第24話 『魔王。分身体で勇者パーティとして活躍する』


「う…あ?」


 俺はボンヤリと目を覚ます。


 身体が異様にだるいし思考も鈍い。


 昨夜は本当に大変だった。


 分身体で暫定奴隷となったケティスという獣人の少女を少し可愛がっただけなのだが――速攻ソフィアに見つかった。


 勿論、俺は直ぐに土下座して謝って、それから…。


「ん~っ♡旦那様ぁ♡」


 一晩中ソフィアと愛し合っていた。


 確かに身体はだるいし思考も鈍いけれど…。


「(最高だった)」


 心も身体も満足して凄く良い気分だった。


 同じく満足そうに穏やかな眠るソフィアが俺の腕の中に居るのも最高だ。


「(今日はもう、このままソフィアと一緒にベッドでゴロゴロしていよう)」


 裸のソフィアを抱き締めて俺は怠惰な一日を過ごす事に決めた。




 ★




 と、まぁ本体は怠惰な1日を過ごすにしても、分身体は結局は働かなくちゃいけないのです。


 とほほ。


「何はともあれお金が無い!スミカちゃんのお母さんの形見を取り戻す為にも稼がないといけないし生活費も必要だ!」


 とライノル本人は意気込んでいるのだけれど…。


「勇者様にはお金を稼ぐ当てがあるのですか?」


「…冒険者なんか良いんじゃないかなぁ」


 出てきた案は博打に近かった。


 国外にも一応冒険者ギルドは存在しているけれど、しかし盛況かと言われると首を傾げる。


 人間種の国内のように低レベルの魔物ばかりが発生しているのなら兎も角、国外の魔物はレベルが高すぎて一般人では生きて帰れない。


 無論、国外に居るのは基本的に人間種よりもスペック的に高い種族達なのだけれど、だからと言って人間種の冒険者でいうA級以上の実力を持った者がゴロゴロ居る訳ではない。


 そういう訳で国外で冒険者というのは本当に選ばれた極一部の者にしかなれない非常に難易度の高い職業となっていた。


 まぁ、その分確かに稼ぎは良いのだけれど。


「私の記憶が確かなら冒険者ギルドに登録する際に銀貨1枚必要だった気がします」


「…スミカちゃん貸して」


 この勇者(仮)本当に情けない。






 冒険者ギルドに登録する際、当然のように種族と職業を聞かれた。


「俺は英雄種の剣士だ。将来は当然のように勇者になる予定だ!」


 まぁライノルは問題ない。


 年齢も一応15歳以上だったし。


「わ、私は…獣人の…奴隷です。戦いは…未経験です」


 ケティスは14歳だが奴隷なので冒険者の付属品扱いになる。


 ライノルと同じく問題はない。


「えっと。私は人間種の魔法使いなのですが…」


「…え?」


 で。当然のように問題になるのは私だった。


 そもそも人間種という時点で『ここ』――国外に居るのは問題だし、それが魔法使いというのだから相当な『レア』という事になる。


「スミカちゃんって人間種だったんだ」


「はい。ちょっと…色々ありまして」


 目を逸らして俯いてみせると2人は追求してこなかった。




 ――計画通り




 なんか『お姉ちゃん』みたいだが、ともあれ面倒な追及を避けられたので良いだろう。


「兎も角、俺達3人で冒険者になる!」


「奴隷は付属品扱いなのでお2人の登録料で銀貨2枚になります」


「…スミカちゃん、お願い」


 本当に情けないな。この勇者(仮)。






 ともあれ早速依頼を受ける事になったのだけれど…。


「討伐依頼。討伐依頼。これも討伐依頼」


 掲示板の張ってある依頼書は殆どが討伐依頼ばかりだ。


 中には奴隷商人の原因不明の爆死の調査依頼なんてものもあったが、これはスルーするのが吉だろう。


 てか。あの奴隷商人、もう商談をつけて爆死してたのか。


「どうしますか?魔物の討伐依頼は難易度が高そうですけど」


「…俺は英雄種だ。成せばなる!」


 ライノルの鶴の一声で私達は討伐依頼を受ける事になった。






 この世界は『剣と魔法の世界』ではあるけれど『ゲーム』ではない。


 強い魔物を倒せば一気にレベルアップして強くなれる――なんて事はない。


 剣技や魔法を習得する事は出来るけれど、それが明確な『スキル』として表示される事もなければ実力に反映される事も無い。


 魔物を倒して得られるものと言えば魔物の死体から得られる素材と――魔物と戦って倒したという経験のみ。


 剣士として強くなる為には当たり前のように『地道な訓練』が必須だった。


 ライノルは英雄種として隠れ里で過酷な訓練を積んで来た事は想像に容易いが、それでも所詮は15歳の少年だ。


 戦闘経験は乏しいし身体だってまだ完全には出来上がっていない未成熟なままだ。


「たりゃぁっっ!!」


 それでも『英雄種』というのは並の一般人と比べて相当な基本スペックを持っていた。


 巨大な蛇を相手に優勢に戦いを進めるライノル。


 このまま戦えば確かに勝てる。




 これが1対1の戦いであったならばの話だが。




「くっ。スミカちゃん逃げろっ!」


 巨大な蛇と戦うライノルを回り込むようにして巨大な虎が私とケティスに狙いを定める。


「ひぃっ!」


 ケティスは怯えて私にしがみついて――自覚はないだろうが私の逃亡を妨害していた。


 まぁ最初から逃げる気はないのだけれど。


「くそぉっ!どけぇっ!」


 ライノルは必死に目の前の巨大な蛇を追い払おうとしているが国外に出現する魔物がそんなに簡単に退散するような事はない。


 で。そんなライノルを尻目に私達に襲い掛かろうとしている巨大な虎は…。


「私、魔法使いだってちゃんと自己紹介したんだけどなぁ」


 私の指先から発射された熱閃を直撃させられて頭をふっとばされて絶命した。


「…え?」


 呆気に取られるライノル。


 隙だらけで巨大な蛇に噛み付かれて…。


「えいっ」


 噛み付かれる前に熱閃で頭を貫通させて絶命させた。


 この炎の分身体、本来は偵察用にしか使えないものだが式符を仕込んで五感を、魔法石を仕込んで魔法を、圧縮球体を仕込んで予備の『ホーミング・レーザー』を使えるように細工してある。


 使える魔法は初級までだが、それは逆に言うと『アトミック・レイ』も使えてしまう訳で、本体とそれ程変わらない基本スペックがあったりする。


 その気になれば『サークリ・リッパー』や『ホーミング・レーザー』も自力で使えるが、魔法石に蓄えた大魔王の魔法力を消費してしまうので基本は消費の少ない単発の『アトミック・レイ』を使う事になる。


 ちなみに消費するといっても魔法石に命令設定で『周囲から魔力を吸収』出来るようにしてあるので時間は掛かるが回復も出来る。


 魔力の回復は並の人間よりも遅いが、魔法石に魔法力を篭めたのが大魔王なので常識的な魔法使いの数十倍から数百倍の魔法力があったりする。


「えっと。スミカちゃんって…強いんだね」


「魔法使いですから♪」


 伊達に本体がS級魔法士や魔王をやっている訳ではないしね。


「ご主人様…凄いです♡」


「ありがと」


「~♪」


 称賛してくるケティスの頭を撫でると嬉しそうに尻尾を振る。


「……」


 ライノルが羨ましそうに見ているが代わって欲しかったらさっさと借金を返せば良いのだ。


 え?こんなに簡単に実力を見せて良いのかって?


 私から言わせて貰えば下手に隠してどうするって話だ。


 ちゃんと勇者パーティとして相応しい実力がある事を示す必要があるし、消耗を避ける為に余り連発出来ない事も話しておけば無理をさせられる事も無い。


 寧ろ下手に隠して後で必要になった時に『どうして隠していた?』と問い詰められる方が不信感を持たれてマイナスだ。


 よく『実力を隠す方が格好良い』とか思っている馬鹿が居るみたいだが私から言わせて貰えば隠すのは『切り札』の方だ。


 通常の実力というのは普段から見せておかないと身動きが取りにくくて仕方なくなる。


 無駄な称賛を受けたくない?


 そんなの世渡りが下手な奴の言い訳だ。


 私には面倒な称賛などはライノル辺りに押し付けて美味しいところだけを掻っ攫える器用さがあるしね♪


 そういう訳で私は勇者パーティの戦力として活躍する事になった。




 ★




 私がこの世界で所有する『チート』は本体が持つ『魔法の鞄』しかない。


 まぁ私――というか本体の頭脳がそもそもチートだと思うが、それは本体が元々持っていたものなので文句を言われても困るだけだ。


 ともあれ『魔法の鞄』は有用ではあるけれど世界に1つしかない。


 それを本体が所持している以上、私が使う事は出来ない――なんて事はない。


「魔法の鞄-ON」


 この『魔法の鞄』の本当にチート性能なところは『合言葉1つで簡易空間から自由に出し入れ出来るところ』なのだ。


 つまり本体が簡易空間に収納した後に私が合言葉を使って簡易空間から取り出せば離れた距離に居る私と本体で交互に使う事が出来るし、中身も共有出来るという訳だ。


 私が手に入れた珍しい物を本体に送る事も出来るし、私が欲しいと思っている物を本体から送って貰う事も出来る。


 まさにチートと呼ぶしかない性能だ。


 流石にサミエルの使う転移魔法ほど万能ではないけれど闇魔法に適正のない私にとっては非常にありがたいアイテムだった。


 ん?分身体である私に『魔法の鞄』を使う権利があるのかって?


 実験してみたら普通に使えたし、そもそも分身体であっても本体も別人とは思っていない以上『離れた距離に居る自分』程度の認識だ。


 本体がそういう認識である以上、私が使えても何の不思議も無い。


 ちなみにこのチート能力で1番ありがたいのは『式符や魔法薬』の補充が容易である事だろう。


 どちらもソフィアちゃん頼りだけど。






「ご主人様」


「ん?なぁに?」


「お金…あんまり溜まりませんね」


「…そうねぇ」


 チートな『魔法の鞄』は兎も角、現在私がパーティを組んでいる勇者一行の金策は余り芳しくなかった。


 討伐依頼は何件か受けたのだけれど、それでも溜まった金額は精々金貨数枚程度。


 生活費や旅費には十分だけれど――ケティスの代金としては余りにも微小な額だった。


「普通に金貨50枚以上稼ごうと思ったら数十年単位の時間が掛かるものだしね」


 それを考えれば僅か1週間で金貨数枚――数百万円を稼げる冒険者は確かに破格なのだけれど、私達のパーティのリーダーである勇者(仮)にとっては少なすぎる額だった。


「俺はいつになったらケティスちゃんのケモミミをもふもふ出来るんだぁ~!」


 まぁ金を稼ぐ目的はどうかと思うが。


「あ。一応勇者様にお貸しした金額を表記しておきました。それによると今の借金額は…金貨58枚と銀貨8枚に銅貨24枚です」


「…そっすか」


 日本円にして5808万2400円くらい。


「細かいと思われるかもしれませんが私の経験上、お金を曖昧に管理すると後々取り返しの付かない関係の亀裂を生む事になりますので」


「…そうだねぇ~」


 一応討伐依頼で稼いだ金額は私とライノルとで山分けになっているので彼も金貨数枚は手持ちにある筈だが借金の返済には使われていない。


 お金が入る度に借金返済に充てていては何か必要な物があったときに困るし、財布の中が常に空というのも困りものだ。


「利子は10日で1割でよろしいでしょうか?」


「…え?」


「冗談です♪」


「あ、あはは~。スミカちゃんって冗談も言える子だったんだぁ~」


 金貨58枚以上をトイチで取ったら数ヶ月待たずに雪だるまが完成してしまう。


 そうなってしまったら彼は延々と借金を返す為のマシーンになってしまうので英雄種の隠れ里を探し出すという目的を達成出来ない。


 正直、私はこんな任務はさっさと終わらせたいのだ。






 今日も討伐依頼を受けて街の外へと出掛ける事になる。


 正直、お金に余裕のある私としてはこんな事は不毛としか言えないのだけれど下手にライノルを1人で街の外に出して魔物に殺されては目的が達成出来なくなる。


 仕方なく今日もお目付け役として一緒に討伐依頼をこなす事になったのだけれど…。


「…何か来る」


 討伐目標である大きな熊を数匹倒して今日の仕事を終わらせた後、ライノルが何かの接近を察知した。


「分かるのですか?」


 魔法力を使って探査する『ソナー』や『レーダー』は『アトミック・レイ』以上に魔法力を消費するので普段は使っていない。


 だから私には何かが接近しているのが分からなかったのだがライノルは『勇者の勘』のようなもので何者かの接近を察知出来るらしい。


「ご主人様…本当に何か…来ます」


「ケティスも分かるのね」


 ケティスの方は獣人の勘か、それとも鋭い嗅覚によってかは分からないが確かに何かの接近を感じているらしく尻尾の毛が逆立っている。


「来るっ!」


 そしてライノルの合図と共に『それ』は轟音を立てて私達の目の前に着地した。


「大きな…狼?」


 それは私達が普段討伐依頼で倒している魔物の数倍はありそうな全長10メートルを越えるような大きさの巨大な狼だった。


「あ…ああ…あああ…」


 その巨大な狼が現れると同時にケティスはガタガタ震えながらその場に座り込んでしまった。


「フェ、フェンリル…だと」


「フェンリル?」


 確かそんな感じの狼王の伝説が前世の世界にあった気がする。


 あった気がするのだが、それはそれとして…。


「あ」


「……」


 この人、何やってくれてんの?


 私はそのフェンリルとやらの背に乗って気まずそうに私の視線から目を逸らしている人物――魔王サミエルをジト目で見つめる。


 私の本体を除く3人の魔王はそれぞれに異なる配下を持っている。


 妖艶の魔王エルズラットは吸血鬼やサキュバスなどを主な配下として、骨の魔王タキニヤートはアンデッドや悪魔を配下とし、そして転移の魔王サミエルは凶暴な獣達を配下としていた。


 恐らく、このフェンリルもサミエルの配下の1匹なのだろうけれど…。


「こ、ここは俺が食い止める!2人は逃げるんだ!」


「ひぃっ!」


 ライノルは完全に撤退を視野に入れて行動を起こし、ケティスは完全に戦意を失って震えている。


「え~…貴様からか。最近我が領域の配下を狩りまくっている愚か者は」


「あ~」


 ここってサミエルの領域だったんだ。


 棒読みのサミエルの台詞で『ここ』がサミエルの領域だったのだと初めて知った。


 で。最近ここらの魔物――サミエルの配下が狩られているので様子を見に来たら、その配下を狩っている奴が勇者一行(主に私)だった為に、どうしようかと困っているというところだろう。


 ここに送り届けたのはお前だろうが!


 このくらいの事くらい予想しておけや!


 本当に頭の固い融通の効かない魔王だなぁ!


「(…とか言ってやりたいけど勇者一行の前で会話するのはまずいなぁ)」


 まったく面倒臭い奴が現れてくれたものだ。


「勇者様。アレは強いのですか?」


「あ、ああ。今の俺達には逆立ちしたって勝ち目はない!」


「そ、そうなのですか」


 そんな事を大声で言うなや。


 というか正直な話をすればフェンリルくらいなら私1人でも余裕で勝てそうなんですけど。


 流石に分身体のままではサミエルには勝てないだろうが、試しにフェンリルをスキャンしてみても勝てない要素が見つからない。


 確かに強力な固体だし今まで狩ってきた魔物とは比べ物にならない程に強いというのは分かるのだが…。


「(フェンリル…というかサミエルの配下の獣全般が基本的に『地属性』の魔物だから『火属性』の私との相性が良すぎるのよねぇ)」


 中には『風属性』を持つ鳥の獣も居るだろうけれど、それでも相性が悪いという程ではない。


 そういう訳で私はまったくフェンリルに対して驚異を感じていなかった。


「それなら一か八かで皆で逃げましょう」


「いや。俺が足止めを…」


「いくわよ。ケティス」


「は、はひっ!」


 震えるケティアの腕を引っ張って走って逃げる。


 ライノルの戯言なんぞ完全スルーだ。


「ちょっ!待ってくれぇ~!」


 そうして、あっという間に私を追い抜いていく勇者(逃走)。


 更にケティスを先行させて走らせつつ私は背後を振り返り…。


「(大魔王様にチクるかんな)」


「っ!」


 私が口パクだけで伝えるとサミエルは明らかに涙目になってビビッていた。


 知るか。自業自得だ。




 ★




「それで?何か言い訳でもしに来たんですか?」


「も、元はと言えば君がボクの配下を狩りまくっているのがいけないだろう!」


 あの後、サミエルは速攻で本体である俺の元へと尋ねてきた。


 今日は1日ソフィアとベッドの中でゴロゴロする予定だったのに良い迷惑だ。


「勇者一行として潜り込んでいるのですから魔物を庇うなんて行動は取れませんよ」


「そ、それでも君ならなんとか出来ただろう!」


「…というかですね。私はあの地がサミエル様の領域である事すら聞かされていなかったのですが?」


「う」


「送る際に言って下されば最低限の考慮はしましたよ。今更魔物退治を辞めようと提案すれば怪しまれるだけじゃないですか」


「ぐぅ」


「分かっているとは思いますが私は『大魔王様の命令』で行動しているのです。今回の事は明らかに『大魔王様の命令の妨害』に当たりますよ」


「ぼ、ボクにそんなつもりは…」


「少し考えれば、あの付近で魔物を狩っているのは私の分身体を含めた勇者一行である事は予想が付くでしょう。どうして自ら姿を現すなんて事をされたのですか?」


「…なんとなく?」


「………大魔王様には報告しておきますからね」


「うぅっ!」


 涙目になっても知らん!


 

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