第31話 『魔王。天翼種の姫君との再会』


「うぅ。タキニヤートに文句言われたよ」


 その日、何故か俺の自宅に押しかけてきたサミエルは俺に愚痴を漏らしていた。


「タキニヤート様に?何かしたんですか?」


「…例の小娘がタキニヤートの領域に逃げ込んでいたみたいで、ひと暴れして、そのまま姿を晦ましたみたい」


 例の子娘というのは俺が見つけ出した天翼種で100年に1人の剣技の天才とか言われていた女の事だろうけれど…。


「え?まだ捕らえていなかったのですか?」


「……」


 俺に追跡の撤退をさせて自分が追跡班を組織して指示していた筈なのに、まだ捕らえていなかったのは予想外だった。


「ボクは忙しいんだよ!」


「いや。知っていますけど」


「おまけに天翼種っていうのは飛ぶのだけは得意だから逃げに回ったら早々追いつけないんだよ!」


「…それならなんで私に追跡の撤退を命じたのですか?」


「……」


 この人、相変わらずノリで生きているなぁ。


 どうやら『あの場の流れ的に』とか思ってよく考えもせずに撤退を指示していたらしい。


「サミエル様。ぶぶ漬けは如何でしょうか?」


「あ。ありがと」


 相変わらずソフィアの『早く帰れ』の合図をスルーしてお茶漬けを食べる魔王サミエル。


「兎も角!あの子邪魔だから速攻見つけてボクに引き渡して欲しいんだよ」


「…はい?」


 そして何故か訳のわからない事を俺に言うサミエル。


「どうして私があの娘を探す事に?」


「君が1番暇で、探しものが得意そうじゃないか」


「…対価は?」


「貸し2で」


「…大魔王様に何か言われましたか?」


「君に借りを作った時点で『オワタ』だから2つも3つもたいして変わらないって」


「……」


 あの大魔王がぁっっ!!


 サミエルに余計な知恵をつけさせやがってぇっ!


「今度こそ分身体で良いからさ。パパッと探しちゃってよ」


「あはは…」


 無茶言うな!このクソ魔王がっ!




 ★




 現在の俺に対して仕事を持ってくる勢力は3つ存在する。


 1つ目は冒険者ギルド。


 俺が所属している王都の冒険者ギルドでSS級冒険者である俺に特別依頼という形で仕事を持ってくる可能性はある。


 もっとも今まで冒険者ギルドから仕事を受けた経緯は存在しないし、これからも早々仕事を受ける事はないだろう。


 2つ目は王国からの依頼。


 俺にS級魔法士として王国の王宮魔法士である閣下から直接依頼を受ける事は今までも何度かあった。


 けれど、これも最後の事情によって仕事を頼まれる頻度は激減している。


 3つ目は魔王としての仕事だ。


 これが今のところもっとも多く来ている仕事だろう。


 そもそもS級魔法士としての仕事が激減している理由だって俺が魔王になったので国外からの侵略の可能性がほぼ皆無となった為だ。


 その為、他のS級魔法士の手も空くようになって俺以外の3人へと仕事が振り分けられた為――というのも1つの理由ではある。


 最大の理由は大魔王の仕事とブッキングさせない為だけど。


 S級魔法士として国として俺に仕事を依頼しようと、大魔王から仕事の依頼を受ければそっちを優先しなくてはならない。


 というか『S級魔法士の仕事』如きで『大魔王の仕事』が遅れるような事は国として絶対に避けなければいけない事態だ。


 それを避ける為、国は俺に依頼する事を極力控えているのだ。






 だというのに…。


「という訳でサミエル様に依頼されてタキニヤート様の領域を探させていただく事になりました」


「…お前もなんか大変だな」


 タキニヤートの領域を探す為に許可を貰いに行って事情を話したらタキニヤートに普通に同情されたよ!


 分身体であるスミカで挨拶にいって事情を話したら普通に同情されたよ!


「それにしても…なにか獣臭くないか?」


「…この身体を管理している娘が獣人で、その娘に毎日のように舐めまわされているので」


「…そうか」


 その目は辞めて!


 骨だから目があるかどうか分からないけど冷たい視線を感じるぅっ!


「ともあれ。我が領域に天翼種が居る事は非常に目障りだ。退治しようにもサミエル殿の眷属では容易に殺す訳にもいかんし困っていたところだ」


「ですよねぇ~」


 タキニヤートだってサミエルに喧嘩を売るような真似はしたくないだろうし。


「お前と馴れ合うつもりはないが、その天翼種を見つけ出すまでの間なら我が領域で活動する事を認めよう」


「ありがとうございます。タキニヤート様」


 正直こちらとしても良い迷惑だが、それでもサミエルに頼まれた仕事を放棄する訳にもいかないし、タキニヤートだってサミエルに頼まれた仕事を妨害する気はないだろう。


 ともあれ事前に許可も取ったしさっさと天翼種の娘を探して仕事を終わらせよう。






「ご主人様♡」


 タキニヤートへの挨拶が終わると待機させていたケティスが私に走り寄ってきて――速攻抱きついてきた。


「ハァハァ…動いているご主人様も素敵ぃ♡」


「…そ、そう」


 そして抱きつきながら首筋をペロペロ舐めてくる。


 この子、なんか私中毒になっている気がする。


 暫く引き離したりしたら禁断症状とか発症しそう。


「兎も角、お仕事しないとね」


 私は『魔法の鞄』から大量の小鳥の式紙を取り出して各方面へと飛ばしていく。


 式符の状態で確保しておく方が色々便利なのだが、この手順をケティスに見せる訳にはいかないので仕方ない。


 式紙の詳細を知っているのはソフィアと――不本意ながら大魔王だ。


 あの大魔王、式紙を勝手に解析して答えを導き出しやがった!


 人の手札を態々解明しようとしてくるんじゃねぇよ!ド畜生がっっ!!


「ご主人様?」


「なんでもないわ。後は宿で情報が集まるのを待ちましょう」


「はいっ♡」


 式紙は分身体とは違って、ある程度はオートで動かせるので本当に待つだけで良い。


 まぁ、この領域の中で活動するなら暫くスミカを行動させる必要があるけど。




 ★




 ともあれ後は式紙の情報待ちなので基本的に俺は本体で活動する。


 スミカの方は宿に置いて管理をケティスに任せる状態だが、時々様子を見に行く必要があるだろう。


 というか時間を空けてスミカを動かせば大抵ケティスに舐めまわされて唾液塗れにされている事は想像に難くない。


 実際の話、久しぶりに分身体を動かしたら裸にされて全身唾液塗れで――おまけにスミカが動いた途端にケティスに気付かれて熱烈なキスをされた。


 そりゃ、もう口内をベロベロに舐め回されてギブアップでケティスの背中を叩いても離してくれなくて危うく窒息死するかと思ったくらいだ。


 その上でケティスに押し倒されて…。


「だ・ん・な・さ・ま♡」


「…はい」


 その分をこれからソフィアに搾り取られる予定です。


 いやぁ~ウチの奥さんヤキモチ焼きなので下手したら死ぬ可能性もあるんだけど、それでも密かに楽しみにしている自分が居てビックリですわ。


 今俺が死ぬとして、1番高い死因は『腹上死』だね♪






「旦那様ぁ♡ちゅっ♡ちゅぅ♡」


「……」


 はい。うちのソフィアさん舐めていました。


 俺がソフィアを舐めていたというのもあるけれど、ソフィアも俺を一滴も出ないくらい搾り取った後、延々と俺の唇に吸い付いて口内を舐めまわしてくる。


 ぶっちゃけケティスとは比べ物にならないです。


 ケティスの分身体を唾液塗れにする唾液量は凄いけど、それでもエロさは間違いなくソフィアの方が格段に上だった。




 ☆オリヴィア




 翼を酷使してアンデッドや悪魔の集団から逃亡して数日。


「…ふぅ」


 私はやっと酷使した翼の調子を取り戻していた。


 前世で人間だった感覚から言えば『物凄い筋肉痛』だったので冗談抜きで数日動けなかった。


「うん。大分良い感じ」


 休んでいた木の上で翼を動かしてみるが違和感は無い。


 ちなみに天翼種の翼は大分大きいが、その翼だけで飛行する事が出来る訳ではない。


 というか物理的に無理。


 天翼種の翼を持つ者は稀な例外を除けば大半が『風魔法の使い手』であり、その風を無意識で制御して翼をグライダーのようにして飛んでいるのが実情だ。


 正直な話『風魔法』と言われても、まるでピンと来ないのだが実際に飛べているという事はそういう事なのだろう。


「はぁ…お風呂に入りたい、ベッドで休みたい」


 そんな事をツラツラ考えつつ私は『木の上』で弱音を吐く。






 天翼種というのは基本的にお風呂に入らない――というか入れない。


 翼が多少濡れても飛行には問題ないが、流石に水に浸かってしまうと当然のように羽が水を吸って数倍に重くなる。


 そうなると飛行どころか日常生活にすら支障を来たす。


 だから天翼種は濡れる事を嫌うしお風呂にも入れない。


 それならどうやって身体の清潔さを保っているのか?


 勿論、濡れタオルで身体を拭いたり、丁寧に翼の手入れをしたりしているのだ。


 実家に居た頃は専用の使用人がいて全てやって貰っていたが――勘当されてからは自分でチマチマ手入れしていた。


 更に言うと天翼種は翼が邪魔なのでベッドで眠る事が出来ない。


 正確に言うとベッドに仰向けで眠る事が出来ないと言うべきか。


 最悪、うつ伏せの状態ならベッドでも眠る事は出来るのだが、勿論そんな状態では『ゆっくり休む』なんて事は出来ないし、天翼種の『楽な姿勢』からは程遠い。


 天翼種は基本的に鳥のように木の枝に座っているような状態が楽な姿勢であってベッドにうつ伏せになるとか椅子に座るのは翼が邪魔なので面倒な姿勢だった。






 でも正直な話、前世の記憶がある私はお風呂に入りたいしベッドで寝たいのだ。


 天翼種には難しいと分かっていても『彼』と一緒にお風呂に入って甘えた記憶とか、『彼』と一緒にベッドの上でイチャイチャした記憶がある私にはどうしても天翼種の生活は馴染めなかった。


 そうやって木の上でボンヤリしていた私は頭上を飛ぶ気配に意識が上をむく。


「あ」


 私の視界の中に小さな生物――小鳥を捉えた。


「…違う」


 でも私の直感が囁く。


 あれは――小鳥じゃない。


「小鳥の使い魔…追っ手?」




「その通り」




「っ!」


 その声に驚愕して反射的に木の上から飛び降りて――戦闘態勢に移行する。


「あらあら。天翼種の中では貴族のお嬢様と聞いていましたのに随分と良い反応ですね」


「…え?」


 そうして声の主を視界に収めて――私は混乱した。


 そこに居たのは黒髪黒目の――恐ろしく見覚えのある少女。


「(?)」


 それはまさに『前世の私』と瓜二つの容姿を持った少女で鏡でも見ているのかと錯覚するほどだった。


「さて。面倒ではありますけど、あなたの現状という物を少しご説明して差し上げますね」


「……」


 私は混乱しすぎて『彼女』に言葉を返す余裕も無い。


「あなたは現在『魔王』タキニヤート様の領域に居ます」


「っ!」


 それでも『魔王の領域』と言われて息を呑んだ。


 彼女の言う『魔王』とは、現在この世界を支配している『大魔王』の4人の配下の事。


 その内の1人――『魔王』タキニヤートは『不死の王』や『死霊術師の王』とも呼ばれてアンデッドや悪魔を使役する事で知られている。


「(どうして気付かなかったのかしら)」


 考えてみれば数日前にアンデッドや悪魔に包囲された時点で気付いておくべきだった。


「そして私は『天翼種の王』である『魔王』サミエル様の命令であなたを捕らえにきました」


「っ!」


 私は2人目の魔王の名前を出されて再度驚愕する事になる。


『魔王』サミエルは私達が――天翼種が絶対に逆らってはいけない王の中の王。


 その魔王サミエルが何故、私なんかを捕らえる為に動く?


「自覚がないようなので言っておきますが、あなたが以前に居た場所は魔王サミエル様の領域で、あなたと弟さんが狩っていたのは魔王サミエル様の配下でした」


「…え?」


「天翼種であるあなたが魔王サミエル様の…いいえ『天翼種の王』サミエル様の領域を荒らしまわった事をサミエル様は大変お嘆きになっています」


「……」


「ちなみに、この領域であなたはタキニヤート様の配下に遭遇したと思いますが、彼らがあなたを故意的に見逃した理由はあなたが天翼種だからですからね?」


「……」


 徐々に――そう徐々に私の中に彼女の言葉が染み込んでくる。


 私が今、非常にまずい立場に立っているという事が。


「私としては直ぐに降伏して貰ってサミエル様の元へ同行していただきたいのですが。ああ、勿論弟さんも無事天翼種の里に連れ戻されて居ますのでご安心を」


「……」


 1つ朗報を聞けた。


 アシュレイは無事――かどうかは不明だけど天翼種の里に居るらしい。


 それなら、このまま彼女に投降してしまう方が良いのかもしれない。


 勿論、弟と同じように罰を受ける事になるだろうけれど、それで私と弟が無事に再会出来るなら…。




『その女を殺しなさいっ!』




「っ!」


 忘れていた訳ではないけれど『彼女』に同意しそうになった私を『精霊王の契約』が強い衝動となって突き動かす。


『アレは『魔王ラルフ』の分身体です!あの女…スミカの言葉に騙されてはいけません!』


「…スミカ」


 スミカ。スミカ――澄華?


 その名前――ひょっとして日本人?


「うわぁ~。ひょっとして精霊王に唆されて契約しちゃった系?」


「……」


 更に混乱する私に呆れたような声で語りかけてくる彼女――スミカ。


「状況を説明するだけの簡単なお仕事のつもりだったけど、精霊王と契約しているとなると…面倒なお仕事になりそうだわ」


「う…あぁ…」


 混乱する私の中で突き動かされる強い衝動はドンドン強くなっていき――殺意と呼ばれるものへと変わっていく。


「はぁ。面倒臭いなぁ」


 その彼女の言葉と同時に戦闘が開始された。






 高速飛行の勢いに載せて私の大剣が彼女の身体を切り裂く!


 切り裂くけれど…。


「っ!」


 切り裂いた箇所から炎を吹き出し、その上瞬時に身体が修復される。


『その女は炎の分身体です!物理的な攻撃は効果が薄いと思ってください!』


 そういう事は『早く言え』と言いたい。


 でも、これは非常に厄介だった。


 私は確かに風の魔法に適正があるとされる天翼種だけれど風の魔法が使える訳ではない。


 そして、それ以外の攻撃手段は大剣による物理攻撃しかないのだ。


 物理攻撃が効かない相手というのは私とは非常に相性が悪かった。


 どうすれば良いか考える私に彼女は指先を突きつけて…。


「っ!」


 その指先から2条のレーザーが発射される。


 咄嗟に回避する。


 回避するが…。


「(この攻撃…アシュレイを撃ち落した追尾レーザー!)」


 軌道を変えて私を追ってくる!


 回避が容易な速度のレーザーではあるけれど、その速度は私の飛行速度よりは圧倒的に上。


 飛んで逃げるのは現実的ではない!


「痛っ!」


 咄嗟に大剣を掲げてレーザーを防御する。


 この攻撃、回避するのは難しいけれど防御すれば殆どダメージは受けない…。




「な~んて考えていたりします?」




「っ!」


 そう考えていた私の油断を狙っていたように彼女の身体から100を越えるレーザーが発射される!


「(多過ぎるっ!)」


 回避は論外。防御もこんな四方八方から襲われては全て大剣で防ぐ事など出来る訳がない!


『止むを得ません。あなたを安全な場所へと転移させます』


「っ!」


 そんな事が出来るなら早くやれ、と言いたいのを我慢して必死に多数のレーザーを回避して時間を稼ぐ。


 数秒が数時間にも思える攻防があって、私はギリギリで転移された。






「はぁ…。はぁ…。はぁ…」


 必死に息を整える私。


 危なかった。


 本当に危なかった。


『あれが『魔王ラルフ』の分身体スミカです。恐らくはあなたが最初に撃破しなくてはならない相手です』


「……」


 正直、色々ありすぎて思考が回らない。


 魔王ラルフ。その分身体スミカ。更に魔王タキニヤートの領域に居た事。魔王サミエルの領域で配下を狩って怒りを買っていた事。


 更に投降しようとした私の意思を無視して殺意を植え込んだ精霊王の意思。


「…どうしろって言うのよ」


 4人の魔王の内、3人が介入してくるような状況で私にどうしろというのか。


 正直、私の頭ではいっぱいいっぱいで何をするのが最適なのか判断出来ない。


「(こんな時『彼』が居てくれたら)」


 前世であればこの手の頭脳労働は全て『彼』に頼りきりだった。


 その弊害で今の私が自分で思考して最適な判断を下すのが苦手という事なのだけれど。


 こういう時は、とりあえず出来る事からやろう。


「さっきの『精霊王の契約』ってなんなの?」


『…あなたが危機に陥った際、私の力を貸し与える加護です』


「わたくしには殺意を植え付けて強制的に戦わせる呪いに思えたけど?」


『加護です』


「…そう」


 元から信用していた訳じゃないけど、これで益々信用出来ないとわかった。


「あの子…魔王ラルフの分身体って言っていたけど、なんなの?」


『言葉通り魔王ラルフが作り出した分身体でしょう』


「あの姿は?魔王ラルフは『あれ』と同じ姿なの?」


 前世の私と瓜二つの姿だったのは偶然?


『わかりません。魔王ラルフに関しては情報が極端に少ないのです』


「……」


『唯、分身体であればある程度自由に姿を変える事は出来るでしょう。あの姿が魔王ラルフと違う物であるのなら…何か強い思い入れがあるのかもしれません』


「強い…思い入れ」


 前世の私に強い思い入れがある人。


 そう考えたら何故かスッと急速に冷静になった。


「(あの子の攻撃…追尾してくるレーザーは前に会った少年と同じ攻撃だった)」


 私は魔法には詳しくない。


「あの子の使っていた魔法は誰にでも使えるものなの?」


 だから聞いてみる。


『あれは恐らく炎を圧縮して放つ応用魔法でしょう。その際に色々と設定を組み込んでいるようですし魔王ラルフのオリジナル魔法とみて間違いないでしょう』


「魔王ラルフか、その分身体にしか使えない魔法という事?」


『魔王ラルフが誰かに教えていれば、その者も使う事は可能でしょうが…オリジナル魔法は秘匿してこそ効果があるものです。恐らく使えるのは魔王ラルフのみでしょう』


「……」


 それなら最初に出会った少年が魔王ラルフ本人という事?


 それともあれも分身体?


「魔王ラルフの分身体はいくつ存在するの?」


『分かりません。私が知っているのはスミカだけです』


「……」


『けれど前に診査した結果から考えてアレは恐らく魔王ラルフ本人が直接動かしているタイプの分身体です。そうであるなら複数用意する意味はないでしょう』


「…そう」


 つまり、あの少年が魔王ラルフである可能性が高い。


 そう認識した瞬間、ドクンと私の心臓が強く鼓動を開始する。


「(待って。わたくしはあの子の事を『少年』と認識していたけど人間種であるなら年齢は10代後半くらい…わたくしとそう変わらない歳。そして、あの子が前世のわたくしと瓜二つの分身体を作り上げた。それに…)」


 思い出す。


 あの子と目が合った瞬間の事を。


 あの瞬間に私に芽生えたのは恐怖…。


「(違う。わたくしの中に芽生えたのは…生存本能。生きたいと思う意思)」


 生きたいと思ったからこそ死にたくないと思って恐怖した。


 何故?


 それは勿論…。


「(まさか…本当に?)」


 ひょっとしたら私は――砂漠の中から砂金を見つけ出す事に成功したのかもしれない。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る