第17話 『S級魔法士。新しい仕事』


 今、俺の前には1人の男が椅子の上に拘束されて座らせられているという姿で目の前に居た。


 例の『チョコレートを開発した転生者』を監視して、そいつに接触してきた奴を拘束用式紙『ワーム』を使って浚ってきたのだが…。


「期待外れ…かなぁ」


 なんだか思っていたのとは大分違うので正直ガッカリしていた。


「おい。てめぇ…俺が誰だか分かってんのか?」


 拘束されつつ俺を睨みつけて来る青年。


 正直な話、全く興味がないし全く驚異を感じない。


「なんだかなぁ」


 俺の期待としては『こいつ』を釣り上げた時点で『こいつ』に『紐』が付いている事を期待していたのだ。


 青年を浚った時点で『紐』を付けた主人が動き俺に接触しようと試みてくる――とかを期待していたのに肝心の青年を『スキャン』してもそんな痕跡も見つからなかった。


 青年が単独犯なのか、それとも『紐』を付けるほどに期待されていないか、はたはた主人の方が『紐』を付けるような技能や頭脳がないのか。


 いずれにしろ『期待外れ』以外の何者でも無い。


「おい!無視してんじゃねぇよ!ガキっ!」


 俺が青年に対して全く興味を抱いていない事は理解出来たのか青年は憤慨し始める。


「(こいつは7…いや8割くらいの確率で単独犯だろうなぁ)」


 こいつは『チョコ作りの転生者』を前にした時『期待外れ』と言っていた。


 その意味を紐解けば『折角会いに来た転生者が戦力外』に見えた事が原因だろう。


 つまり、こいつは転生者に対して『戦力』として期待していた。


 その上で『チョコ女』を『餌』にしようとしていたという事は、こいつは仲間――それも『強い仲間』を求めているという事になる。


「(正確には転生者…同類を見つけて共感を示す事で仲間にしやすいだろうと短絡的な考えで近付いてきた『ぼっち』って事だな)」


 だから俺はこの青年が単独犯で仲間が居ないという事が8割と判断した。


「(つ~か。自分が『チョコ女』を餌にしようと考えたくせに不用意に『チョコ女』に接触してくるとか無用心にも程があるだろう。あの『チョコ女』が俺の用意した『餌』だって可能性を考慮出来ない時点で普通に馬鹿だ)」


 更に言うと俺が『チョコ女』を見つけて監視を開始してから大分時間が経っているという事を考慮しても情報収集が下手糞という事になり『優秀』という解釈から遠ざかる。


「(折角、自宅から離れた場所に俺との関係を辿れない地下室を用意して待っていたのに掛かったのが『これ』じゃ骨折り損のくたびれ儲けだなぁ)」


 なんか、もう――本当にガッカリだ。


「おい!俺のバックに誰が居るか分かってんのか?てめぇなんて一瞬で潰せるデカい組織が付いてんだぜ!」


「(S級魔法士の俺には『国家』がバックに付いている訳だが、その俺を一瞬で潰せるデカい組織が本当にあったら凄いねぇ)」


 99.9%ハッタリだなぁ。


「だが今なら見逃してやっても良いんだぜ?今直ぐ俺を解放しろ」


「(それは自力で拘束から抜け出す手段がありませんって言っているようなものだなぁ。ボディチェックもしたけど碌な装備持ってなかったし)」


 どうやら、この青年は『魔法使い』でもなければ『超能力者』でも無いらしい。


「(俺、な~んにも言ってないのにドンドン情報を垂れ流してくれるなぁ。楽で良いわぁ)」


 とは言っても、これ以上青年から得られる情報は俺に利益のあるものじゃない。


 さっさと処理して終わらせる事にしよう。


「ワーム」


 定番通り拘束用式紙『ワーム』を作成、命令設定はいつもの3点セットだ。


「ひっ!な、何をするつもりだ?」


「分裂」


 作り出したワームが無数のムカデへと分裂する。


「ひぃぃっ!お、おおお、俺と手を組まないかっ!おお俺とお前が手を組めば無敵にっ…!」


「寄生」


「ぎぁぁあああああああああああああああっっ!!!」


 無数のムカデが青年の肌を食い破って体内へと侵入を開始して青年の悲鳴が地下室に響き渡る。


 これをやられた奴は大抵の場合、血の混じった胃液を吐き出すまでゲロを吐きまくり、際限なく小便を漏らしまくる。


 まぁ、だから自宅ではやりたくなかったんだけどね。


 色々酷い状態になった挙句、白目を剥いてビクンビクンと痙攣を繰り返す青年。


「ん~。ここまでやっても特に監視を受けていたって感じはしないなぁ」


 展開していた『レーダー』には未だに何の反応も無い。


「はぁ。帰るか」


 俺は地下室に酷い状態の青年を放置して自宅に帰る事にした。




 ☆




 ラルフが地下室を去って暫く経ってから――1つの影が地下室へと潜入して酷い状態になっている青年へと近寄る。


「最悪の発想による拷問。これは…もう使い物にならない」


 青年は外見も酷い事になっていたが内面はそれ以上に酷い有様で、もう普通の生活には戻れないほどに精神的に壊れていた。


「小物の餌に予想以上の大物が掛かった。大きな収穫…だけど私の手には余り過ぎる。上への判断を仰ぐべき」




「その『上』って奴の詳細を聞きたいねぇ」




「っ!」


 影は背後から聞こえてきた『声』に身体を硬直させて――振り返る事無く全身の動きを止めた。


「地下室から出た事は…確認した筈」


 影は『彼』が出て行って更に十分な時間の経過を待ってから用心して地下室に入った。


 地下室に入ってからも警戒は怠っていない。


 なのに――どうして背後を取られている?


「俺の監視網を潜り抜けてきた手腕は見事だが…手段は稚拙だな。恐らく闇魔法にある空間系の術を使ったと推察出来る」


「……」


「だが、この地下室そのものが罠だとは考えなかったのか?」


「……」


 罠に関しては十分に警戒していた。


 けれど『地下室に姿を現した事』が罠に掛かっていたという事なら――油断したという他ない。


 脂汗を流しつつ取れる手段を考慮する。


 即ち――この場で自害して情報の漏洩を防ぐべきか否か。


 逃げ切れる可能性は――高くないと思われる。


 戦って勝てる可能性は――不明。


「おいおい。なんで俺が『この場面』でわざわざ声を掛けたのか少しは考えて行動を決めたらどうだ?」


「……」


 彼が自分にわざわざ声を掛けてきた理由を考える。


 そもそも――声を掛けてきた理由が不明。


 声を掛けずに自分を泳がせて情報を探れば良いだけの話なのに、わざわざ声を掛けて己の存在を教えて来た。


 そこには一体どんな意味があるのか?


「…あなたは私の上司との交渉を望んでいる」


「ほぉほぉ」


「その交渉を円滑にする為に…部下である私に危害を加えなかったという事実を示す意味で私に声を掛けてきた。私に気付かれないまま上司と交渉を進めた場合、五分五分の立場からのスタートになる。私に危害を加えなかったというカードがあれば少しは交渉を有利に進める材料となる…かもしれない」


「100点を満点と仮定して評価するなら今の答えは…」


 影の答えに彼は…。




「3点だな」




「っ!」


 ハッキリと『失格』の烙印を押した。


「俺は別に『紅蜘蛛』のマーラと交渉したいなんて思っていないし」


「っ!」


 上司の名をピンポイントで当てられて影は動揺した。


「俺がわざわざ声を掛けたのは『紅蜘蛛』と敵対する意思がない事を示す為だし」


「……」


「それと同時に俺に対して余計なちょっかいを掛けないように忠告する為だ」


「……」


「『紅蜘蛛』がその名の通り各方面に『糸』を張り巡らせている事は知っているが俺もそれなりの『情報網』を張り巡らせてある。その『糸』と『情報網』が重なり合うのを避けるのは難しいだろうが、その存在をお互いが知れば干渉を避ける事は出来る」


「……」


 話を聞きながら『なるほど』と納得していた。


 確かに――私の出した答えでは『3点』が良い所だと思った。


「あなたは私の上司と敵対する意思がない。そして私を『伝言係』にする為に声を掛けてきた…というのが正解だった?」


「その答えが最初に出ていれば60点をやっても良かった」


「…厳しい」


「世の中そんなものだ」


 その時点で影は恐る恐る振り返る。


 そして影の背後に居たのは人間の形をしていない――喋る鳥の姿だった。


「彼に入れた蟲を作り出したのと同じ原理で作られた『会話用』の使い魔」


「俺の手札を1つ公開した。これを『土産』に持っていけ」


「…了解した」


 影は頷いて去ろうとして――再起不能になった青年に視線を移す。


「『あれ』をわざわざ拷問したのは何故?」


「『あれ』は別にいらんだろ。『餌』としても『使い捨て』が良い所だし持って帰るのも面倒でしかない。手間を掛けるのも悪いからこっちで処分しておく」


 なんともまぁ『親切な非人道者』だと思った。


 けれど実際の話『あれ』を回収する手間が省けるのは事実。


「それを含めて『歴代最速』の評価として上司には報告しておく」


「ああ。よろしく」


 影は音もなく地下室を去って行った。




 ★




「『北風』のロザミィに続いて『紅蜘蛛』のマーラか。マーラとは実際に顔を合わせた訳じゃないがS級魔法士とドンドン顔見知りになっていくなぁ」


「旦那様はもう有名人ですからねぇ」


 俺は自宅でソフィアを相手に少し愚痴を零していた。


 地下室に放置した青年は8割が単独犯だと思っていた。


 いや。実際に奴は単独犯で、その迂闊な行動を『紅蜘蛛』に監視されて利用されて『餌』にされていたに過ぎない。


 今回の一件は『俺の『餌』であるチョコ女』と『紅蜘蛛の『餌』である青年』が接触した事による偶然の邂逅という奴だ。


 青年を地下室に残したのは確かに『罠』のつもりだったが、まさか『紅蜘蛛』の手下が掛かるとは予想外だった。


 まぁ『紅蜘蛛』の手下の詳細は既に知っていたのでわざわざ声を掛けて敵対しない意思を示した訳だが。


 おまけに俺の式紙の能力をチョロっと見せてやったので十中八九お互いに不干渉という関係に落ち着くだろう。


「だ・ん・な・さ・ま♡」


 そんな事を考えていたらソフィアが背後から抱きついてきた。


「私が目の前に居るのですから私に構ってくださいな♪」


「ん。そうだな」


 この場に居ない『紅蜘蛛』の事よりも傍に居るソフィアの事を考える方が建設的というものだ。


 具体的にはソフィアとどんなエロい事をするかで頭を回す方が生産的だ


 という訳で色々とエロい事をソフィアに提案して色々とお試しとお楽しみをする事にした。


「もう…旦那様のエッチ♡」


 ソフィアも満更でもなさそうだった。






 翌日。ソフィアと一緒にいつものように冒険者ギルドに出掛けようとしたら自宅の玄関に紙が挟まっていた。


 その紙には『提案を受け入れる』とだけ書いてあって、それが『紅蜘蛛』からの返事である事は明白だった。


 なんともまぁ随分と早いお返事で。


 恐らく『紅蜘蛛』は俺と同じか、それ以上の情報戦のエキスパートという事だろう。


 この早い返事もその力を示す為の一環と思っていた方が良さそうだ。




 ☆紅蜘蛛




「厄介。厄介。厄介だねぇ」


 私は現在『歴代最速』への対処として色々な方面へと手を伸ばしつつ頭を悩ませていた。


「はい。とても厄介な存在だと思います」


 その私に『歴代最速』の報告をしてきた部下が同意を示す。


「どう厄介なのか答えられる?答えられる?」


「『紅蜘蛛』様と同じ情報戦を得意とするS級魔法士故に厄介だと思われます」


「う~ん。『歴代最速』のお株を借りて評価するなら…」


「?」




「その答えだと30点だわねぇ。だわねぇ」




「…え?」


 部下は勘違いしている――というか見事に騙されているというべきか。


「『歴代最速』は私と同じ情報戦を扱うけど、それ専門のエキスパートって訳じゃないなぁ。ないなぁ」


「…違うのですか?」


「そう。違うねぇ。違うねぇ。奴は『情報戦』のエキスパートじゃなくて…『人心掌握』のエキスパートだわねぇ」


「っ!」


 私が答えを言うと部下は明らかに顔を引き攣らせた。


「心当たり、ある?ある?奴と直接接触した以上、ある程度は自覚ある?」


「は、はい。確かに…言われてみれば味方でもない筈の『歴代最速』に対して悪い印象を持っていませんでした」


「報告じゃ相当残酷な拷問をしたにも関わらず奴に対する印象はプラスのまま、好印象が厄介。厄介ぃ」


「……」


 私の話を聞いている内に部下の額からダラダラと汗が流れ落ちていく。


「でも厄介ではあるけどぉ。問題として浮上させる事も無い。無いぃ」


「…え?」


「『歴代最速』が『情報戦』の専門じゃないなら私と被る訳でも無いしぃ情報戦に関しては不干渉…必要なら譲るって言ってきているしぃ」


「あ」


 そう。『歴代最速』が手札を1つ公開してまで部下に情報を持たせて帰還を許したのは私と情報戦で戦う気が無いという意思表示。


「でもでもぉ。だからこそ本当に『厄介』ぃ」


「…へ?」


「私がぁ『歴代最速』と直接対決しないで済んだ事に『良かった』と思ってしまっている事が1番厄介ぃ」


「っ!」


「そしてそしてぇ。私にそう思わせてしまう奴の手腕が次に厄介ぃ」


「……」


「でもでもぉ。『歴代最速』を敵に回すのはぁ『手強い』以上に『面倒』って思うから今は不干渉に賛成ぃ~」


「……」


 無言だけど部下が密かに『ほっ』とした事に気付いていたけど指摘しないでおいた。


 実際の話『歴代最速』と戦えば『手強い』程度で済むけど敵に回して搦め手を使われたら『厄介』以外の何者でもない。


 ああいうのは敵に回さず傍観するのが1番。




 ★




 最初に『北風』のロザミィと来て次に『紅蜘蛛』のマーラが来た訳だから最後に来るとしたら『鉄腕』のガゼルと思うのが普通だろうが…。


「奴と会う機会は相当先になるだろうなぁ」


 件の『鉄腕』のガゼルは今国内に居ないのだ。


 いつ戻ってくるのか知らないが少なくとも数年は戻って来ないだろうから奴に会うのも少なくとも数年は先になる。


「…って思っていたのですが」


「別にガゼルに会いに行けと言っている訳ではない。唯、国外に使者として出向き密書を届けて来て欲しいだけだ」


 俺は『閣下』から仕事の依頼を受けていた。


「一応聞いておきますが『国外』がどれだけ危険か分かっていて俺に仕事を依頼している訳ですか?」


「当然だ。こんな仕事S級魔法士でもなければ依頼出来ん」


 この国の常識として『国外』は非常に危険という常識がある。


 戦争をしているとか凶暴な魔物が出現するとか、そういう『どうでも良いレベル』を遥かに超越するくらいの危険が『国外』には存在する。


 ハッキリ言って、この世界で『人間種』と言われる種族が支配出来ているのは『一国』だけなのである。


 つまり俺が住んでいる『この国』だけが人間種が安全に暮らせる場所であり、そこから一歩でも外に出れば『人間種』が生きるのに過酷過ぎる環境が待っているのである。


 以前で会った『北風』のロザミィが言っていた国として危機意識の低さというのも国の外からの危険という意味合いだし、『紅蜘蛛』が張り巡らせた情報の『糸』も国外から敵が潜入するのを防ぐ事が主眼に置かれているし、『鉄腕』のガゼルが国外に居るのも外敵から潜入を防ぐ為の一環だったりする。


 で。その危険地域へ俺に使者として出向けと言う。


「新人S級魔法士に無茶な仕事振ってくれますね」


「…他に適任者が居ないのだ。仕方あるまい」


「ですよねぇ」


 国家として貴重なS級魔法士を生きて帰って来られるか分からない『国外』へ出すのは他に仕事をこなせる人材が居ないからだ。


 下手な人材を国の外に出しても死ぬだけだし。


「はいはい。俺と嫁の2人で行ってきますよ」


「…引き受けてくれるか」


「嫌だと言えば断れたんですか?」


「……」


 俺に依頼をする時点で既に『緊急』である事は明白。


 それは言い換えれば俺が断れば国がヤバいって事なのだ。


「俺はキれやすい若者なので成果には期待しないでくださいね」


「…お前が駄目なら他の誰が行っても駄目だと思うがなぁ」


 この人、さっきから本音で喋りすぎだろ。


 まぁ、そのくらい余裕が無いという事だろう。


 どうも俺とソフィアの新婚旅行はハードな旅路になりそうである。


「やれやれ」


 とりあえず旅立つ前に『お姉ちゃん』を説得する手段でも考えようかねぇ。


 どう考えても素直にお留守番してくれるビジョンが思い浮かばない。



『『お姉ちゃん』の特殊能力、その4。お姉ちゃんは弟を守る時、無敵になる』



 とか言って付いてきそうだし。



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