第58話 『魔王。魔王を卒業する』


 ミカエルは歯を食いしばって拳を振り上げつつ――内心では焦りで冷や汗を流しまくっていた。


「(こいつ…なんて怪力なの。それに私の攻撃を受けてもケロっとしてやがる!)」


 回避も防御も行わず、唯ひたすらに殴り合いを続けてきたサミエルとミカエルの戦いはサミエルの方に天秤が傾きつつあった。


 2人の戦闘スタイルは非常に似通っていて、双方共に自慢の怪力を持って敵を打ち砕く事を信条としているが――基本スペックでは明らかにミカエルの方が上だった。


 それは攻撃力と防御力に差があるという事で当然1撃を受ける毎にダメージの差は広がって行き、このままで行けばサミエルの方が先にダウンするのが自然の成り行きだった。


 けれどサミエルには圧倒的な――常識では考えられないほどの圧倒的多数の『戦闘経験』があった。


 それは大魔王の為に身を挺して戦ってきたサミエルの誇りであり、今まで積み上げてきた勝利の数でもある。


「(まだ…まだ耐えられる!)」


 そのサミエルの圧倒的な戦闘経験がミカエルの強烈な攻撃を受けても表情1つ変えないという『我慢』を可能にした。


 それは基本スペックではサミエルよりも高くても、天界という温室で育ったミカエルにとって驚異以外の何者でもなかった。


 戦闘経験の圧倒的な差がミカエルを圧倒してサミエルを勝利に導こうとしていた時…。




「 「 っ! 」 」




 目先の勝敗を越えてサミエルとミカエルが同時に反応した!


「大魔王様っ!」「ルシフェル様っ!」


 どういう原理かは不明だが大魔王の窮地を同時に悟った2人は即刻戦闘を中止して大魔王の居城へと移動を開始した。




 ★




 俺は熾天使ガブリエルと対峙しながら不可解な感覚を味わっていた。


「(目の前に俺が居るのに…何か別の事に気を取られているような感じがする)」


 まぁ、どの道チャンスである事には変わりないし『アトミック・レイ』を連射してみる。


 同時に『核融合』を起こして『アトミック・スフィア』をガブリエルに向けて解き放つ。


 高熱と放射能の嵐が巻き起こる光の球体の中にガブリエルを閉じ込めて…。




「こうかな?」




「なっ!」


 ガブリエルの軽い声と同時に『アトミック・スフィア』が消え去る。


「っ!」


 同時に俺は自分でも分からない理由で右に身体を捻って――九死に一生を得るのと引き換えに熱閃が走って俺の左腕を斬り飛ばして行った。


「へぇ。上手く避けたね」


「……」


 避けられたのは生存本能なんて便利な物でもなければ勘ですらない。


 言ってみれば、それは唯の『偶然』だった。


 もう1度やってみろと言われても絶対に無理だと断言出来る。


 それにしても…。


「『アトミック・スフィア』に『アトミック・レイ』…だと。人の魔法や技をコピーしたとでも言うつもりか?」


「まさか。僕は唯真似をしただけだよ。そんなに難しくもなかったしね」


「……」


 俺の魔法や技を『難しくない』とは言ってくれる。


 だが少しだけ――今の攻防は勉強になった。


「『アトミック・スフィア』に『アトミック・スフィア』を唯ぶつけても『消滅する』なんて現象は起こらない。俺が起こした『アトミック・スフィア』をプラスの因子と仮定して、マイナスの因子を含んだ『アトミック・スフィア』をぶつけて『対消滅』させたのか」


「へぇ。君…思ったよりも頭が良いじゃないか。この世界で僕の次くらいにはなれるんじゃないかな?」


「…そいつはどうも」


「まぁ僕なら左腕を失うなんて間抜けな事はしないけどね」


「この程度なら安いものだ」


 俺の左腕から炎が吹き上がり、斬り飛ばされた左腕を即座に再生させる。


「仕切りなおしといこうか」


 熾天使ガブリエルを予想以上の強敵と上方修正して戦いを再開しようとして…。




「…は?」




 身体が――俺の身体が何処からか引っ張られる。


「ちょっ…!待っ…!」


 そして意味も分からないまま俺は引きずり込まれていった。




 ☆




 サミエルとミカエルが大魔王の居城に同時に辿り着き、その謁見の間で見たものは――血溜まりの中に沈む大魔王の姿だった。


「やぁ。遅かったね」


 そして、その大魔王の傍で笑いながら佇んでいたのは――魔王ラルフと対峙している筈の熾天使ガブリエルの姿だった。




「き…さまぁああああああああああああああああああああああああああああ!!」




 最初にぶち切れたのはミカエルだった。




「お座り」




「がぁっっ!!」


 だがガブリエルの一言だけでミカエルは盛大に頭から床に突っ込んで地面に磔にされた。


「そんなに怒らないでよ。まぁ契約に縛られた君は僕の命令には逆らえないから恐くないけどねぇ」


「あ…が…かふっ…」


 そうしてミカエルがガブリエルに押さえ込まれている隙にサミエルは大魔王のところへ駆け寄って――青ざめた。


「(出血が…多過ぎる!)」


 早く手当てしなければ危険だと判断したサミエルだが――残念ながら彼女には大魔王を癒す術は持ち合わせていなかった。


 だから――『切り札』を切る!




「来い!魔王ラルフ!」




 それは『転移の魔王』と呼ばれる魔王サミエルの最大の『切り札』。


 自身ではなく他人を強制的に、どんな場所からでも呼び寄せる『強制転移』。


 通常の転移と比べれば圧倒的に消耗が大きいけれど、怪力を誇るサミエルが相手を強制的に転移させて目の前の呼び寄せる事が出来るのなら――大抵の敵は一撃で葬り去れる。


 その『切り札』を大魔王の救う為に行使した。


「…へ?」


 戦場に居た魔王ラルフは強制転移されて当然のように混乱するが、彼の優れた頭脳が即座に状況を理解させた。


「君は…君にはある筈だ!大魔王様を癒す事が出来る『何か』が!」


「……」


「ボクに支払える物ならどんな代償でも支払う!だから…大魔王様を助けてくれ!」


「……」


 魔王サミエルの願いに沈黙で答え、大魔王の様子を観察した魔王ラルフは――1つだけ嘆息した。


「私には確かに大魔王様を癒す為の力がありますが、それでも出来ない事が2つだけ存在します」


「頼むよ。頼むから…」




「どんな優れた回復魔法であっても『死者』を蘇らせる事は出来ません」




「っ!」


 ガリッと唇を噛み切るようにありえない音を立てるサミエル。


「そして…」


 そのサミエルを無視して呆れたような声でラルフは答えを続けた。




「『無傷』の相手を癒す事も出来ません」




「………え?」


 呆気に取られたようなサミエルの声。




「くっくくく。なんだ気付いておったのか。つまらんのぉ」




 それに呼応して響く『誰か』の笑い声。


 それは『つまらん』という言葉とは裏腹に楽しげな笑い声だった。


「誰が大魔王様の診察をしていると思っているのですか。幾ら隠しても分かるものは分かってしまうのですよ」


「ふ~む。『スキャン』であったか?なかなか厄介な診察法よのぉ」


 そして当然のように『無傷』のまま平然と身を起こした大魔王はラルフと楽しげに会話を交わした。


「だ、大魔王様?」


「余り知られておらんが、エルズラットは水魔法の使い手で優れた薬師でもある。多少時間は掛かったが…貴様がラルフに依頼した特効薬は効果があったようだのぉ」


「お役に立てて…何よりです!」


 敵を騙すにはまず味方から――とは言うが一緒に騙されたサミエルはまったく大魔王に怒りを感じていないようだった。


 寧ろ大魔王が無事だった事を心から喜んでいた。


 その一方で…。




「ガ…ブリエルゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!」




 契約で拘束されたミカエルに異変が起こっていた。


 金色だった髪が銀色に変わり、白い肌は褐色へと染まり、青い瞳は真紅へと変質して――そして純白の翼は漆黒へと変わっていく。


「へぇ。それが『堕天』なのかい?面白い変化だねぇ」


 だがガブリエルの余裕は崩れない。




「死ねぇえええええええええええええええええええええええええええええ!!!」




『堕天』した事によりミカエルの属性が『光』から『闇』へと変質し、更に『天聖力テレズマ』ではなく『魔法力』へと変わった事で契約の楔から開放されてガブリエルに殴りかかる!




 ☆オリヴィア




 私は熾天使ウリエルと戦いながら自分の不利を自覚していた。


「(接近戦では互角でも魔法戦に随分と差があるようですね)」


 飛行能力でも私の方が上のようなので、なんとかウリエルの魔法は回避出来ているものの――高速で飛ばされる無数の『光の矢』は非常に厄介だった。


「まだ『ドーピング』しないの?このままだと…嬲り殺しになっちゃうよ?」


「ふぅ…。ふぅ…。ふぅ…」


 必死に息を整えつつ、私はウリエルの言葉を無視する。


 確かに『魔力増幅薬マジカル・ブースター・ドラッグ』を使えば魔法戦では格段に有利に立てるかもしれないけれど――そういう問題ではない。


「そろそろ飽きてきたしさぁ。君が使わないって言うなら強制的に終わりにさせて貰うよ」


「っ!」


 背筋にゾワッと悪寒が走り、咄嗟に身を捻ったものの私の足に『なにか』が突き刺さる!


「痛っ…!」


 その私の足に突き刺さっていたものは――先程ウリエルが持っていたガラス製のアンプルだった。


「結構『遠隔操作』は得意なんだよね。『光の矢』に紛れて飛ばしていたのに気付いていなかっただろ?」


「……」


 ウリエルが何かを言っていたけれど――私は既にそれどころではなかった。




「あ…ががががっ…!」




 心臓が――『心核コア』が早鐘のように全身に血を行き渡らせ、それと同時に魔力を過剰に生産していく。


「あはは。これで人形の出来あがりって訳だ。人形兵なんて無粋な作り物じゃなくて本物の人形を…っ!」


 ウリエルの言葉を遮り、私の大剣が『風の魔法』を帯びてウリエルの身体を薄く切り裂く。


「わぁ~お。凄い精神力だね。そんな状態でもまだ抵抗出来るんだ」




「あ…がぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!」




 必死に身体に走る快楽を我慢して大剣を握ってウリエルに斬りかかる!


 この程度なら――精霊王の支配されていた時に比べれば、まだ耐えられる!


「ぐぅっ!これは…ちょっとヤバいかな」


 竜巻のような風を纏った大剣の一撃はウリエルの防御能力を上回っているようで一振り毎にダメージを与えていく。


「やれやれ。面倒臭いけど…本気を出すかな」


「っ!」


 力で押していた私が、その瞬間ウリエルに押し返されて――跳ね飛ばされる。


「痛っ…!うぅ…!」


 ギリギリで翼を広げて制御して地面に叩きつけられるのは避けたけれど――ひとつの結論に達する。


「(このままでは…勝てない)」


 既に指1本動かすだけで体中に走る快楽の波を必死に我慢して私は『それ』を取り出した。


「正気?2本目を使ったら…流石に死ぬよ?」


「ぐっ…うぅっ!」


 その言葉を無視して私はアンプルを――ソフィア様印の無針アンプルを首に強く押し当てて中身を体の中に流し込んだ!


「あ」


 瞬間、私の意識が暗転して意識を失った。


「あぁ~あ。だから言ったのに」


 その意識が途絶えた間にウリエルの接近を察知して…。




「が…はぁっ…!」




 大剣を振りぬいた!


「ふぅ。やっぱり『魔力増幅薬マジカル・ブースター・ドラッグ』の使用は1分が限界のようですね」


「が…ごふっ!なんで…生きてっ…!」


 相当油断していたのか私の大剣はウリエルの身体を大分深く切り裂いたようだ。


「ああ。言っていませんでしたか?」


 私はソフィア様印のアンプルを指し示してニッコリと笑う。




「これはソフィア様特性の『対・魔力増幅薬アンチ・マジカル・ブースター・ドラッグ』です。『魔力増幅薬マジカル・ブースター・ドラッグ』の効果を無効化する為のお薬ですよ」




「っ!」


 驚愕に目を見開くウリエル。


「『魔力増幅薬マジカル・ブースター・ドラッグ』が出回った時点で薬を打ち込まれた時の対策としてわたくしの恋人が持たせてくれた物です。効果を無効化する為に数秒心臓が止まってしまうのが難点ですが…今回は良い結果を出してくれたようですね」


 これがあるからこそ、約1分間の『魔力増幅薬マジカル・ブースター・ドラッグ』の効果を利用する事を許可されていたのだけれど、想像以上に快楽が走って耐えるのが大変だった。


「だったら…もう1本打ち込めば良いだけの話だよなっ!」


「っ!」


 ウリエルの言葉と同時に今度は腕にアンプルが突き刺さって中身を私の体の中に注入されて…。




「まぁ、何も起こりませんけどね」




「なっ!」


「『対・魔力増幅薬アンチ・マジカル・ブースター・ドラッグ』を使用した時点で体の中に『魔力増幅薬マジカル・ブースター・ドラッグ』に対する完全耐性を作り上げます。追加で何本打たれようと、もうわたくしには『それ』は効きませんよ」


 まぁ2度と恩恵に預かれないと分かっていたからこそ1分間無理をした訳だし。


「さてと」


「ま、待てっ!天使を…しかも熾天使を殺すなんて神罰がっ…!」


 そのたわごとを無視して私は大剣で――ウリエルの首を撥ねた。


「ふぅ…結局、ソフィア様に助けて頂いたようなものですね」


 私もまだまだのようです。




 ☆ラファエル




「?」


 人形兵の砲撃が僅かに翼を掠めた事に少し困惑する。


「(完全に避けたつもりだったのに)」


 人形兵の砲撃の精度を完全に理解して、もう目を瞑っていても完全に避けられると思って攻勢に出ようと思っていたけれど少し延長が必要かもしれないと思いなおして再度避ける事に集中する。


 相変わらず単調な砲撃を軽く避けて、避けて…。


「っ!」


 今度は耳を掠めていって少しヒヤッとした。


「(おかしいな。これで当たる筈がないのに)」


 困惑しながらも再度避ける事に集中して…。


「あ…痛っ…!」


 砲撃が右腕を掠めて――右腕が千切れ飛んでいって消滅した。




「ああ。失敗してしまいましたね」




 その私を見て1番近くに居た人形兵が何かを言っていた。


「失敗?私に『まぐれ』で1撃を当てて仕留められなかった事かな?」


 確かに腕を持っていかれたのは痛いが――この程度で熾天使が負けを認める事はありえない。


 ありえなかったのに…。




「いえいえ。腕を千切ってしまってバランスを崩してしまった事ですよ。これではもうちゃんと避ける事が出来ないので『練習』にならないではありませんか」




「…へ?」


 練習?


 この人形兵、何を言って…。


「街中ではなかなか練習出来なくて困っていたのですよねぇ。『龍眼ドラゴニック・サイト』があるので狙いは完璧なのですが、撃った直後に動かれると回避されてしまいますから、そこで『龍核熱砲ドラゴニック・ブラスター』を『曲げる』練習をさせて頂いていたのですよ」


「……」


 サーっと自分の顔が青ざめていくのを自覚した。


「それじゃ…君達の砲撃がさっきから私の身体を掠めていっていたのは…」


「ああ。それはあなたの回避能力が徐々に衰えているので掠めてしまっただけですよ。私達はちゃんとギリギリで避けられるように撃っていますから」


「……」


 それは――つまり――何か?


 私に態々当てないように撃って、長い時間『練習』が出来るようにギリギリのところを外して撃っていたという事か?


「あなたはとても良い練習台でしたが、片腕が千切れてしまってはこれ以上は無理そうですね」




 それは、つまり、その気になれば――仕留めようと思えば、いつでも仕留められたという事なのか?




「残念ですが『練習』はここまでにしておきましょう」


 そして、目の前の人形兵は私にしっかりと視線を合わせて…。




「『龍眼ドラゴニック・サイト』…ロックオン」




「待っ…!」




「『龍核熱砲ドラゴニック・ブラスター』…『発射ファイア』!」




「っ!」


 舐めるなっ!


 私はこれまでと同じように人形兵の砲撃を回避して…。


「(あ…ああっ!)」


 まるで『そこ』に回避する事が分かっていたかのように人形兵達の砲撃が――曲がる!


「(避けられなっ…!)」


 どんなに頑張っても私の回避能力を圧倒的に上回る『予測能力』で回避先のポイントを特定されて――私の身体を178の砲撃が貫いて消滅させた。




「感謝します。あなたのお陰で『龍核熱砲ドラゴニック・ブラスター』は少しだけ完成に近付きましたから」




 消滅してしまった私にはその感謝の声は届かなかった。




 ★




「なっ!」


 ミカエルの放った拳撃は――ガブリエルに片手で受け止められていた。


 但し、少年だった筈のガブリエルが体格の良い青年へと変化した上での話だけれど。


「分かるかな?ミカエル。僕は身体を2つに分けていて、それでも熾天使として最上級の強さを持っていたんだよ。つまり…1つに戻れば君なんて敵じゃないって事さ」


「がぁっっ!!」


 そのまま投げ飛ばされたミカエルは壁に激突して瓦礫の山に埋もれて――動かなくなった。


 死んだとも思えないが気絶はしたのだろう。


「そして、こうなった僕は天使の中で1番強い。大魔王…ルシフェルの首ですら簡単に落とせてしまうくらいにね」


「っ!」


 その言葉に反応して大魔王を庇うように立ち塞がるサミエルだが…。




「順番は守ってくださいね、サミエル様。こいつを殺るのは…私が先の筈ですよ」




「君…」


 そのサミエルの前に立ったのは俺――魔王ラルフだった。


「意外だね。君は大魔王やサミエルに対する忠誠心なんて欠片も無いと思っていたのに」


「否定はしない。実際、お前の相手をしようという気になったのも、ちょっとした実験をしたくなっただけだしな」


「へぇ」


 感心するようなガブリエルの前で俺は出し惜しみなく――『切り札』を開放する。


 両の掌の上で『核融合』を起こし左右の手で1つずつの『光の球体』を作り上げる。


「あはは。まさか2つ作ったから攻撃力が2倍~とか言わないよね?」


「お前のお陰で頭の中でずっと続けていた演算が大幅に短縮出来そうなんだ。その点についてだけは…感謝するぞ」


 俺はガブリエルのからかう声を無視して左右の手の『光の球体』をゆっくりと――接触させる。


「今度はそれを2つ合わせて2倍の更に2倍~とかいう話?」


「『プラスの因子』と『マイナスの因子』を適応させた2つを接触させて起こす『対消滅現象』だよ」


「…へ?」


「対極の2つを混ぜ合わせる事で何が起こるのか…お前ら天使は良く知っているだろう?」


「まさか…『天聖力テレズマ』を作り上げる気?」


「そんな中途半端な力はいらねぇよ」


 そして2つの球体を接触させた中間に――『黒い球体』が出来上がり、残っていた『核融合』の光は『黒い球体』に吸い込まれて消滅した。


「痛っ…!くぅっ…!」


 が。その『黒い球体』を作り上げた俺の方が演算が思った以上に難しくて頭が割れそうなほどの高速で思考を回し、ギリギリで処理を続けていく。


 そして10秒ほども『黒い球体』を維持し続け、その『黒い球体』が『紫の球体』へと変化する。




「ふぅ。演算終了」




「…何それ?」


「ああ。お前…まだ居たの?」


「…へ?」




「目障りだ。さっさと消えろ」




「っ!」


『紫の球体』がガブリエルを捕らえ――その存在をこの世から抹消した。




 ★




 呆気なく、自らを最強の天使と名乗ったガブリエルの存在を抹消した俺は2人――大魔王とサミエルに向き直る。


「大魔王様、サミエル様。今までお世話になりました」


 そして素直に2人に頭を下げた。


「行くのか?」


 大魔王の方は俺が何を考えているのか大体察したようで、なんとなく納得しているようにも見えたが…。


「どういう意味かな?」


 サミエルの方は相変わらず空気を読めないようだった。


「私が大魔王様の元で魔王をやっていたのは、逆立ちしても大魔王様とサミエル様には勝てないと分かっていたからです」


「…だから?」


「本日を持って魔王の座を退かせて頂く事になりました」


「…『それ』が出来たから?」


 俺が掌の上に確保した『紫の球体』を指すサミエル。


「ええ。その通りです」


「大魔王様を…裏切るの?」


「傘下より抜けるというだけですよ。余程の事がない限り敵対するつもりはありません」


「君は言ったよね?ボクに勝てないから魔王をやっているんだって」


「……」


「つまり…今ならボクに勝てると思っている訳だ」


「……」


 無言を通した俺の目の前にサミエルが一瞬で転移してくる。


「っ!」


 そして、その彼女の背後を取った俺に対して驚愕していた。


「『転移石』無しでも転移が出来るようになったんだ」


「正確には『これ』は転移ではありませんけどね」


「…ボクの背後を取れるなら、どっちでも同じ事だよ!」


 再度転移で俺の懐に飛び込もうとするサミエルに対して俺は彼女の背後を取り続ける。


 連続で――しかも高速で転移してくるサミエルに対して、同じ速度で彼女の背後を取り続けた。


「冗談じゃないんだね。ボクに…勝てる自信が出来たから魔王を抜けるんだ」


「勝てる…というか負けない自信が出来たからという方が正確ですけど」


 まだ『この力』に慣れていないので、それは俺の本音だった。


「これから、どうするつもり?」


「無論…妻を迎えに行って来ます」


「…それから?」


「あ~。その後はその後に考えます。報酬さえ頂けるなら大魔王様とサミエル様の依頼も引き受けますので」


「…それって魔王を抜ける意味あるの?」


「さぁ?」


「……」


 大魔王とサミエルに負けない力を手に入れたら魔王を抜けると決めてはいたけれど、それからどうするかは決めていなかった。


「まぁ私の力が必要と思ったらいつでも御一報ください。私の代わりの魔王は…『あれ』を使うと良いと思いますよ」


「『あれ』?」


 俺が指さした先に居たのは、やっと瓦礫の山から這い出してきた『堕天』したミカエルだった。


「えぇ~。よりによって『あれ』を指名するの?」


「別に問題ないですよね?」


「そうよのぉ。純白の翼を持った天使なら死んでも受けいれるつもりはなかったが、漆黒の翼を持った堕天使なら大魔王の配下として申し分ないかもしれんのぉ」


「うぅ。大魔王様がそう仰るのなら…我慢します」


 まぁサミエルとミカエルは似た者同士なので同属嫌悪で受けいれ難いのだろう。


「さて。それでは失礼致しますね」


 そして丁度良く俺の元へ戻ってきたオリヴィアと輝夜を連れて――ソフィアを取り戻す為に管理者どものところへ向かう事にした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る