第20話 『魔王。手札4枚公開され』


 魔王軍参謀という名の『魔王』に任命された俺だが悠々自適にダラダラするだけで特に魔王としての仕事は早々来ない…。


「…って思ってたのに」


「大魔王様による全魔王召集命令だよ。拒否は許されない」


 魔王サミエルが俺の自宅まで迎えに来たのは王都に戻って2日後の事だった。


「別に拒否はしませんけどね」


「準備が出来次第、大魔王様の居城に飛ぶよ。遅くとも30分で準備は済ませて欲しい」


「ソフィア」


「はい。旦那様」


 俺が呼ぶとソフィアは俺の腕に抱きついてきた。


「準備完了しました。サミエル様」


「…早くない?」


「私には妻以外に必要なものなどありませんので」


「…そう」


 呆れたように嘆息するとサミエルは指をパチンと鳴らして俺とソフィアを大魔王の居城へと転移させた。


 恐らくサミエルの言う準備とやらは『大魔王様に会う心構え』の事だろうが今更誰に会おうと俺はソフィアが居れば緊張などしない自信があるのだ。




 ★




 サミエルに連れられて転移でやってきたのは大魔王の居城の中の謁見の間のようだった。


 玉座には当然のように大魔王が座り、その近くには2人の人物が控えていた。


 まぁ、とりあえず…。


「召集に従い『魔王軍参謀』ラルフ、只今到着いたしました。大魔王様」


「うむ」


 他の2人を無視して真っ先に大魔王に対して膝を折って挨拶をする。


 この中で間違いなく大魔王が1番偉いのだから当然だ。


「御二方は『魔王』エルズラット様と『魔王』タキニヤート様とお見受けしますが相違ありませんか?」


 大魔王の傍に居た2人は背中に蝙蝠のような羽の生えた妖艶な女と、骨だけの身体を持ったアンデッドの男。


 2人は俺の問いに視線だけで頷いてくる。


 という事で、ここに大魔王が従える4人の魔王達が勢揃いした訳だ。


「さて。お前達を呼んだのは他でもない。ガルズヘックスの奴を下し新しく魔王に任命したラルフを紹介する為だ。別に仲良くしろとは言わんが顔見せ程度は必要だと思ってな」


 大魔王の命により魔王同士は戦闘行為とそれに準じる行為を禁止されている。


 だが顔を知らなければ『知らなかった』と言い訳されてしまう可能性がある為、こうして早めに顔見せを行ってくれた訳だ。


 これで魔王同士が争う可能性が若干抑えられた…。


「大魔王様、1つよろしいでしょうか?」


 と思ったところに骨の魔王タキニヤートが大魔王に進言する。


「なんだ?」


「見たところラルフ殿は『人間種』に見えます。彼に本当に魔王として相応しい力があるのか疑問が拭えませぬ」


「ほぉ」


 まぁ確かに他の種族から見たら『人間種』というのは屈強という言葉とは無縁の種族にしか見えない訳だから奴の疑念はもっともだ。


「それで?」


「試させては頂けませんでしょうか?無論、魔王同士の諍いは禁止されていますので私自身ではなく私の部下を使わせますが」


「だ、そうだが。どうする?ラルフよ」


「これも『仕事』という事であるならお断りする理由はありませんね」


「くっくっく。ブレない奴だ」


 試されるのは構わないが戦いは正直面倒だ。


 だが『仕事』という事なら拒否はしない。


 無論、仕事なのだから報酬は頂く事になるが。


「タキニヤートよ。奴は報酬さえくれるなら『仕事』として試しを受けるそうだ。お前が自腹を切るのなら試しを許可しよう」


「無論、構いませぬ」


 で。あっさり話が通ってしまった。


 面倒臭ぇ。






「ラザーニ」


 骨の魔王――タキニヤートが手を掲げると床の上に魔方陣のような物が描かれて、その中から1人の少女が這い上がってくる。


 恐らく『ラザーニ』というのは彼女の名前なのだろうが…。


「随分と容姿の整った死霊術ネクロマンシーですね。とてもゾンビには見えませんよ」


「ほぉ。名前だけでなく我の能力も知っていたか」


「タキニヤート様は有名ですから」


 タキニヤートは『魔王』の名前よりも先に『死霊術師ネクロマンサー』の名前が先に上がるくらいには有名なアンデッド族だ。


「ラザーニを倒せれば貴公を魔王と認めよう。倒せなければ…まぁ死ぬだけだ」


「戦いの前に1つよろしいでしょうか?」


「…なんだ?」


「ラザーニ嬢はタキニヤート様の『お気に入り』ではありませんよね?後で元に戻せと言われても保証は出来ませんよ?」


「……」


 俺がラザーニを消し飛ばしても良いのか?と聞いたらタキニヤートは表情を消して沈黙した――ような気がする。


 骨だからなんとなくだけど。


「…出来るものならな」


 そうして答えたタキニヤートの声の中には僅かではあるが怒気が含まれていた。


 なる。随分と自信作らしいね。ラザーニちゃん。






 謁見の間の中で大魔王が見物しやすい位置まで移動して対峙する俺とラザーニ。


 まぁ俺の傍にはソフィアが寄り添っているが、それはいつもの事だ。


「魔王ラルフ様。私からも戦う前に1つよろしいでしょうか?」


「おお、喋れるんだな。なんだ?」


「あなた様は私を舐めています」


 その彼女の言葉を皮切りに戦いは火蓋を切った。


 ラザーニの身体から膨大な魔力を解き放たれ、俺とソフィアの周囲に次々と魔方陣が形成されてゾンビが這い上がってくる。


 這い上がってくるのだが…。


「何ゆえメイドさん?」


 その全てがゾンビとは思えないほどに精巧作られた女性型で、何故かメイド服に身を包んでいた。


「殺れ」


 そしてラザーニの命令でゾンビとは思えないほど機敏な動きで両手に大型のナイフを装備して俺とソフィアに向かって襲い掛かってきた。


 で。俺がここでやる事と言えば既に決まっている。


「舐めているのはお前の方だろ」


 既に寄り添っていたソフィアを更に近くに抱き寄せて、指に灯した小さな火を俺とソフィアを囲むように環にして巡回させる。




「サークル・リッパー」




 そして炎の環は広がって全てのメイドゾンビを上下に両断した。


 更に『サークル・リッパー』はラザーニの立っていた地点まで広がって…。


「っ!」


 彼女の胴体すらも上下に両断する。


「まぁ、当然こうなるわな」


「はい。旦那様とは相性が良すぎますからね」


 床の上にバラバラと倒れるメイドゾンビ達と、その指揮を執るラザーニ。


「ふふっ。まさか、この程度でゾンビである私達が死んだなどとは思っていませよね?」


 で。当然のように身を起こすラザーニとメイド隊。


「馬鹿者っ!伏せろラザーニ!」


「…え?」


 そのラザーニさん、主人であるタキニヤートに怒鳴られて困惑した声を上げ…。


「あ」


 広がった状態の『サークル・リッパー』が元の状態に戻る為に縮まってラザーニとメイド隊の首を切り落としていった。


「ああ。『サークル・リッパー』は二段構えの攻撃だって言ってなかったっけ?」


「ふ…ふふ。思ったよりもやりますね」


 まぁ首を切断されても平然と喋るあたりラザーニは間違いなくゾンビなのだろうけれど…。


「確かにあなた様を舐めていた事はお詫びいたしますが、私達は首や胴体を切断された程度では死にませんよ」


 そう言って彼女達は自分の両腕を動かして切断された首を持って体に繋ぎ合わせて――ポロリと落ちる。


「あ…れ?」


 周囲のメイド達も首や胴体を繋げようとしては再びポロポロ落として困惑の声を上げている。


 つか。自分でやっておいて不気味な光景だ。


「ど、どうし…て?」


「さてね。お前らのご主人様にでも聞いてみたらどうだ?」


 俺が視線を向けるとタキニヤートは苦々しい顔で俺を睨みつけている――気がする。


 骨だから良く分からんけど。


「先程お前達を切断した環は唯の斬撃ではなく火属性の効果が付与してあったのだ。斬られたと同時に焼かれている。焼かれた表面を取り除かない限り元に戻す事は不可能だ」


「流石タキニヤート様。良い目をお持ちですな」


 骨だから目があるのかわからんけど。


「くっ」


 そして主人から情報を聞いてメイドゾンビの1人が焼かれた傷口を取り除こうと行動を起こし…。


「ぎゃっ!」


 その身体が炎上して悲鳴を上げ――灰になる。


「な、なにが…」


「そりゃ、これだけ時間があれば幾らでも準備くらい出来るだろ。焼かれた傷口を取り除こうと行動を起こした奴から燃やしていくように設定してあるんだわ」


「なっ…!」


 既に『ホーミング・レーザー』1万発を撃てる圧縮球体を隠密状態で俺の頭上に浮かべてある。


『行動を起こした順』とは言ったが実際には『レーダー』によって行動を監視して行動を起こした奴にロックオンしているだけだが。




「タキニヤートよ」




 そして、そこで玉座の大魔王から声が掛けられる。


「ラルフが今行っている事はサミエルによると常套手段の攻撃だ。言い換えればラルフにとって隠す必要も無い程度の攻撃手段だ」


「……」


「これでラルフの手札の1枚も公開させられないようでは貴様の方が魔王としての真価を問わねばならなくなるな」


「っ!」


 当然のようにタキニヤートの顔色が変わる。


 骨だからなんとなくだけどね。


「ラザーニ!奴は火魔法の使い手だ!『アレ』を使え!」


「し、しかし『アレ』はタキニヤート様の切り札の1つで…」


「構わん!」


「は、はい!」


 そして俺の前にタキニヤートの方が手札を先に公開する。


「まさか…人間種相手に『これ』を使う事になるとは」


 ラザーニは苦々しく言って切断された身体を器用に使って新しいゾンビを呼び出そうとしているようだった。


 だからと言って、それを大人しく待っていてやる義理は…。


「ラルフよ。私はタキニヤートの『切り札』とやらに興味があるぞ」


「…畏まりました」


 義理はなくとも大魔王の言葉には逆らえん。


 流石に俺も渋々ラザーニが切り札を出すのを待つ事になる。


 なんだ、このグダグダの勝負は。


 そしてラザーニ――どころか周囲のメイド隊の全員が協力して呼び出したものは…。


「ほぉ。これは珍しい」


 炎を身に纏った熊のゾンビ。


 略せば火熊ゾンビか?


「確かに死霊やゾンビは火に弱い面がある。だがゾンビの中には火に強い耐性のあるものも居るのだ」


 勝ち誇った顔で自慢気に喋るラザーニ。


 首と胴体が切断されて床に転がったままだがな。


「はぁ~。マジで手札を公開させられる事になるとは」


 俺は恨めしげに大魔王に視線を向けるが当の大魔王は涼しげな顔で興味津々な視線を向けてくる。


 誤魔化せるかどうか分からんけど悪足掻きはしてみるか。


「ふっ。炎の魔物だから火の魔法は効かないって思っているんだろうが…本当にそうかな?」


「何?」


「見せてやるよ。俺の本当の『炎』をなっ!」


 火属性の魔物というのは火の魔法しか使えない俺にとっては相当厄介な魔物ではある。


 けれど今回は――本当に『相性』が良すぎた。


「燃えろ」


 そして俺は『手札』を1枚公開した。


 火熊ゾンビの足元から炎を立ち上がり、火熊ゾンビを包み込む。


「馬鹿め。炎の魔物にその程度の火が効く訳が…」




「グギャォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」




「なっ!」


 俺の炎の中で火熊ゾンビは壮絶に苦しみ悶える。


「いつから俺の炎を炎で防げると勘違いしていた?」


「ま…さか…!」




「我が『煉獄』の炎は…炎ですらも焼き尽くす!」




「馬鹿なっ!」


 そして奴らの切り札である火熊ゾンビは俺の炎によって塵1つ残さず消え去ったのだった。






「くくくっ。炎すらも焼き尽くす『煉獄』の炎か。なかなか面白かったぞ、ラルフ」


「私としては正直…切り札を切らされたのは『手痛い』と言わせて頂きたいです」


「くっくっく。貴様にそのような苦々しい顔をさせる事が出来るとはな。今初めて貴様を配下にして良かったと思えたぞ。くはははっ!」


「…恐縮です」


 俺は今、演技ではなく苦々しい気分だった。


 大魔王の気まぐれで冗談抜きで手札を1枚――否、最悪4枚切らされる事になるのだ。


「さて、タキニヤートよ。これでもまだラルフは魔王として不服か?」


「いえ。十分な力を確認させて頂きました。大魔王様のご慧眼、感服いたしました」


 実際タキニヤートも俺と同じく切り札を切らされた挙句、俺に消滅させられた訳だから。これ以上文句を言っても自分の株が下がるだけと理解しているのだろう。


「では、これにてラルフの顔見せは終わりにしようか。皆の者、忙しい中ご苦労だった。サミエルよ。エルズラットとタキニヤートを送ってやれ」


「ははっ」


「それからラルフ。お前にはもう少し話がある。しばし残れ」


「…はい」


 やっぱりこうなりますよねぇ~。






 3人の『魔王』達が部屋から出て謁見の間には俺とソフィアと大魔王の3人だけが残された。


 大魔王が人払いをしたらしく側近の者達も見当たらない。


「さて。ラルフよ」


「…はい」


「まさか私の目を誤魔化せるとは思っていないだろうな。あの炎を『煉獄』などという誤魔化しで欺けると思ったら大間違いだぞ」


「…だから見せたくなかったんですよ」


 正直、今の俺は自分で分かるくらいに憮然としていた。


 大魔王への敬意を少し忘れるくらいに。


「くふふ。お前は『そっち』を選んだ訳だ。酔狂な奴だ」


「…どうも」


 前にも説明した事だが1人の魔法使いが適正のある魔法とはいえ全ての魔法を習得する事は出来ない。




『初級』→『下級A』→『中級A』→『上級A』→『最上級A』

『初級』→『下級B』→『中級B』→『上級B』→『最上級B』




 この法則の通り、覚えられる魔法は1つの属性の中でも約半分。


 けれど『火の魔法』に関しては実はこの法則はあまり適応される事がない。


『火の魔法に1番求められるものは何か?』と問われたら子供でも大抵正解を導き出せる。


 答えは文字通りの『火力』だ。


 火の魔法ほど『攻撃力』に特化した魔法はない。


 だから火の魔法使いは当然のように火力を求める性質がある為、大火力と広範囲攻撃が可能な魔法のある『A系統』の魔法を選ぶのが常識だった。


 初級魔法を覚えた後の『下級A』が既に『最上級A』と同系統の魔法というのも使い勝手が良くて好まれるという事もある。


 分かりやすく言えば『下級A』の魔法は『最上級A』の劣化版というだけで同じ魔法なのだ。


 それに対して『B系統』の魔法というのは火の魔法使いにとっては鬼門と言っても良い。


 何故なら『B系統』の火の魔法には一切――冗談抜きで一切『攻撃力』のある魔法が存在しないからだ。


 例えば『下級B』の火魔法は火に対する耐性を上げる魔法だったりする。


 そして『中級B』の火魔法は…。


「ガルズヘックスを倒した時、貴様が単身で奴の城に乗り込んだと報告を受けた時に『まさか』とは思っていたのだが…」


「はぁ~。サミエル様だけなら誤魔化す自信もあったのですが…」


『中級B』の火魔法は『炎の分身体』を作り出す魔法だ。


 ガルズヘックスは馬鹿だったし、生かしておく気もなかったから迷う事無く使わせて貰ったが、サミエルの存在は本人に自覚はなくても厄介だった。


 そう。つまり俺は火の『B系統』の魔法を選んだ希少な例外という奴だった。


 なんで攻撃力のない『B系統』を選んだのかって?


「聞きたいな。貴様は何故『そっち』を選んだ?」


「…初級魔法を習得した時点で既に過剰な攻撃力を得ていたからです」


 そんなの初級魔法で『アトミック・レイ』が開発出来たからに決まっている。


 初級でこれほどの攻撃力を確保出来たんだから『後はもう良いんじゃね?』と思ったのが1番の理由と言えば理由なのだ。


 実際の話『B系統』を選んだからこそ『サークル・リッパー』や『ホーミング・レーザー』を開発出来たのだ。


 攻撃力の高い『A系統』を選んでいたら、それらの開発は行われなかっただろう。


「くくく。貴様らしいな」


「…どうも」


「で?当然『使える』のだろうな?」


「…使えます」


 そして大魔王の問いに俺は渋々答える。


 本当に手札を4枚公開させられる事になった。


 俺が火熊ゾンビを倒した炎は『上級B』の火の魔法である『浄化の炎』だ。


 攻撃力はないけれど不浄な存在――ゾンビに対して強い浄化作用をもたらし昇天させる為の魔法。


 つまりアレは『煉獄』どころか炎の攻撃ですらなく『対象がゾンビだったから浄化出来た』というだけの話だ。


 ゾンビじゃない炎の魔物が出てきたら俺は即行でソフィアにタッチして水魔法を行使して貰うしかない。


『相性が良かった』というのはそういう意味だ。


 で。大魔王が言っているのは俺が公開させられた4枚目の手札。




『下級B』『中級B』『上級B』そして『最上級B』の魔法の4枚の手札だ。




 1枚手札を開いただけで4枚いっぺんにバレるのは本当に最悪だ。


「くっくっく。まさか長年捜し求めていた魔法の使い手がそっちからやって来てくれるとは思わなかったぞ」


「…唯の偶然ですよ」


「いやいや。私は自分の幸運を少し恐ろしく感じたくらいだ」


「…そうですか」


「それでは…始めるか」


 そう言って大魔王は服を脱ぎだした。


「……」


 隣のソフィアがムッとしていたけれど、こればかりは我慢して貰うしかない。


「まったく忌々しい事よ」


 そう言う大魔王の身体はあちこちに酷い傷跡が残されていた。


 いくつかは既に腐り酷い膿が出来ているところもある。


 それなのに、それでも尚『美しい』と思わせるのは流石だと思うが。


「では始めるが良い」


「…ちゃんと報酬は貰いますからね」


「くく。分かっている」


 そうして俺は『火の最上級魔法』を行使した。


 大魔王は存在そのものが『闇属性』で出来ているらしい。


 その上、彼女は『火属性』にも適応しているらしく、言い換えると『光』と『水』の2つとは非常に相性が悪い。


 そして何の因果か世の中の一般的な『治癒魔法』というのは『光』か『水』の系統が主流なのだ。


 つまり大魔王は傷を受けたら『光』と『水』の治癒魔法では回復出来ない。


 だが世の中には『光』と『水』以外の治癒魔法は存在しないと思われているのだが、実は3つ目の治癒魔法を持っている系統が存在する。


 それが『火の最上級回復魔法』である。


「おぉ~。長年光に蝕まれてきた身体が…楽になってゆくわ」


 俺が最上級の魔法を掛けると大魔王は心地よさそうに力を抜いてリラックスし始める。


「む?…ぺっ」


 そして口から何かを床に吐き捨てた。


「…聖水ですか?」


「ふん。光の勇者とやらが剣に塗っていたものだな。我の身体に傷を付けて長年蝕んできた忌々しい呪いよ」


「勇者を返り討ちにしたんですか?」


「当然よ」


 火の最上級回復魔法には治癒効果だけではなく浄化効果も含まれる。


『光』や『水』にも回復魔法は存在するが『最上級』に位置するのは火属性だけだ。


 そして大魔王は『光』でも『水』でも回復効果がない為、勇者に受けた傷を癒す術が無かったのだ。


 たった今までは、の話だが。


 大魔王の傷を全て癒し終わると大魔王はすっくと玉座から立ち上がる。


「ほぉ~。今まで立つ事すら苦痛を感じていたというのに、なんという良い気分か」


「そこまで重症だったんですか」


「大魔王としての矜持で耐えてきたが、ここ数百年ぐっすり眠れた事など1度もなかったわ」


「……」


 凄まじい精神力だ。


 流石大魔王。


 流石にそろそろパンツくらいは履いて欲しいと思うが。


「礼を言うぞ、ラルフよ。褒美は何が良い?」


「…分かりきった事を聞かないでください」


「くっくくく。そうであったな。貴様はそういう奴だった」


 俺が今の大魔王に求める最大の褒美など俺が公開してしまった『4枚の手札の秘匿』以外にはありえない。


 これが世間に公開されたりしたらマジで身の破滅だ。


「良かろう。大魔王の矜持に掛けて貴様の秘密は口外せん事を約束しよう」


「…筆談とか裏技も一切なしですからね?」


「疑り深いやつよのぉ。一切秘密は漏らさんわ」


「お願いします。マジでお願いします」


「くくく。分かっておるというに」


 こうして俺は大魔王に秘密を握られて、益々大魔王には逆らえない立場になってしまったのだった。


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