だと思います」


 精霊と親和性の高いエルフの肉体に『光の精霊』と『闇の精霊』を同時に取り込んで融合させる。


 そうする事でエルフの身体の中で『天聖力テレズマ』が発生するのではないか?という仮説で研究者の資料は締めくくられている。


 恐らく、そのロンという研究者はその実験を自らの身体で行い――体の中で『光の精霊』と『闇の精霊』が反発して暴発して、その暴走を押さえ切れなくなって死亡したのだろう。




 俺は以前、人間種の国で俺に突っかかってきた全属性適正の魔法使いの事を思い出していた。


『火』『水』『土』『風』『光』『闇』の6属性全ての魔法に適正があって、その全てを『最上級』まで収めたという話だったが――その割には随分と弱かった。


 あれは対極の属性――『火と水』、『土と風』、『光と闇』が反発しあって術者の力を減少させていたのが原因だと後になって分かった。


 それでも全ての魔法を『最上級』まで収めたのだから確かに凄い才能があったのかもしれないが、逆に言うとそこまでが限界だった。


 ひょっとしたら、あの魔法使いは欲張らずに反発しない半分の3つの属性に抑えておけば物凄く魔法使いになれた――かもしれない。




 要するに『光の精霊』と『闇の精霊』という反発する2つの精霊を身体の中に取り込めば唯では済まないという事だ。


 光属性の魔力と闇属性の魔力というのなら、まだコントロール出来るかもしれないが精霊は生き物みたいなもので意思を持っている。


 それを1つの場所――1つの身体の中に入れるという事は相当コントロールが難しいという事になる。


 俺がやるというなら可能性はあったと思うが、実際に使われるのは精霊と親和性が高いエルフの肉体だ。


「成功率は…高く見積もっても10%未満だろうな」


「里のエルフ全員に試せば何人かは成功するでしょうか?」


「どうかな。あんな死んだ目をした気力のないエルフで何回試しても成功するとは思えないね」


 成功率の算出はあくまで『ベストの肉体と精神を持っている事』が前提条件に入っている訳だから。


「唯一成功の目があるとしたらカエラだけって思った方が良さそうだな」


「……」


 ここまでの説明を聞いたカエラは沈黙して俯いてしまう。


「…別の方法を探すべきだ」


 そしてライノルはカエラを実験体にする事には当然のように反対した。


「まぁ当然だな。最低でも5割を超えない実験は実験とは呼ばない」


 俺としても高が10%未満の成功率に賭けるつもりは無い。


 実験体に出来るカエラは1人しか居ない訳だから、失敗して終わりって訳には行かない。


「そもそも、どうして精霊を使う必要があるのかが良く分からんし」


「ああ、そうですわね。必要なのが『光と闇』なのだとしても精霊ではなく魔力を使えば良いという話になりますものね」


「恐らくエルフの研究者にとっては魔力よりも精霊の方が身近だったって事だろ。唯、この方法が有効だったとしても『光と闇』の2属性適正持ちが必要になるが…」


 俺の言葉に全員の視線がライノルに集る。


「そ、そんな目で見られても俺は光の魔法しか使った事が無いんだが…」


「適正は調べなかったのか?」


「え?適正って調べられるのか?」


「……」


 俺は嘆息して『魔法の鞄』から適正を調べる為の宝珠を取り出した。






「駄目だな。ライノルは純粋な光属性の魔力しか持っていない」


「そ、そうか」


 俺が適正結果を告げるとライノルは残念なようなほっとしたような微妙な顔を見せた。


 魔法初心者のライノルは色々な意味で自信が無かったのだろうが、俺としてもそこまで都合よく話が進むとは思っていなかった。


「カエラの魔法適正は?」


「わ、私は光と水の2属性適正です。お役に立てず申し訳ありません」


「ふむ」


 俺は集った俺を含めて5人の面子を眺め、今出来る事を推測してみる。


「…精霊である必要は勿論だが、光と闇である必要は何処にあるんだろうな?」


「え?」


「要するに『対極の属性』があれば良い訳だから『光と闇』の他にも『火と水』『土と風』の属性でも可能なんじゃないのか?」


「ああ。『天聖力テレズマ』という名前に騙されましたが、そういう関係性なら可能性はありそうですね」


 で。このアプローチを実際に行ってみる為には――俺は『火』、オリヴィアは『風』、輝夜は『核』、ライノルは『光』、カエラは『光と水』。


「出来るとしたら俺の『火』とカエラの『水』だけだな」


「あら?でも、あなた様は良くソフィア様と魔法力を合わせてお湯を作り出していませんでしたか?」


「そうだな」


 ソフィアが居なくなった事でお風呂を入れるのが物凄く大変になった。


 というのは置いておいて…。


「『魔法力』ではなく『魔力』を『体内』で融合させるアプローチが必要って事かな」


「……」


 不安そうなオリヴィアの目は『水蒸気爆発が起こりませんか?』と問いかけているようだ。


 ライノルに俺達が異世界転生者だという事を明かす気はないので声には出さなかったが、色々と危険な実験である事は間違いない。


「わ、私がやります!これは私達エルフの存続を掛けた実験なのですから、エルフである私がやるべきだと思います!」


 で。俺達が躊躇しているとカエラが立候補してくれた。


「待てっ!カエラがやるくらいなら俺がやる!」


 そして続いてライノルが立候補した訳だが…。


「ライノル様はまだ魔法制御力が拙いので、この実験に参加するのは無謀だと思います」


「うっ!」


 自らの魔法制御力に自信がないのは事実だったのかライノルが怯む。


 そして俺に縋るような視線を向けてくるが…。


「俺が『天聖力テレズマ』を求めてきたのは駄目元のつもりだったし、そもそも『対極の属性』を揃えるだけならこの場で実験する意味は薄いな」


「うぅ…」


 そう。この場での実験が必要なのはエルフの里を救う意思を持ったカエラだけで、俺は大魔王の元に帰ってから実験を行えば良いだけの話だ。


「お願いします、ライノル様。必ず成功させてみせますから!」


「…分かったよっ!」


 ライノルは渋々実験の実行を認めたようだった。






 俺の『火の魔力』をカエラに受け渡し、俺から『火の魔力』を受け取ったカエラは自らの体の中に取り込んで『水の魔力』と混ぜ合わせ始める。


「これ…凄いです。『火の魔力』なのに、こんなに安定して…まるで危険を感じません」


「…どうも」


 まぁ、俺の魔法制御力で補助された『火の魔力』はカエラの中に入っても安定を保っていたし、カエラの予想よりはずっと扱いやすい魔力だったのだろう。


 そうして2つの属性の魔力を体内でコネコネと混ぜ合わせて融合を開始したカエラは…。


「あ…れ?カエラ?なんだか…瞳の色が…」


「……」


 最初に異変に気付いたのはライノルで、魔力を混ぜ合わせる作業に夢中になるカエラの瞳の色が――金色に輝き始めていた。


「……」


 その間、俺は『スキャン』を使ってカエラの体内の様子をずっと観察していた。


 火と水の魔力がカエラの体内で混ぜ合わされて――全く別の『何か』へと変質していく。


 それと同時に…。


「これが『天聖力テレズマ』…か」


 カエラの肉体も同時に変質していっているのに気付いていた。


 否、これは肉体だけではなく…。


「(精神にまで影響を与えている。このまま進めるとカエラは…)」


「カエラっ!辞めろっ!何か変だっ!」


 詳細は兎も角、俺と同じく何か危険な兆候に気付いたライノルはカエラを止めようとするが…。


「……」


「カエラ?」


 カエラの方は一心不乱に体内で魔力を混ぜ合わせる事に集中して中断する気配も無い。


 恐らく、この時点で気絶させたとしても生きている限り作業を中断するつもりはないのだろう。


「(あなた様。これは…)」


「(ああ、手遅れだな。カエラは既に『天聖力テレズマ』を作り出して全く別の『何か』になろうとしてる)」


「(ひょっとして天使…でしょうか?)」


 俺、オリヴィア、輝夜は小声で相談するが現時点では正解を導き出す材料が不足しているので傍観する事しか出来ない。


「…完了した」


 結論から言ってしまえばカエラは天使になる訳ではなかった。


 但し、金色の瞳を光らせて、金色の力――恐らくは『天聖力テレズマ』を身体から放出する『エルフの女王』へと変質していた。


 それに…。


「か、カエラ?」


「……」


 エルフの里で唯一元気で、精気に満ちていた面影は完全に消えていた。


 その瞳からはあらゆる感情が消えうせて、冷たい――全てに対して無機物を見るような視線を向けていた。


「ちっ」


 それを見て俺は――ソフィアが居なくなった時の事を思い出して舌打ちする。


「カエラ?カエラッ!」


「……」


 そしてライノルの呼びかけを無視して――カエラは女王としての行動を開始した。




 ★




 エルフの里には活気が戻っていた。


 エルフの女王――カエラが誕生した事でエルフ達は希望とやる気を取り戻して精力的に活動を始めていた。


 その一方で…。


「何が起こったんだよ。何が起こったんだよっ!」


 カエラの変化を望まなかった男は荒れ狂っていた。


「唯の推測だが…『天聖力テレズマ』を体内に宿すという事は『何か』からの支配を受けるという事かもしれないな」


「何かって…なんだよ?」


「そこまで知るか。唯…エルフの女王はエルフ達を纏め上げて『何か』をする使命を持っていたって事だろうな」


 その『何か』は恐らく天使達のトップが関与していると思われるが、そこまでライノルに教えてやる義理は無い。


 まぁ、このままだとエルフ達は天使達の尖兵となりそうな気はするが。


「で。どうする?」


「…何がだよ」




「このままカエラをエルフ達の女王に据えておくか?それとも…エルフ達を皆殺しにして女王を脱退させて元に戻すか?」




「っ!」


 ライノルは目を見開いて俺を凝視する。


「お前っ…!何を言って…!」


「俺なら出来るぞ」


「っ!」


 別にライノルに助力を乞われなくても大魔王に敵対しそうなエルフは全滅させるつもりだが、カエラ1人くらいなら見逃しても良いし、ライノルに恩を売りつけても良い。


 幸い、女王になる前にカエラの情報は『スキャン』で取得済みなので俺にとっては造作も無い事だ。


「さぁ。どうする?」


 それでも、あくまでライノルの『要請』という形を取っておく為に決断を迫る。


「俺は…勇者だぞ」


「だから?」


「俺は…俺はっ…!」


「『魔王』だろうと『勇者』だろうと好きな女1人救い出せないで、何が出来るもんか。世界を救う前に、まずは好きな女を幸せにしてみろよ」


「……」


 沈黙するライノルだが――正直、今の言葉は自分で言っておいて自分に跳ね返ってくる諸刃の剣だった。


 ソフィアを救い出して幸せに出来ないのなら俺が『魔王』なんてやっている意味はない。


「…分かった。頼む」


 そうして俺が勝手に苦悩している間にライノルは決断を下した。




 ☆




 その日、エルフ達の住む『迷いの森』は地図の上から消え去り、同時に森の中に居たエルフ達も何処かへと消え去った。


 残されたのは、たった1人の幼いエルフと――そのエルフを抱き締める1人の勇者だけ。


 そして…。




「スッキリです♪」




 妙にスッキリした顔の『龍人の少女』が森のあった場所の外に居たとか居なかったとか。



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