第57話 『魔王。決戦の場に駆り出される』


「以上の実験結果から算出致しまして、大魔王様のお力を取り戻す為の特効薬の調薬表を書き記しておきました」


「…ボクにこれをどうしろと?」


 とりあえずエルフの里で得られた『天聖力テレズマ』の精製過程の結果と大魔王の力を封印している術式から逆算して特効薬の調薬法を記した紙をサミエルに提出してみた訳なのだが、その紙を持ってサミエルはゲンナリするだけだった。


「君の嫁に頼んで調薬して貰ってよ」


「…ですから。今、私の妻は居ないのです。戻ってきて貰う為に色々行動中ですが、調薬を頼めるような場所には居りません」


「ボクの配下にもこんな複雑な調薬が出来るのは居ないよ!」


「私に文句を言われても…」


「うぅ…一応大魔王様に調薬表を提出して調薬出来る人材が居ないかお伺いしてみるよ」


「…頑張ってください」


 大魔王に極秘で俺に依頼した事もバレるだろうし、怒られるのは確定だろう。


 俺の知った事じゃないけど。




 ★




 とりあえずサミエルからの無茶振りの依頼を終えてほっと一息吐いていると…。


「あ・な・た・さ・ま♡」


 オリヴィアが俺の背後から抱きついて来て翼で俺を包み込んでくる。


「お疲れみたいですし肩でもお揉みしましょう♡」


「ああ。頼むよ」


 今回の依頼は本当に色々な意味で疲れた。


 俺の弱さを再確認させられたし、1人じゃ色々とダメダメだという事も自覚させられたし、それに――ソフィアが居なくなってどれだけ寂しいのかも良く分かった。




 ☆調停者ソフィア




「それじゃ僕は仕事に行ってくるから後はよろしくね」


「…早く行くが良い」


「はいはい」


 仕事で地球という惑星へと向う『調停者・男』を無感動に見送りながら我は自分の仕事の続きを再開する。


「…終わらん」


 ほぼ不眠不休で仕事をしているというのに終わる気配も無い。


 流石に20年分の仕事が一朝一夕で終わるとは思っていなかったが――想像以上に時間が掛かりそうだ。


「…ふぅ」


 嘆息しつつ、茶でも入れて休憩しようと席を立って――チャラリと胸元で音が響く。


「む?」


 音の発生源を辿れば胸元にあったのは白い石が嵌めこまれた『首飾り』だった。


「…なんだ、これは?」


 我に記録にはこんな物を首に掛けた記憶はない。


 という事は――『管理者』の記録を呼び出して『首飾り』を検索する。


「やはりか」


 この『首飾り』は例の観察対象である『ソウルレベル-S』から贈られた物であり、我がソフィアと呼ばれていた時に身に付けていた物らしい。


「くだらんガラクタだ」


 我は『首飾り』を引き千切って捨てようとして…。


「……」


 ふと思いなおした。


「考えてみれば今まで気付きもしなかった物だ。あって得になるような物ではあるまいが…邪魔にもならんという事だ」


 そう自己完結して『首飾り』を放置する事に決めた。


 それにしても――と思う。


 こんな目立つ物を今まで『調停者・男』が気付かなかった訳がない。


 奴に『首飾り』を指摘されていれば我は間違いなく捨てていた筈なので、それが分かった上で敢えて指摘してこなかったのであろう。


「余計な事を…」


 そう思ったら苛立って、やはり『首飾り』を捨ててしまおうかと思ったが…。


「まぁ…良い」


 物に当たるのは大人気ないと思いなおす。


 ともあれ休憩しようと席を立って――『調停者・男』の机に上においてある水晶球のようなものが目に入った。


 あれは確か――『ソウルレベル-S』を観察するのに『調停者・男』が使っていた物だ。


 態々机の上に出しっぱなしにしていくとは奴の意図が透けて見えるようだ。


「我に覗き見の趣味なぞないわ」


 無視して茶を淹れに行く事にした。






「ふん。所詮は『人間種のオス』か。ところ構わず発情しおって…品性の欠片も見当たらん」


 これは――唯の暇潰しだ。


 休憩時間に手持ち無沙汰だったので、偶々目に入った物で暇を潰していただけだ。


 水晶球を覗き込んでいたら無性にイライラするのは気のせいだし、無意識に『首飾り』を弄っているのに意味はないし、偶に下腹部を撫でているのは――唯の癖だ。


 これらの行動には――意味などないに決まっている。




 ★




 その連絡が来たのはソフィアが居なくなってから8ヶ月が過ぎてからの事だった。


 相変わらず大魔王の力は戻っていなかったし、サミエルからは色々と面倒な依頼を受けていたし、そもそも俺の『切り札』の演算結果に遅れが出ていて1年では少し時間が足りなかったと思っていた矢先の事だった。




『緊急事態発生だよっ!今直ぐ大魔王様の城に来てくれ!』




 サミエルから式紙を通して緊急召集が掛けられた。


 やれやれと思いつつも俺はオリヴィアと輝夜を連れて大魔王の居城へと転移石で跳ぶ事にした。






「天使が動いたよ」


 俺が大魔王の居城についてサミエルに開口一番に言われた内容にゲンナリする。


「随分と急な話ですね」


 未だに俺に対しては『魔力増幅薬マジカル・ブースター・ドラッグ』を服用した一般人の消耗戦が仕掛けられてはいたけれど、俺を仕留めたり足止めする為の効果はいまひとつだった。


 それなのに、ここで天使が動くという事は…。


「そろそろ大魔王様の封印が持たないという事でしょうね」


「逆に言えば、ここさえ乗り切れば大魔王様がお力を取り戻されて天使なんて敵じゃなくなるって事だよ」


「動いた天使の規模は把握出来ているのですか?」


「…極少数だよ。多分、大規模な軍団で来ても君が一掃してしまうと思っての編成だろうね」


「逆に言えば少数精鋭ですか。私の苦手な布陣ですね」


「ボクには願ったりの編成だよ」


 それなら1人で突っ込んでこい、と思うが流石にそれは許してくれそうもない。


「具体的な数は?」


「天使が4匹」


「…天使の四天王的な奴らですかね」


「大魔王様が言うには『熾天使セラフィム』と呼ばれている精鋭中の精鋭っぽいね」


「えぇ~」


熾天使セラフィム』が4人というと地球ではミカエル、ガブリエル、ウリエル、ラファエルの事なのだけれど…。


「こっちには『魔王』が2人しか居ないのに4人の『熾天使セラフィム』を相手にしなくちゃいけないのですか?」


「ちゃんと4人居るじゃないか」


「彼女達は私の『恋人』と『配下』であって『魔王』ではないのですが…」


「大魔王様の居城に接近される前に迎え撃ちに行くよ!」


 オリヴィアと輝夜を頭数に数えられてゲンナリしたがサミエルにGOサインを出されて仕方なく迎撃に向かう事になる。


 全く、全然、これっぽっちも気が進まないけどな!




 ★




 サミエルの転移で連れてこられた俺達が見たのは背中に翼の生えた4人の男女だった。


 1人は絶世の美女で、1人は背の低い美少年で、1人は背の高い青年で、1人は愛らしい美少女だった。


「やぁ、こんにちは。本当は来たくなかったけどミカエルにせっつかれて連れてこられたガブリエルです。以後よろしくね」


 その中で俺達に挨拶を交わしてきたのは背の低い少年――ガブリエルだけだった。


「(ってかマジで地球の熾天使と同じ名前なんだな。ミカエルとガブリエルがいるって事は残りはウリエルとラファエルで決定かねぇ)」


 これはどちらかと言えば『地球と同じ』なのではなく、『この世界の知識』が地球に漏れた結果と考えた方が良さそうだ。


「それじゃ…初めようか!」




「 「 「 「 っ! 」 」 」 」




 そして俺達が作戦を決める間もなく熾天使達にバラバラに分断されて――それぞれに熾天使達を迎え撃つ羽目になってしまった。




 ☆




 魔王サミエルが対決する事になったのは熾天使ミカエル。


 これは天使達の作戦云々よりも、ミカエルの感情が優先されて決められた対決だった。


「うふふ。あなたみたいなおチビさんがルシフェル様の側近だなんて…認めないわ」


「…君に認めて貰う必要なんて無いよ。ボクは大魔王様の忠臣だからね」


「この忌々しい契約さえなければ…私がずっとルシフェル様のお傍に居られたのに!」


「ああ。そういえば彼が分析してくれたよ。君達の扱う『天聖力テレズマ』は強力だけど契約で縛られる対価が必要だって。『天聖力テレズマ』を扱う以上、君達は天使の上司には逆らえないって訳だね」


「今の天界の指導者は私の操り人形になって貰ったわ。これで…もう私を契約で縛るものは存在しないわ」


「それなら、なんでこんなに時間が掛かったのか…言ってみなよ」


「……」


「天上評議会って言うんだっけ?指導者が変わっても、その老害の集団を何とかしないと何も変わらないんじゃないかな?」


「…まれ」


「そして、そんなところに大魔王様を連れていこうだなんて…頭がおかしいんじゃないのかい?」




「黙れぇぇぇぇっっっ!!!!」




「っ!」


 そして『魔王』の頂点に立つサミエルと『熾天使』の頂点に立つミカエルの死闘が開始された。




 ☆




 一方で魔王ラルフが対峙したのは熾天使ガブリエルだった。


「思ったより簡単に分断されてくれたねぇ。こちらの作戦が上手くいったと言うより、君達の対策に飛び込んだ…という方が正しいのかな?」


「こっちの『領域テリトリー』に飛び込んできているんだ。そっちが多少不利になるのは当たり前だろ」


「うん、まぁ確かにね。僕は止めたんだけどミカエルは直情的な性格で…止め切れなかったんだよ。彼女、普段はそうでも無いんだけどぶち切れると何をするか分からなくて恐いんだよねぇ」


「…良く似た上司を知っているよ」


「それはお互いに苦労するねぇ」


「まったくだ」


 軽口の応酬を行いつつ、両者は互いに自分が有利になるように準備を着々と進めていく。


 これは言い換えるとサミエルとミカエルのような純粋な力と力のぶつかりあいではなく、高い確率で頭脳戦が展開される予兆だった。


 2人は暫くの間、軽口の応酬を続けつつ――戦闘の口火を切るのを待っていた。




 ☆




『魔王と熾天使』の戦いからは外れ、こちらでは熾天使ウリエルが天翼種のオリヴィア=ディプシーを相手に品定めを行っていた。


「う~ん。君って美人だけど『魔王』でも『勇者』でもない唯の天翼種だよね?」


「ええ。それが何か?」


 実際にはオリヴィアは勇者筆頭であるエルジルを破っているので『勇者以上』と評されても問題ない実力がある筈だが、敢えて否定はしない。


「このままだと少しハンデがありすぎるから『ドーピング』をしてみる気はないかな?」


 そう言ってウリエルが取り出したのはガラス製のアンプルに入った薬――『魔力増幅薬マジカル・ブースター・ドラッグ』だった。


「お構いなく。既に自前の物を持っていますから」


 それに対してオリヴィアが提示したのは同じようなガラス製のアンプルに入ったソフィア印の『魔力増幅薬マジカル・ブースター・ドラッグ』。


「…それ。純正品じゃないな。何処で手に入れた?」


「答える義務はありませんね。薬を使ってわたくしを操ろうとした輩なら特に」


「へぇ。知ってたんだ」


「天使達のばら撒いている薬には魔力を増幅する作用だけではなく、精神に干渉して天使達の意のままに動く傀儡にする効果がある事なら周知です」


「あぁ~あ。戦いなんて面倒臭い事をせずに終わらせられれば楽だったのになぁ。つまんねぇの」


 その言葉にオリヴィアはスッと目を細める。


『面倒臭い』は彼女の恋人の口癖みたいなものだが、それを彼以外の人物から聞かされる事に圧倒的な不快感を感じた。




 とりあえず――こいつは殺そうとオリヴィアは心に決めた。




 ☆




 他の3組からある程度距離を取って対峙した輝夜とラファエルだが、ここに至ってラファエルは己の状態に気付いた。


「あれ?ひょっとして私…罠に飛び込んじゃった系?」


「今更ですか?」


 輝夜と対峙するラファエルを取り囲む177体の『マシンナリー・ドールズ』達。


 彼女達は既にラファエルを『龍眼ドラゴニック・サイト』でロックオンして待機状態に入っていた。


「うへぇ~。こいつは参ったなぁ~」


「降参すれば命だけは助けても良いですよ」


「あはは~。結構優しいところあるんだねぇ」


「そうですか?命以外の全てを貰うと言っているだけですよ」


 それは言い換えれば死んだ方がマシ級の苦痛と絶望と屈辱を与えるという意味。


「それは私がピンチになったらお願いしようかな。もしも…ピンチになったらの話だけどねっ!」


「っ!」


 その小柄な少女の言葉には妙な迫力があり、輝夜は警戒レベルを1段階上昇させた。


 その警戒を『念話』で全ての『ドールズ』で共有してから――戦闘の幕を開けた。




 ☆大魔王




 サミエルとミカエルの戦いは殴り合いの応酬になりおった。


 お互い意地と意地とのぶつかり合いになって、順番に殴り合って防御も回避もせん。


「お主ら…自分が女であるという自覚はあるのかのぉ」


 特にルールがある訳でも無かろうに、最初に防御や回避をした方が負けになるとでも思っておるのかのぉ。


 この戦い、基本スペックではミカエルの方が上に見えるが――たった1つの点においてサミエルの方が圧倒的に優れている部分がある。


 サミエルがそこを生かせるかどうかで勝負の行方は決まるであろう。






 ラルフとガブリエルの戦いは――なんとも玄人好みの頭脳戦となった。


 お互いに相手の手を読みつつ切り札を準備し、同時に相手の手を対処しつつ切り札を封じていくという…。


「傍から見ている分には地味な戦いだのぉ」


 互いに頭を高速で回転させつつ『見えない応酬』が飛び交っておるのかも知れんが、見えていない分には地味過ぎてつまらん戦いになっておる。


「このガブリエルは私の知らんガブリエルのようだのぉ。恐らくは2代目か3代目であろうのぉ」


 熾天使は基本世襲制が採用されており、熾天使が死ぬとその子孫か養子に名が受け継がれる事になっておる。


 まぁ私の知っておる熾天使なぞ既にミカエルしか残っておらんので他の3人は全員2代目か3代目であろうが。






 天翼種の小娘とウリエルの戦いは剣や魔法を使った非常にオーソドックスな戦いとなっておる。


 ウリエルが使っておるのは槍だが、小娘は器用に立ち回って接近戦では互角の戦いを繰り広げておる。


「しかし魔法戦では幾分不利のようだのぉ」


 今のところ飛行能力で優れている点を使って優れた回避能力で対処しておるようだが――このままの展開が続くようでは一方的に不利になっていくだけぞ。


「普段からラルフに護られる立場に居るが故に、援護してくれる者が居ない状況というのに慣れておらんようだのぉ」


 人形兵を一体援護につけるだけでも大分違うと思うが――近くには居ないようだ。


 このまま終わるとも思えんが、状況を逆転させる為にはかなりの博打に出る必要がある状況に見えるのぉ。






 人形兵とラファエルの戦いは――完全に人外と言わざるを得ない戦いになっておる。


 地上のあちこちから強力な熱閃が無数に放たれて、それをラファエルが驚異的な回避能力で次々と回避していく。


「タイミングを合わせているとはいえ、そんな単調な攻撃では当たりそうもないのぉ」


 人形兵は経験不足と聞くが、これが人形兵の限界なのか――それとも単調に見せかける為の策なのか。


 今の段階では判断が付かんのぉ。


 今は完全に回避に専念しておるラファエルだが、このまま単調な攻撃が続けばいずれ攻勢に出るであろうし、その時にどう対処するかで人形兵の真価が問われるであろう。


「2~3体を犠牲にする覚悟ならラファエルを撃退出来るであろうが、それをラルフが望むとは思えんのぉ」


 人形兵は確かに強いが、反面弱点も多いように見える。


 ラファエルにそれを気付かれれば――一気に形成は不利になりそうだのぉ。






 なかなかに見応えのある戦場を右往左往しつつ、私なりに検分していく。


 今のところ4つの戦場はどれも膠着状態で、直ぐに決着が付きそうには見えん。


 まぁ、直ぐに状況は動くであろうが――それだけに目が離せん。


「くっくくく。ちと不謹慎かもしれんが、これは最高の退屈凌ぎだのぉ。最近退屈しておった分、少しは娯楽を楽しませて貰おうかのぉ」


 そう笑った時、近くで何かが崩れ落ちる音が響き渡る。


「む?」


 視線を向けると量産型の人形兵に入れておったエルズラットとタキニヤートがバラバラにされて床に転がっておった。


 そして2人をバラバラにした犯人は…。


「貴様は…」




「ごめんねぇ。ミカエルは君に戻ってきて欲しかったみたいだけど天使達の総意という意味では君には死んで貰うのが1番なんだよ」




「っ!」


 へらへらしたそやつの言動とは裏腹に、そやつの突き出した槍は――私の心臓を正確に貫いた。




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