第50話 『魔王。おや?嫁の様子が…』
世の中『どうしようもない事』なんてざらにある。
例えば俺には明日の天気を予報する事は出来ても、明日の天気が雨だったのを晴れにする事は出来ない。
魔法を使えば――それこそ『核爆発』でも起こせば『局地的』には天候を変える事は出来るかもしれない。
けれど惑星規模で『天候を変える事』は俺の手に余る。
そして、その『どうしようもない事』の中には力を失う前の大魔王クラスの相手と敵対すれば勝ち目はないという事も含まれる。
少なくとも今の俺には不可能という事は両手の指では数えられないほどに多くある。
俺に出来る事と言えば、その『どうしようもない事』が起こる『前兆』を見逃さずに被害を最小限に留める事だけだった。
そして『前兆』として我が家を訪ねてきたのはレギニア=フォーレストという名の1人の男だった。
「俺には既にお前と敵対するような気概は残っていない」
俺の家の玄関に留まって家の中には頑なに入ろうとしないレギニアは自嘲的な声で、疲れたような表情で言った。
「だが…エレンの為なら仕事だけは果たさなくてはならない」
疲れた表情を一転させ真面目な顔を見せて『仕事』を開始するレギニア。
「言われた言伝だけを正確に伝えるぞ。『今夜、日が変わる時間にでもお邪魔させて貰うから、それまでに『準備』を整えておいてくれよ』…以上だ」
「…『管理者』からのメッセージか」
「……」
俺の呟きにレギニアは沈黙を保った。
返答は期待していなかったが、なんらかの方法で口止めされているか――それとも『メッセージ』以外の事は何も知らされていないのか。
恐らくは後者であろうけれど…。
「いくらなんでも早過ぎるな」
いくら『どうしようもない事』でも、もう少し――もう少しだけ『準備』に時間が欲しかった。
★
俺、ソフィア、オリヴィア、輝夜のいつものメンバーで会議を開始する。
「『管理者』…ですか。何をしに来るのでしょうね」
「レギニアの連れにエレンという女が居るが、その女の中に『管理者』から俺宛のメッセージが仕込まれていた。恐らくは『それ』に関する事だろう」
オリヴィアの疑問に俺は思いあたる事を答える。
「どのようなメッセージだったのですか?」
「『僕達はいつでも君を見ている』…これだけだ」
「 「 「 …… 」 」 」
俺がエレンの中にあったメッセージを読み上げると3人同時に沈黙した。
「以前にも教えて頂きましたが、一体どういう意味なのでしょうか?」
「相手は『管理者』なのですから、こちらを『覗き見る』事くらいは余裕で出来るような気もしますが…態々警告してくるような事とは思えませんね」
「意味などないのではありませんか?」
ソフィア、オリヴィア、輝夜がそれぞれに意見を述べて議論が開始される。
「まぁ大体意味は分かっているし『準備』が何を指しているのかも察しは付くが…1つだけ確実な事がある」
「 「 「 ??? 」 」 」
「現時点で俺達は『管理者』と敵対する事は絶対に避けるべきだ…という事だ」
「マスター。それは我々では戦っても勝ち目が無いという事でしょうか?」
「それもある。恐らく『管理者』は最低でも力を失う前の大魔王クラスの実力はある筈だからな」
「でも…確か彼らは『こちらの世界』には干渉出来ないのではありませんでしたか?」
「それは『管理者』の手駒となったレギニアが持たされた『言葉』だからな。信憑性はないに等しいし、仮に真実だったとしても部分的には干渉出来ると考えておいた方が良い」
そうでなければ『説明出来ない事』があるので、間違いなく部分的には干渉出来る筈だ。
「それなら私達は何をすればよろしいのでしょうか?」
「…例え何が起こったとしても決して『戦うな』。戦闘になれば恐らく…いや、間違いなく被害を受けるのは『こちら』だ。対応を間違えれば最悪全滅もありえる」
「 「 「 …… 」 」 」
いつになく悲観的な俺の意見に3人が事態を重く見たのか不安そうな顔で沈黙する。
「逆に言えば対応さえ間違わなければ全滅の心配はないって事だ」
一応フォローはしておいたが自分で言っておいて余り効果的な台詞とは思えなかった。
★
レギニアがやってきたのは朝方なので『指定の時間』まではまだ時間がある。
という訳で俺は『その時間』を妻であるソフィアと共に過ごす事にした。
「でも『準備』と言われても…何をすればよろしいのでしょうか?」
「何も。何もしなくて良いんだ」
「旦那様?」
俺はギュッとソフィアを抱き締める。
ソフィアの体温、ソフィアの柔らかさか、ソフィアの匂い。
その全てを俺の中に刻み付けるように入念に。
「愛しているよ。ソフィア」
「あ」
俺が耳元で囁くとソフィアはブルリと身体を震わせた。
「旦那様は…居なくなったりしませんよね?」
「…なんで?」
「なんだか…別れを惜しんでいるような…そんな気がしました」
「俺は何処にも行かないよ」
「あっ…♡」
俺はそのままソフィアをベッドの上に押し倒した。
「ちょっと…お待ちください。今、避妊薬を…」
「いらない」
「え?」
「ソフィア。俺の…子供を産んでくれ」
「っ!」
ソフィアは驚愕に目を見開いて…。
「はい♡」
それから蕩けるような笑顔で俺を受けいれた。
★
ソフィアとの逢瀬に夢中になっていたら、あっという間に指定の時間は近付いてくる。
「あなた様…いけずです」
オリヴィアはソフィアばかり可愛がった事に対して不満なのか少し不機嫌だったけれど。
「正妻の特権です♪」
逆に普段以上に可愛がったソフィアはご機嫌だった。
「…100年というのは思ったよりも長い時間になりそうです」
輝夜は少し黄昏れていたので頭を撫でて慰めてやった。
そして――時間はやってくる。
「 「 「 「 っ! 」 」 」 」
唐突に、本当に何の前触れも無く家の中に出現した『それ』は圧倒的な――力を失う前の大魔王に匹敵する存在感を纏って悠然とそこに佇んでいた。
「やぁ。待たせたかな?」
「っ!」
その声だけで心が挫けそうになるほどの威圧感。
想定していた『管理者』の驚異度を上方修正する。
「レギニア君から聞いていると思うけど僕が君達が『管理者』と呼んでいる存在だよ。正確には『管理者』というのは僕達のトップの名前で、僕達自身は僕達の事を『調停者』って呼んでいるんだけどね」
「 「 「 「 …… 」 」 」 」
『管理者』――否、『調停者』の言葉に誰も言葉を返さない。
正確には返す事が出来ない。
その『調停者』は俺達をグルッと見渡して――オリヴィアにピタリと視線を固定した。
「ひっ…!」
オリヴィアはその視線を受けて悲鳴を漏らしたけれど――仕方ない。
余りにも圧倒的過ぎる視線に俺ですら動けないのだから。
「やぁ、久しぶりだね。今はオリヴィア=ディプシーだったっけ?無事に転生出来たようでなによりだよ」
「……」
笑顔で語りかけてくる『調停者』に沈黙しか返せないオリヴィア。
薄々気付いていたがオリヴィアを転生させたのは『こいつ』らしい。
「そして『初めまして』。ラルフ=エステーソン君」
「 「 「 …え? 」 」 」
そこで明確に言葉を発したのは3人。
ソフィアとオリヴィアの輝夜。
「ど、どういう…意味ですか?」
その『不可解な言葉』に恐怖を忘れたのかオリヴィアが『調停者』に問いかける。
「ん?意味も何もそのままだけど?僕が彼――ラルフ君と会ったのは今が初めてだよ。よく覗き見はしていたけど直接会ったのは『今』だよ」
「あ、あなた様?」
「ああ。前世で俺の部屋にやってきて俺を転生させたのは…『こいつ』じゃない」
少なくとも俺を転生させた奴とオリヴィアを転生させた奴は別人だ。
「ちゃんと言っておいたじゃないか。『僕達』って」
「あ」
オリヴィアは『その言葉』にハッと気付いて俺を振り返る。
勿論、俺は『その言葉』の意味をちゃんと理解していたので静かに頷いてみせる。
「まぁ『達』って言っても2人しか『調停者』は居ないんだけどね。そして地球という惑星がある世界から、この世界へ転生させる仕事を担っているのは主に僕だ」
「……」
「君を転生させたのは普段は裏方を担当している方でね。本来なら表舞台に出る必要は無かったんだけど『上司』が計算した結果、僕が君を勧誘して成功する確率は0.0000003%って数字が出てしまってねぇ。仕方なく『もう1人』に担当して貰う事になったのさ」
「……」
「『もう1人』が君の担当に選ばれた理由は…分かるよね?」
「失恋男に対しては『女』の方が成功率が高かったからだろう」
「っ!」
今度はバッと俺を勢い良く振り返るオリヴィア。
「その通~り」
パチパチと白々しい拍手をしてくる『調停者』。
「君は本当に手強くてねぇ。彼女…オリヴィアさんに振られた直後じゃなければ『彼女』が担当したとしても絶対に成功の目は無かったと言っても良い。君を攻略する難易度からすれば『おまけ』を付けるくらい問題にもならないよ」
「あ…あぁ…」
ガックリと膝を付くオリヴィア。
俺が『調停者』の勧誘に乗った原因も自分にあると知って罪悪感に押しつぶされそうになっていた。
「気にするな。どの道、こいつらは俺の一生を監視してチャンスを待つ気だったんだからな。それが少しばかり早まっただけの話だ」
俺はオリヴィアの身体を支えて頭を撫でて慰める。
「それに…『不老長寿の妙薬』を求めて『異世界転生』を承諾したのはあくまで俺の意思だ」
「あなた様」
それでもオリヴィアにとっては衝撃的な事実だったのか俺に抱きついて心の平定を求めていた。
「さて。それじゃ、そろそろ本題に入ろうか」
「それについては1つ抗議したい事がある」
「ん?何かな?」
俺が『調停者』が本題に入るのと同時に意見を出したので『調停者』は――何故か嬉しそうに俺に話を促した。
「幾らなんでも早過ぎる。もう少し…『準備』に時間を貰えると思っていたぞ」
「それは僕じゃなくて『彼女』に言ってくれよ。タイムリミットを設定したのは『彼女』なんだから」
「…1年延長を希望する」
「だから。僕にはどうしようもないんだってば」
ハッキリ言って不毛としか言いようの無い議論。
その議論の果てに…。
「さて。そろそろ時間だね」
そして『調停者』の言葉と同時に、途中から一切会話に参加しなくなった『彼女』の身体から――『調停者』と同等の圧力が放たれる。
「 「 …え? 」 」
呆けた声を上げたのはオリヴィアと輝夜の2人だけだった。
何故なら――『彼女』がゆっくりと『調停者』の元へと歩き出したからだ。
「休暇は楽しかったかい?」
その『調停者』の問い掛けに…。
「…まぁまぁだ」
『調停者ソフィア』は淡々とした口調で答えた。
★
エレンの中のメッセージを読んだ時点で俺は『もう1人の調停者』の存在を特定する事に容易く成功していた。
そう。ソフィアが『あの時』俺の部屋に訪れた『調停者』であり、俺に大幅に価値観を狂わされて『休暇』を申請した『彼女』である事は分かっていたのだ。
それでも『後1年』あれば何とか出来る予定だったのに――大幅に予定を狂わされた。
「そ、ソフィア様?何を…」
「近付くな」
俺は状況を飲み込めずにソフィアに近付こうとするオリヴィアを身体を張って止める。
「あ、あなた様…一体何が…」
「事情は後で説明する。頼むから今は…動かないでくれ」
下手にオリヴィアに行動されてオリヴィアの存在そのものを抹消されたら取り返しがつかない。
だからと言って、このままという訳にもいかず俺はソフィアに向き直る。
「ソフィア、俺は…」
「気安いぞ。人間風情」
「っ!」
俺が呼びかけただけでソフィアの身体から圧倒的な圧力が放たれて俺を威圧する。
「休暇は終わりだ。さっさと帰って仕事を片付けねば我が過労死するわ」
「そりゃ20年分も仕事が溜まっているからねぇ」
ソフィアとは全く違う口調で話す『彼女』と肩を竦める『調停者』。
「君を『ついでに』観察するのは結構楽しかったけど…残念ながら時間切れだ。納得しろと言われても難しいかもしれないが…諦めてくれ」
「…お断りだね」
俺は『調停者』の言葉を拒絶する。
「ソフィアは俺の妻だ。これから子供を沢山産んでもらう予定なんだ。『諦めろ』なんて提案は…糞食らえだ!」
「ふぅ~ん。この場で僕達とやる気?」
「…その内だ」
「ははっ。そうだよねぇ。今の君じゃ僕達には逆立ちしたって敵わないしね。君が言う『後1年』で『準備』を整えて改めて僕達に挑戦するって事で良いのかな?」
「こんな台詞はどうかと思うが…『首を洗って待っていろ』って奴だ。ソフィアは必ず取り戻す」
「ふふっ。それは楽しみにしているよ」
「ぐずぐずするな。帰るぞ」
「はいはい」
そして『調停者』はソフィア――『調停者ソフィア』に急かされて2人の姿は掻き消えた。
★
ソフィアは『調停者』が人間種に偽装した存在だ。
目的は俺に価値観を狂わされた事による調整という名の『休暇』だろう。
その期間が20年というのだから『管理者』の時間感覚の違いという奴を思い知らされる。
そして20年の休暇を終えたソフィアは『調停者』として自動で覚醒して自らの足で元の場所へと帰っていった。
それが――今回の一幕の真相だ。
「ですがっ!ですが…おかしいではありませんか!」
オリヴィアは勿論、納得などしてくれなかったが。
「ソフィア様はわたくしとあなた様よりも2歳以上も年上です。わたくし達が転生するより2年も前に『休暇』に入られていたなんて…おかしいではありませんか!」
「まぁ、奴らが本気になったら時間すらも超越出来る…とか言っても良いんだが、そのトリックに関しては単純な物だ」
「トリック…ですか?」
俺達が転生した『後』に調整の為に『休暇』に入ったソフィアが、何故俺達よりも2年以上前に生まれているのか?
「俺達が転生を承諾した後、即座にこの世界に転生したという保証は何処にある?」
「…あ」
「『管理者』をトップと言っているような奴らだし、俺達の『魂』を2年くらい保存して待機させ時間差トリックを仕掛けるくらい造作も無いだろうさ」
俺達に地球の現状を知る術が無い以上、2年遅れで転生させられたとしても気付けという方が無理だ。
「それでは本当にソフィア様は…」
「ああ。『管理者』の一味で『調停者』と呼ばれる存在だ」
ソフィアは俺と過ごした時間を忘れた訳では無いと思う。
唯、ソフィアが『調停者』として生きてきた時間が『1万年』だと仮定した場合、俺と過ごした時間はまさしく『一瞬』という事になる。
『調停者』の膨大な記憶からすれば余りにも些細な出来事として処理されてしまう。
「なんとか…なんとか出来ないのですか?あなた様っ!」
「…出来る」
「え?」
「出来るが…時間が掛かる。今まで俺の演算能力の大半をつぎ込んで『本当の切り札』の準備を進めてきたが…早くても計算終了まで後1年は掛かる」
「それがあれば…ソフィア様を取り戻す事が出来るのですか?」
「『管理者』の能力にもよるが可能性は…ある」
「…『管理者』の下に付いている『調停者』というだけで『大魔王』に匹敵するか、それ以上の力でしたからね」
『確実に取り戻せる』と断言しない俺にオリヴィアはその理由を察してくれた。
「兎に角、後はソフィアが俺との思い出を『準備』が終わるまで捨てないでいてくれる事を祈るしかないな」
「ああ。だからソフィア様を優先して可愛がっておられたのですね」
「…唯の悪あがきだけどな」
今更一夜の思い出と――『妊娠の可能性』だけでは焼け石に水だ。
けれど、それでも俺とソフィアの思い出を残す為には重要なイベントだった筈だ。
☆調停者ソフィア
「休暇中の全ての『記録』のデリートを申請する」
「おやおや。折角の休暇の思い出を消してしまうのかい?」
「…こんな物は唯の『記録』に過ぎない。仕事の邪魔だ」
「相変わらずドライだねぇ。休暇中は楽しそうに笑っていたのに」
「……」
我ら『調停者』には基本的に名前が無い。
敢えて言うなら『調停者・男』と『調停者・女』と区別される。
どの道、2人しか居ないのだから態々記号を使って区別する必要も無かった訳だ。
「『男』と言ってもペアで『作られた』だけであって生殖能力は勿論、生殖器も性欲も無いんだけどねぇ」
「仕事に邪魔な物は取り付けられていないだけだ」
「…休暇中の君は相当はまっていたけどねぇ」
「……」
休暇中に『人間種のオス』――観察対象『ソウルレベル-S』と幾度も交わった『記録』が残っているが…。
「あんな物、所詮は脳内で分泌される快楽物質の錯覚に過ぎん」
「人間は『それ』を『愛』って呼ぶんじゃないかな?」
「…くだらん」
我は『調停者・男』の戯言を切って捨てる。
「どの道『彼』が1年以内に君を取り戻しに来るって言っているんだから、その1年くらいは消さずに残しておけば良いんじゃない?」
「デリート申請が通った。余計な『記録』を消去する」
「あ」
我は『調停者・男』の言葉に耳を貸さず『記録』を消去した。
「……」
「あぁ~あ。だから言ったのに」
「なんだ?」
「気付いてないの?君…泣いているよ」
「……」
言われて頬に手を当てると――水滴が流れ落ちていた。
「…故障か?」
「僕達は確かに『作られた存在』だけど機械じゃないんだよ」
「……」
「君は、きっと『思い出』を消してしまった事を後悔すると思うな」
「…くだらん」
一笑してやろうとして――何故か上手く笑えなかった。
「……」
そもそも――『笑う』とはどうやるのだっただろう?
何故か――思い出せなかった。
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