第19話 『S級魔法士。大魔王との謁見』
魔王ガルズヘックスの消滅後。
「思ったほどは苦戦しなかったなぁ。やっぱ奴は4人の魔王の中では『奴は最弱』とか言われている奴なのかねぇ」
残り7000万発以上の『ホーミング・レーザー』が撃てる圧縮球体約7000個を再び待機状態へと戻しつつ俺はガルズヘックスの死体のあった場所へと向かい、その場に落ちていた赤い宝石の付いた指輪を拾い上げた。
これは大魔王に下賜されたという魔王である事の証の指輪だ。
「これで旦那様が魔王になったという事でしょうか?」
「さぁ。その辺どうなっているのかねぇ?」
俺は指輪を指でピーンと弾いてパシッとキャッチする。
「魔王として認められるのは、あくまで『大魔王様に直接下賜された指輪を持つ者』だけだよ。指輪を持っているだけでは魔王として認められない」
俺に説明してくれるのは、いつの間にか『そこ』に居た見た目だけなら俺より年下にしか見えない少女。
青みの掛かった白い髪を腰まで伸ばした身長150センチ程度の細身の少女だが…。
「これはこれは『魔王サミエル』様。お会い出来て光栄です」
「中身のない賛辞は相手を不快にするだけ。君の場合は分かっていてやっているんだろうけど」
「いえいえ。以後気を付けさせていただきますよ。ご忠告感謝いたします」
俺の集めた情報によると彼女は魔王――それも魔王の中で最古参で実力、権力共にナンバー1の持ち主だ。
「まぁ良いよ。ボクは『あっち』で待っているから。1時間以内に来れたら大魔王様に紹介してあげる」
「女性をお待たせするのは本位ではありませんので30分以内には辿り着きたいですなぁ」
「…頑張ってみれば」
そう言って彼女の姿はその場で掻き消えた。
恐らく空間系の魔法の使い手なのだろう。
「さてと。指定された場所まで歩いても10分くらいだけど…」
「障害物が多そうですね」
「だなぁ」
主人である魔王ガルズヘックスを殺された鬼人族達が大量に立ち塞がって殺意を振りまいていた。
「ボクの記憶が確かなら君は確か『30分以内』に来るって話じゃなかったっけ?」
「思ったよりも道が空いていたんですよ」
道を塞いでいた鬼人族達は主人とは違って『ホーミング・レーザー』600万発だけで親切に道を空けてくれた。
通ってきた道は少々汚れていたけれど、それでも12~13分ほどで目的の場所に辿り着いていた。
「ああ。そういえば君って人間種の国では『歴代最速』って呼ばれているんだっけ」
「おや。私の事をご存知とは光栄です」
「…まぁ良いよ。約束だし大魔王様の下へ連れて行くよ」
そう言って魔王サミエルは指をパチンと鳴らすと、それだけで俺とソフィアを含む空間が歪んで転移を開始した。
人間の闇属性の魔法使いなら巨大な転移魔方陣が必要になる転移も魔王サミエルにとっては指1つ鳴らす程度の労力で済むらしい。
★
そうして俺とソフィアは大魔王の居城にて大魔王への謁見を果たしていた。
「ふぅ~ん。ガルズヘックスをねぇ」
俺とソフィアは膝を折って礼を尽くし、大魔王――長い銀髪と褐色の肌を持った美女を前に頭を垂れていた。
大魔王が若い女というのは――まぁ別に驚くに値しない。
銀髪と褐色肌でS級魔法士の『北風』のロザミィを連想したが内封された力は桁が違うのが分かったし。
「…指輪を返還せよ」
言われて直ぐに傍に現れた大魔王の側近に俺は赤い宝石の付いた指輪を素直に渡す。
別にこんな指輪に執着など皆無だ。
「ふむ。こいつは確かに私がガルズヘックスの奴に渡した指輪だのぉ」
奴はどうやら魔王サミエルが言うところの『本物の魔王』だったらしい。
「さて。どうするか」
なんとなく玉座に座ったまま俺の事をジロジロと見られている雰囲気。
同時に隣のソフィアの機嫌が密かに斜めになっていくのを感じていた。
相手が大魔王だろうと俺をジロジロ見られるのは嫌らしい。
「魔王を倒した奴を新たな魔王として任命しても良いが、ガルズヘックスの奴はお世辞にも『強い魔王』とは言えなかったからのぉ。搦め手を使えば奴を倒せる奴ってのは探せば結構居るものよ」
「御意にございます」
大魔王に同意するのは魔王サミエル。
まぁ実際に俺がガルズヘックスを倒した手法は『搦め手』と言われてもなんら反論出来る材料はない。
「だからお前を魔王として任命するか、少しばかり迷っている」
「大魔王様。その前に彼に魔王になる意思があるのか確認する方が先かと」
「ん?お前に連れられてここまで来たのだから魔王になる意思はあるんじゃないか?」
「大魔王様に紹介する旨は言葉にしましたが魔王になる意思までは確認しておりません」
「…それもそうか」
大魔王と魔王サミエルの会話に口を挟まず耳を傾ける。
「では問おう。貴様は魔王になりたいのか?」
「面倒ではないのであれば是非」
俺は大魔王の問いに即答した。
「…どういう意味だ?」
「私の倒した前魔王ガルズヘックスは鬼人族を統一し、領土を広げる事に執着を示していました。彼の後を引き継ぐ必要があるのであれば大変面倒だと思いまして」
「別に魔王になったからといって同属を支配しろとは言わん。領土を持つ『権利』は与えるが義務として課す事はない」
「それでしたら私を『怠惰な魔王』として任命いただければ幸いです」
「…それは私の為に働く気は無いという事か?」
「まさか。褒美さえ頂けるのであればいつでも私をご指名ください」
「…対価無しでは働かんという事か」
「なんせ『怠惰な魔王』が理想ですが故」
「ふむ」
そうして少しの間、大魔王は考える。
「お前…頭が良いな」
「よく言われます」
本当に『これ』だけは昔から――前世の時からよく言われていた。
「お前が『怠惰な魔王』として魔王に就任すれば少なくともお前の領土はお前の住む土地が自動的に認定される。お前が人間領に帰れば『人間領』が自動的にお前の領土だ。だがお前は『怠惰な魔王』だから領地の管理などしないし、人間種を支配したりもしない。言い換えればお前は魔王という地位を得ながら以前までの生活を維持出来るという訳だ」
「流石大魔王様。私の考えなど全てお見通しですか」
「よく言う」
大魔王の目が『貴様に掛かれば魔王の大魔王も赤子の手を捻るが如く利用するだけの駒だろう』と言っていたが、流石にそこまでは面倒なのでやる気は無い。
「ふん。ならば貴様に相応しい地位…『魔王軍参謀』として任命をする」
「大魔王様っ!それはっ…!」
「と。サミエルは焦っているようだが貴様はどう思う?」
「唯の言葉遊びかと。実際には唯の魔王の別名で新参であるが故に他の魔王から1級下と言い訳出来る地位を用意していただけたかと愚考いたします」
「…あ」
俺の言葉にサミエルはハッと気付く。
そう。あくまで俺に任命されるのは『魔王』軍参謀であって『大魔王』軍参謀ではないのだ。
魔王に知恵を貸せと言われて相談される事はあっても大魔王の相談役という訳ではない。
「サミエル。どうもお前は古参の割に頭が固い。こやつを利用して少しは柔軟な対応が出来るように精進しろ」
「ははっ!」
大魔王の深い考えに感動したのか素直に頭を下げるサミエル。
良いのか?それは俺が魔王軍参謀として任命される事を肯定する行為だぞ?
「それでは貴様を『魔王軍参謀』として任命するが…貴様の名前はなんだったか」
「ラルフ=エステーソンと申します。大魔王様」
「うむ。ではラルフ=エステーソンよ。そなたを『魔王軍参謀』として任命する」
「ははっ。謹んでお受けいたします」
「それ。こいつをくれてやる」
そう言って大魔王から投げ渡されたのはガルズヘックスから拾い上げた指輪だが――よく見ると宝石の色が青くなっていた。
「ありがたく頂戴いたします」
こうして俺は魔王軍参謀――魔王になった。
「調子に乗るなよ。ボクはまだ君を認めた訳じゃないからな」
「ああ、サミエル様。丁度良い所に♪」
任命が終わって『さて。どうしよう』と思ったところに丁度良くサミエルが来てくれた。
「…何?」
「いえ。実はこれから人間領に帰ろうと思っていたのですが私は転移手段を用意していないので帰るのに時間が掛かってしまうのですよ」
「…だから?」
「サミエル様なら私を一瞬で人間領に飛ばす事も可能ですよね?」
「『怠惰な魔王』を自認する君の言葉じゃないが君を人間領に送ってボクに何の得があるっていうのかな?」
「ガルズヘックスが治めていた領土を、そのままサミエル様に差し上げますよ♪」
「っ!」
俺の言葉にサミエルの顔色が変わる。
「私は『怠惰な魔王』として任命を受けた訳ですが立場的にはガルズヘックスの後任である事は間違いありません。そうである以上、他の魔王方の意見としてはガルズヘックスの治めていた領地は私が引き継ぐのが当然と発言される事は容易く予想出来ます。その領土を巡って魔王同士の争いになるのは避けたいですからねぇ」
「……」
「けれど私が『怠惰な魔王』だと知っているサミエル様になら私がガルズヘックスの領土をお譲りしても簡単に言い訳は立ちますよね?私が『怠惰な魔王』だからこそ領土を治めるのが面倒臭いと思っているし、私が『怠惰な魔王』だと知っているサミエル様は私から領土を取り上げる口実として使えます」
「…送るのは君とその人間だけ?」
「出来れば馬車と馬もお願いします♪結構愛着出てきたので」
「ふん」
という訳で親切なサミエルさんは俺とソフィアと馬と馬車を人間領まで送ってくれました♪
★
人間領に戻って当然のように閣下――宮廷魔法士の方の閣下に結果を報告した。
「…マジで?」
なんか物凄くフランクな返答を頂きました。
「こほん。どうやら予想以上の結果を出してくれたようだな。準備は進めていたが人間種の危機を救ってくれた事に礼を言う」
「私は今の生活が結構気に入っておりますので」
魔王になってしまったがサミエルさんが転移で仕事を持ってくるまでは自由時間だし♪
「しかし…魔王か。他国から見れば、この国ってお前の支配化にあるって事になるんだなぁ」
「まぁ他国から見ればそうなりますね」
「なんかお前って…国王陛下より権力上じゃね?」
「…さぁ?」
実際この国は俺が魔王として支配しているという体裁なので表の権力者は国王かもしれないが裏の支配者は間違いなく俺という事になるだろう。
なんて事を考えていたら閣下が懐から胃薬のビンを取り出してジャラジャラと中身の錠剤を口の中に流し込んでボリボリ噛み砕き始めた。
「あ~。胃薬うめぇ~」
「……」
どうやら考えると胃が痛くなるので考える事を放棄したらしかった。
そして王城からの帰りに、そのまま冒険者ギルドに顔を出したら…。
「……」
何故か『お姉ちゃん』は俺の顔を見ても冷静で、静かに懐をゴソゴソと漁って…。
「さぁ。『お姉ちゃん』に再会の抱擁をする」
「ちょぉっ!」
例の危険物チケットを取り出して欲望に忠実な要求をしてきやがった!
「会いたかったよぉ!『お姉ちゃん』!」
「うむ。おかえり弟よ」
「ド畜生がっっ!!」
チケットはビリビリに引き裂いて灰も残らないように焼き尽くしてやったわ!
残り7枚じゃっ!
「弟のベッドの下のエッチな本はちゃんと『お姉ちゃんの写真集』に入れ替えておいた」
「なにしてくれてんの!『お姉ちゃん』!」
この『お姉ちゃん』相変わらずだよ。畜生がっ!
「ほぉほぉ。つまり弟は『弟で魔王』になったか」
「…あくまで弟なんすね」
「上手い事を言ったつもりか?弟よ」
「別に駄洒落のつもりで言った訳じゃねぇよ」
この『お姉ちゃん』やっぱりテンション高いわ。
表情全く変わってないけどはしゃいでいるように見える。表情は全く変わっていないけどな!
「こっちは何か変わりありませんでしたか?」
ソフィアは俺に対する『お姉ちゃん』の態度からは『女』を感じないのか『お姉ちゃん』が俺に構ってもあんまり嫉妬しない。
「セレーナさんは偶に顔を出してお茶を飲みに来てた。レギニア君はエレンちゃんの面倒を見るので忙しそうだった。エレンちゃんは少しだけ話せるようになった」
「…あれ?」
『お姉ちゃん』がたった3人の現状を報告しただけで話が終わってしまった。
「『ぼっち』な弟への現状報告は楽」
「良いもん。俺にはソフィアが居るもん」
「旦那様♡」
「『お姉ちゃん』も居る」
ソフィアは俺が抱き寄せたけど『お姉ちゃん』は自発的にしがみ付いてきた。
畜生。相手は『お姉ちゃん』なのに少しだけ嬉しいと思ってしまった。
その日は閣下と『お姉ちゃん』に報告を終えただけで直ぐに自宅に帰って休む事になった。
勿論、久しぶりに自宅のベッドでソフィアとニャンニャンしたけれど…。
「旦那様。本当にベッドの下にレイラさんの写真集が…」
「…見なかった事にしておきなさい」
2回戦が終わった後のピロートークでソフィアがベッドの下を確認すると本当に『お姉ちゃんの写真集』が出てきてしまった。
マジだったよ、あの『お姉ちゃん』。
★
翌日。
特に用は無いけれど習慣のように冒険者ギルドの方に顔を出すと何故か『お姉ちゃん』がニンマリした顔で俺達を出迎えた――気がした。
基本的に『お姉ちゃん』って表情変わらないから、あくまで気がしたレベルだけど。
「見てないからな」
一応、ベッドの下の危険物に対しては報告しておく。
「大丈夫。弟が『お姉ちゃん』に欲情しない程度にエロさは加減しておいた」
「だから見てねぇよ」
チラッとしか。
ペラペラ捲る程度にしか見ていない。
ってか『お姉ちゃん』って意外に着やせするタイプ…。
「だ・ん・な・さ・ま?」
「ひぃっ!」
ソフィアさんに呼ばれて何故か背筋に悪寒が!
浮気を許さない正妻様っていうのは頼もしいと思います。
その後、必死にソフィアのご機嫌を取ってから、いつも通りの席でいつも通りイチャイチャして過ごしているとセレーナがやってきた。
「お久しぶりです。『歴代最速』様」
「お~」
とりあえず適当に返事は返しておくが基本的にはソフィアとイチャイチャを継続する。
「…相変わらずですね」
「人間早々変わるもんかよ」
「そうみたいですね」
セレーナは納得したような、呆れたような顔で頷いている。
「で。なんか用?」
「いえ。お帰りになったとお聞きしたのでご挨拶に来ました」
「お前も暇な奴だねぇ」
「騎士の仕事の中でS級魔法士様との連絡係というのは最高位に位置する仕事です。私は暇な自分に誇りを持っていますから」
「…そっすか」
暇な自分に誇りって大丈夫か?騎士団。
本当に用事があった訳ではないらしくセレーナは暫く雑談した後に普通に帰って行った。
それから俺はソフィアとイチャイチャしながら王都に配置した式紙で1ヵ月半の空白の時間で変わった事を確認していく。
「(餌のチョコ女に接触してくる馬鹿はなし。レギニアは冒険者としての仕事中。エレンはベビーシッターみたいな女に預けられて世話をされている)」
他にも色々な場所に式紙を飛ばしてみるが俺が国外に行く前と変わったところは余り無かった。
「(S級魔法士達は…流石に式紙だけでは痕跡を追えんなぁ)」
俺の知っているS級魔法士2人、ロザミィとマーラの近くに式紙を配置してあったのだが、それだけで情報が入って来るほど甘い相手じゃない。
ロザミィは勿論だが、マーラの方は特に情報戦のエキスパートなので気を抜くと直ぐに居場所が分からなくなる。
そして1度見失うと再び探し出すのに苦労する。
最後の1人『鉄腕』のガゼルに関しては国外に出ても結局会う機会には恵まれなかった。
「(まぁ、別に急いで会う理由も無いしな)」
探そうと思えば探せるし、会おうと思えば会えると思うが、特に会って何をしなくてはいけないという理由も無い現状、わざわざ探そうとも会おうとも思っていなかった。
「(宮廷魔法士の閣下と王立魔法学院の学院長は相変わらず胃薬中毒。ソフィアの薬に副作用がなくて良かったなぁ)」
今度また大量に届けてやろうと思う。
さて。ともあれ現状維持には成功しているみたいだし…。
「はい旦那様♪あ~ん♡」
「あ~ん♡」
とりあえず嫁とイチャイチャする事にした。
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