第55話 『魔王。エルフのゴミ屋敷に突入する』
「うぅ…もうお嫁にいけません」
オリヴィアに散々な目にあわされた輝夜は涙目で――俺に訴えかけてた。
「はいはい。それも含めて100年後に話し合おうな」
「はい♪マスターに貰って頂きます♡」
予想通り嘘泣きでした。
まぁ、お陰で俺の方も色々な意味で立ち直れたので『良し』としよう。
森の中でオリヴィア相手に色々と『致して』しまったので、色々と整えてから再度森の中の探索を再開する。
「考えてみたら『精霊の力』を借りて結界を構築している訳だし『魔法の力』で切り抜けようってのが無理な話だよなぁ」
「ああ。言われてみれば『ソナー』はこちらの居場所を精霊に教えているようなものですし逆効果だったのですね」
「だなぁ」
『ソナー』を打ち込むと森の結界を構築している精霊に『侵入者あり』と教えているようなもので、俺達は恰好の的にされて迷わされていた訳だ。
「余裕を無くすと、こんな簡単な罠にも引っかかるんだなぁ」
「…もう大丈夫なのですか?」
「また余裕をなくしたら…その時にまた慰めてくれ」
「はい♡」
オリヴィアは嬉しそうに微笑み、輝夜は――子供を産む為の準備が整った輝夜は恨めしそうにオリヴィアを見ていた。
流石に『あれ』の後ではオリヴィアに逆らう気力はなさそうだけど。
「それで…いかが致しましょうか?精霊の作る結界を突破するのは容易ではなさそうですが…」
「それはもう最初の案で良いだろ。馬鹿正直に森の中を進むのは愚策だし」
「最初の案…ですか?」
「つまり…こういう事だ」
俺は指先に灯した小さな炎から『アトミック・レイ』を照射して森を薙ぎ払う。
「よろしいのですか?エルフ達も一緒に焼き払ってしまう可能性がありますけど」
「森の精霊が俺達の妨害をしてくるという事は、どの道エルフ達は俺達を歓迎する気は無いという事だ。それなら…こっちも大人しくしている義理は無いね」
「マスター!それなら『
「いや。流石にそれは過剰過ぎるだろ」
「…そうですか」
ションボリする輝夜。
俺の『アトミック・レイ』やオリヴィアの『ウィンド・スピア』なら『道を切り開く』程度で済むが、輝夜の『プラズマ・ブラスター』は文字通り森を焼き払ってしまう。
「お手伝い致します♪」
それが分かったのかオリヴィアも『ウィンド・スピア』を使って行く手を遮る木を排除し始めた。
「…私も小技が出来るように練習します」
「が、頑張れ」
俺の『アトミック・レイ』やオリヴィアの『ウィンド・スピア』は決して『小技』ではないのだが、それでも輝夜達『ドールズ』から見れば小技にしか見えないらしい。
俺達が自然破壊を始めると直ぐに森の中から大型の獣が襲ってくるようになった。
どうやら森を破壊する俺達に対して精霊が怒って刺客を差し向けているらしいのだが…。
「邪魔です♪」
鬱憤を晴らすように輝夜が嬉々として排除していった。
今更大型の獣くらいでは『ドールズ』の相手にもならない。
暫くはそんな感じで自然破壊をしながら前進していたのだけれど…。
「あなた様、何か…来ます」
オリヴィアがなにかの接近を感知した。
「何かって言われても…」
俺の方は『ソナー』に続いて『レーダー』の方も狂っているようで接近する『何か』の詳細を知る事が出来ない。
「マスター!振動感知センサーに反応あり!獣ではなく人型の『何か』が近付いて来ています!」
「そ、そうなのか」
輝夜の言う『振動感知センサー』は俺が搭載した訳ではなく教会の人形兵に標準搭載されていたものなので俺はノータッチだ。
「(なんか前にもこんな事あったなぁ)」
連れの2人は接近を感知出来るのに、俺だけ分からないって状況が。
あの時の俺は分身体のスミカを操っており、連れは獣人のケティスと…。
「あ」
そうして俺達の前に現れた少年は知っている顔だった。
「(ライノル=グランディ。こいつか…)」
英雄種の勇者候補で俺の分身体スミカが共をしていた相手。
俺がそう認識した瞬間…。
「あぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
オリヴィアが――跳んだ!
背中の翼を広げ、地面スレスレを高速飛行しつつ、首飾りを大剣に変えて――ライノルに対して斬りかかる!
「ちょっ…!」
焦ったのはライノルの方で、オリヴィアの大剣に対して背中の長剣を引き抜いて慌てて防御する。
「(へぇ。オリヴィアの斬撃を受け止めるか。以前よりは成長しているみたいだな)」
もっともオリヴィアの方は鍔迫り合いをする気はないらしく、防御された瞬間には身体を回転させるようにして大剣を振りぬいて連撃に変化させている。
「ちょっ…!待っ…!やめっ…!」
連続で繰り出されるオリヴィアの斬撃をギリギリで防御するライノル。
「(ああ。成長しているというよりは…勘で防いでいるのか)」
そういえば以前から妙に勘の良い奴だった。
恐らく、それがライノルの『魂の質』の高さからくる特殊能力なのだろう。
けれど所詮、勘は勘。
オリヴィアの剣撃に対応出来ている訳ではない現状、斬られるのは時間の問題だ。
「マスター。オリヴィア様は何故怒っているのでしょうか?」
「ああ。多分、以前に英雄種に捕まった時に縛られたのを怒っているんだろう」
オリヴィア曰く、『ソフトSMプレイはあなた様と最初にやりたかったのにっ!』だそうだ。
少なくともオリヴィアにとっては激昂するのに十分な理由らしい。
「くぅっ…!待てって…言っているだろう!」
「っ!」
オリヴィアの剣撃に必死に耐えていたライノルの身体が光に包まれて――『光の防壁』がオリヴィアの大剣を阻んでいた。
「これで少しは話を…」
「『ウィンド・スピア』!」
「おあっ!」
停戦を提案するライノルに対して即座に撃ち込まれた『ウィンド・スピア』が光の防壁を貫通して――ライノルは慌てて横っ飛びに回避して九死に一生を得た。
物理的な攻撃を無効化する光の防壁のようだが、今のオリヴィアに対しては何の意味も無い魔法だ。
オリヴィアの『ウィンド・スピア』は日々進化しているし、唯の魔法の防壁くらいなら簡単に貫通出来る力はある。
「やっべぇ!」
剣でも魔法でも敵わないと悟ったライノルは迷う事無く逃げを選択した。
「逃がさないっ!」
その後をオリヴィアが追跡しようとしたけれど…。
「輝夜」
「イエス、マスター」
俺の命令で輝夜に拘束されて追跡を妨害された。
「離して下さいっ、あなた様!あれを…わたくしの汚点を排除しなければっ…!」
「落ち着け」
輝夜の拘束を振りほどこうとするオリヴィアを正面から抱き締める。
「1人で行くのを禁止しているだけで追跡自体を禁止している訳じゃない」
「で、ですが…」
「既に式紙は取り付けてある。奴を逃がす気は…俺にも無い」
「…はい、あなた様。取り乱して申し訳ありませんでした」
俺の声色に『怒り』を察知したのかオリヴィアは素直に俺に頭を下げて反省する。
無論、俺の怒りの対象はオリヴィアではなくライノルに対してだ。
「(俺の恋人を激昂させるような事をしたんだ。最低でも…死ぬ覚悟は出来ているんだろうな?)」
俺はオリヴィアと輝夜を連れて――追跡を開始した。
何故この森にライノルが居たのか?とは余り疑問に思わない。
奴は英雄種の勇者候補だし、奴の兄であるランディはエルフ――ハーフかクォーターではあるけれどエルフの助力を得ていた。
それならライノルもエルフに力を借りる為にこの森を訪れたというのは想像に易い事だった。
「(それに一応魔法も使えるようになっていたしエルフの里で勉強したのかもな)」
『光の防壁』を展開した様子から察してライノルの属性は勇者らしく『光』であると思われる。
まぁ2属性適応とか3属性適応の可能性もあるが、とりあえず『光の魔法』が使えるという時点で天使を思い出すので仲良くしようという気にはなれない。
「マスター。罠という可能性は考えられないでしょうか?」
そんな事を考えていたら輝夜が進言してくる。
ライノルが俺達に態々姿を見せ、無様に撤退したのは俺達を誘い出す為の罠ではないか?というのは至極もっともな疑問だ。
「その可能性を考慮したからこそオリヴィアを引き止めたし、罠という事を前提に進むのならば危険度は大幅に下がる。危険なのは『罠なんてありえない』と決め付けて楽観視する事だ」
「なるほど。流石はマスターです」
「……」
まぁオリヴィアに慰めて貰う前の俺なら無策で突っ込んだ可能性を否定出来ないけどな。
そういう意味でもオリヴィアに感謝だ。
「~♡」
感謝を込めて抱き締めて頭を撫でたらスリスリしてくるオリヴィアが可愛い。
そんな感じでライノルを追いかける事30分。
俺達は――エルフの里と思われる場所に到着していた。
「罠…無かったな」
「…拍子抜けでしたね」
「あの『英雄種のオス』は間抜けという評価でよろしいのでしょうか?」
本当に唯道案内してくれただけのライノルはなんだったのだろうか?
「待った!ストップ!ストップ!ストーップぅっ!」
で。そのままエルフの里に入ろうとした俺達の前に再度ライノルが立ち塞がる。
「待ってオリヴィアちゃん!お願いだから話を聞いて!こっちには交戦意思はないから!」
そして再び大剣を構えるオリヴィアに向けて大声で停戦を提案してくる。
それを受けて俺にチラリと視線を向けてくるオリヴィア。
「そうだな…」
そして俺は1つの提案をした。
「こ、ここまでやるか」
ロープでぐるぐる巻きにして木の枝に逆さまに吊るしたライノルの苦情は無視する。
「さて。これでようやく対話の準備が整ったな」
「…対話って対等の立場で話し合う事じゃなかったっけ?」
「何か文句でも?」
「ひぃっ!な、なんでもありません」
オリヴィアに大剣で突っつかれて悲鳴を上げるライノル。
相変わらず情けない勇者(仮)だなぁ。
「まぁ魔法が使えるなら、こんな拘束に意味なんてない。拘束を解かない事が対話の条件であって、拘束を解いた瞬間に…殺し合いが始まるってだけだ」
「…分かった。俺はこのままで良い」
俺の言葉でやっと納得したのかライノルは俺達との対話を開始した。
「さて。それじゃ…自己紹介は必要か?」
「ああ。オリヴィアちゃん以外は初対面みたいだからな」
「まぁ、お前にとってはそうだろうけどな」
「?」
「俺はラルフ=エステーソンだ。魔王ラルフって言った方がお前には分かりやすいか?」
「っ!」
俺の正体を知って息を呑むライノル。
「それは…つまりスミカちゃんの本体で、俺達の里に大魔王を引き込んだ張本人って事か?」
「ああ。そういう認識で構わない」
「…ケティスちゃんは元気か?」
「確認作業は兎も角、基本的にお前からの質問に答えるつもりはない」
「……」
「連れの2人はオリヴィアと輝夜だ。名前以外に詳細を話すつもりはない」
「…俺はライノル=グランディだ」
「知っている。英雄種の勇者候補…ひょっとすると今は勇者なのかもしれんが、その辺は興味がない」
「1個だけ聞かせろ。なんで…オリヴィアちゃんは俺を殺そうとした?」
「…お前は現状に屈辱を感じないMなのか?」
「……」
それで――大体オリヴィアがライノルを殺そうとした理由を察したようだった。
「で?お前は何故エルフの里に居る?」
「…大魔王と精霊王を打倒する為の仲間を得る為だ。エルフを仲間に出来れば少なくとも精霊王に対抗する為に力になる」
「ふぅ~ん」
まぁ嘘ではないが本当の事を全部言っていないという感じか。
「そして森の異変をエルフ達が察知して、その対応を頼まれて現場に行ってみれば…お前達が自然破壊をしていた」
「随分と間を飛ばしたな。エルフを仲間に出来たのか、魔法はエルフに習ったのか、そういう部分を省き過ぎだ」
「…まだ勧誘中だ。魔法は…親切なエルフが教えてくれた」
「ほぉ」
今のは結構本当っぽい。
「エルフってのは美形が多いって聞くが、良い女は居たか?」
「…なんでそんな事を聞く?」
「魔法を教えてくれるなんて随分と親密な関係なんだなぁ~と思って」
「……」
「エルフに惚れると後々に後悔する事になると思うがなぁ」
「やかましぃっ!」
はい。これで確定。
ライノルはエルフの里のエルフの1人と親密な関係――恋仲になって魔法を教えて貰ったらしい。
勧誘というのは恋仲になったエルフを里の外に連れ出す交渉が上手くいっていないという事。
その為にエルフの心証を上げようと思って俺達の迎撃を進んで引き受けた。
「…って感じかな?」
「超能力者かっ!お前はっ!」
ライノルの反応で俺の予想が大体当たっている事が確信出来た。
「お、お前らこそ何をしにエルフの里に来たんだよっ!」
「答える義理は無いなぁ」
「おまっ…!人に散々暴露させておいてっ!」
「勝手に自爆した…の間違いだろ」
「ぐぅっ!」
歯軋りして悔しがるライノルだが――正直どうでも良い。
「それじゃ俺達もエルフの里に入ってみるか」
「ちょっ…!待てっ!これ…解いてくれぇっ!」
「魔法が使えるんだから勝手に解けば良いだろ」
「お、俺はまだ防壁の魔法しか使えないんだよぉっ!」
「…知らんがな」
とりあえずオリヴィアの溜飲を下げる意味でも放置する事に決めた。
ライノルを放置してエルフの里に入った俺の感想と言えば…。
「辛気臭いところだなぁ」
「はい。里全体に全く活気がありませんね」
余り長居したい場所とは思えなかった。
なんと言っても里に居るエルフの大半が死んだような目をしているので物凄く雰囲気が悪い。
「長い時間を目的もなく生きてきた弊害…でしょうか?」
「それだけが理由とは思えないけどなぁ」
エルフ達が生きる屍同然となっているのは――何か明確な理由があると思う。
「あ」
そんな中で、俺達を見つけて顔を青ざめさせたエルフの少女が1人。
他の死んだ目をしたエルフとは違って生きた目をして、見た目も幼く少しだけ活発な印象を受ける。
恐らくだが相当貴重な『若いエルフ』という奴だろう。
「あ、あなた方が侵入者ですねっ!ら、ライノル様をどうしたのですかっ!」
「ああ」
まぁ予想出来てはいたが『こいつ』がライノルの恋仲の相手という訳だ。
「あいつ…ロリコンだったのか」
「変態ですね」
彼女の見た目はどう多く見積もっても11~12歳。前世で言えば○学生としか思えない容姿をしていた。
まぁエルフなので実年齢はもっと上かもしれないが、少なくとも見た目はまんま幼女だ。
「ライノル様は何処ですかっ!」
「…こちらの質問に答えてくれたら教えよう」
「な、なんですか?」
「『
「『
困惑して考え込むエルフの少女――というか幼女。
「そういえば…以前里の外れに奇妙な研究をしている人が居ると聞いた事が…あった気がします」
「ほぉ。本当に居たんだな」
「質問には答えましたよっ!ライノル様は何処ですか!」
「…里の入り口付近の木に吊るしてきた。早く拘束を解かないと鬱血して死ぬかもな」
「っ!」
エルフの少女は顔色を変えて一目散に走っていった。
「…元気ですね」
「あれは恐らくエルフの里の『希望の星』って奴だな。ライノルが里の外に連れ出せる可能性は皆無に等しい」
里全体が死に掛けている現状で、唯一元気があって若いエルフ。
彼女と比較的若い男エルフの間に沢山子供を作って貰って里を復活させるのがエルフの望みだろうから、その望みを断つライノルは邪魔者以外の何者でも無いだろう。
「とりあえず里の外れとやらに行ってみるか」
俺達には関係ないので放置するけどさ。
エルフの里の中心で『ソナー』を打ち込んで探査したら目的の研究者の家と思われる場所は簡単に判明した。
俺達は早速その家を訪ねてみた訳だが…。
「どんな種族の中にも『変わり者』ってのは居るもんだな」
「…エルフが住んでいるとは思えませんね」
その家はエルフの里にあった木で出来た建築方式とは明らかに別の技術で作られた『何か』だった。
「1つの可能性として、この家に住んでいるのは『異世界転生者』というのが濃厚だと思うが…どう思う?」
「ああ。言われて見れば現代日本の技術を取り入れたように…見えなくもありませんわね」
「まぁ知識だけで作ればこうなっても仕方ないかもなぁ」
あくまで1つの可能性としての話だけど。
とりあえずノックをして――予想通り返事がなかったので勝手に扉を開けて中に入ってみる。
「…この時点でもう帰りたい」
「凄い…ゴミの山ですね」
「マスター。焼き払いますか?」
「…後でな」
まさしく足の踏み場も無いゴミ屋敷に俺達はドン引きするが、とりあえず研究者を探さなくては話にならない。
とりあえずゴミの山を掻き分けて進み、誰か居ないかと探索を開始した訳だけれど…。
「 「 「 あ 」 」 」
その家の地下室で『それ』を見つけてしまった。
「まぁ、これも1つの可能性としては考えていたが…」
地下室にあったのは干乾びたエルフのミイラだった。
「研究に没頭しすぎたのか、それとも不衛生が祟ったのか…エルフの里の無関心も相まって誰も『こいつ』を助けてくれなかったみたいだな」
「…無残ですね」
「マスター。焼却処分致しますか?」
「…それも後でな」
こうして俺達は大魔王を治療出来るかもしれない可能性のある医者の死を看取ったのだった。
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