第30話 『魔王。天翼種の囚われの姫君』
逃げていった『天翼種の女』の方は兎も角、捕らえたガキの方はサミエルが天翼種の故郷とも言える場所へと連れ戻し『ディプシー家』とやらに突き帰した。
事情を知ったディプシー家とやらが一家総出でサミエルに土下座してきた時は流石の俺もドン引きしたけど。
「…何?」
「いえいえ。サミエル様も苦労されているんだなぁ~と思いまして」
「最近ボクを1番苦労させている君に言われるのは納得いかないなぁ」
「あはは~♪」
「笑い事じゃないよ!」
サミエルが普段の調子に戻ったようなので適当にからかって遊ぶ。
「君って全くボクを敬う気がないよね?」
「まさかぁ~♪サミエル様と敵対するなんて絶対に御免なのでいつも敬意を忘れていませんよ?」
「…奇遇だね。ボクも君と敵対するのは御免だと思っているよ」
「褒め言葉として受け取っておきますね♪」
「…はぁ~」
ゲンナリしつつも溜息を吐き出すサミエルは完全に『いつもの調子』を取り戻したらしい。
「逃げていったのは『あれ』の姉で、天翼種としては100年に1人の剣技の天才だったらしいよ」
「そこまで大物には見えませんでしたけどねぇ」
「剣技は兎も角、普段は『死にたがり』と呼ばれる無気力な女だったみたいだしね。口癖が『死にたい』で陰気な雰囲気で人を近寄らせなかったみたい」
「へ?俺がちょっと傷を付けたら即効恐怖で逃げ出しましたけど?」
「…16の小娘みたいだし実際に死を感じたら恐かったんじゃないかな」
「いや。私も16歳なんですけど」
「ああ。そういえばそうだったね。ワスレテタよ」
超棒読み。
「今回は身内の不始末みたいだし後はボクが自分で追跡班を組織して何とかするよ」
「はい。今回の一件で『貸し1つ』ですからね?」
「…今更だけど君に『借り』を作って大丈夫なのか不安になってきたよ」
「あはは~♪」
今更気付いても遅いっつ~の♪
「それでは私は自宅の方に帰らせていただきますね」
「ああ。また何かあったらよろしく」
「ではぁ~♪」
笑顔で手を振りながら俺はサミエルの『何かあったら…』には明確に返事をしないままソフィアの肩を抱いて転移石で自宅へと帰る事にした。
これ以上、厄介事抱え込んで溜まるか。
☆オリヴィア
「わたくしは…なんという事を…」
逃げてしまった。
しかも『大事な弟』を置き去りにして。
その事実が私に自責の念として重く圧し掛かって来るけれど…。
「(何故でしょう?)
いつもならば、ここで心の空虚さと同時に『死にたい』と思う筈なのに…。
「(強い自責の念は感じても…何故か『死にたい』とは思えません)」
今は何故か『死にたくない』という思い以上に『生きたい』とすら思っている自分が居る事に気付く。
「(あの人間種の少年に『恐怖』を刻み込まれたからでしょうか?)」
本能的な恐怖が生存本能を刺激しているのかもしれない。
「でも…アシュレイを置いて来てしまった」
弟を助けに行かなくてはいけないと思う。
不思議と弟が殺されているという気はしない。
何故か『あの少年』は弟を殺していないという事が確信出来る――気がする。
「でも、どうすれば…」
再び『あの少年』の前に立つのは――恐い。
でも弟は助けに行かなくてはいけない。
そのジレンマがもどかしい。
「わたくしに…もっと力があれば」
『力が…欲しいのですか?』
「っ!」
唐突に聞こえてきた声に周囲を見回すが――誰も居ない。
「…どなたですか?」
でも『何か』が居ると確信して私は呼びかける。
『力が欲しいのならば…差し上げましょう。わたくしの『目』となり『耳』となるのならば望む力を望むだけ差し上げましょう』
「……」
この呼びかけは『危険』だと判断した。
前世で『彼』と一緒に読んだ漫画に似たような展開があった。
ここで力を望むと後々に言いなりとなって『操り人形』にされてしまうか、もしくは力に溺れて破滅するか。
そのどちらかの未来しか見えない。
破滅の未来しか見えないけれど…。
「欲しい…です」
それでも今は弟を助ける事の出来る『力』が必要だった。
『ふふ。心配しなくても私はあなたの身体の中に無理矢理力を注ぎ込むような真似は致しません。力を得る為の道を指し示すだけです』
「…そうですか」
少しだけほっとする――と同時にガッカリもしていた。
この声に従って力を得るという事は直ぐに弟を助け出す為の力を得られる訳ではないらしい。
『まずは…英雄種の隠れ里を見つけ出しなさい』
「英雄種?」
その名前は聞いた覚えがある。
確か私達の天翼種と双璧を成す強い力を持った種族。
飛行能力を除けば身体能力も魔力も私達よりも優れた種族だと。
「英雄種に教えを請うのですか?」
『多くの事は説明いたしません。考える事も力を得る為の道の1つだからです』
「…分かりました」
少し――いいえ、かなり胡散臭いけれど今後の指針のない私にとっては渡りに船かもしれない。
そう思って、その声に従う事にした。
でも、その前に聞いておかなければいけない事がある。
「今後あなたの事はなんとお呼びすればよろしいでしょうか?」
『わたくしは『精霊王』…世界の平穏を望む者です』
「分かりました。精霊王様」
こうして私は『精霊王』の配下となった。
☆精霊王
良い拾い物をした。
大魔王に受けた傷を癒すのにはまだまだ時間が掛かるが、その間に雑用を押しつけられる便利な駒を手に入れた。
天翼種は英雄種と双璧を成す優秀な一族。
しかし『天翼種の王』たるサミエルが大魔王の妄信している現状、天翼種を配下にするのは不可能だと思っていた。
だから丁度良い所にハグレが居てくれた。
こいつを利用すれば大魔王は無理でも――魔王ラルフくらいは始末出来るかもしれない。
「出来れば力を注ぎ込んで完全に洗脳して絶対に裏切れないようにしてやりたいところだが…今は力が足りん」
全ての力で治療に専念しても早くとも数年は掛かる大ダメージだ。
余計な事に力を割り振っている余裕はない。
まずは『こいつ』に英雄種と接触させて魔王ラルフの情報を得ると同時に――可能なら英雄種を根絶やしにしてくれる。
「待っておれ魔王ラルフ。貴様だけは…絶対に許さんからなぁっ!」
下手をすれば大魔王以上への憎悪を魔王ラルフへと燃やして――ダメージの回復へと努める事にした。
★
色々な案件が片付いて暇になったのでソフィアとデートする事にした。
「ど・こ・に・い・こ・う・か・なぁ~♪」
近場なのは王都なのだが折角『転移石』なんて便利な物を手に入れたのだから雰囲気のある場所へ行きたい。
それなりの数の式紙を飛ばしてロマンチックな雰囲気を演出出来る場所を探してみる。
「お」
そうしている内に綺麗な湖を発見した。
ここにピクニックに行くのが良いかもしれない。
2人でイチャイチャしながらお弁当を食べて、2人でイチャイチャしながら湖の周りを散歩して、2人でイチャイチャしながらボートを漕いだり、そして人気のない場所でソフィアを押し倒したり…。
「良いですね♡」
「おわっ!」
まだ何も言っていないのに何故かソフィアに賛同されて驚いた。
ソフィアさん、まさか俺の心が読めるんですか?
「流石に心は読めませんけど、それでもな~んとなく考えている事は分かりますし、それに式紙の見ている光景を覗き見させて頂いたので♪」
「…へ?」
式紙の見ている光景を――覗き見?
「こうやって旦那様とピッタリくっついて、その上で魔法力を同期させれば少しだけですが式紙の光景を見る事が出来るんですよ♪」
「…知らなかった」
確かに理論上は式紙は俺とリンクしている訳だから、その俺と同期すれば式紙と擬似的にリンクする事も可能かもしれない。
しかし、それはあくまで『理論上』の話だ。
実際には俺の魔法力と同期させるなんて『超高等技術』だし、それ以前に本当に魔法力を同期させたとしても式紙とリンクするのは『超精密技術』が必要になる筈だ。
それを平然とやってのけるソフィアさん、マジぱねぇっす。
「毎日、旦那様の事だけを考えていますから♡」
「……」
「あんっ♡」
その日は結局デートに行くのは中止になった。
感動した俺がソフィアをベッドに押し倒してしまったのでデートどころじゃなくなってしまった。
翌日にはちゃんと例の湖にソフィアとデートしに出かけた。
予定通り2人でお弁当を食べてイチャイチャして、2人で湖の周りを散歩してイチャイチャして、2人でボートに乗ってイチャイチャして――いる最中に巨大なレイクドラゴンが現れたけど。
「邪魔です♪」
湖の主っぽかったので殺さなかったけどソフィアが俺のように指先に魔法力で作りだした水を圧縮させて放った一撃は容易く――湖を割った。
俺がやったら水蒸気爆発が起こりそうだからソフィアに任せたのだけれど、物凄い威力の『ウォーター・カッター』だった。
ダイヤモンドどころかオリハルコンですら両断出来そうです。
「まだ旦那様のように色々な種類を使いこなす事は出来ませんけどね」
「いや。十分じゃないかなぁ~?」
当然のようにレイクドラゴンは湖の底に逃げて行ったし、ボートの上に居た俺達が転覆しないように周囲の水を制御してくれたし。
教えた俺がいう事じゃないかもしれないがソフィアさん凄げぇ~。
確かに射程や状況適応力は俺の使う火の魔法にまだまだ及ばないとしても、今の『ウォーター・カッター』の威力は俺の『アトミック・レイ』に匹敵する程だった。
「成長したなぁ~」
「私は旦那様の妻であると共に弟子でもありますから♡」
「うんうん」
「あんっ♡」
という訳で俺はボートの上でソフィアを押し倒した。
青空の下、湖のド真ん中でするニャンニャンは普段と趣が違って凄く楽しめた。
「もう…旦那様のエッチ♡」
ソフィアも楽しんでくれたようで何よりだ。
☆オリヴィア
精霊王に教えられた英雄種の隠れ里だった場所に辿り着いた。
「当然のように蛻の殻…ですね」
既に人の居る気配は全くなかったので精霊王の言う通り英雄種達は拠点を移した後だったようだ。
それでも一応調査して次の拠点の場所のヒントだけでも掴めないかと模索する必要がある。
小さな隠れ里の家を一軒一軒回ってみるが当然のようにヒントなど転がっていなかったけれど。
「これでは完全に無駄足でしたね」
嘆息しつつ最後の家を調べようと隠れ里の中心に立った時――それは起こった。
「っ!」
私を中心に周囲に無数の気配――殺気が発生して私を取り囲む。
「…英雄種の置き土産という訳ですか」
現れたのは硬そうな石で出来た無数のゴーレムだった。
中には腕や足が千切れて壊れかけている物もあったが、察するに『これ』は英雄種達が剣の訓練を行う時に『仮想敵』として使われていた物だったのかもしれない。
「英雄種の訓練用ゴーレム。少し試させていただきましょうか」
私は私を取り囲む100体を越えるゴーレムを相手に愛用の大剣を構えた。
「痛っ…!」
5体目のゴーレムを倒した時点で私は安易に戦いを挑んだ事を後悔した。
「このゴーレム達…強くはないけれど硬いですね」
考えてみれば天翼種よりも身体能力が上の英雄種達が模擬戦の相手にするほどのゴーレムだ。
動きは兎も角、硬くて壊れにくい事を前提に作られているのは想像しておくべきだった。
「ふぅ…」
私は大剣から片手を離して痺れた手を開いたり閉じたりして簡易的なマッサージを施す。
正直、硬いだけで動きは良くないので訓練にもなりそうもないし飛んで逃げた方が良さそうだ。
「ここには英雄種に繋がる物は何もありませんでした。離脱しますが良いですね?」
『分かりました。撤退を援護します』
通信用の宝珠に語りかけると精霊王の声が聞こえて周囲を光が満たしていく。
ゴーレム相手に目晦ましなど役に立つのかと思ったけれど、光を感知するセンサー(?)のような物がついていたのかゴーレム達の動きは一瞬止まって――私は離脱に成功した。
『英雄種達がここを離れてから、まだそれ程時間は経っていないはずです。隠れ里も作りかけでしょうし見つけ出す事は可能でしょう』
「…分かりました」
嘆息を隠しながら精霊王との通信を切る。
話によると精霊王は別の仕事があるらしく常に私を監視している訳ではないらしい。
代わりに通信用の宝珠を渡されて、いつでも連絡は取れるようにしてくれたのだが…。
「(携帯電話みたいな物だけど結構嵩張るわね)」
通信用の宝珠はソフトボール大の大きさの球体で、携帯電話を知っている私から見れば随分と持ち運びに不便な物だった。
大きさもそうだが球体なのでポロポロ落としやすいという点もマイナスだ。
「(この世界で遠距離通信が出来る事を考えたら贅沢な悩み…かしら?)」
そんな事を考えつつ私は速度を上げて英雄種の隠れ里から高速で離れながら次の目的地――作りかけの英雄種の隠れ里を探す事にした。
☆
蛻の殻だった英雄種の隠れ里を中心に新しい隠れ里を探す事数日。
私は当然のように隠れ里を見つける事が出来ないまま途方に暮れていた。
「(空から探して見つけられないとなると相当巧妙に隠してあると思った方が良さそうね)」
森の中で休憩しながら私はそんな事を考える。
精霊王も最初の仕事にしては随分と無理難題を押し付けてくれるものだ。
私は内心で少し愚痴を零しながら――ハッと気付く。
「いつの間にっ…!」
気付いたら囲まれていた。
森の猛獣達――ではなく腐臭の漂う亡者達に。
「(この数…唯の魔物ではなく『
死霊を扱う厄介な術師で死体さえあれば幾らでも兵を量産出来るという『物量戦』に限っては最強と言っても過言ではない術師。
「(それは死体があればあるだけ配下を増やせるなら当然でしょうけれど…)」
森の中に出現したゾンビ達は既に数百体に達していると思われる。
正面から戦って突破するというのは現実的とは思えない。
さっさと飛んで逃げるのが1番だと思うのだけれど…。
「(それも…難しそうね)」
英雄種の隠れ里に居た硬いゴーレム達は動きが鈍かったので一瞬の隙さえあれば飛んで離脱は容易だった。
けれど今、私を取り囲んでいるゾンビ達の他にも翼を持って飛行する悪魔の姿を確認出来る。
天翼種である私が飛ぶ事で負けるとは思わないが相手の数が多い以上、飛んで逃げても直ぐに囲まれてしまうのは目に見えている。
そうなると残る逃げ道は…。
「(ちょっと危険だけど…やるしかない)」
私は可能な限りの最高速で飛行を開始する。
但し、私を取り囲む悪魔達の方ではなく――真上に一直線に!
「(高度5000メートルも上昇すれば付いて来られてもわたくしの速度なら十分引き離せる。それから方向転換して逃げれば…誰にも追いつけない)」
私は遠距離から放たれる魔法や矢を旋回して回避しつつ、最高速で天空へと上昇していく。
「流石に…疲れるわね」
水平に飛ぶのと違って真上に飛ぶのはスタミナを大幅に消費するし、翼への負担も大きい。
暫くの間は飛ぶ事に大きな制約を受ける事になるだろう。
けれど、それでも追っ手を引き離す事には成功したようで周囲には誰も居ない。
それを確認して私は翼の痛みを我慢して適当な方向へと向って本格的に逃げる事にした。
「(考えてみたらわたくしって逃げてばっかりだわ)」
精霊王に与してから――否、あの人間種の少年に出会ってから私は逃げてばかりだった。
面倒な相手というのもあるが1人で相手をするには敵の数が多すぎるのが原因だろう。
「(こんな調子じゃ弟を…アシュレイを助けに行くのは大分先になってしまうわ)」
力を欲した筈なのに逃げ足ばかり達者になっていくのでは笑い話にもならない。
「(1人…か。誰か仲間が居れば良いのだけど)」
英雄種の隠れ里で襲ってきたゴーレムも、今回の森で襲ってきた亡者達も、私の背中を任せる事が出来る『誰か』が居れば決して勝てない相手ではなかった。
そういう意味でも弟を失ったのは痛い損失だった。
「(背中を任せられる弟を助ける為には背中を任せられる仲間が必要…か。なんだか矛盾した話になってしまうわね)」
『世の中そんなものさ』
ふと頭を過ぎったのは『彼』の言葉。
あの人は世界に絶望していた訳ではないけれど、世界に何も期待していなかった。
日常的に『理不尽』が襲い掛かってくる事を知っていて、その理不尽から彼自身と――私を守れればそれで良いと考えているような人だった。
自分の手の大きさを良く知っていて、その上で、その手を使って私を包み込んでくれる――私だけを包み込んでくれる。
そういう人だった。
「(世の中が理不尽なのは当たり前。それを跳ね除ける為には…準備を怠らない事)」
その『準備』が何を示しているのかは私には分からない。
情報収集とか、資金確保とか、いざという時に助けてくれる仲間とか、色々考え付く事はあるけれど『彼』が何を準備していたのかは正確には知らない。
教えてくれなかったのではなく前世の私は『それ』に余り興味がなかったのだ。
ハッキリ言えば私は彼に甘えていて、甘えられる事が幸せで、その上で彼が私を守ってくれる事は『当たり前』だったから。
だから、その『手段』について追求した事がなかった。
「(これも矛盾かな。『彼』に会う為に『彼』の教えが必要だなんて)」
本当。世の中上手く行かない事だらけだ。
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