第26話 『魔王。大魔王と精霊王の関係を知る』
さて。どうしよう。
英雄種の隠れ里に招待して貰える事になったのは嬉しいが、その前に大魔王の手先じゃない事を調査されてしまう事になった。
「調査…とは何をするのでしょう?」
『特に何も。身体を楽にして自然体でそこに立っていて下さい』
「分かりました」
ふむ。
これは、つまり私の本体が使う『スキャン』みたいなものかな?
これだと私の正体――炎の分身体である事がバレてしまうが、それより拙いのは大魔王の魔法力が篭められた魔法石の存在だろう。
「っ!」
なんて事を考えている内に精霊王の調査が始まったらしく私の身体を何かが通過するような感覚が走り抜けた。
『これはっ…!』
そこで初めて精霊王は驚きと共に目を見開いた。
『あなたはもしや…』
「私は…唯の人間種です」
『そう…ですか。そうですね。あなたは唯の人間種です』
「…はい」
無論、私の身体を調査した精霊王には私が炎の分身体である事は分かったのだろうけれど…。
「(式符や圧縮球体が仕込まれた炎で構成された身体。常識的に考えるならばゴーレムに近い魔法生物という事になる。でも自我が確立して自分を人間種だと言い張る事で『誰かに作られた』という想像をさせる)」
そこまで想像させれば後は簡単に誘導出来る。
「(私を作ったのは大魔王の配下の誰かで、更に私は大魔王に強い恨みを抱いている。勇者一行に力を貸しているのは恨みを晴らす為…とか勝手に思ってくれるわね♪)」
え?大魔王の魔法力が篭められた魔法石はどうしたのかって?
そんなの『魔法の鞄』にポイっと放り込んで簡易空間に仕舞い込みましたけど何か?
更に言うと既に式符で蜂型の式紙を作ってランディとライノルにくっつけてあります。
例え私が精霊王の診査に不合格になっても時間を掛ければ英雄種の隠れ里まで案内してくれるでしょう。
つまり保険もバッチリって事だ。
『良いでしょう。あなたを英雄種の隠れ里に招待致します』
「…分かりました。私に何処まで出来るかわかりませんが微力を尽くさせて頂きます」
『感謝致します。ランディ、転移石を使って隠れ里まで送って差し上げなさい』
「畏まりました。精霊王様」
「待ってくれ!スミカちゃんが行くなら俺も行く!」
「私も…置いて行かない下さい」
「……」
名乗りを上げるライノルとケティスに視線を送り、更に精霊王に伺いを立てるランディ。
『構いません。転移石に残った魔法力を使えば全員を連れて行く事も出来るでしょう』
「畏まりました」
そうして私、ライノル、ケティス、ランディ、イオナの5人を転移石は難なく運び去ってくれた。
こうしてついに私は――英雄種の隠れ里を見つけ出す事に成功した。
「ここが…英雄種の隠れ里ですか」
「精霊王様に感謝するのだな。本来なら英雄種以外の者が立ち寄る事など絶対に出来ない聖域なのだから」
私にさっきコテンパンに負けた癖に、もう立ち直って威張り散らしてくるランディ。
こういうタフさが勇者の所以?
それとも単純に故郷に帰って気が強くなっているだけかな?
「ここが勇者発祥の地…ですか」
「何もないところだろ?身体を鍛えるなら何処でも出来るって言うけど、娯楽も無い場所だから退屈な所だよ」
少し自嘲気味に言うライノル。
家出した訳じゃないけど余り故郷が好きではないという事か。
「俺が勇者を目指したのは本当は勇者候補にならないと外に世界に出して貰えないからなんだ。こんなところで一生を終えるなんて…御免だよ」
「そう…だったのですか」
まぁ確かに異世界転生者なら、こんなところに一生閉じ込められるなんて御免だろう。
「でも勇者になりたかったのも本当だよ。大魔王を倒して本当の英雄になるなんて…格好良いじゃないか」
「それだけの為に倒されるのでは、こちらは溜まったものではないがな」
「 「 「 「 『 !!! 』 」 」 」 」
『その声』に私の除いた4人と『精霊王』が驚愕して振り返る。
その中で私だけが『彼女』に対して恭しく跪いて頭を垂れた。
「お待ちしておりました。大魔王様」
「うむ。任務ご苦労であった」
英雄種の隠れ里への大魔王の襲撃が開始された。
『お、お前っ…』
「ほぉ。久しいな精霊王よ。相変わらずコソコソと姑息な策略を練るのが好きのようだのぉ」
大魔王の姿を見て驚く精霊王に対して大魔王は尊大な態度で笑う。
「ラルフよ。いや、今はスミカであったか?」
「お好きな方をお呼びください。大魔王様」
「ふむ。なら女の時の姿ならスミカと呼ぶか」
「はい。なんでしょうか?」
「英雄種の隠れ里を発見しただけではなく、私の宿敵とも言える相手をも引っ張り出すとは見事だ。天晴れよ」
「あ~。やっぱりアレとはそういう関係ですか?」
「…想像に任せる」
どうやら相当な因縁があるらしい。
『貴様っ!貴様ぁっ!』
「本性を現したって感じですね」
「ふん。元より気性の荒い女だ。下手な演技より鳥肌が立たない分、こちらの方がマシというものよ」
「確かに下手な演技でした」
「くっくくく。貴様に比べれば誰であっても『下手な演技』になろう」
『騙したなぁ!貴様ぁっ!』
好き勝手に話す私と大魔王に対して、やっと精霊王が私に怒りの視線をぶつけてくる。
「何を今更」
『貴様…大魔王の手先であったのかぁっ!』
「私の正体を調べておいて気付かないお前が阿呆なんだろ」
『っ!』
「くっくくく。無茶を言うなスミカよ。貴様に本気で演技されて見破れる奴がこの世に何人も居るものか」
「…『ここ』に1人居るみたいなんですけど」
「くっはっは!対等の条件ではないからのぉ」
「……」
本当に厄介だよ。この大魔王。
「さて。それでは…そろそろ始めるかのぉ」
『っ!何をしているっ!大魔王の襲撃だぞっ!迎撃せよ!』
私を除けば大魔王と精霊王しか付いて来られなかった会話にやっと他のメンバーが我に返って――動揺した。
「大魔王の襲撃って…そんなのどうすれば…」
『大魔王は私が何とかする。お前達は『それ』を始末しろっ!』
『それ』と言って私を視線で指定してくる精霊王。
「ま、待ってくれ!どうしてスミカちゃんを…!」
『戯けが!こやつは大魔王の手先だと分からんのかっ!』
「っ!」
ライノルは更に動揺、混乱しているが――まぁどうでも良い。
「ご、ご主人様」
「どうする?ケティス」
「…え?」
「暫定の主人と本当の主人が敵対してしまったわよ。あなたはどちらに付く?」
「っ!」
ライノルと同様に大きく動揺し、混乱するケティス。
「死ねぇっ!」
「精霊よ。力を貸して!」
その中で精霊王の命令に忠実に動くランディとイオナ。
まぁ、その行動は正しいと言えば正しいのだけれど…。
「 「 なっ! 」 」
特別な力が何も含まれて居ない剣撃と炎の精霊による攻撃魔法でなければの話だけど。
私の身体、斬られても多少炎が漏れる程度でダメージなんて受けないし、炎の身体に炎の攻撃なんて通じる訳も無い。
「に、人間種じゃ…ない」
「それどころか生物ですらないわっ!」
「ああ。そういえば、まだ自己紹介もしていませんでしたねぇ」
大魔王の配下として戦う以上、少しくらい格好をつけても構わないだろう。
「私は大魔王様の配下の1人『魔王ラルフ』の分身体『スミカ』です。以後お見知りおきを」
「ま…おうっ!」
「そして…さようなら」
「 「 っ! 」 」
敵対したランディとイオナの頭を『アトミック・レイ』で吹っ飛ばした。
勿論、頭部を無くして即死して――ドシャリと地面に倒れる。
残る2人――ライノルとケティスに視線を向けるが未だに動揺が強く行動を起こす事が出来ないでいる。
一方で大魔王と精霊王との戦いの方は…。
『馬鹿なっ!貴様っ…死に掛けの癖に何故こうも動ける!』
「くははっ!それは一体いつの話をしておる?正しく状況を認識出来ぬのなら…貴様が死ぬだけぞ?」
『ぐぅっ!』
別次元の戦いを繰り広げていた。
正直、どういう戦いになっているのかさえ分からないが一見して互角――だが会話からすると少し大魔王が有利といったところか。
「なるほどねぇ。実力が五分か、ちょっと劣るくらいで勝てるかどうか分からないから英雄種から勇者を生み出して大魔王に呪いを掛けていた訳か。英雄種を消費して大魔王にちょっとずつダメージを蓄積させる作戦ね」
「…え?」
私の見解に反応したのは未だ混乱中のライノル。
「大魔王と精霊王。どちらが善でどちらが悪というような区別はないのでしょう。2人はカードの表と裏のように同種の存在。けれど大魔王が世界を支配して、精霊王にはそれを取り返す力が不足していた。だから英雄種を取り込んで大魔王を弱らせる為に利用してた訳」
「……」
「勇者が大魔王を打倒しなくてはいけない理由はなんだって聞かされていたの?」
「え?それは…大魔王の支配から世界中の人々を解放する為に…」
「あら。私達が滞在していた街も大魔王の支配下にあったけれど住んでいた人達は大魔王に苦しめられて助けを求めていたのかしら?」
「……」
「こんな狭い場所に閉じ込めて世間から隔絶されているなら精霊王の言う事なら何でも信じてしまうわよねぇ」
「っ!」
私の言いたい事を理解したのか愕然とするライノル。
「俺達は…精霊王に騙されていた…のか?」
「さぁ?私はどちらかと言えば大魔王側の人間だし、精霊王が英雄種に何をしていたのかも詳しくは知らないもの」
「……」
「どうしても知りたいなら自分で調べないと始まらないわよ」
「……」
通常の英雄種ならアイデンティティの崩壊になるのだろうけれど、ライノルは異世界転生者である為『地球の常識』を持ち合わせている。
「分かった。皆と相談してみるよ」
「前向きに検討する…とでも言っておくと後の対応が楽になるかもしれませんよ」
「ははっ。胡散臭い政治家みたいだね」
はい。これで完全確定。
この人、間違いなく異世界転生者だね。
99%の確信が今100%に変わった。
「あの戦い…どうなると思う?」
「さぁ?でも恐らく決着は付かないと思います。長い年月を掛けて争い続けても膠着状態なのですから今日決着が付くというのは都合が良過ぎるでしょう」
「…そうだね」
私が求めるのはあくまで『ベター』であって『ベスト』ではない。
「まぁ助っ人は来たみたいですけど」
「え?」
私が背後を振り返ると、そこには不機嫌そうな顔の魔王サミエルが佇んでいた。
「任務達成出来たのならボクに知らせるのが道理というものじゃないのかい?」
「…大魔王様に教えて貰っていなかったのですか?」
「むぅ」
私が尋ね返すと最高に不機嫌ですって感じの顔になるサミエル。
「まぁ、どの道あの戦いには手出し出来ませんし邪魔をしようとする英雄種を止めるくらいしか私達にはやる事がありませんけどね」
「精霊王が来ているなんて聞いてないよっ!」
「だから。私に文句を言われても困るのだけど」
「むぅ!」
地団太を踏みそうなくらい悔しがっている。
「これが魔王サミエル。なんか…思っていたのと違う」
困った感じで呟くライノル。
気持ちは凄く分かるけどねぇ。
「一応、他の魔王にも召集掛けた方が良くないかな?」
「魔王が4人揃ったところで『あの戦い』に介入出来るとは欠片も思えませんけど?」
「…知らせておかないと拗ねるんじゃないかな?」
「そんなのサミエル様だけです」
「君、なんかボクに対して意地悪じゃない?」
「何処かの誰かさんのせいで任務を邪魔されたのを根に持っているなんて事はありませんよ?」
「ぐ。謝ったじゃないか」
なんて会話をしていると背後で『あれはそういう事だったのか』とか納得した声が聞こえてきたけどスルーしておいた。
大魔王と精霊王の戦いは数時間ほど続いたが…。
「ちっ。逃がしたわ。相変わらず逃げ足だけは天下一品な奴よ」
精霊王の逃亡という形で幕を下ろした。
「ラルフ」
「この姿の時はスミカと呼ぶんじゃありませんでしたっけ?」
「おお、そうであった。スミカよ。準備は出来ておるな?」
「勿論です」
「うむ。ではサミエルよ。私は先に帰るから後の事は頼んだぞ」
「ははっ」
という感じで後始末をサミエルに押し付けて大魔王は転移で去って行った。
★
「それで結局最後まで次元が違い過ぎて戦いの詳細が全く分からなかったのですが大魔王様が優勢だったと思って良いのでしょうか?」
「まぁ多少はな」
俺の自宅にやってきた大魔王の治療をしながら一応戦いの顛末を聞いていた。
「くっくくく。あやつめ、私が勇者どもの呪いで弱っていると思って油断しておったからのぉ。開幕と同時にドぎついのをお見舞いしてやったら目を白黒させておったわ」
「…楽しそうですね」
「うむ。完全に不調が払拭された事も証明出来たし精霊王の奴をギャフンと言わせる事も出来た。爽快ぞ♪」
精霊王とは本当に因縁の対決だったらしく大魔王はかなりご機嫌だった。
身体は結構ボロボロになっていたけど俺が治している最中だし。
ちなみに一応大魔王の話に付き合ってはいるのだが…。
「……」
背後からジト目で大魔王の睨むソフィアさんが超恐いです。
別に大魔王と仲良くしている訳じゃないんだけどソフィアさんはヤキモチ焼きなので許容してくれません。
ソフィアが一緒に居ても怒らないのは『お姉ちゃん』くらいなんだよぉ。
「ところで大魔王様。今回の報酬なのですが…」
「何処かの魔王の分身体がくすねていった転移石なんぞ私は知らんぞ」
「…ありがとうございます」
バレバレだったよ!
ド畜生がっっ!!
「くっくくく。貴様のその顔を見る為に自然と目敏くなってしまってのぉ。戦いに熱中していると思って油断したのぉ」
「ぐぅ」
あの次元の違う戦いを繰り広げながら俺の分身体の行動に目を向ける余裕があったのかよぉ!
まぁ、でもとりあえず転移石を俺の物にして良いようなので色々と研究の上で役立たせて貰おう。
主にソフィアとお出掛けする時に♪
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