第39話 『魔王。過去の因縁に決着をつける』


 その日、自宅でソフィアとイチャイチャしていた俺の家の扉をぶち壊す勢いで開いて乱入してきた馬鹿が居た。


「まただよっ!」


「…サミエル様」


 この人、本当に俺の家に来る頻度多すぎだろ。


「またボクの領域で誰かが配下を狩っているんだよ!」


「…そうですか」


「なんとかしてよっ!」


「……」


 俺はどこぞの未来から来た青い猫型ロボットではないのだが。


「はいはい。ちょっと待ってくださいね」


 仕方なく俺は『魔法の鞄』から地図を取り出してテーブルの上に広げる。


「…随分と詳細な地図だね」


「ええ。教会にあったのをガメてきました」


「うわぁ…」


 別に良いじゃねぇかよ。


 俺が自分で作ればより詳細な地図を作れると思うが、教会の技術は地球のレベルに近いので既存の物は頂いて再利用するのに抵抗ねぇし。


「これ…後で複製してボクにも頂戴」


「…別に構いませんが」


 結局、欲しいんじゃねぇかよ!


「それでサミエル様の領域を荒らしまわっている輩が居るのはどのあたりですか?」


「え~っと…」


 サミエルは暫く地図を眺めていたが、やがて一点を差し示す。


「ここ…かな?」


「ふむ」


 かなり大雑把な範囲だが、それでもわかる事はある。


「犯人は…例の天翼種の女ですね」




「………は?」




 俺が回答するとサミエルの発する威圧が一気に高まって部屋の温度が5度くらい低くなったように錯覚した。


「根拠は?」


「あの女に付けた『目印』が丁度この辺りを指し示しています。偶然と捕らえるよりは必然と捕らえる方が自然でしょう」


 サミエルの指し示した地点と、俺が天翼種の女に取り付けた『隠密用の蜂型式紙』が居る地点が重なり合う。


「ふ…ふふふ。もう良いよね?」


「……」


「ボク、もう十分我慢したよね?」


「……」


「もう…そいつ殺っちゃっても良いよね?」


 ブチ切れたサミエルさん、マジ怖ぇ~っす。


「それじゃ…頼んだよ?」


「…はい」


 結局、俺がやるのかよっ!


 小一時間ほど口論したいところだが、ブチ切れたサミエル相手に意見なんて絶対したくねぇ!


 まぁ抹殺する決断はしたが、流石に自分の手で同胞――というか配下に手を下すのは抵抗があるので『俺にやれ』という事なのだろうが…。


「(面倒臭ぇ)」


 正直、色々と気が進まない依頼だった。




 ★




 仕方なく俺はソフィアと輝夜を連れて蜂型の式紙が居る地点からは少し離れた場所へ転移石で移動する。


 転移石で転移出来るのは式紙の認識範囲までなので標的から離す必要があるので、あんまりやりたくないのだが、それで式紙の存在がバレる方が困るので仕方ない。


「とりあえず隠れて近付いて奇襲出来れば奇襲したいところだな」


「マスター。龍核熱砲ドラゴニック・ブラスターで吹き飛ばしましょうか?」


「…サミエルの領域じゃなければなぁ」


 地平線の果てまで届く『プラズマ・ブラスター』は強力過ぎてサミエルの領域を必要以上に焼き払いかねない。


 それで対象を抹殺出来たとしても俺がサミエルに殺される。


「それなら相手を空中に押し上げて、空に向って撃つのはどうでしょうか?」


「…それを奇襲とは言わんなぁ」


 相手が都合よく高空を飛んでくれれば良いのだが…。


「それ以前に、どう考えても罠だしなぁ」


「今更サミエル様の領域で精霊王の従属となった彼女が狩りをする理由は他にありませんものねぇ」


 そう。つまり『これ』は俺を呼び寄せる為に精霊王が仕掛けた罠としか考えられない。


 サミエルの領域を荒らしているのが天翼種だと気付けば、サミエルは間違いなく俺に依頼して俺が――『魔王ラルフ』がやってくると分かっていたのだろう。


「………え?」


 まぁ輝夜は気付いていなかったみたいだが。


 これは別に輝夜の頭が悪いのではなく、ソフィアと比べて取得している情報が少なかったのが原因だ。


 流石にソフィアほど『なんでも』話している訳じゃないし。


「えっと。それなら今近付くのはまずいのではないでしょうか?」


「まずいねぇ」


「撤退して作戦を練り直す事を提案いたします」


「…サミエルからの依頼じゃなければねぇ」


「……」


 どちらにしろ俺達に『選択肢』なんてものは最初から存在していないのだ。


「『マシンナリー・ドールズ』を全機招集する事を提案いたします」


「ブチ切れたサミエルが協力してくれないと177体も転移で連れてくるのは難しいなぁ。そもそも『ドールズ』達じゃサミエルの領域を荒らして結局俺が殺されるし」


「…理不尽です」


「サミエルの存在そのものが理不尽の塊だからなぁ」


 普段のサミエルは暴君という訳ではないが、それでも世の中には『居るだけで理不尽な奴』というのが存在するのだ。


 サミエルはまさに『それ』だった。


「出来れば遠距離から対象を確認して『アトミック・レイ』で狙撃したいところなんだが…」


「こんな障害物が多い場所では私の『望遠鏡』でも対象を視認する事は難しいですね」


 俺達が今居る場所は深い森の中。


 式紙のお陰で対象の大まかな位置はわかる物の、狙撃する為にはソフィアの水魔法で作り上げた『望遠鏡』で対象を視認するか、それとも『ソナー』で探査するしかない。


 しかし森の木々が邪魔でソフィアの『望遠鏡』は無理だし、奇襲で『ソナー』を使えば対象に俺達の存在を教えているような物だ。


『ホーミング・レーザー』なら式紙の『視覚』でロックオンして対象を狙い撃つ事も可能なのだけれど、捕らえる為に100万発も撃って追い詰めても精霊王が協力している以上、転移で逃げられるのがオチだ。


「(なんか…半分くらいはサミエルのせいで作戦が台無しになるな。流石理不尽魔王)」


 ゲンナリしつつ俺達は慎重に森の中を進み、天翼種の女が居る方向へと近付いていく。


 近付いていくのだけれど…。


「まぁ…罠ならそうくるわなぁ」


 俺達の行く手を土の中から出現した『ゴーレム』が阻んでくる。


 その数、少なく見積もっても100体以上。


「精霊王はゴーレムまで使役出来るのでしょうか?」


「いやぁ~。これは以前、英雄種の隠れ里の跡地に放置された訓練用のゴーレムだな。頑丈なだけの雑魚だが、足止めには最適だ」


 天翼種の女の足取りは全て確認してあるので、あの女が英雄種の隠れ里の跡地を訪れて訓練用ゴーレムと戦闘になった事も確認はしてある。


 その時のゴーレムを精霊王が後から回収して自分の手駒になるように改造を施したのだろう。


 そのゴーレム達は俺がロックオンして『ホーミング・レーザー』で100体以上を3秒も掛ける事無く倒しきった訳だが…。


「…奇襲は失敗だな」


 当然のように俺達の前に天翼種の女が降り立ったのだった。






「ほぉ。貴様が『魔王ラルフ』の本体という訳か」


「…洗脳どころか完全に精霊王に身体を乗っ取られているな」


 第一声で状況を理解した俺は益々ゲンナリする。


「ほっほっほ。この女…なかなか優秀でなぁ。貴重な器として役に立って貰っておるわ」


「…そうかい」


 天翼種の女の見た目は以前に会った時とそう変わらないが、雰囲気はまるで別人。


 それに両の純白だった翼は何か黒い靄のようなものが纏わり付いて黒く染まっている。


「もはや完全に我の器として定着した。我を殺せばこの女も死ぬ。つまり奇襲以外に貴様を恐れる理由は無くなったという事よ」


「嘘吐け」


 俺は天翼種の女の中の精霊王の言葉を一蹴する。


「その女を操っているのはお前の一部であって、その女を殺しても精霊王の存命を脅かす事はないし、恐れていたのは奇襲じゃなくて魔王サミエルの介入だろ?」


 例のゴーレムは俺達の奇襲を察知する為の物ではなく、ゴーレムを倒したのが魔王サミエルだったのなら即座に脱出出来るようにする為の備えだ。


 いくら精霊王が直接操っているとはいえ、使っているのが天翼種の身体では魔王サミエルに勝てる可能性はゼロだ。


「どちらでも同じ事だ。貴様に我を殺せない事実に変わりは無い」


「…そうだな」


 実際にはサミエル本人から抹殺依頼を受けているのだが、それを馬鹿正直に精霊王に教えて警戒させる必要はない。


 十分に油断したところをサクッと殺ってしまおう。


 俺は周囲に『センサー』を張り巡らせて警戒しつつ、攻撃の準備を整えて――目の前の天翼種の女の姿が掻き消えた。


「っ!」


 そして気付いた時には目の前に居て俺に大剣を振り下ろしていた。


「(高速移動にしては速過ぎる。しかし転移にしては何の予備動作もなかった。指1つ鳴らすだけで転移が出来るのはサミエルの専売特許。同じ真似が出来るのは闇属性の大魔王くらいで精霊王本体にだって真似は出来ない筈。という事は『これ』は純粋な転移ではない)」


 なんて事を高速思考で分析しながら俺の身体が『センサー』によって自動で動いて腰のダガーを引き抜いて大剣の攻撃を逸らす。


「翼に纏わせているのは『闇の精霊』か。天翼種の女の高速移動と闇の精霊の転移を組み合わせて『短距離跳躍ショート・ジャンプ』を可能にしたってところか」


「ちっ。相変わらず忌々しい頭脳よ」


 今までずっと『精霊王はどうやって転移しているのか?』が疑問だったのだが『闇の精霊』は当然のように闇属性なので闇の魔法力を集める性質がある。


「お前に『相変わらず』なんて言われるほど手の内を見せた覚えはねぇよ」


「…死ね」


 再び瞬時に間合いを侵略してきて大剣で斬りかかって来て、それを『センサー』が自動でダガーを使って逸らしていく。


「……」


 可能な限り力を逸らして『最低限の負担』に抑えている筈なのに、逸らすのに使ったダガーを持つ手が痺れる。


「気付いたか?この女は貴重な手駒なので可能な限り強化を施してやったのよ。どれだけ上手く受けようとダメージは避けられんぞ」


「…本人の肉体の負担は無視って訳か」


「ふん。既にこの女の精神は強化の負荷に耐え切れずに発狂しておるわ。そして…我は痛みなど感じておらんわっ!」


 俺を激昂させるつもりの言葉を吐きながら再び『短距離跳躍ショート・ジャンプ』を使って間合いを詰めて攻撃してくるが――対象は俺ではなく少し離れた位置に居た輝夜!


「まずは、この女から切り刻んでくれるわっ!」


 そう言って笑いながら大剣を振りかぶり――罠に掛かった。




龍闘氣ドラゴニック・オーラ!」




 作戦通り、俺が傍で侍らせて護れる位置に居たソフィアではなく、少し離しておいた輝夜を狙ってきたので輝夜は俺の指示通りに『プラズマ・フィールド』を発生させた。


「なっ…!」


 大剣が長かった為に、天翼種の女本体が巻き込まれる事はなかったが振りかぶった大剣は『プラズマ・フィールド』の中に侵入した為に瞬時に溶解して蒸発。


 刀身の半分が消えてなくなった。


「貴様っ…!この波動っ…竜族かっ!」


 輝夜の発した開放された気配だけで輝夜の正体を見破ったようだが――遅過ぎる。


「っ!」


 天翼種の女を操っている精霊王がハッと気付いた時には既に俺は間合いを詰めて右手にはダガーを、左手には『アトミック・レイ』を準備し終えている。


 絶対に逃げられない――逃がさない必殺の間合いで俺は…。




「…あなた様」




「っ!」


 一瞬――けれど確実に――思考を止めた。


「が…ふっ…!」


 そして、その一瞬が命取りになった。


 刀身が半分になった大剣に身体を貫かれ――血を撒き散らしながら地面にドシャリと崩れ落ちた。


「旦那様っ!」


「マスターっ!」


 ソフィアと輝夜が同時に叫んで近付いてくるのが分かったが、俺は既に自身の身体から流れた血の海に沈んでいた。


「出血がっ…!傷を治す前に血をなんとかしないとっ…!輝夜っ!時間を稼いで!」


「…お任せください」


 俺の身体から流れ出す血を水魔法で止めながら、同時に流れ出た血を同じく水魔法を使って俺の中に戻そうとしているのだろう。


「く…うぅ」


 魔法の同時使用という事もあるが『流れ出た血を体の中に戻す』なんて超高度な魔法の行使にソフィアの額から大量の汗が流れ落ちていくのを感じる。


 それにしても…。


「(あ~、畜生。やっちまった)」


 気絶しそうな激痛の中、瀕死の状態で頭を回しながら俺は自分で自分の馬鹿さ加減に呆れかえっていた。


「(分かっていた筈だったのに…)」


 あの女が――あの天翼種の女が『彼女』だという事は分かっていた筈だったのに。


 初めて会った時に『目を会わせた瞬間』に『彼女』だという事に確信を持って、それでも『迷う事なく見捨てる』つもりだったのに。


 それなのに…。


「(懐かしい呼び方をされて…思考が一瞬止まっちまった)」


 自分の体も、魔法も、『センサー』すらも俺の思考で制御されている。


 その思考を止めてしまえば『無防備』になると分かっていたのに、それでも――9年以上も愛した女に呼ばれた身体は正直だった。


 結局のところ『迷う事なく殺すつもり』だったのに所詮は『つもり』レベルだったという事だ。


 俺の身体が――心が『彼女』を殺す事を拒否した。


 なんという酷い裏切りだろう。


「ソフィア…すまない」


「喋らないでください!もう少しで血を戻せますので治療を…!」


 そういう話ではなく『今愛している女』が傍に居るのに『過去に愛した女』に気を取られた事を――否、違う。


「(俺が謝りたかったのは『そういう事』じゃないんだな)」


 僅かに視線を向ければ俺を護る為に天翼種の女――『彼女』の前に立ち塞がった輝夜が困惑していた。




「あ…あぁぁああああああああああああああああああああああああああ!!!!」




 それはそうだろう。


 俺が瀕死の重傷を負ってトドメを刺すチャンスなのに目の前で蹲って空に向って絶叫しているだけなのだから。


 まぁ『彼女』の方も『俺』に気付いていただろうし、操られていたとはいえ俺を刺した現実は精霊王の支配を振り払うほど拒絶したい耐え難いものだったのだろう。


『くっ…!言う事を聞けっ…!このっ…!』


 精霊王の方も自分のコントロールを離れてしまった『彼女』を前に焦っているだけで行動出来ていない。


『くそっ…!自我はとっくに発狂している筈なのに…何故こうなるのだっ!』


「……」


 そんなの『彼女』が『俺』という希望を見つけたからギリギリのところで発狂せずに踏みとどまっていたからに決まっている。


 完全に膠着状態――とも言えない状況を覆す為には誰かが行動しなくてはならず、その役目は何の因果か『俺』にしか出来ない事だった。


「やれやれ」


「旦那様?」


 俺が嘆息して唱え始めた『魔法』にソフィアが困惑する。


 このままソフィアに任せれば俺は一命を取り留められるのだし、ここで俺が精霊王の前で『手札』を晒す必要はないのだが…。


「(自分の心を僅かでも偽った罰って事にしておくか)」


 自嘲しながら俺は『魔法』を発動させた。


 瞬間、俺の身体を炎が包み込み――致命傷に限りなく近かった傷が消えていく。


『火の最上級回復魔法…だとっ!』


 まぁ当然のように精霊王にバレてしまった訳だが。


『そうか。貴様がっ…!貴様が大魔王の傷を癒しておったのかっ…!』


「…黙れ」


 ソフィアが流れ出た血の大半を身体に戻してくれた事と『火の最上級回復魔法』の回復作用で立てないほど消耗しているという事もなかったが、それでも身体には酷い疲労感が残っていた。


「あ」


 その俺に気付いたのか『彼女』の方も空に絶叫する事をやめて俺の方へと視線を向けていた。


『殺れっ!こいつを殺せっ!こいつを殺さねばっ…大魔王は無敵になってしまうっ!』


「うっ…!」


 正気に返った事で再び精霊王の支配を受けたのか苦しげに『彼女』は身体を震わせて――必死に精霊王の支配に抵抗していた。


「あ、あなた様…わたくしをっ…!」




「ああ。今…殺してやる」




『やめっ…!』


 精霊王の制止を振り切って俺はダガーを『彼女』の心臓に突き刺した。


『き…さまっ…!』


「対象を洗脳するのではなく『乗っ取る』為には『心核ここ』に精霊王の意思を受信する機能を埋め込む必要があるよな」


『お…のれぇっ…!』


「…消えろ」


 言葉と同時に俺は『彼女』の心臓の内側から炎を生み出して内側から『焼き尽くす』。




 ☆精霊王




『…ちぃっ!』


 失敗した。


 傷付いた身体で丹精篭めて調整した手駒が破られてしまった。


『魔王ラルフ』に身体の内側から炎で焼き尽くされる前に手駒との繋がりを切ったので私にダメージが還って来るという事はなかったが…。


『あやつが…大魔王の『切り札』という訳か。大魔王をどうこうする前に、あやつを殺さねば大魔王は無敵のままだ』


 まずはなにより最優先で『魔王ラルフ』を殺す。


 それを確認出来たのだから今回は――失敗ではない。




 ☆オリヴィア




 愛おしく、恋焦がれて、夢にまで見た『彼』に再会して、その上で『彼』に殺して貰えるのなら――私は本望です。


 本望なのですが…。


「いつまで寝てんだ」


「あいたっ」


 頭をポカリと叩かれて私は渋々目を開きました。


 目を開いた私の目の前には愛おしい『彼』と、その隣で『彼』の腕に当然のような顔で寄り添ってニコニコ笑顔――なのに氷点下の雰囲気を漂わせる美しい女性の姿が見えた。


「…天国なら…せめて浮気をしない『彼』を用意して欲しかったです」


「俺は生まれてこの方、浮気なんて1度もした事ねぇよ」


「……」


 無言でビシッと『彼』の隣の女性を指差すと――何故か嘆息された。


「この世界の…今の俺にとっては『彼女』が正妻だし」


「えぇ~」


 当然のように私の口からは不満が漏れます。


「…というか現実ですか?」


「今更?」


「わたくし…なんで生きているのですか?」


 私は『彼』に心臓を刺されて、その上で心臓の内側から炎で焼き尽くされた筈なのですが…。


「そりゃ俺が心臓の内側から『最上級回復魔法』を使ったからだろ」


「…焼き尽くされたのはわたくしの傷と、精霊王の支配だけって事ですか」


「状況認識早いな」


「…誰かさんに前世で鍛えられましたから」


「そっすか」


 呆れて嘆息する彼。


 前世の時に幾度も繰り返して来たのに結局一度も飽きたとは思わなかったやりとり。


 でも――私が今言いたいのは、こんな事じゃなくて…。


「…ごめんなさい」


 私は謝りたかったのだ。


「それは何に対しての謝罪だよ」


「わたくし…身勝手でした。あなた様の気持ちを知っていた筈なのに、わたくし自身の『エゴ』を優先させて別離を選択してしまいました」


「……」


「わたくしの絶望にあなた様を無理矢理付き合わせた事を…ずっと謝りたかった」


「…そうか」


『彼』は私の謝罪にそれだけを言って嘆息した。


 とりあえず最初の目的である『謝罪』が出来たのでほっとしたのだけれど、その次の目的の為にはどうしても――隣の女性が気になった。


「あの…」


「駄目です」


「まだ何も…」


「絶対に駄目です」


 まだ何も言っていないのに既に取り付く島も無い。


 まぁ私が彼女の立場でも絶対に『私の提案』を拒絶する自信があるので当然だろう。


「でもわたくしは『彼』の事を良く知っています」


「っ!」


 けれど、こちらにも『切り札』があるのだ。


「わたくしを拒絶するつもりなら『彼』はわたくしを助けたりはしません。それに…恐らくですが『彼』はもう既にあなたに『謝罪』を行っているのではありませんか?」


「くっ…!」


 悔しげに視線を逸らす女性――この世界の『今の彼』の正妻さん。


「その謝罪には『わたくしを拒絶出来ない』『だから受け入れる』『ごめん』という意味があった筈です」


「…そんなの知りません」


 知らないと言いつつ必死に私から目を逸らす正妻さん。


 まぁ、こっちの説得はきっと長い時間が掛かると思うので気長にやっていこうと思う。


 だから今は…。




「不束者ですが、もう1度…末永くよろしくお願いいたします♡」




 精霊王に好き勝手されて痛む身体に鞭を打って起き上がり、三つ指を付いて彼にお願いする事から始める事にした。



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