第25話 『魔王。精霊王と出会う』
「頭が固い奴だとは知っておったが、ここまでとはな。貴様は一体何をしておるのだ」
「も、申し訳ありません。大魔王様」
前回の馬鹿な行動を俺に報告されてサミエルは当然のように大魔王からお説教される事になっていた。
「それでラルフよ。怪しまれてはおらんのか?」
「無論、多少不自然さもありましたし強引に逃げた事で違和感を持たれる事になったでしょうが今まで築き上げた信用がありますので致命的にはなっておりません」
「ふむ。流石だな」
「勿論、今回の事で少し動きにくくなった事は間違いありませんが」
「うぅ」
とりあえず今後同じ事をされても困るので釘だけは刺しておく。
「そう苛めてやるな。サミエルとて悪気があった訳ではあるまい」
「私としては悪気がないからこそ逆に性質が悪いと思うのですが。悪意がなければ防ぎようがありませんから」
「くっくくく。確かにそうよのぉ」
行動に悪意があれば、それは行動を先読みする俺にとっては指針となる。
けれどサミエルのように悪意が無いという事は全くの予想外の行動を取られてしまって先読みが出来ない。
実際、前回の遭遇は俺にとっては完全に『予定外』の出来事だった。
「では引き続き勇者一行として英雄種どもの隠れ里を探し出す任務を続行せよ。サミエルには謹慎を言い渡したいところだが貴様の代わりはおらんのでな。反省して仕事に励むが良い」
「 「 ははっ 」 」
俺とサミエルは同時に大魔王に頭を下げて謁見の間から退室した。
「く、屈辱だよ。まさか、このボクが新米魔王の足を引っ張る事になるなんて」
「…ちゃんと反省してますか?」
「してるよっ!滅茶苦茶落ち込んでるよ!魔王としての責務が無かったら自殺してるよ!」
「いえ。マジでサミエル様の代わりは居ないんで自殺は困るのですが…」
この人の転移魔法は超一流なので居なくなられるとマジで困る。
大魔王も闇魔法の使い手なので同じレベルの転移魔法が使える筈だが流石に大魔王自身に俺の送り迎えを頼めないし。
★
「いやぁ~危なかったね。あのレベルの魔物と戦う事になっていたら唯じゃ済まなかっただろうし」
「申し訳ありません、勇者様。私も少し恐怖で混乱してしまっていたようです」
とりあえず分身体である私は呑気なライノルを相手に謝罪する事にした訳だが…。
「うん。でも結果的には3人とも無事だったからね。今回は結果オーライで行こう」
「ありがとうございます♪」
まぁ女に甘い勇者(仮)に責められる事は無いと思っていたけど。
「しかしフェンリルか。今の俺達には荷が重い相手だし拠点を移動した方が良いかもしれないな」
おっと。これは好都合。
サミエルの自業自得の面が強いが、ここは場所を移動してサミエルの配下の居ない地域への移動を提案しておいても良いな。
「でも、あのフェンリルの上に乗っていた人…誰だったのでしょう?」
しかし、そこでケティスが余計な気を回してしまった。
まぁ、アレはスルー出来ないよねぇ。
「魔物使い…でしょうか?フェンリルを使役出来るというのなら相当なレベルだと思いますが」
「分からない。だが、ひょっとしたら大魔王の配下の1人かもしれない」
大正解。魔王サミエル様です。
「それなら確かに拠点を移した方が良いかもしれませんね。流石に大魔王の配下と戦うのは早過ぎると思いますし」
「…そうだね」
勇者の矜持なのかライノルは悔しそうにしていたが、こんなところでサミエルと戦っても勝てる訳がない。
フェンリルなら兎も角、サミエルが相手では分身体じゃ逆立ちしたって勝てっこないし。
本体でだって喧嘩を売りたいとは思えない相手だけど。
「それでは何処に行きましょうか?」
「う~ん。今回の事で力不足を実感したし何処かで徹底的に鍛えなおしたいところなんだけど…」
ここで英雄種の隠れ里を提案したいところだが流石に今はまだ早い。
「何処か心当たりはないのですか?」
「俺って最近までずっと英雄種の隠れ里で過ごしてきたから目ぼしい場所に心当たりはないんだよね」
「英雄種の隠れ里とは外界から隔離された場所なのですか?」
不自然ではない程度に探りを入れてみる。
「うん。場所は秘密だけど偶に里の奴が買いだしに行くくらいで他に外との連絡手段なんて皆無だったよ」
「凄いところなのですね」
と。まぁ今はこんなところだろう。
今回は『隠れ里から定期的に買出しに行く者が居る』という情報が得られただけで十分だ。
「スミカちゃんは何処か良い所知らない?」
「う~ん。生憎と勇者様の修行に使えるような場所には心当たりがありません」
「そっか」
そして自然と私達の視線は黙って話を聞いていたケティスに向く事になる。
「わ、私は獣人の小さな村の出身ですし、そもそも私の村は守銭奴のラミア族に襲われて壊滅してしまいました。私もその時奴隷に落とされて…」
「うんうん。辛かったわね」
特に同情はしないが一応ケティスを抱き締めて慰めておく。
「ご主人様…暖かいです♡」
この子、半端じゃなく私に懐いているけど大丈夫なのかしら?
借金を返し終わっても私からライノルに主人を交代出来るか至極疑問だ。
「女の子同士…ありだな。ハァハァ」
「……」
当の勇者(仮)は喜んでいるみたいだけど。
ともあれ私は不自然じゃないように会話を誘導してサミエル本人から聞きだした彼女の支配する領域の外へと出る事を提案した。
そうして私達は今まで拠点としてきた街を出て次の拠点を探して移動を開始した訳だけれど…。
「…何か来るっ!」
「っ!」
「…またですか?」
街を出て数時間も経たない内に、またライノルとケティスの2人が反応して何者かの接近を告げてきた。
まさか『またサミエルじゃないだろうな』と私は少々ゲンナリしていたのだけれど…。
「…え?」
空間を歪めて現れたのは1人の青年と1人のスレンダーな体格の美女だった。
その2人を見て呆気に取られた声を上げたのは――ライノル。
「お知り合いですか?勇者様」
「…兄さん」
私の質問を無視して目の前の青年を凝視しているライノルの呟きから2人の関係性は大体把握出来たが…。
「(兄弟。なるほど…少し似ているかな)」
ライノルが本当に異世界転生者であろうと肉体はこの世界に準拠されるので本当に血肉を分けた兄弟なら似ていて当たり前だ。
青年の容姿は確かにライノルを成長させた感じだったが…。
「(装備に大分差があるなぁ)」
普段着と長剣1本しか持っていないライノルとは違って立派な鎧と立派な剣を所持していた。
「ライノル。こんなところで何をしている?」
「な、何って俺は…」
「俺達の使命は過酷な旅を経て本物の勇者へと覚醒して大魔王を打倒する事だ。そのお前が…こんなところで何を遊んでいる?」
「…え?」
そのライノルの兄の言葉に呆気に取られた声を上げたのは――私だった。
「勇者様って…本当に勇者様だったのですか?」
「え?今まで信じてなかったのか?」
「いえ。てっきり家出的に英雄種の隠れ里を飛び出して勇者になって隠れ里の人達を見返してやろうと思っているのかと思っておりました」
「えぇ~」
いや。マジでこの人が勇者候補として隠れ里から送り出されたとは思っていなかったよ。
「ふぅ。自分の従者にすら舐められているようでは話にならんな」
「う、煩い!何をしに来たんだよ!わざわざ貴重な転移石まで使って!」
「転移石?」
ライノルの兄を確認すると確かに白っぽい宝珠のような物を持っていた。
あれが転移石――自由に転移出来るアイテムなのだとしたら是非欲しい!
「里の監視役から連絡が入ったのだ。お前が魔王と思わしき者と接触したようだから助力してやれとな」
「…魔王?」
ああ。サミエルの事ですね。
少なくとも私の本体の情報は漏れていない筈だから、そうとしか考えられない。
「やれやれ。自分が魔王と接触した事すら自覚無しか」
「あ。昨日フェンリルに乗っていた奴が…!」
「フェンリルか。獣を従える魔王ならば恐らく『魔王サミエル』だろう。4人の魔王の中でもっとも強いと言われる魔王だ」
「あれが…魔王サミエル」
「ふっ。まさか魔王サミエルも貴様が勇者候補などとは思わなかったようだな。接触して戦いもせずに見逃して貰えるとは運の良い奴だ」
いやいや。私が一緒に居たから見逃してくれただけなんだけどねぇ。
ってか。接触自体サミエルのミスだし。
「そ、それじゃ兄さんは魔王サミエルを倒す為にここに来たのか?」
「いや。相手が魔王サミエルでは今の俺ではまだ勝てないだろう」
冷静で的確な分析だ。
このライノルの兄は確かにライノルよりも強いかもしれないが、それでもサミエルに勝てるとはまるで思えない。
というか今の私――魔王ラルフの分身体にすら勝てないだろう。
「相手が魔王ガルズヘックスくらいなら何とかなると思っていたのだが、まさか魔王サミエルとはな。予定が狂ったな」
「……」
ガルズヘックスくらいなら、か。
確かにガルズヘックスは魔王の中では最弱扱いされる奴だったが、それはあくまで『総合力』としての評価だ。
『戦闘力』だけを考慮するなら他の魔王にだって引けはとっていなかった。
まぁ頭の悪い奴だったので『搦め手』には滅法弱かったが、そういう意味では確かにライノルの兄でも唯一勝ち目がある『かも』しれない魔王だ。
もう奴は居ないので彼が勝てる魔王は1人も居ないのだけど。
「まぁ俺でも勝てん相手なのだから貴様が逃げ出す算段を立てていても恥ではない。相手が魔王だと看破していればの話だが」
「あ、あんたの方が3年も先に旅立っているんだから差があるのは当たり前だろう!」
3年か。
15歳で旅立つ事を許されるのならライノルの兄は18歳ってところか。
「ふっ。言い訳とは男らしく…いや勇者らしくないな」
「くっ」
良い事言った風だけど3年もハンデがあったらライノルの兄だって絶対に同じ事を言っていただろう。
なんか増長しているっぽいし、こいつがガルズヘックスと戦っていたら間違いなく殺されていた――というか配下の鬼人族に殺されてガルズヘックスの元まで辿り着けていないな。
「それに…ふっ、随分と可愛らしい従者だな」
「2人は俺の仲間だ!従者なんかじゃない!」
それからライノルの兄は私とケティスに眼をつけてきた。
間違いなく『可愛らしい=貧弱』とでも言いたいのだろう。
彼が連れている女性もあまり屈強には見えないが――おや?耳が長い。
「まさか…エルフですか?」
「ほぉ。良く知っているな。そう彼女はエルフだ。しかも魔法のエキスパートで俺を支援してくれる凄腕だ」
「……」
精霊と相性の良いエルフは確かに潜在魔力が高いし魔法使いとなれば頼もしい戦力となってくれるのだけれど…。
「…でも、おっぱいは小さいね」
「なっ!」
顔は美形だけど体つきは貧弱だった。
思わず呟いた私にエルフの顔色が変わる。
「わ、私達は精霊と交信する為に他種族のように無駄に性欲が溢れていないのです。男性を誘惑する為の無駄な脂肪など不要なのです!」
「あ~。なんか…ごめんなさい?」
「~~~っ!」
謝ったら何故か激昂された。
まぁ、この分身体ってば無駄にスタイル良いからなぁ。
「ご主人様の方が綺麗で…強いと思います」
「…へぇ」
で。更にケティスが小声で呟いた台詞がエルフの耳に届いてしまったらしい。
頬がヒクヒク動いて額には青筋が立っている。
エルフってもっと穏やかな民族を連想していたのだけど怒る時には怒るらしい。
「ランディ様。この娘に少々教育を施してもよろしいでしょうか?」
「…程々にな」
「おい!勝手に決めるな!」
ライノルの兄の名前はランディかぁ~とか呑気に情報収集している私を無視して話は勝手に進んでいく。
「エルフ族が他の種族に比べてどれだけ優れているのかをよぉく教えてあげるわ」
「ちぃっ!」
反射的に私達を庇おうと剣を引き抜くライノル。
「面白い。お前も参戦するというのなら久しぶりに稽古を付けてやるか」
それに反応してランディも剣を抜いて構え始める。
面倒臭いのでさっさと終わらせる事にした。
「えいっ」
「がっっっ!!」
私の指先から発射された手加減された『アトミック・レイ』がランディの肩を貫く。
「ランディ様っ!」
「ぐぅっ。な、何を…」
「あなたは勇者という割には傲慢になりすぎて己の力を過信しすぎていますね。言い換えるなら慢心して敵を過小評価しすぎでしょう。油断も大きい」
「こ、このっ…!」
「ランディ様、今傷を治しますのでジッとして…!」
「下がれっ!」
私の指摘に激昂したランディは治療しようとしたエルフを突き飛ばして私を睨みつける。
「調子に乗るなよ!小娘が!」
「あなたほどには調子に乗っていないと思いますけど」
言葉と同時に私は指先から熱閃を放つ。
「こんなものっ!」
今度は上手く回避するランディだが…。
「ランディ様!後ろっ!」
「っ!」
回避した筈の熱閃が再び背後からランディを襲う。
そう。今回使ったのは『ホーミング・レーザー』の方だ。
ロックオンした箇所は1度貫いた肩の穴。
エルフの警告でなんとか2度目の回避にも成功したようだが、そこで体勢を崩してしまっている。
「やらせないっ!」
そこで健気にもエルフがランディの前に立って己の身体を盾に庇おうとした。
「イオナっ!」
ああ。エルフの名前はイオナかぁ~なんて呑気に見学している私の前で『ホーミング・レーザー』はイオナに向って直進し…。
「え?」
「ぐぎゃぁっ!」
慣性の法則を無視して直角に曲がってイオナを避けてランディの肩に直撃した。
「ぐぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
同じ箇所を2度攻撃された激痛に絶叫するランディ。
「ど、どうして?」
「……」
どうしてもなにも『ホーミング・レーザー』はロックオンした対象に命中するまで追尾する魔法で、更に言うと障害物を自動で回避する性質を持っている。
まぁ、これは自動追尾という性質を利用して私の前まで来て回避して自爆を狙おうという『使い古された手』を使う奴が居るかもしれないと思って面白半分に付属した効果だけど。
「やれやれ。勇者と言ってもこの程度ですか。3年もライノルさんより早く旅立っておいて今まで何をしていらしたのですか?」
「こ、このっ…!」
ランディを侮辱された事でイオナが私に魔法を使おうとしたけれど私が指先を向けるとビクッとして動きが止まる。
「エルフが優れた種族である事を証明するのではなかったのですか?これまでの行動からはあなたを評価する点は特に見当たりませんよ」
「……」
動けない2人。
予想通り魔王ラルフの分身体である私にさえ手も足も出ないようだ。
「勇者様。これ以上彼らへの『教育』は不要と考えますがいかが致しますか?」
「あ~、うん。相変わらずスミカちゃん強いねぇ~」
「ありがとうございます♪」
実際の話、こいつらあんまり強くない。
例えば私の本体が治療する前の大魔王でも鼻息1つで勝てるくらいの強さだ。
大魔王に挑戦するなどマジで100年早い。
「勇者様、この人達どうしましょうか?」
「ひぃっ!」
私としては『魔法の鞄』に魔法薬があるので親切に治療してあげましょうか?という意味で言ったのだが言われた2人は勘違いしたのか震え上がっている。
な、情けない勇者(落第)だなぁ。
『お待ちください』
しかし、そう思ったのは2人だけではないようで私を制止する声が周囲に響き渡る。
そして私達の前に姿を現したのは…。
「精霊王様!」
よく分からないが、なんか凄そうな名前の人物だった。
『わたくしは精霊王。英雄種の守護者にして勇者を導きし者です』
「は、はぁ」
一応女性だと思うのだが存在感がぼやけているのか姿を正確に認識する事が出来ない。
認識障害系の魔法を纏っているのかもしれない。
『ランディは未熟とはいえ立派な勇者候補。殺める事は許可出来ません』
「いえ。手持ちに魔法薬があるので治療するかどうかを尋ねただけだったのですが…」
『……』
勘違いで出てきた精霊王とやらは赤っ恥を晒して沈黙した。
これ――別に私のせいじゃないよね?
『こほん。治療ならイオナが出来ますので問題は無いでしょう。彼女は優れた魔法使いであると同時に優れた治療師でもありますから』
「…そうですか」
私の本体の劣化版みたいな能力だなぁ。
『それよりも、あなたの力を見込んでお願いしたい事があります』
「なんでしょうか?」
『大魔王を倒す為に勇者達に力を貸して頂けないでしょうか?』
「えっと。私って既に勇者様のお供なのですけど」
ライノルに視線を向けるが困ったように微笑むだけで何も言ってくれない。
頼りない勇者(仮)だなぁ。
『分かっています。けれど、あなたの力を必要としているのではライノルだけではないのです。他の勇者達にも力を貸してはくれませんか?』
「他の…勇者様達ですか?」
私は困惑した表情を表面に出しつつ――心の中では目をキラン☆と光らせていた。
『はい。勇者達の隠れ里に居る英雄種達は剣だけではなく魔法に適正のある者も多く居ます。けれど魔法を教える事が出来る者が少なくランディやライノルのように魔法を使えない勇者も最近では珍しくないのです』
「あ。勇者様って魔法を使えなかったのですね」
「う。ごめんなさい」
まぁ薄々分かっていたけれどライノルは魔法を使えないようだ。
『そこであなたに英雄種の隠れ里で勇者候補達に魔法を教えて欲しいのです』
「私が勇者様達に…魔法をですか」
勿論、私にとっては渡りに船。
超好都合だ。
断る理由は――何処にも無い。
『無論、隠れ里に招待する前に大魔王の手の者でない事を詳しく調査させて頂きますが』
ですよねぇ~。
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