第22話 『魔王。面倒な仕事を押し付けられる』


「あ~。暇だぁ~」


 俺は今、冒険者ギルドの指定席でダラダラと机に寝そべって暇を持て余していた。


「『お姉ちゃん』お茶頂戴~」


「…『駄目な弟』が更に駄目になっている」


 酷い事を言いつつもお茶はしっかり入れてくれる『お姉ちゃん』。


「お嫁さんはどうした?」


「ちょっと精密な製薬の仕事を頼んだから自宅の製薬室でお仕事中~」


 大魔王からの依頼で『不老長寿の妙薬』を製薬しているのでソフィアとはいえ集中して作業する必要があるらしい。


 というか俺が傍に居ると突発的に発情してしまうので慎重な作業は不可能になる。


 そういう訳で今日は1人で冒険者ギルドに顔を出して暇を持て余していた。


「あ~。ソフィアが居ないとマジ暇ぁ~。ソフィアとイチャイチャしてぇ~。ソフィアのおっぱいに顔を埋めてぱふぱふしたいぃ~」


「本当に『駄目な弟』…ハァハァ」


 で。そんな『怠惰な弟』を見て何故か息を荒げている『お姉ちゃん』が気持ち悪い。




 ☆ソフィア




「……」


 私は今集中して1つの製薬を行っていた。


 旦那様が大魔王から受けた依頼で『不老長寿の妙薬』を作るように命令された為、提供された材料を1つ1つ確認して慎重に作業を進めていく。


 何故旦那様がこんな依頼を受けたのかというと…。


『勿論ソフィアに飲んで貰って、ずっと綺麗なままで居て貰う為さ』


 という旦那様の欲望と…。


『ラルフは貴重な私の癒し手だ。寿命なんぞで死んで貰っては困る』


 という大魔王の要望が一致した結果だった。


『別に急がなくても良いよ。ソフィアが二十歳くらいになるまでに完成していれば十分だし、俺はソフィアと同じ年齢になったら飲む予定だけど』


 と言われているので焦って作る必要はないのだけれど旦那様と大魔王は1つだけ勘違いをしている。


 正確には製薬に関しては全て私に任せてくれている為、旦那様御自身が製薬の素人のままだという事が勘違いさせてしまっている原因なのだけれど。


 旦那様が勘違いしている事は私が今作っている『不老長寿の妙薬』はあくまで『老化を止める為の薬』であって『成長を止める薬』ではないという事だ。


 これを飲んだからといって私と旦那様の姿が今の姿のまま固定される訳でも無いし、ある程度の年齢まではちゃんと成長する。


 そして肉体がベストになった時点で自動的に肉体が劣化しないように保ち続ける事になる。


 つまり『成長はするけれど老化はしない』というのが『不老長寿の妙薬』の本当の効果という事になる。


 何故こんな大事な事を旦那様に伝え忘れているのかというと…。


「旦那様…♡」


 今朝お出掛けになる旦那様にお伝えしようとしたのだけれど『いってらっしゃいのキス』が熱烈になり過ぎて暫く余韻に浸って動けなかったからだ。


 まぁ急いで伝えなくてはいけない事でも無いのでお帰りになったら伝えておこう。


「……」


 それはそれとして私は私に『不老長寿の妙薬』を飲ませようとしている旦那様の過去のトラウマに対して思いを馳せる。


 旦那様の前世で結果的に旦那様に失恋の痛手を与えた『彼女』には憤りを覚える。


 憤りを覚えるけれど…。


「気持ちは…分かります」


 旦那様の『視線』というのは本当に強烈に私の身体を芯から熱くするほどに強い。


 その視線は『私だけを見ている』という事を強烈に私に意識させ『自尊心』を満たし『独占欲』を満たし『発情』を促す。


 そう。私は旦那様に見られているだけで身体の芯から熱くなって突発的に発情してしまう。


 その旦那様の視線の先に居るのが『最高の自分』じゃないと想像すると私でも恐くなる。


 確かに『彼女』に対しては憤りを覚えるけれど、もしも私が同じ状況に陥ったとしたら同じ選択をしないとは断言出来ないくらいに。


 そのくらい旦那様の視線というものは私にとって――私と『彼女』にとっては特別だったのだ。


「まさか私が『こう』なるとは…娼婦時代には夢にも思っていませんでした」


 私は今でも自分が『身も心も穢れた女』だと思っている。


 思ってはいるけれど…。


「旦那様♡旦那様♡」


 旦那様を心の底から愛しているという事も覆しようのない事実だった。






 そもそもの話、私は男の人が苦手だった。


 それは貴族だった時から兆候があったのだけれど娼婦になってからはより顕著になったと思う。


 娼婦になって男に身体を売る事になった私が知った現実は『男というのは基本的に身勝手』という事だった。


 私の勤めていた娼館の主人の意向で暴力を振るわれるという事は極端に少なかったけれど、それでも娼婦を買いに来る男というのは『女を使う』という事を主流に考える身勝手な人達だった。


 大抵の男は私の身体を勝手に使って、勝手に満足して、勝手に帰って行く。


 後に残された私が感じるのは猛烈な屈辱と強烈な虚しさ。


 中には女の扱いに長けた人も居て私の身体を快楽で満たした人も居たけれど、その後に訪れるのは普段よりも強烈な『屈辱』だった。


 好きでもない男に身体だけ満足させられる事実がどうしても私には受け入れられなかった。


 結果として私は益々男の人が苦手になっていった。


 それでも仕事に手は抜けないので表面上は笑顔を貼り付けていたが、その裏で私の心は日々劣化していくようだった。






 だから『今』は本当に幸せだ。


 旦那様は娼館に来る男達よりも遥かに巧みに私の身体を満たしてくれるし、私はその快楽を素直に受け入れる事が出来る。


 愛する人に淫らな身体を満たされて歓喜しない女など居ない。


 私が旦那様を愛すれば愛するほどに旦那様に可愛がって貰うと身体だけじゃなく心も同時に満たされていく。


『ああ。やっぱり私はこういう女だったのだ』と少し自分を褒めてあげたくなった。


 身体だけを満たされた時は『屈辱』しか感じなかった。


 心と身体の両方を満たされた時、初めて私は『満足感』を得る事が出来たのだから。


 旦那様になら私の全てを見せられる。


 旦那様になら私の身を全て委ねられる。


 その思いが大きくなるに連れて私は益々淫らになっていった。


 そして私が淫らになればなるほどに旦那様は私が益々可愛がってくれる。


 私と旦那様の2人の間で好循環が生まれていた。


 それは決して早くはない、至極ゆったりとした好循環だったけれど、それ故に私と旦那様は少しずつ時間を掛けて確かに愛情を深めていると実感出来た。


 だから――その好循環を断ち切るような『肉体の劣化』はごめんだった。


 旦那様に言われなくても、大魔王に依頼されなくても、私は私で既に『不老長寿の妙薬』の研究を始めていた。


 常に最高の自分を旦那様の視線の先においておけるように。


「旦那様。愛しています♡」


 だから私は『不老長寿の妙薬』の製薬を頑張る事にした。




 ★




「んぐっ…!」


 1日冒険者ギルドでダラダラしてから自宅に帰ったら玄関を開けた瞬間にソフィアが抱きついてきて『おかえりなさいのキス』という割には強烈過ぎるキスを頂いた。


 一瞬だけ玄関先という常識が頭を掠めたけれどソフィアが夢中で俺の唇を貪るのを感じて――どうでも良くなった。


 抱きついてくるソフィアを抱き締めて俺の口内に舌を伸ばしてくるソフィアに対して俺も舌を伸ばして彼女の口内を蹂躙する。


「~~~っ♡」


 俺の舌を迎え入れたソフィアは歓喜して更に巧みに舌を動かしてきた。


 夢中でキスをして――気付いた時には俺はソフィアを玄関の中に押し倒していた。






 1回戦目は玄関で、2回戦目は居間のソファで、3回戦目でやっとベッドで思う存分愛し合った。


「ごめんなさい。我慢出来なくて」


 ソフィアは急に求めた事を謝ってきたけれど俺としては寧ろ嬉しかった。


 今日1日冒険者ギルドの中でダラダラ過ごしたけれど凄く――退屈だった。


 ソフィアが居ないと退屈で、正直何をして良いのか途方に暮れた。


 だからソフィアに強く求められるのは俺にとっては歓迎だった。


「お仕置き…だな」


 それでも、そんな事を馬鹿正直には言わずに『もう1回』を求める。


「はい♡」


 ソフィアは勿論、俺の言葉を正しく理解して4回戦目に突入した俺を快く迎え入れた。






 流石に俺とソフィアも疲れ果ててピロートークも余り出来ないまま抱き合って眠りに付く事になった。


 それでもまどろみながらソフィアの頭や身体を撫でて余韻を楽しみながら意識を手放して…。


「終わったかい?」


「……」


 無粋というなら、これ以上なく無粋な声に思いっきり水を差された。


「サミエル様。あなたが大魔王様の直臣で俺の上司じゃなかったから即死させていましたよ」


「ちゃんと終わるまで待っていてあげたじゃないか」


 そういう問題じゃねぇんだよ!このクソ魔王がっ!


「マジで何の御用ですか?明日じゃ駄目なんですか?」


「大魔王様からの命令だ。明日、大魔王様の居城に出向くように」


「…分かりました」


 明日で良いじゃねぇかよ!


 わざわざ今日、このタイミングで現れんじゃねぇよ!


「それじゃ明日また迎えに来るよ」


「…はい」


 さっさと帰れ、このクソ魔王が!


 内心では荒れ狂っていたが、そんな事は表面には出さずに俺はサミエルを見送って、それからソフィアの様子を伺ってみたのだが…。


「すやすやぁ♡」


 どうやらソフィアは俺よりも早く意識を手放していたようで俺の腕の中で安らかに眠りについていた。


「ほっ」


 無粋な阿呆魔王に機嫌を損ねていなくて良かったとほっとして俺は継続してソフィアの柔らかくて暖かい身体を抱き締めて――今度こそ直ぐに意識を手放した。




 ★




「魔王軍参謀ラルフ、只今参上いたしました。大魔王様」


 翌日。俺は命令通り大魔王の居城へと出向いた訳だが…。


「ん?なにか不機嫌ではないか?ラルフよ」


 当然のように一晩経っても俺の機嫌は直っていなかった。


「いえ。大魔王様がどうこうという訳ではないのですが…」


「?」


「サミエル様はもう少し、その…空気を読めるようになりませんか?」


「あっはっはっはっは!」


 正直に言ったら何故か爆笑された。


「気持ちは分かるがそれは無理だのぉ。サミエルに比べればそこらのガキの方が空気が読めるというレベルぞ。流石の私も諦めたわ」


「ですよねぇ~」


 サミエル本人が有能なだけに性質が悪い。


「察するに嫁との情事の最中か、その事後にでも押しかけられたのだろうが…そんな事よりも貴様に仕事を頼みたい」


「…承ります」


 俺としては『そんな事』って言われるレベルじゃないくらい大事な事だが流石に大魔王相手に文句を言えない。


「以前にも話したと思うが『光の勇者』についての話だ」


「大魔王様に手傷を付けられる希少な存在ですね」


「うむ」


 間違っても『大魔王の天敵』などとは言わない。


 実際の話、俺が彼女の傷を治す以前にも何人も返り討ちにしてきた訳だし、そもそも今の大魔王からすれば光の勇者なんて暇潰しの相手にしか…。


「凄く嫌な予感がしますっ!」


「くっくっく。相変わらず勘の良い奴だが大魔王としての命令ぞ」


「くぅっ!」


 要するに身体が全快したのに試し運転を出来る相手が居なくて退屈しているという事だ。


 そして、その相手に光の勇者を選ぶので引きずり出して自分の前まで連れて来いと俺に命令する気なのだ。


「ヒントっ!せめてヒントをください!」


「ヒントと言われてものぉ。奴らは定期的に私の前に現れるが、その出身地は不明なのだ。以前探ってみた事があるが、どうも隠れ里らしく見つけ出す事が出来なかった」


「えぇ~」


「しかも奴ら定期的に隠れ里の場所を変えているらしく各地に隠れ里の痕跡があって撹乱されておるのぉ」


「おうふ」


 それを俺に探せというのか、この大魔王は。


「サミエルの話では最近になって勇者と思わしき者が現れたらしい。まだまだ未熟で個体としては弱いが、そいつに接触して信用を得る事が出来れば隠れ里の場所も判明するであろう?」


「つまり勇者の仲間になったふりをして信用を得て来いと」


「貴様の得意分野であろう?」


「私は『怠惰な魔王』で居たいのですが…」


「なにも貴様本人が勇者の共をする必要もあるまい」


「……」


 そっすね。


 俺が作れる炎の分身体を使えば良いだけっすね。


 ド畜生がっっ!


「…分かりました」


 俺は渋々大魔王の命令を受けて炎を分身体を作り出す事にした。


「ああ、待て。今代の勇者は若い男らしいので折角だから女の分身体を作ってみてはどうだ?」


「…やってみます」


 マジ面倒臭い事ばっかり思いつきやがってぇ~!


 本来、俺の使える火の魔法の『中級B』にある『炎の分身体』を作る魔法は俺自身を模倣して作り上げるものだが、そもそも長期間の任務になりそうなら色々細工をする必要がある。


 分身体を作り上げると同時に密かに式符を5枚仕込んで五感をリンクさせた上で形をイメージ通りに作り上げていく。


「ほぉ。見事なものだ」


 出来上がったのは黒髪ロングで清楚な雰囲気を持った15歳前後の美少女。


 密かに名前も思い出せない前世の恋人をイメージして作ってある。


「大方、貴様の元カノか前世の恋人といったところか」


「っ!」


 大魔王の言葉に頬を引き攣るのが抑制出来なかった。


 こいつ――俺が異世界転生者だと知っていやがったのか。


 長い時間を生きている大魔王なら俺と同じような立場の奴を見つけて口を割らせる事くらい容易だと思っていたので異世界転生者の存在を知っている事くらいでは驚かない。


 しかし俺が『そう』だと知っていたのは意外だった。


 俺はそんなボロを出した覚えは無かったのに…。


「くっくくく。最近、貴様のそういう顔を見るのが1番の楽しみでのぉ」


「…恐縮です」


 この悪趣味大魔王がぁっ!


 更に言うと大魔王の前では一言も喋らないソフィアがジト目で俺の作り出した分身体を睨んでいる事で冷や汗が止まらない。


「さて。色々細工をしていたようだが勇者の共としての戦力はどうなのだ?」


「はい。これに念の為に『圧縮球体』を1つ仕込んでおけば基本スペックは今の私とそれ程の変わらない戦力になるでしょう」


『ホーミング・レーザー』1万発分の『圧縮球体』を仕込んでおけば戦力としては十分過ぎる。


「分身体だけに魔法力を扱う術がないのが不安ですが、それを除けば十分かと」


「ふむ。そういえば貴様は希少な『魔法石』を持っていたな。アレに私が魔法力を仕込んでやろう。そうすれば魔法力をある程度は扱える分身体となるであろう?」


「…分身体1つに豪華過ぎますが、やってみましょう」


 俺は魔法の鞄から確保してあった魔法石を取り出して大魔王に差し出す。


「ん。出来たぞ」


 で。大魔王は受け取った瞬間に直ぐに魔法石に魔法力を限界まで仕込みやがった。


 俺とは魔法力の絶対値が違いすぎる。


「ありがとうございます。では、これを分身体に仕込んで…完成です」


 俺と五感を共有し、魔法力を回復する術を持ち、更に初級とはいえ火の魔法を使える超豪華な分身体の出来上がりだ。


「さて。サミエル」


「ははっ。ここに」


 俺が作った分身体を満足気に見ていた大魔王は直ぐにサミエルを呼び出した。


「この娘を例の勇者の居た場所まで送ってやれ」


「…誰でしょう?」


「ラルフの分身体だ。ラルフが操作しておる」


「よろしくお願いしますわ♪サミエル様」


 分身体がにこやかにサミエルに挨拶をする。


 というか俺が自分の体と同時操作しているだけだが。


「…おかま?」


「姿に合わせて不自然じゃない程度に操作しているだけです」


「…へぇ」


 空気読めない癖に白い目をむけてくるんじゃねぇよ!


「こやつには光の勇者の隠れ里を探す任務を与えてある。例の勇者の居る場所まで送ってやれ」


「畏まりました」


 そうしてサミエルは俺の分身体を転移で勇者が居ると噂の場所まで運んでいった。






「後は寝て待つだけだの」


「いえ。私は普通に分身体を操作しなくてはいけないのですが…」


 あの分身体、自我が独立していないので自動運転とか出来ないから常に俺がマニュアルで動かす必要がある。


「貴様なら女を抱きながらでも同時に操作出来るであろう?」


「…出来ます」


 勿論ソフィアを抱いている時には操作性は著しく落ちるだろうが、それでも集中力を2つに分散して操作を振り分けるなんて俺には朝飯前だ。


 それを大魔王に見透かされているのが悔しい。


「くっくくく。その顔だ、その顔を見ると癒されるのぉ」


「…恐縮です」


 ド畜生がぁっっ!!


 頭脳面では大魔王だろうと管理者だろうと負ける気がしないが、大魔王には頭脳+チートスペックがあって更に俺の知らない知識がありやがる。


 それを全て使われると流石の俺でも大魔王には1歩譲る結果となって翻弄される事を防げない。


 大魔王と敵対する気はないが面白くないのは間違いない。


「……」


 自宅に帰ったらソフィアに慰めて貰おう。




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