第9話 『まだ16歳。被害者増大中』
☆王立魔法学院・学院長
「さて。それでは御用件をお伺いいたします。閣下」
私は学院の応接室で対面に座った紳士然とした『閣下』を相手に2人だけの会議を開始した。
「うむ。君から推薦のあった『彼』についての話なのだがね…」
「ああ、彼ですか。どうでしたか?」
「その…君は本気なのかね?」
何故か会議の開始早々私は閣下に正気を疑われていた。
「どういう意味でしょう?」
「私が独自に調査した結果によれば…」
そう言って書類を取り出して、捲って目を細める閣下。
「君の推薦する『彼』は何故か王都の冒険者ギルドに所属した挙句『権限』も使わずに低級に留まった上、気に入った少女を侍らせるだけでロクに依頼も受けていないそうだ」
「……」
「君は本気でこの男を推薦する気なのかね?」
「ええ。そのつもりですよ」
閣下の質問に特に躊躇する事無く私は即答する。
「理解出来んな。噂の『歴代最速』を調べてみれば出てきたのがコレでは拍子抜けも良い所だ。本当にこの男は優秀なのかね?」
「…証拠をお見せ致しましょうか?」
「何?」
「失礼します」
私は閣下の持っていた書類を借りて『アドバイス通りの内容』を確認する。
そして、その内容を確認すると同時に懐から茶色いガラスビンと取り出して中に入っていた錠剤を取り出して口の中に放り込んだ。
「それは何かね?」
「ああ。最近少し胃が荒れ気味なので胃薬を愛用しているのですよ」
私は笑って口に含んだ錠剤をポリポリ噛んで飲み下す。
「さて閣下。この部分について少し質問してもよろしいでしょうか?」
「何かね?」
「この書類に書いてある彼が侍らせている『少女』についてです」
「?」
困惑する閣下に対して内心で嘆息する。
「まぁ確かに、この調査書は『彼』に対する物ですから彼が侍らせている少女についての詳細が書かれていなくても不思議ではないかもしれませんね」
「…何が言いたいのかね?」
「いえいえ。例えば少女の容姿についての詳細がない事はまだしも、その少女の名前すら表記されていないのはどういう事なのかと思いましてね」
「…え?」
閣下は私から書類を受け取って改めて見直してみるが、私が確認した通り少女の名前すら何処にも載っていないのは事実だ。
「…調査員の怠慢のようだな」
「あははっ。ご冗談を、閣下。閣下のお使いになっている調査員なのですから『優秀』で『忠実』な人材なのは間違いないでしょう。その調査員が怠慢などとご冗談を」
「…何が…言いたいのかね?」
「ですから…」
私は言いながら再度胃薬を取り出して、噛み砕き、嚥下しながら話を続ける。
「その調査員が怠慢を起こして仕事を半端にしたのではなく、その少女の情報が完璧に隠蔽されていたと考える方が自然ではありませんか」
「…は?」
私の言葉に閣下は呆けて『理解出来ない』という顔をする。
「悪いが少し…考える時間をくれるかね?」
「どうぞ」
閣下は私に一言断ってから眉間を指で押さえて話の内容を整理しようと勤めているようだった。
「つまり…君はこう言いたいのかね?その少女の情報は強固に隠蔽されていて、私の手持ちの調査員では詳細を知る事すら出来なかったと」
「いえいえ。まさか!」
私は笑って否定する。
「閣下のお抱えの優秀な調査員が少女1人の詳細さえ掴めないなどと、そんな事ありえる訳がないではありませんか」
「では何故少女の詳細が書かれていないのかね?」
「それは勿論、閣下の調査員が閣下に対して『忠実』な人材だからですよ」
「…ありえんだろう」
私の言っている『意味』が理解出来たのか閣下は私の言葉を否定する。
「奴らは私の為なら死すらも厭わない『忠誠心』を持った調査員だ。私を『裏切る』事など絶対にありえない」
「いえいえ。そういう話ではないのですよ。閣下」
私は苦笑しつつ――更に胃薬を口に放り込んで噛み砕く。
「彼らは勿論閣下を裏切ってなどいないのです。ただ強過ぎる『忠誠心』というのが問題になるのですよ」
「どういう意味かね?」
「ええ。だから彼らは閣下に対して強い忠誠心を持ち、閣下を裏切るなどあえない価値観の持ち主達ですよね?」
「ああ」
「だから簡単に懐柔出来てしまうんですよ」
「…は?」
私の言葉に閣下は純粋に呆けた。
「閣下に対する強過ぎる忠誠心が在るからこそ、その忠誠心を利用されてしまうのです。閣下を絶対に裏切る事のない価値観を持っているからこそ『裏切っていない』と思い込ませれば簡単に手駒に出来るのです」
「君は…何を言っているのかね?」
「平たく言えば閣下の調査員達は閣下への忠誠心を持ち続けたまま、更に裏切っていないという安心感を持って…既に『彼』の手駒に成り下がっているという事です」
「っ!」
閣下の頬を汗が一滴滑り落ちていく。
「いや。いやいや。ありえんだろう。そんな事…出来る訳がない」
「ちなみに私も『彼』に対して独自に調査をしてみたのですがね」
私は一旦席を立って自分の机の引き出しを開けて茶色の封筒を取り出してから席に戻る。
「何故、私が閣下の調査員が既に手駒となっているのか断言出来るのかと言うと、全てこの書類に書かれていたからなのですよ」
「…優秀な調査員を持っているのだな」
「いえ。これは『彼』から直接送られてきた書類です」
「…へ?」
「いやぁ~。私も驚きましたよ。彼を調査しているつもりだったのに、いつの間にか調査されていたのは私の方だったなんて…ねぇ?」
「……」
「特にこっちの書類なんて読んだ瞬間に鳥肌が立って震えが止まりませんでしたよ」
「何が…書いてあったのかね?」
「勿論『私の事』ですよ」
「……」
「御丁寧に私の食生活にアドバイスしてくれたり、運動不足には何が良いか助言をくれたり、人間関係での悩み事に相談に乗ってくれたりしましてねぇ。勿論そんな事誰にも言っていませんし、そもそも王都にいる筈の『彼』に知る術は無い筈だったのですがねぇ」
「……」
「いやぁ~。あの日は本当…一晩中ベッドで震えて一睡も出来ませんでしたよ」
私はビンから直接胃薬をジャラジャラ口の中に流し込んでボリボリと噛み砕く。
「そ、それ…そんなに大量に飲んで大丈夫なのかね?」
「ああ。これは彼が送ってくれた特性の胃薬なのですよ。例の少女はソフィアさんというらしいのですが優秀な水魔法の使い手で製薬を専門としているらしいのですよ」
「……」
「最近、市場に流通している魔法薬も彼女の作品らしくて、その自慢話なんかもされましたよ。早朝の学院長室に胃薬と一緒に手紙が置いてあった時には朝食を全て吐き出してしまいましたが、この胃薬のお陰で今は元気に過ごせていますよ」
「……」
「閣下も如何ですか?この胃薬良く効きますよ」
「あ、ああ。少し…貰おうかな」
「少しと言わずに1ビンどうぞ。閣下の分も『彼』が用意してくれましたから」
「…え?」
「それと…こちらの書類を渡しておいて欲しいと頼まれまして」
私は『私の書類』と一緒に入っていた書類を閣下に差し出した。
「…何故かなぁ。凄く…読みたくないなぁ」
「あはは。お気持ちは分かりますが現実は何も変わりませんよぉ?」
「そ、そう…だな」
閣下は顔に大量に脂汗を浮かべながら震える手で書類を捲り始め…。
「……」
そして無言で胃薬のビンを開けて中身をジャラジャラ口に流し込んでボリボリ噛み砕き始めた。
「…うむ。この胃薬は本当に良く効くようだな」
「でしょう?もうこれを手放す事など考えられませんよ」
「定期的に私の元へ届けて貰うように注文を出しておくかな」
「あはは。そんな手間を掛けなくてもきっと王城に帰ったら閣下の部屋に山ほど届けてありますよ」
「…そうだな」
そう言って引き攣った笑いを漏らす閣下。
王国筆頭宮廷魔法士様。
この国で魔法使いを取り仕切る1番偉い人は『彼』について私と同じ事を考えたようだった。
即ち…。
「 「 (こいつだけは絶対に敵に回したらダメだ) 」 」
という事だった。
「ともあれ。これで私が彼を推薦した理由をご理解いただけたかと思います」
「うむ。十分に理解した」
私と閣下は共に胃薬をポリポリ食べながら共感する。
「しかし、彼は『仕事』を引き受けてくれるのかね?」
「彼が冒険者ギルドでダラダラしている理由はまさに『それ』でしょう」
「うん?」
「私から見ても彼は『打算的な人間』です。きっちり『報酬という名のエサ』を与えていれば、その分だけはキッチリ働く人間ですから」
「……」
「そういう人間だけに仕事に私情は挟みませんし、報酬がキチンと支払われてさえいれば裏切る事はありえません」
「それは…報酬次第で裏切るという事ではないのかね?」
「支払われる報酬など彼にとっては二の次ですよ」
「何?」
「彼にとって一番重要なのはソフィア嬢との共に過ごす時間なのです。その為の環境を整えてくれる『コネ』が必要で、その為に我々のような立場の人間を利用しているのです」
「……」
「その前提条件さえ守られるなら、彼はどんな高額の報酬を提示されようと絶対に裏切るという事はありえませんよ」
「…なるほど。確かに『打算的な人間』だな」
「はい」
冒険者ギルドでソフィア嬢とダラダラ過ごすのが目的で、その生活を守る為なら国家規模の仕事も『片手間』でなら手伝うつもりがあるという事だ。
報酬に関しても『タダ働きは嫌』という程度の話で大金が欲しい訳ではないのだ。
「ともあれ、この件は彼に任せてみるしかあるまい」
「はい。そして無事任務を達成した暁には…」
「うむ。国家から正式に『歴代最速』の2つ名の授与と『S級魔法士』の位を授ける事になるだろう」
「あはは。今でも手に負えないくらいなのに凄い権力手に入れちゃいますね」
「そうだなぁ」
私と閣下はビンをひっくり返して胃薬をジャラジャラ口の中に流し込んでボリボリ噛み砕いて飲み込んでいく。
あ~。胃薬うめぇ~。
★
「旦那様。こんなに大量の胃薬をどうなさるのですか?」
「ソフィアの作る胃薬が良く効くって愛用している人がいるから送ってあげようと思って。ソフィアの作る薬は最高だし♪」
「まぁ♡」
ソフィアは喜んで胃薬を量産していく。
まぁ短時間で大量に作れる仕様の胃薬だし、作るのにもたいした手間が掛かるものじゃないのでドンドン作って貰おう。
胃薬中毒の生命線だし、いざという時に役に立つだろう♪
☆レギニア
俺は案内してきた女騎士――途中で自己紹介して貰ったのでセレーナさんという名前だと分かった――と共に冒険者ギルドの中に入る。
「依頼なら受付で話せば説明して貰えますから。それでも何か分からない事があれば私に声を掛けてください!」
「はい。ありがとうございました」
彼女は俺に一礼して早速受付に向って依頼の件を話し始めた。
ワクワク、ドキドキしながら俺は彼女が俺を指名するのをソワソワして待つ。
「…邪魔」
「っと。すみませ…っ!」
入り口に突っ立っていて入ってきた人の邪魔になってしまったので素直に謝ろうとしたのだが、入ってきたのが『奴』だと知って最後まで謝罪の言葉は出なかった。
奴――ラルフ=エステーソンはいつも通りソフィアさんを侍らせて俺など眼中にないように指定席となってしまった席に座って早速イチャ付き始める。
昨日までの俺なら心中穏やかで居られなかったが、今の俺にはセレーナさんが居る。
そう思って冷静に見てみればソフィアさんもそこまで美人では…。
「(いや。やっぱ美人だなぁ)」
悔しいがやっぱり綺麗な人は綺麗なままだった。
なんで、あんな綺麗な人があんな奴に…。
「指名依頼ですか?」
心を乱しかけた俺の耳に受付のレイラさんの声が届く。
セレーナさんばかりに注目していたが今日の受付の担当はレイラさんだった。
と言っても、この冒険者ギルドってそんなに職員も居ないし受付は大抵レイラさんが担当しているのだけど。
「指名依頼はB級以上の冒険者にしか適応出来ませんが、それでもよろしいでしょうか?」
なぬっ!
俺はB級確実と言われているが、まだC級なので指名依頼は受ける事が出来ない。
このままだと俺はセレーナさんの依頼を受ける事が出来なくなってしまう。
「はい。依頼したい人のランクは分かりませんが、恐らくは問題ない筈です」
待ってくれセレーナさん!俺はまだC級だから!指名依頼にされると依頼は受けられないんだよ!
「それでは指名したい冒険者の名前を教えていただけますか?」
「はい。『歴代最速』と言われている方です」
「歴代最速…ですか?」
「あ。そう言っても分かりませんよね。ちゃんと名前をメモしてきてありますので」
ナイス!名指しなら指名依頼じゃなくてもレイラさんが対応してくれる筈!
「えっと。お名前は…」
ワクワク。ドキドキ。
「『歴代最速』の…ラルフ=エステーソン様です」
「…は?」
俺の上げた間の抜けた声は冒険者ギルドの中に異様に大きく響き渡った気がした。
だって。俺にはセレーナさんが何を言っているのか全く理解出来ない。
「えっと。当冒険者ギルドの中で『歴代最速』と呼ばれているのはレギニア=フォーレストという冒険者なのですが…」
レイラさんも疑問に思ったのかセレーナさんに再確認をお願いしているが…。
「その方は魔法使いなのでしょうか?」
「いえ。違いますけど」
「ラルフ=エステーソン様は?」
「彼は…一応魔法使いです」
「それなら間違いありません。私が探している『歴代最速』様は魔法使いですから」
「…そうですか」
何が起こっているのか俺にはサッパリ理解出来ない。
「ですが彼はD級の冒険者ですので指名依頼は出来ませんが、それでもよろしいでしょうか?」
「彼が本当に『歴代最速』様ならば問題はない筈です」
「そう…ですか」
レイラさんも困惑しているようだが、それでもとりあえず奴の下へセレーナさんを案内する事にしたようだった。
「ちょっと良い?」
「あん?」
レイラさんが声を掛けると奴はソフィアさんとイチャイチャするのを妨害されたと勘違いしたのか不機嫌に振り返り…。
「は、初めまして『歴代最速』様。私は…」
「ああ。来たのか」
セレーナさんを見て何故か――理解を示した。
「レイラ。俺とソフィアの冒険者ランクをB級に上げて来い」
そして意味不明な暴言を吐いた。
「言っている意味が分からない」
勿論、レイラさんも取り合うつもりはなかったのだろうが――奴が懐から取り出した物をレイラさんに投げ渡した事で彼女の顔色が変わる。
「これっ…!」
「資格があれば良いんだろ?」
「…分かった」
そしてレイラさんは素直に投げ渡された物を持って奥の部屋へと入っていった。
「あいつが戻ってくるまで座って待っていろ」
「はい。畏まりました」
何故か奴の命令に素直に従うセレーナさん。
俺の――というよりギルド内に居た全員が困惑して全く理解出来ない事が起こっていた。
そうして1分もしない内にレイラさんが戻ってきた。
「…何故かギルド長に話したら既に君達のB級用のバッチが用意されていた」
「話は通してあるんだから当たり前だろ」
「…説明を求む」
「仕事の話が先だ」
そして奴はソフィアさんとセレーナさんを促して席を立ち…。
「ああ。ついでに個室を用意しろ。俺がB級になったんだから使えるよな?」
個室というのは冒険者ギルドの中に用意された特別室の事で、高ランクの冒険者だけが使用を許可される事になっている。
使用権限にはB級以上の冒険者のバッチが必要になるので俺はまだ使った事が無い。
「…今他の冒険者が使用中」
「追い出せ。こっちは国家規模の重要事項だ」
「…暴君」
「その権限がある事は教えてやった筈だ」
「…用意する」
俺達を置き去りにトントン拍子に話は進んでいく。
そうして本当にレイラさんは直ぐに個室を用意して奴とソフィアさんとセレーナさんの3人が部屋の中へと入っていった。
「レイラさん。一体何が起こっているんですか?」
「……」
3人が個室に消えて、やっと我を取り戻した俺はレイラさんに話し掛けたが沈黙しか返って来なかった。
「なんで…奴がいきなりB級になれるんですか?」
「…資格があるから」
レイラさんは短く答えてくれるが…。
「資格って?」
「…アレは王立魔法学院の卒業証明証。アレを持っているだけで冒険者ランクをC級から開始する資格になる」
「奴はB級になりましたよね?」
「…卒業証明証は通常銀色。でも中には特別な『色付き』の卒業証明証があって、それを持っていると1級上の資格としてB級から開始になる」
「奴は…何者なんですか?」
「それは…私が聞きたい事」
今気付いたが――レイラさんは出会ってから最悪に機嫌が悪そうだった。
「レイラさん。何を怒っているんですか?」
「…別に怒っていない」
彼女は否定したけれど、それが嘘だって分からない奴など居ないだろう。
でも、それでやっと…。
「(ああ。そういう事か)」
それでやっと納得がいった。
レイラさんが奴に良くちょっかいを掛けているのは知っていた。
俺はそれを『真面目に冒険者をやらない不真面目な奴』を注意する生真面目な人と思ってみていたけれど…。
「(レイラさんもあいつの事を『気に入っていた』のか)」
実際にはお気に入りの冒険者に構う『世話焼きお姉さん』だったのだ。
だから今レイラさんは途轍もなく不機嫌なのだ。
奴がレイラさんをのけ者にして秘密を作っていたから。
『頼られたいお姉さん』としては、それは絶対に我慢出来ない事だったのだろう。
「……」
俺はそんな事を考えて自分の勘違いと失恋を誤魔化そうとしていた。
いや。まだ失恋したと決まった訳ではないのだが――なんとなくもう駄目な気がしていた。
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