第48話 『魔王。恋人と配下の真価を発揮させる』



 ☆オリヴィア




 戦闘の開幕は、まず私の先制で始まりを告げた。


 背中の翼を含めた身体全体に『風の加護』を纏って高速飛行で敵――天翼種の勇者エルジル=エイセリアに一気に接近して新しい剣を振りぬく!


「っ!」


 しかし剣を振り抜いた先に手応えはなくエルジルの姿も消えていた。


「若い割には良い腕だが…私の相手をするには少々経験不足だな」


「っ!」


 背後から聞こえてきた声に反射的に剣を振るうが――またも不発。


「(瞬間移動?教会内には転移を防ぐ結界が張ってある筈ですが教会の勇者は例外という事でしょうか?)」


「惑わされるな。唯の高速移動だ」


 困惑する私に恋人から正解が告げられる。


「その通り。私は少しばかり『速く』動いただけだ」


「……」


 片腕、片目を失い、翼も飛行不能なほどにボロボロの筈なのに、これで『少し』?


「エルジルは『速さ』にのみ特化した勇者だ。その『速さ』を潰せば唯の雑魚に成り下がる」


「ふっ。出来るものならやってみると良い」


「っ!」


 私とは明らかに『レベルが違う』と分かる『風の加護』を全身に纏って右手で通常の剣より少し短い程度の剣――ショートソードを持つ。


 片手でも扱えて、自慢の速さを妨害しない最適な武器の選択。


「行くぞ」


「くっ!」


 私は咄嗟に翼を広げて飛び上がり、上空へと逃れる。


「良いのか?お前の恋人は丸裸だぞ」


「……」


 それは私の動揺を誘う言葉だったのだろうけれど――問題ない。


「ぬっ?」


 私の恋人に斬りかかったエルジルは容易く彼のダガーに攻撃を防がれて、尚且つ的確に反撃を受ける。


「ちぃっ!」


 幾ら速く動こうと彼の『センサー』の範囲内に入ってしまえば敵ではない。


 彼を狙う事はエルジルにとっては愚策。


 そして『そこ』を狙わない訳がない!


「舐めるなっ!」


 上空からの落下速度を利用した斬撃は容易く回避されて…。


「そんな状態でも、まだ飛べたのですね」


「ふん。飛べないと油断したところを狙うつもりだったのだがな」


 ボロボロの翼を広げて宙を舞っていた。


 恐らく翼ではなく、全身に纏った『風の加護』を利用して飛んでいるのだろう。


 確かに地上を移動する速度は驚異以外の何者でもなかったが――使い物にならない翼で空中を私以上の速度で飛ぶ事が出来るのだろうか?


「っ!良い判断だ!」


 空中で斬りかかる私の大剣をショートソードで受け流しながら後退するエルジル。




 3つ見つけた。


 私がエルジルに対して勝っている点を3つ。


 1つ目は剣技。


 片手しか使えないエルジルに対して私の剣技は明らかに上を行っていると確信した。


 私の剣技は確実に――勇者にも通じる。


 2つ目は武器の性能。


 私の新しい剣はエルジルの持つ物よりも明らかに性能面で上だった。


 実際に打ち合う事で『音』を聞いて確信出来た。


 そして3つ目は飛行速度。


 翼を持たないエルジルに対して空中では私の方が――僅かに速い。


 これだけ有利な点があるのならば、無謀な賭けに出ずに堅実に戦えば確実に勝てる!




「…なんて思っているんじゃないだろうな?」




「痛っ…!」


 一瞬の攻防。


 私が大剣の一撃を放つ間に――右腕、左腕、右足、左足、右肩、左肩、右足首、左足首、右手首、左手首の計10箇所に攻撃を受けて血が流れる。


「勘違いしているようだが私の『速さ』は移動に対してではなく『攻撃速度』がもっとも速いのだよ」


「……」


 一呼吸の間に私の大剣の斬撃を防いだ上に10の攻撃。


 それは全てかすり傷程度ではあったけれど…。


「(…見えなかった)」


 私にはその剣先を捕らえる事すら出来なかった。


「生憎と攻撃力に関してはお察しのレベルだが、何…100も攻撃すれば十分敵を葬る攻撃力になろう」


 戦慄して冷や汗を流しそうになった私に地上から援護射撃として100を越える熱閃――『ホーミング・レーザー』が放たれる。


「温いな」


「なっ…!」


 その100を越える『ホーミング・レーザー』が1つ残らずにショートソードで払いのけられた。


『ホーミング・レーザー』はロックオンした対象に命中するまで障害物を自動で回避する特性を持っていたにも関わらず、障害物となるショートソードを回避出来なかった。


 それはつまり…。


「(『ホーミング・レーザー』よりエルジルの剣速の方が速かったという事!)」


 もしかしたら先程大剣を防がせた為に10の斬撃だけで済んだ事は幸運だったのかもしれない。


 この男は――エルジルは一呼吸で100の斬撃を放てる。


「ふむ。狙いは私の最高斬撃数を調べて迂闊に飛び込む事を抑制する事か。なかなか良い恋人じゃないか」


「…どうも」


 確かに『自慢の恋人』ではあるけれど、こんなのどうやって攻めれば良いのでしょう?


 空中なら逃げる事は出来るけれど――私だけが逃げても意味がない。




 ☆輝夜




 私は生まれて初めての『空中戦』を体験する事になっていました。


 翼を持つ天使――『自称天使』が相手なのですから自然の成り行きなのですけれど…。


「あははっ!空を飛ぶだけじゃ僕の敵じゃないね!」


「っ!」


 足元の六芒星を必死に制御して敵の放つ無数の光弾を回避します。


「……」


 総合的な戦闘力で私が負けているとは思いませんが不慣れな空中戦での経験値という点では圧倒的に不利のようです。


「おっと」


 地上からはソフィア様が定期的に『ウォーター・カッター』を放って援護してくれますが、敵の攻撃を鈍らせる事には成功しても私が有利になるほどではありません。


「(空中に居る敵がこれほど厄介とは…)」


龍核熱砲ドラゴニック・ブラスター』は僅かでも『溜め』が必要なので当たりそうもありませんし『龍闘氣ドラゴニック・オーラ』は敵が飛び込んでくれないと意味がありません。


「『龍眼ドラゴニック・サイト』…ロックオン」


 有効なのは『龍眼ドラゴニック・サイト』でロックオンした対象は決して見失わないという事です。


 敵の位置さえ分かれば致命的な攻撃を受ける心配も少ないですし――チャンスを待つ事も出来ます。


「ふ~ん。その目に付けている特殊装備…ちょっと厄介だな」


「…あげませんよ」


「いや。厄介っていっても『ちょっと』だけだよ。別にたいした装備じゃないし」


「……」


 分かった事は、この『自称天使』はプライドが高く、そして――余り頭が良くないという事だった。


 マスターの言を借りれば『テストの点は取れるけど知能指数自体は低い』という事。


 決められた範囲の中でのみ有能であって、決して頭の回転自体が早い訳ではない。


 もっとも本人は『それ』を認めたくないようだけど。


「ほらほら。ボーっとしてると殺しちゃうよ?」


「痛っ…!」


 ボンヤリしていた訳ではありませんが敵の光弾が身体を掠めて僅かに顔を顰める。


 特注のメイド服のお陰でダメージはありませんが――決定的な経験不足を自覚します。


 私には『戦闘経験』『空中戦の経験』『痛みに対する耐性』『予想外の敵の行動に適応する対応力』が決定的に不足しています。


 私はゼロ歳児なので当たり前と言えば当たり前なのですが…。


「(ああ。だからマスターは私を指名したのですね)」


 この『自称天使』――『マシンナリー・ドールズ』の性能だけでは簡単に押し切れない敵と戦って経験値を上げろと言われているのだと気付く。




「イエス、マスター。指令『色々やろうぜロックンロール!』を受諾致します」




「は?何を言って…」


「『魔王の娘達マシンナリー・ドールズ』統率主体、輝夜…突貫致します!」


「なっ…!」


 要するに経験で劣る私が『様子見』なんて殊勝な事を考える事自体間違えているという事だ。


 基本スペックでは私の方が上なのだから――兎に角『当たって砕けろ』くらいで丁度良い!


 腕輪を武器化させてオリヴィア様に倣った基本通りの動作で――後は何も考えずに振り抜く!


「が…ぁっっ!!」


「あ」


 普通に当たった。


 続いて型だけを守って連続で斬りまくる!


「がっ!げぁっ!ごっ!ぐぁっ!」


 意味不明な悲鳴を上げる『自称天使』を斬って斬って斬りまくりながら――『はて?』と思う。


 私は一体『これ』の何を警戒していたのでしょうか?


「調子に…乗るなぁっ!」


 私に斬られまくって血まみれになりながら、それでも翼を広げて必死に距離を取る『自称天使』。


 そういえば興味がなかったので名前も聞いていませんでした。


 まぁ聞く気もありませんが。



「『龍眼ドラゴニック・サイト』…ロックオン」



 今度は見失わない為のロックオンではなく――仕留める為のロックオン。


 私は私に内蔵された『核融合炉』を臨界させて『プラズマエネルギー』を掌の中に収束させて…。


「はっ。そんな物に当たると思って…っ!」


 私の攻撃範囲外に離脱しようとした『自称天使』の顔色が変わる。


「動けなっ…!なんでっ…!」


 本人は気付いていないようでしたが既にソフィア様が密かに仕掛けておいた水蒸気と化していた『水の拘束』が『自称天使』を捕らえていました。



「『龍核熱砲ドラゴニック・ブラスター』…」



「やめっ…!」




「『発射ファイア』!」




 そして動けなくなった『自称天使』は私の『龍核熱砲ドラゴニック・ブラスター』の直撃を受けて――蒸発して消えた。


「…思ったほど経験値を上げる要素はありませんでしたね」


 所詮『自称天使』は『自称天使』だったようです。




 ☆オリヴィア




「痛っ…!」


 幾度となく攻めては、その数倍の反撃を受けて私の身体から血が滴り落ちる。


「はぁっ…!はぁっ…!はぁっ…!」


 既に息は上がっておりスタミナにも限界が見え始めている。


 少なくない血を失った事も体力を減少させる効果を与えているのでしょう。


『速さ』だけの特化した勇者というのが、これほど厄介だとは思ってもみなかった。


「あ」


 その時、1条の光が彼方まで走り抜け――それが輝夜の『プラズマ・ブラスター』であり、同時に敵を仕留めたのだと理解する。


「ふん。所詮口だけの天使モドキか。役に立たんな」


 元より仲間意識など無かったようでエルジルの動揺を誘う効果はなかったけれど。


「標的が4つになった以上、これ以上遊びには付き合えん。同族を仕留めるのは気が咎めるが…終わらせるぞ」


「っ!」


 そして今まで以上に高速で突っ込んでくる!


「痛ぅっ…!」


 なんとか急所だけは大剣でガードして即死は避けたものの…。


「あ」


 両の翼を切り裂かれて――私は落ちる。



「私やサミエルが味わった地獄をお前も味わうが良い」



 それは天翼種が誇りである翼を失う苦しみの事を言っているのだろうけれど私は――この瞬間を待っていたのだ!


「なにっ…?」


 翼を切り裂かれて地面に落下を開始した私の身体が――炎に包まれる!


 そして切り裂かれた私の翼から炎を吹き上がり…!




「炎の翼…『不死鳥の翼フェニックス』…だとっ!」




 驚愕に顔を歪めるエルジル目掛けて炎の翼を推進力にして――突貫する!


「が…はぁっ…!」


 私の大剣は確実にエルジルの身体を捕らえ――貫いた!


「ば…かなぁ…」


 そして今度はエルジルが地上に向けて落ちていった。




 ★




 もしも部位欠損――腕や足を失った人間の手足を俺の『火の最上級回復魔法』で再生させる事は出来るのか?と問われたら『YESでもあるしNOでもある』と答えるしかない。


 例えば『片腕を失った男』なら『一応は可能』と答えよう。


 けれど『両腕を失った男』であるなら『不可能』だと答える。


 それは腕を再生させる為の『情報』が不足しているからだ。


 失ったのが『片腕だけ』なら残ったもう1つの腕から情報を得て――例えば左腕の情報から左右対称に右腕を作り出して再生する事は可能だ。


 但し、右腕を左腕を左右対称に『複製コピー』して作るのでは本人の物であっても情報に『ずれ』が生じる為、例え再生に成功したとしても慣れるまでかなりの時間が掛かるだろう。


 まして両腕を失ってしまったのなら再生させる為の元となる情報が得られないので再生自体が不可能だ。


 他人の腕をくっ付けても良いのなら出来なくも無いが本人の腕でさえ慣れるのに時間が掛かるのに他人の腕では適合自体不可能だと思って良い。


 要するにくっつけた瞬間から拒絶反応で――最悪死ぬ。


 しかし何事にも『例外』という奴はあって、例えば『腕を失ってから』情報を得ようとするから不完全な再生になってしまうのであって、『腕を失う前に』情報を得ていればほぼ完全な状態で再生が可能なのだ。


 その点『俺』『ソフィア』『オリヴィア』の3人は毎日のように俺が『スキャン』で体中の全ての情報を俺の頭の中にインプットして更新している為、即座に再生が可能だった。


 エルジルが見た『炎の翼』は『不死鳥の翼フェニックス』などではなく、俺が『火の最上級回復魔法』でオリヴィアの翼ごと身体の負傷を再生させた事で発生した現象で、オリヴィアはその炎を推進力に利用して奴の虚を突き一矢報いた訳だ。


 それにしても…。


「自分の翼を切り裂かれるのを待つとか…やり過ぎだろ」


「申し訳ありません。他に奇襲に使えるタイミングを思いつかなかったのです」


 俺の魔法を当てにして自分を傷つける事を作戦に組み込むのは感心しなかった。


「今回は新しい剣の試しが出来れば良かったんだから、エルジルの持っている剣より性能が上だと確信出来た段階で俺にタッチすれば良かったんだよ」


「うぅ…折角なので良いところをお見せしたかったのです」


「血まみれになって普通に心配しただけだっての」


「…ごめんなさい」


「やれやれ」


「~♡」


 仕方なくオリヴィアを抱き締めて頭を撫でると、現金な事に嬉しそうに笑う。


 とりあえず俺と触れ合っていればオリヴィア的には幸せらしい。


「旦那様。私も頑張りました♪」


「うんうん。良くやったな」


「マスター。私も撫でて欲しいです」


「よしよし」


「 「 「 ~♡ 」 」 」


 結局3人とも頭を撫でる事になったけど。


「さて。こいつはどうするかな」


「ああ。本当に生き残ったのですね」


 オリヴィアに身体を大剣で貫かれた上に地上に叩き付けられたエルジルは重傷ではあったけれど、まだ生きていた。


「このまま放っておけば死にそうだな」


「治すのですか?」


「その予定だったんだが…」


 作戦だったとはいえオリヴィアを傷つけた事は正直――想像以上にムカついた。


「…ダルマにして治療してやるか」


「ああ。それならもう戦えなくなりますね」


 俺は『アトミック・レイ』で残った右腕と両足を切断してから治療を開始した。




 ★




 人形兵の生産ラインは『量産』を前提に経費節約がされていたので『マシンナリー・ドールズ』の予備パーツとしては不満な性能しか持っていなかった。


「それでも1体金貨1万枚の高級品である事に変わりは無いんだけどな」


「旦那様。これは使えないのですか?」


「部分的には使えるから、使えるパーツだけを頂いていこう」


 変な話だが『ドールズ』達は高性能過ぎて俺の『火の最上級回復魔法』を使っても再生出来ない。


 その為、代わりになる腕や足の部品は多めにあっても困らない。


 俺の『魔法の鞄』に入るだけ詰め込んで――研究所に俺の『アトミック・スフィア』をぶち込んで残りは消滅させた。


 これでこれ以上教会の人形兵が世に出る事はないだろう。


「さて。それじゃ…帰るとするか」


「はい。旦那様♡」


「お供致します。あなた様♡」


「ご命令をどうぞ。マスター♡」


 なんか来る時も似たようなやりとりをした気がするが――気にせず教会の結界の外まで出て転移石で帰る事にした。




 ★




 自宅に帰ってから一応経過を大魔王に式紙を通して報告しておいたのだが…。


『サミエルの奴が鬱陶しくてのぉ。量産型でよいから人形兵を私の護りに付けよ。そうすれば少しはサミエルの心配性も収まるであろう』


「は、はぁ…」


 なんと答えれば良いやらだった。


 そもそも量産型はパーツを持って来ただけなので『動力源』と『自律プログラム』が内蔵されていない。


 量産型のスペックだと『核融合炉』の出力に耐えられないし『自律プログラム』は最低限サミエルが信用出来る『魂』を入れないと大魔王の護衛として納得しないだろう。


 その辺を大魔王に伝えたのだが…。


『そんな事なら私の倉庫に何か代わりになる物があるであろう。サミエルに探させるから量産型を2~3体持ってくるが良い』


「…畏まりました」


 なんか適当だけど、それだけ傍で護衛するサミエルが鬱陶しいという事だろう。


 俺は大魔王に僅かに同情しながら量産型を2~3体持って大魔王の居城へと届ける事にした。



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