第38話 『魔王。魔王の中で格を顕にする』


 世の中には『錬金術師』という職業がある。


 俺の常識からすれば、それは鉛から金を作り出す化学だったのだが、そこに『魔法』という要素が混じる事で全く別に意味を持つ事になったらしい。


 例えばウチのメイド――『ドールズ』達の装備である特殊な腕輪やメイド服などは高名な錬金術師達が作り上げた『魔法具』と呼ばれる作品だし、それ以外にも低級であっても魔法が篭められた武器や防具なんかは例外なく彼らの作品だった。


 魔法の要素が必要なので誰にでもなれる職業という訳ではないが、逆に言えば魔法の素養さえ持っていればなれる職業なので結構人気は高い。


 まぁ『ドールズ』達が装備しているような超高級の魔法具は超一流の錬金術師でなければ作り出せないのだが。


「ふぅ~む」


 そして俺は錬金術師ではないものの、その『魔法具』を作り出すという技術には興味があったりする。


 具体的に言うなら俺の持っている『転移石』を解析して量産出来れば良いなぁ~とか思っている訳だ。






 元は精霊王の持ち物だったという、この『転移石』。


 俺の『スキャン』によって解析は終了しているものの、色々と特殊な材料で作られている為か再現する事が出来ない。


『教会』から夜逃げする前に色々ネコババして『魔法の鞄』に詰め込んできたけれど、残念ながら転移石に使えるようなものは含まれていなかった。


 まぁ、大多数は『ドールズ』達の予備パーツである人形兵のパーツを詰め込んできたから、あんまり余裕がなかったという事でもあるけれど。


 培養液に浸けられていた輝夜を除いて倉庫に詰め込まれていたのはキッチリ200体分の人形兵のパーツ。


 その内177体に『竜族の魂』を入れて『マシンナリー・ドールズ』にしたので残りは23体。


 その23体分のパーツを全部『ドールズ』達の予備パーツにする為にネコババして彼女達が住む屋敷の地下倉庫に保管してある。


 だから、例えば『ドールズ』がなんらかの外的要因で身体をバラバラにされたとしても、最低限『竜族の魂』さえ残っていれば再生が可能だったりする。


 まぁ1体金貨5万枚もする超高級品なので、あんまり無駄遣いはしないで欲しいのだが。


 その為にも緊急脱出用の『転移石』を『ドールズ』達に標準搭載したいのだ。


「確かに『転移石』があれば『核融合炉』を暴走させて自爆しつつ『竜族の魂』だけを脱出させるという手も使えますね」


「…そんな意図で『転移石』を搭載したい訳じぇねぇよ」


 輝夜の思考がなんか怖いです。


「ところで『転移石』を作るのに足りない材料とはなんなのですか?」


「ん~。色々あるんだが…」


 ソフィアの質問に肩を竦めながら答える。


「一番重要なのは『闇属性』の魔力を生み出せる触媒だな」


 転移は闇属性の専売特許なので『それ』が無いと始まらない。


「だけど、まさか大魔王やサミエルに闇属性の魔力を生み出す心臓をくれ…とか言えないしなぁ」


「魔力というのは心臓から生み出される物なのですか?」


「正確に言うと魔力を生み出しているのは『心核コア』だけどな。人間種で言えば心臓って言っても間違いじゃないなぁ」


 例えば『ドールズ』達は『竜族の魂』を収める高級魔法石が『脳』であり、『核融合炉』が『心臓』の代わりと言える。


 だから『ドールズ』達は心臓――『心核コア』の代わりとなる『核融合炉』から供給される膨大なエネルギーを魔力の代わりに使っている。


 その為『ドールズ』達の魔法属性を敢えて言うならば――『核属性』という洒落にならない7番目の属性になっていたりする。


「マスター。他の闇属性に適正のある魔法使いの心臓では代わりにならないでしょうか?」


「最低でも魔王クラスの『心核コア』じゃないと『転移石』の材料には使えないねぇ」


 非人道的な話を除いても普通の魔法使いの心臓では100個集めても意味がない。


「魔王の心臓を178個ですか。現実的な数ではありませんね」


「つか。魔王クラスの奴が178人も居るとは思えないなぁ。何か代わりになる物を探した方が現実的だな」


 転移石の複製は諦めて、何か別に機能を『ドールズ』達に搭載する事にした。




 ☆輝夜




 上位固体である私は基本的には常にマスターのお傍でお仕えする事になっている。


 本来ならば格好だけではなく、名実共にマスターのメイドとしてお世話をさせていただきたいところなのですが…。


「旦那様♡」


 マスターのお世話は基本的にソフィア様がする事になっているので、私が出来る事はお2人の傍で『お手伝い』をする程度に留まっています。


 けれど私は現状に満足しているとは言いませんが、不満を抱いているという程ではありません。


 本来なら私達は『生まれて来る事が出来なかった竜族の魂』であった事から、現世に誕生出来ている事だけでも十分という事もあるのですが…。


「(マスターは口約束程度ではありましたが…確かに約束してくださいました)」


 あの日、マスターがソフィア様の目を盗んで私に語ってくださった事が私――否、私達『マシンナリー・ドールズ』の希望とも言えるものになっています。


『俺は今ソフィアに夢中だから、だからお前達の相手をしてやれるほどの余裕は無い。だが100年か200年か…もっと後かもしれないが余裕が出来た時には必ず相手をしてやる。だから…それまで準備をしておけよ』


 それは私達にマスターの子供を産ませて頂けるという確約。


 そして『準備』とはマスターの子供を確実に産めるように身体を調整しておけという意思表示。


 まぁ私達って結局のところゼロ歳児ですし、マスターに『スキャン』して貰った結果、人形兵の身体を変化させた私達『竜族の魂』を入れた『人形兵の身体』は確実に『女の体』として成立していますが、まだ『子供を産む為の機能』は未成熟のままです。


 まず100年以内に178体の『ドールズ』が子供を産める身体に『準備』を整えるのが最優先で、マスターを誘惑してご寵愛を頂くのは『準備』が整った後の話。


 人間種とは違って竜族――否、龍人族は最初から寿命が無いので気が長い。


 しかも私達の身体に内蔵された『核融合炉』が延々と無限に近いエネルギーを生産し続けているので『竜王』のように力を使い果たして老いて死ぬという事はありえません。


 だから今現在ソフィア様に夢中なマスターを無理に誘惑せずに気長に『準備』をしてチャンスを待つのが『龍人族』として正しい姿だろう。


「……」


 まぁ、それでも私達はエッチな事に興味津々なのは事実なのでマスターとソフィア様の『お楽しみ』を出歯亀させていただく事を辞めるつもりは無いのですが♪






 そんな事を考えつつ私は現在、大魔王の居城の中の『休憩室』でマスターとソフィア様が戻ってくるのを待っている最中でした。


 大魔王は特に重要な用事が無くともマスターを呼び出して暇潰しをするという、なんとも贅沢な趣味を持っているのですが、その大魔王との謁見に同行する権利を私は持っていません。


 同行する権利を持っているソフィア様ですら『共に居る』事は許されても『発言の許可』は得ていません。


 これだけでマスターが大魔王にとってどれだけ『特別な位置』に居るのか分かろうというものです。


 まぁ待っているだけの私は退屈なので『ドールズ』達と『念話』で『ガールズトーク』で暇潰しの真っ最中ですが。


「あら」


 その私が居座っている『休憩室』に1人の妖艶の美女が入室してきて私に視線を向けてきます。


 無遠慮――という程ではありませんが私を値踏みするような視線はハッキリ言って不快です。


「あなた、見ない顔ね。大魔王様の新しい側近か使用人かしら?」


「私はマスター…『魔王ラルフ』様の配下です。『魔王エルズラット』様」


 彼女はマスターの同僚である『妖艶の魔王』エルズラット。


 彼女が今日、大魔王の居城に居るという情報は得ていませんでしたが、ここに来るのには最低限『魔王サミエル』に転移で送っていただく必要があるので大魔王の許可は得ているのでしょう。


「ふぅ~ん。あの子の配下か…なかなか良い趣味しているわね」


「……」


 別にメイド服はマスターの趣味ではないのですが、そこを否定する理由も無いので沈黙を保っておきました。


「顔の造形も悪くないわ。ねぇ、あなた…私のところに来ない?」


「…『魔王エルズラット』様。1つよろしいでしょうか?」


 不快な視線に耐えていた私の我慢――堪忍袋の緒がプツンと切れるのを自覚しながら、あくまで丁寧な口調で発言した。


「ん~?何かしら?」


「私はマスターより『大魔王様』と『魔王サミエル様』には決して敵対するような行動は取るなと命令されています」


「…だから?」




「その中に、あなたの名前は入っていないのですよ?」




「っ!」


 私が隠していた不快感を『敵意』として解き放つと『魔王エルズラット』様――否、エルズラットは私から瞬時に離れて距離を取りました。


「正気?『魔王』である私に『魔王の配下』如きのあなたが喧嘩を売るつもり?」


「私をこれ以上不快にさせるというのなら…そうなります」


 進んで敵対したい相手ではないけれど、無理をして我慢をしなければいけない相手でもない。


 それに――マスターと引き離されたストレス解消に一役買って貰う事にしよう。


「やれやれ。礼儀を知らないお嬢ちゃんだ事。エルザ、ローザ。このお嬢ちゃんと少し遊んであげなさい」


「はい。お嬢様」


「畏まりました」


 エルズラットの呼びかけに応じて黒い靄のようなものから2人の女性が出現する。


 恐らくは1人は吸血鬼で、1人は淫魔だろう。


 大魔王の居城に転移出来る権利を持つ者は『魔王サミエル』だけなので、この2人は転移で移動したのではなくエルズラットの影に隠れていたというのが真相だと思います。


 2人は軽い足取りで私の間合いの中へと踏み込んでくる。


「あらあら。目の前に相手に技量を測れないのは魔王様の配下としては2流と言わざるを得ないわねぇ」


「くすくす。可愛い子だしたっぷり遊んであげましょう」


 そうして近付いてくる2人に対して私は――嘆息しつつ始める事にした。




炉心開放チェンバー・オープン




「 「 っ! 」 」


 私が私の中に内蔵された『核融合炉』の出力を『通常モード』から『戦闘モード』に引き上げただけで目の前に居た2人の顔色が変わる。


 そして不用意に私の間合いに入った馬鹿な2人に向けて攻撃用の『龍核熱砲ドラゴニック・ブラスター』ではなく防御用の必殺技を開放する。




龍闘氣ドラゴニック・オーラ




「 「 ぎ…がぁぁぁああああああああああああああああああっっ!!! 」 」


 私の身体から半径2メートルの範囲に放たれたプラズマの奔流が、私の間合いの中に居た2人の半身を襲い――塵に変えた。


 そして残された半身で絶叫を上げながら必死に私から離れようとする。


「……」


 ちなみに、この『核融合炉』の臨界を使った防御法は最初マスターによって『プラズマ・フィールド』と命名されていたのだけれど『ドールズ』達の『もっと龍っぽいのが良い』という意見を採用して『それならもう『龍闘氣ドラゴニック・オーラ』で良いんじゃね?』というマスターの鶴の一声によって決定された。


「な、なに…そのバカみたいなエネルギー量は?」


 一方で2人の配下をけしかけてきたエルズラットは倒れて苦しむ配下を気遣う余裕も無くして私の身体から発せられる過剰なエネルギーに驚愕していた。


「目の前に相手の力量を測れないのは2流…でしたか?誰が2流なのでしょうね」


「っ!」


 私達『マシンナリー・ドールズ』は日常生活において『核融合炉』の出力を5%以下に制限して生活している。


 だからと言って、それを私の実力と勘違いしてしまうのはどうかと思う。


 制限しているといっても私の中に内蔵された『核融合炉』のエネルギーは、分かる人が見れば『魔王に匹敵する出力』を持つ事くらいは一目瞭然なのだから。


 そういう意味では最初の2人は勿論だが、エルズラット本人ですら2流と評価せざるを得ない。


「特にあなたに恨みがある訳ではないのですが、私は今マスターと引き離されて気が立っているのです。八つ当たりで申し訳ありませんが鬱憤晴らしをさせてくださいね」


「待っ…!」




龍核熱砲ドラゴニック・ブラスター




「っ!」


 私の放ったプラズマの砲撃は容易くエルズラットの肩を抉り――右腕を消滅させた。


「がっ…うぁぁああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 一拍遅れて激痛をその身に味わったエルズラットは失った腕の付け根を押さえて絶叫した。


「……」


 それは兎も角として…。


「流石大魔王様の居城。大分出力を絞ったとはいえ『龍核熱砲ドラゴニック・ブラスター』で壁に焦げ跡の1つもついていない」


 恐らく全開で撃ったとしても城の壁には傷1つ付けられなかっただろう。


 これはつまり、この城そのものが大魔王の強大な魔力によって護られているという事。


 どう頑張っても今の私では逆立ちしたって大魔王には勝てない事を理解したので、マスターの言う通り大魔王に喧嘩を売るのは絶対に辞めておこうと心に誓う。


「ぐぅっ…こ、この私にこんな事をして…唯で済むと思っているのか?」


 マスターの慧眼に心を熱くしていた私に片腕を失って床に蹲った状態のエルズラットが睨みつけるように発言してくる。


「何か問題でも?」


「私はっ…!」


「『魔王』が『魔王の配下』に手も足も出ずに敗れました…とでも大魔王様に報告しますか?」


「……」


 出来る訳が無い。


 まぁ、大魔王の居城で暴れたので大魔王には私の行動はバレているだろうけれど、それでもエルズラットを多少痛めつけた程度では大魔王が苦言を呈してくるとは思えない。


 寧ろ油断して私を舐めて手痛い反撃を受けたエルズラットが叱られるのがオチだ。


「お待たせ、輝夜。帰るぞ」


 そこにマスターがソフィア様を伴われて入室されてきました。


「…ちっ」


 マスターの姿を見てエルズラットは千切れた腕を隠しつつ舌打ちをしますが、それ以上は何も言わずに休憩室から出て行きました。


 半身を塵に変えられていた配下2人もいつの間にか居なくなっていました。


「行くぞ。輝夜」


「イエス、マスター」


 そしてマスターも当然のように何事も無かったかのように私を連れて自宅へと帰るのでした。




 ★




『妖艶の魔王』エルズラットは決して弱くは無い。


 但し彼女の本分は配下で固めた地下要塞に引き篭もっての『篭城戦』。


 直接戦闘は彼女の本分ではない為に、輝夜との真っ向勝負では相当に分が悪いというだけの話だ。


 まぁ、そういう意味では『死霊の魔王』タキニヤートもゾンビを大量に作り出す『物量戦』が本分であり直接戦闘は苦手だ。


 だから輝夜にはエルズラットとタキニヤートとの直接戦闘を禁止しなかった。


 正面から戦えば確実に輝夜が勝つと分かっていたから。


 逆に言えば『篭城戦』や『物量戦』では輝夜に勝ち目が無いという事だが『魔王』である奴らが『たかが魔王の配下』を相手に本気を出すのは『魔王の沽券』に関わるのでまず心配ないと思って良い。


「マスター。あのままエルズラットを倒して心臓を奪えば良かったのではありませんか?」


「エルズラットはああ見えて『水属性』だからなぁ。『水属性』の『心核コア』を奪っても使い道ないし、下手に魔王を倒すと大魔王に睨まれるしなぁ」


「…そうですか」


 俺が欲しいのは『闇属性』の魔王クラスの『心核コア』だ。


 ちなみにサミエルは天翼種なので当然のように『風属性』と転移に必要な『闇属性』に二属性適正持ちでタキニヤートは『土属性』だったりする。


 俺が『火属性』なので魔王4人で『火』『水』『土』『風』の4属性が揃っている事になる。


 まぁ俺の前任であるガルズヘックスは『土属性』だったし別に狙って揃えた訳ではないのだろう。






「エルズラットは貴重な戦力なんだから簡単に潰そうとしないでくれよ」


 後日サミエルに文句を言われたが。


「最初に絡んできたのはエルズラット様の方ですよ。それに輝夜も全力は出していませんし潰そうという意思は無かった筈ですよ」


「あ~。エルズラットは弱いからなぁ」


「……」


 あんたが強過ぎるだけで別にエルズラットは弱くないけどな!


 まぁ実際サミエルなら腹パン1発でエルズラットはお陀仏だけどな!


 つか。大魔王以外の奴になら大抵腹パン1発で仕留められるけどな!


 俺なんてサミエルに本気でデコピンされたら死ぬしな!


 というような事を思いながら俺は訪ねて来たサミエルにニコニコしながら対応。


「サミエル様『ぶぶ漬け』は如何でしょう?」


「あ。ありがと。最近ここに来てお茶漬けを食べるのが楽しみなんだよね♪」


「……」


 これを皮肉で言っているなら兎も角、本気で言っているんだよねぇ。


 流石クイーンオブKY魔王。


 というか、そろそろソフィアの安寧の為にも『さっさと帰れ、邪魔だ』という意味だと気付いて欲しい。




 ☆




 自分の本拠地に戻ったエルズラットは失った片腕の部分を押さえながら震える体を無理矢理押さえつけていた。


 腐っても魔王である彼女は片腕くらいなら放っておけば勝手に生えてくるのだが…。


「…ありえない」


 エルズラットが震えているのは怒りによりものでも苛立ちによるものでもなく――純粋に恐怖によるものだった。


「『竜族の魂』に『教会製の人形兵の身体』だと?それに…あの膨大なエネルギーを生み出す『心核』。あんな者が『魔王ラルフ』の配下で、しかも178体も居るだと?」


 大魔王の居城より自分の本拠地に送られる際、魔王サミエルから世間話のように教えられた情報がエルズラットの心を恐怖に蝕ませていた。


「まさか…まさか…奴はサミエル殿と同格の存在とでも言うつもりか?」


 魔王に匹敵する配下を178体も持っているラルフに対してエルズラットがそう思ってしまうのは無理も無い当然の帰結であった。


 しかも…。


『あの子達の砲撃?ってかなり強力だよねぇ。ボクでも食らったら唯じゃすまないよ。まぁ、あんな砲撃ボクには当たらないけどね♪』


 サミエルが何故か得意げに語った内容が更にエルズラットを追い詰めていた。


「あの馬鹿みたいに頑丈なサミエルが『食らったら唯じゃすまない』だと?そんなもの…私が食らったらひとたまりもないという事ではないか」


『転移』の得意なサミエルだからこそ、あんな余裕で笑っていられたのであって『転移』の出来ないエルズラットには大問題だった。


「まずい…まずいぞ。奴は…ラルフはそこまで大物だったのか?」


 悩み、苦悩し、恐怖に震えるエルズラットは次第に追い詰められていき…。


「?」


 不意に服の間に挟まった『何か』がカサリと音を立てて意識が逸らされる。


 何かと思って探ってみれば『それ』はいつの間にか彼女の服の中に仕込まれていた紙片であり、その紙に殴り書きのように『その言葉』は書かれていた。




『そんなの出来るのサミエル様だけですから!』




「…ぷっ」


 それが『誰』の言葉なので一目瞭然で、確かに『サミエルと同格』なんて考えてみればありえないと分かりそうなものだとエルズラットの心は急速に落ち着きを取り戻した。


「でも…抜け目のない奴というのだけは再認識しておく必要があるわね。こんなもの…いつの間に私の服に仕込んでいたんだか」


 無論、その『紙片』が元は『式紙』と呼ばれる擬似魔法生物だったとは欠片も悟らせない手腕が『魔王ラルフ』の真骨頂であるのだけれど――エルズラットは薮蛇になりそうなので、それ以上の詮索を辞めた。


『篭城戦』を得意とするエルズラットは元々『慎重派』として大魔王から目を掛けられていたのだ。


 無用な好奇心を発揮して危険を呼び寄せるような愚は冒さない。


「少なくとも『魔王ラルフ』は私に対して敵愾心を持っていないと分かっただけ僥倖ね。メイドの行動は兎も角」


 そうしてエルズラットは『ラルフの思惑通り』に無意識に彼と敵対しないように心がける事になる。



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