第33話 『魔王。竜の現状を知る』


 大魔王が支配する、この世界。


 しかし、こんな世界でも大魔王に支配されていない勢力が少なくとも3つは存在する。




 1つ目は3つの勢力の中で最大の力を持ち、大魔王ですら簡単に手出し出来ない『教会』と呼ばれる反抗組織。


 何が厄介なのかというと色々あるのだが『数百万の兵力』とか『魔王に匹敵する力を持つ勇者が4人も所属している』とか『世界最先端の兵器が集められている』とか、そういう要素は確かにある。


 けれど大魔王が攻めあぐねている最大の理由は『大賢者』と呼ばれる超越者の存在だった。


 純粋な力だけを考えた場合、大魔王に分がある。


 けれど教会という組織を攻める場合、大魔王は手持ちの全ての戦力を使う必要がある上に、自身も多大な消耗を覚悟しなくてはならない。


 まぁ『俺が来る前ならば』という前提の話だけれど。


 現在の大魔王からしてみれば『教会』という組織は確かに目障りではあるけれど『攻めるのも面倒だし勝っても別に良い事などないので適当に傍観している存在』に成り下がっていた。


 回復手段を得た大魔王にとって教会ですら驚異ではなくなっていたわけだ。




 2つ目はエルフ族と呼ばれる長寿の一族達。


 彼らは教会とは違って別に大魔王に対して反旗を翻す反抗勢力という訳ではない。


 唯『迷いの森』と呼ばれる結界の張られた森の奥にひきこもり、外界との接触を拒絶して生きる種族である為、大魔王の傘下に居ないというだけの話だ。


 彼らは長寿である為か種族的に感情の揺れ幅が小さく、滅多な事では森から出てくるような好奇心を発揮しない。


 それでも稀な例として過去に何人かエルフが森の外へ出て人と交わり、その子孫達が森の外で活動しているという例外はある。


 以前出会った勇者候補のランディのパートナーだったイオナが良い例で、彼女は純血のエルフではなくハーフかクォーターだったのだろう。


 純血のエルフはあんなに感情豊かではないが、他種族と混じる事で何故か感情的なエルフというのが発生するらしい。




 そして3つ目が『霊峰』と呼ばれる険しい山岳に住む竜族達なのだが…。


「サミエル様。どうして私がこんな場所に居るのでしょうか?」


「…大魔王様の命令だよ」


 俺とソフィアはサミエルに連れられて霊峰を訪れるという羽目に陥っていた。


 この霊峰に住む竜族達は過去に大魔王と世界の覇権を競い合った仲らしく、過去は敵であっても敬意を持って接するべき相手として大魔王の支配下に置かれない例外として存在していた。


 その竜族が住む霊峰に今朝――何の前触れもなくやってきたサミエルは俺とソフィアを連れてきやがったのである。


「私は頭が良いので適当な説明で十分です。だから適当で良いので説明してください」


「あ~。え~っと…なんか竜族が困っているみたいで…」


「つまり、霊峰に住む竜族になんらかの問題が発生して、その問題の解決の為に大魔王様が依頼を受け、その依頼を果たす為に私とサミエル様が霊峰に派遣されてきた…という事でしょうか?」


「そうそう。そんな感じ」


「……」


 転移で移動する前に説明しろっ!と叫びたい。


 なんか、もう大魔王は、このKY魔王の柔軟性を諦めて、俺と組ませる事で一人前――とか思ってんじゃねぇだろうなっ!


 俺だってサミエルの面倒を見るのは面倒臭ぇんだよっ!


「…何?」


「いえ。なにも」


 勿論、そんな事はおくびも出さずにニコニコ笑顔で対応。


 面倒臭いけどサミエルと敵対するのはマジ勘弁である。






 サミエルの案内で霊峰に入って暫く経つが竜族どころか…。


「人っ子1人見かけませんね」


 周囲に生き物の気配1つ感じられない。


「竜族はあんまり子供が出来る種族じゃないし、もっと奥の方で固まって住んでるんじゃない?」


「…大魔王様が依頼を受けた『問題』が原因と考えた方が自然では?」


「あ」


 この人、俺と行動するからって自分で考える事を放棄しているんじゃねぇだろうな。


「サミエル様は、ここに転移出来るという事は以前に何度か来た事があるのですよね?」


「うん。大魔王様のお供で何度か来た事があるよ」


「…どのくらい前ですか?」


「1200年くらい前かな」


「……」


 サミエルの時間感覚は勿論だが、その長い空白期間に嫌な予感を覚えた。






「…久しいな…サミエルよ」


「…お久しぶりです。竜王様」


 霊峰を散々歩き回って、やっと見つけた洞窟の奥で、その竜は――明らかに死に掛けていた。


 巨体をグッタリと地面に横たえ、全身に老いを感じさせる姿は竜族の力強さを全く感じさせない明らかな『死に損ない』だった。


「竜王様、あなたは…」


「同情は…いらん。ワシの寿命がもう数日しか持たないのは…ワシが1番良く分かっておる」


 数日どころか今直ぐに死んでも俺は全く驚かない。


 そのくらい、その竜は――竜王は『生きているのが不思議な状態』に見えた。


「大魔王に敗れ、霊峰に引き篭もり、新しい血も新しい風も拒絶した報いだろう。もう千年以上もの間、竜族に新しい子は恵まれず…年老いた竜族はワシを残して死に絶えた」


 そう。竜王は決して何者かに敗れて死に掛けている訳ではなく、長い年月を生きて――生き過ぎて寿命で果てようとしている寸前だった。


「老いぼれのワシがここでくたばるのは…仕方あるまい」


「……」


「だが…竜族をここで終わらせる訳にはいかん」


「どういう…」


「何か我々…いえ大魔王様の傘下に託したい物があるのですね?」


 理解の遅いサミエルに代わって口を挟んだ俺に初めて竜王は視線を向ける。


「…貴様は?」


「今回、大魔王様の名代として参上いたしました『魔王ラルフ』です。お話は私がお伺いいたします。竜王様」


「…なるほど。頭の回りそうな小僧だ」


「恐縮です」


 今回『大魔王の命令』として来ている以上、その依頼を聞く前に竜王に寿命でくたばって貰っては困るのだ。


 それが分かったのか竜王は俺に対してポツリポツリと語り始めた。


「確かに…竜族は既にワシしか残っておらん。だが…この千年の間に試行錯誤は続けてきた。子は生まれなかったが…いくつもの卵は産み落とされていた」


「……」


 周囲に視線を向ければ確かに『卵のような物』が多数転がっているのが確認出来たが…。


「ご覧の通り…全てもぬけの殻よ」


「…呪い…ですか?」


「ふん…本当に頭の回る奴よ」


 産み落とした卵の中身が空――という現象の原因として『中身を盗まれた』などと考えるよりは『最初から中身が入っていなかった』と考える方が自然だ。


 何より『竜族が守っている卵の中身だけを抜き出す』と考えるよりは現実的だからだ。


 そう考えると『産み落とした卵の中身が空になる呪いを掛けられた』と考えた方が自然だった。


「ワシは…気付くのが遅かった。何者かの仕業と考え…竜族の中で争いが起こった。お陰で竜族の数は益々減り…ご覧の有様よ」


「……」


 大魔王の好敵手とさえなりえた竜族を相手に呪いを掛ける事が出来る相手。


『大魔王』本人を含めて『精霊王』か『大賢者』くらいしか考えられない。


 無論、今となっては『この事実』に竜王も気付いているのだろうが――今更気付いたところでどうしようもない。


 この有様では復讐を望んでいるとも思えない。


「…大魔王様の傘下に託したいのは周囲に漂う…この光の球達…ですか?」


 肉眼では見えないが『レーダー』に反応する周囲を漂う姿なき球体。


「本当に…忌々しいくらいに察しの良い奴よ」


「…恐縮です」


「だが…今は最適な人材よ。大魔王も…粋な部下を寄越したものだ」


「……」


「貴様の察したとおり…託したいのは『生まれる事が出来なかった竜族の子の魂』よ。卵は確かに空だったが…魂だけは生れ落ちて漂っておった」


「……」


「これを…放って死ぬ訳にはいかんのだ。どのような形でも構わん。この子達を…世界に解き放って…く…れ」


「竜王様っ!」


 本当に最期の力を振り絞った『願い』を託した後に竜王の目からは完全に光が消え、駆け寄ったサミエルが竜王に触れるが――直ぐに首を横に振って竜王の死を伝えてきた。






「それで…どうしましょう?」


「…どうって?」


 竜王の死後。


 彼の者の死体を丁寧に埋葬してからサミエルに問いかける。


「これは『大魔王様の命令』になりますし竜王様から託された魂を保護する必要はありますが…少なく見積もっても100以上はありますよ?」


「……」


「これらを世界に解き放つと言われても『竜族の魂』を受け入れる事が出来る器を100以上なんて私には用意出来ませんよ」


「……」


「サミエル様は何か心当たりはありますか?」


「…あると思う?」


「…出来れば」


「……」


 とりあえず問題を持ち帰って大魔王に報告する事にした。




 ★




「無理を言うな。ただでさえ膨大な質量を持つ『竜族の魂』を受け入れる器を100以上も用意出来る訳がなかろうに」


「ですよねぇ~」


 ちなみに人間種の身体に『竜族の魂』を入れたら一瞬で破裂する。


 英雄種の身体でも勇者の素質があるものでギリギリ、通常の英雄種だと――やっぱり破裂する。


 そのくらい『竜族の魂』を受け入れる器を用意するのは難しいという事だ。


「あの老いぼれが。面倒な仕事を押し付けていきおって」


「……」


 俺はあんたから毎回面倒な仕事を押し付けられている訳ですが?


「…ラルフよ。何とかしろ」


「ちょぉっっ!」


 今回も俺に押し付けんのかよぉっ!


「急げよ。竜王の加護がなくなった以上、残された魂達は1年も持たずに消滅するであろうからのぉ」


「しかも期限付きっ!」


 難易度ハードどころかルナティックなんですけど!


「期待しているぞ。ラルフよ」


「…畏まりました」


 でも立場上、大魔王には逆らえん。


 俺は渋々命令を受けて『竜族の魂を受け入れる器』を探す事になってしまった。




 ★




「面倒な仕事を押し付けられてしまいましたね。旦那様」


「まったくだ。あいつら人を便利に使ってくれやがって」


 自宅に戻った後、俺とソフィアは嘆息する。


 仕事と割り切って何とかしようにも『無理でした。てへ♪』とか言っておいた方が良いレベルの無理難題だ。


 駄目なら駄目と割り切っておいた方が健康上よろしいので、さっさと諦めて…。


「ん?」


 非建設的な方向で進めようとしていた俺の耳にカタンという音が響き視線を向けると――窓の下に何かが落ちていた。


「符丁…ですか?」


「ああ。この合図は閣下からの呼び出しだな」


 落ちていたのは手紙などではなく呼び出しとして決めておいた折鶴。


 これは閣下――宮廷魔法士様からの呼び出しという事であり、言い換えればS級魔法士としての呼び出しという事だ。


「魔王としての仕事の方はダメダメっぽいし暇潰しに顔を出してみるかな」


「お供致します♪」


 勿論、ソフィアも連れて。






「お久しぶりです。閣下」


「…ああ」


 そうして久しぶりに訪れた王城で閣下と面会を果たすと――何故かゲンナリした顔で出迎えられた。


「どうかしましたか?」


「…面倒事だ」


 尋ねた俺にそう答えた閣下は1通の手紙を俺にパスしてきた。


「?」


 その手紙を受け取って中身を拝見すると――確かに面倒事だった。


 それは『教会』からの招待状で、よりによって『俺』を教会の幹部としてスカウトしたいという旨を記されてあった。


「…マジすか?」


「恐らく、貴様の立場を理解していないのだろう」


「そっすね」


 俺が魔王としてこの国を支配下においているという事実は極少数にしか知られていない。


 この国というなら3人だけだ。


 1人は当然のように俺の妻であるソフィア。


 1人は宮廷魔法士である閣下。


 そして最後の1人は――何の因果か『お姉ちゃん』だったりする。


 S級魔法士達ですら『この国が魔王の傘下に入った』という事は知っていても、俺が魔王である事は知らされていない。


 まぁ情報戦の専門である『紅蜘蛛』のマーラあたりなら何か掴んでいるかもしれないが奴の性格上、藪をつついて蛇を出すような真似はすまい。


「はっきり言うが教会を敵にまわすなんて冗談じゃないぞ」


「…同感です」


 大魔王ですら手を出したくない勢力を敵に回すなんてごめんだ。


「どうするつもりだ?」


「どうって…行ってみるしかないでしょう。無視して問答無用で敵性認定とかごめんですし」


「魔王としての仕事は大丈夫なのか?」


「教会の内部を探ってくるって名目なら容認されるでしょう」


 正規の招待状として教会に招待される訳だからチャンスである事も事実だ。


「大魔王を裏切るつもりはないんだな」


「私が今1番敵に回したくないのが大魔王とサミエルのコンビなので、今のところ裏切る気はありませんね」


 俺から言わせて貰えば教会全部を敵に回すより、大魔王とサミエルの2人だけを敵に回す方が厄介だと思っているくらいだ。


 件の大賢者と4人の勇者の能力は知らないが、大魔王とサミエルほど俺と相性が悪い訳ではないだろうし。






 という訳で一応大魔王に連絡用の式紙を使って事情を説明してみたのだが…。


『教会か。面倒なところに目を付けられたものよのぉ』


「…同感です」


『しかし貴様ならどうとでも言い逃れ出来たであろうに。まさか人間種の為に我が身を危険に晒す気になった訳ではあるまい?何が目的だ』


「…魔王として大魔王様に貢献しようと思った…とか言ったら信じてくれますか?」


『くははははっ!面白い冗談だな』


「ですよねぇ~」


 実際の話、そんな殊勝な心がけなんて俺には欠片も存在しない。


「はっきり言えば教会の抱え込んでいる『戦力』に興味があります」


『ほぉ。教会を貴様の私兵として取り込む気か?』


「そこまでは望んでいませんが、件の『大賢者』とやらを出し抜いて引っ掻き回してやろうとは思っております」


『ふっ。貴様の行動原理は大半が『嫁』に直結している筈だ。ならば今回の行動も嫁に対する『何か』があるのであろうな』


「…ご想像にお任せいたします」


『くっくくく。朗報を期待しておるぞ』


「善処させていただきます」


 こうして俺は大魔王への連絡を終えた。




 ★




 数日後。


 俺はソフィアを連れて教会への道を馬車で進みながら大魔王の『読みの深さ』というものに少しだけ舌を巻いていた。


 今回、俺が教会行きを決定した最大の要因はまさに『嫁』――ソフィアにあるからだ。


「…偶然じゃないんだろうなぁ」


「はい。間違いなく偶然では無いと思います」


 例の招待状に書いてあった『俺を招待する』と書いた人物の名前――ニコラス=セルゲイン。


 俺の今までの人生で会った事もなければ係わり合いになった事も無いけれど、奴は――ソフィアの貴族時代の婚約者だった男だ。


「少なくとも、こいつは抹殺決定だな」


「はい」


 そう。俺の目的はソフィアの抱える心の汚点とも呼ぶべき男の抹殺だ。


 今まで思い出しもしなくても『こいつ』の名前が出てしまった時点でソフィアの心を僅かでも沈ませる対象は放っておけない。


 確実に――俺の手で殺す。


 俺の目的はソフィアの心の暗雲を晴らす事。


『教会の戦力に興味がある』なんてのは二の次、三の次だ。


 罠ではないのかって?


 罠なら罠で構わないのだ。


 俺は件の『大賢者』以外なら例え相手が勇者であっても負けない自信があるし、その上で目的の男を抹殺して逃亡なんてたやすい事だ。




 ★




 人間種の国から『教会』へ行く為には当然のように国外に出る必要がある。


 国外へ出るのは当然のように危険が伴うけれど、実は『教会へ行く』というだけなら安全な道が1つだけ確保されていたりする。


 教会という組織は世界中から戦力を集めている為『教会へ至る道』だけは安全を確保してあって、その道にさえ辿り着けば教会までは比較的安全に行く事が出来る。


 まぁ人間種の国から安全な道まで辿り着くのには大金を使って護衛を確保する必要があるのだが、逆に言えば大金さえ払えば教会まで行く事は難しくないという事だ。


 例のソフィアの元婚約者のニコラスも大金を払って教会へと亡命した口だろう。


 まぁ自力で防衛出来る俺とソフィアには余り関係ない事なのだが、それでも怪しまれない為に教会の用意した道を馬車で進んで…。


「だ・ん・な・さ・ま♡」


 まぁ度々馬車を道の端に止めてギシギシさせていたけど。


 この道、国外にしては結構人が通り掛るのだけれど、それでソフィアの情熱が冷める訳でもなく突発的に発情しては俺を押し倒してくる。


 過去の柵に対する不安の裏返しという事もあるのだろうけれど――お陰で俺は結構楽しく教会への旅路を進んでいけた。


 ソフィア様々だ♪



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