第11話 『S級魔法士。2つ名は歴代最速』


 王城の地下にある転移魔方陣へと戻ると、そこにはまだ女騎士が待機していた。


「あの…何か忘れ物でしょうか?」


「いや。もう終わらせて戻ってきたところだが?」


「…え?」


 何故か驚かれた。


「だって。転移魔方陣に入ってから、まだ30分も経っていませんよ?」


「知らんがな」


 とりあえず上に報告とか面倒なので女騎士に出来事を伝えて伝言を頼む。


「それじゃ本当に『説得』してしまったのですか。最良の結果ですね」


「説得ねぇ。俺は単に保留を『提案』しただけだがなぁ」


「それでも貴重なS級魔法士を消費せず、更に事前に反乱を止めた事は事実ですから」


「…だから保留だっての」


「えっと。上層部には防諜の強化と…それと『北風』のロザミィの減刑を提案した方が良いでしょうか?」


「それは逆だろ」


「…え?」


「ロザミィへの罰は厳重にだ。反乱を起こそうとした奴に減刑して軽い罰なんか与えたら、それこそ温い国家と判断して保留を撤回、即座に革命の開始だぞ」


「な、なるほど」


「なんで俺が助言するハメになってんだよ。普通に考えれば分かるだろうが」


「うぅ。すみません」


 この女騎士、あんまり頭は良くないらしい。


「それじゃ俺達は帰るぞ」


「あ、はい。結局私が依頼に行ってから1時間も掛からずに依頼を終わらせてしまいましたね。流石は『歴代最速』様です」


「……」


 もう返事をするのも面倒なのでソフィアの手を引いて帰る事にした。






 自宅に直帰した後、俺は寝室へとソフィアを連れ込んだ。


「旦那様?」


 ソフィアは困惑していたが、その手は僅かに震えていた。


「あ。薬…切れたみたいですね」


 ソフィアが自身に投与していた精神安定薬の効果が切れた証拠だ。


 ソフィアの全身がカタカタ震えだす。


 彼女は荒事になんて慣れていないし、そもそも死体を見て平気な人間じゃないし、それが200体の死体ともなれば卒倒しても不思議じゃないお嬢様育ちだ。


 その症状を抑えていた精神安定薬の効果が切れれば当然押さえていた物が一気に溢れ出てくる。


「ああ。だから依頼を早めに終わらせる必要があったのですね」


 まだ口調は落ち着いているが体の震えは隠し様も無いほどに大きくなっていた。


「だ、旦那様…わ…たしは…」


「俺も小便漏らすかと思うくらいショックだったよ」


「…あ」


「けどソフィアが隣に居てくれたから耐えられた。でも…もう耐えなくて良いよな。お互いに」


「…はい」


 そうして俺とソフィアは貪りつくようにお互いを求め合った。


 普段に比べて乱暴に、けれど強く求める為に、お互いの震えを快楽で塗りつぶすように、唯ひたすらに俺達は求め合った。


 そうして身も心も疲れ果てて眠りに付く頃には俺もソフィアも体の震えは治まっていた。




 ★




「説明」


「…は?」


 念の為、何日かソフィアと家でのんびり過ごしてから冒険者ギルドに出向いたら何故かレイラが恐ろしく冷たい白い目で俺を睨みつけて説明を求めてきた。


「前にも思ったが、お前は『お母さん属性』でもあんのか?」


「説明」


 説明するまでは他の言葉など聞かんとでも言いたげに俺の言葉を無視して再度説明を求めてくるレイラ。


「…何が聞きたいんだよ」


「全部」


「…はぁ」


 嘆息しつつ、しかしどの道、魔法学院の卒業プレートを提示した以上、ある程度は話す必要があるのだから話せる範囲で話す事にした。






「S級魔法士様。ご存知かどうかは知りませんがS級魔法士を冒険者ギルドのランクに換算するとSS級かSSS級になるって知っていましたか?」


「S多いな」


「知っていましたか?」


「…いや。俺まだ暫定S級魔法士だし。正式に認定された訳じゃねぇし」


「国家から『歴代最速』の2つ名の正式任命許可証と『S級魔法士』の印章を預かっている」


「…なんでお前に預けた訳?」


「私が君の保護者だって言ったら普通に預けて行った」


「なにしてくれてんの」


 つか。誰が保護者だ。


 ウチの両親普通に健在だっての!


「言い換えればコレがなければ君はS級魔法士にはなれない」


「…そっすね」


「これが欲しければ今後私には金輪際秘密は作らないと誓うべき」


「いや。別に直ぐに使う訳でも無いし暫く預けておくわ」


「…え?」


 流石に俺の答えは予想外だったのかレイラの顔には焦りが見える。


「大事に保管しておけよ。失くしたら再発行に白金貨1枚掛かるらしいぞ」


 白金貨=金貨100枚=1億円だ。


「私には分かる。今、君は嘘を吐いた」


「…ちっ」


 確かに白金貨は話を盛ったが、まさか見破られるとは思わなかった。


「まぁ、それでも金貨20枚なんだけどな」


「早く誓う。こんなの持っていると不安で仕方ない」


「知らんがな」


 つか。こいつマジで俺の嘘を見破れんのかよ。


 目線も動かしていないし表情も全く動いていない筈なのに、どうやって見破りやがった。


「…なんとなく分かる」


「あ。私もなんとなく分かります」


「……」


 レイラだけじゃなくソフィアも分かるらしい。


 しかも『なんとなく』分かるだけで本人達もどうして分かるのか不明らしい。


「その答えが1番困るんだが」


 俺にとって『嘘を見破られる』のは色々死活問題だし、その見分け方を把握しておかないといざという時に困る。


 困るのに、この2人は嘘は見破れるくせに、どうやって見破っているのかはわからないという。


「…昨日はソフィアと3回エッチした」


「あ」


「今嘘吐いた」


「はい。本当は朝昼晩に2回ずつで6回エッチしました」


「ぽっ♡」


「お盛ん」


 本当にどうやって見破ってんだ、この2人。






 結局ソフィアが思いの他不機嫌にならなかったというか、あまり反対しなかった為、提示出来る情報は極力話すというラインで妥協して貰って2つ名の証明証とS級魔法士印章を返して貰った。


「ふはは。これさえ手に入ればこっちのものだ」


「約束破る気がない時は演技が雑」


「……」


 俺、今初めてレイラ相手に沈黙させられた。


 マジで返す言葉が無いと言葉って出ないもんなんだねぇ。




 ★




「本日より正式にS級魔法士『歴代最速』様の連絡係となりましたセレーナと申します。今後ともよろしくお願いいたします」


 後日。正式に俺の連絡係に任命された女騎士セレーナが挨拶に来た。


「つっても緊急時以外に俺に仕事は回ってこないけどな。普段はここでソフィアとダラダラ出来るように手を回したし」


「勿論、御一緒にダラダラさせていただきます!」


「…俺が言う事じゃないが仕事しろ」


「本気で君が言う事じゃない」


 最近、本気でレイラのツッコミが厳しい。


 しかも良く分からないがタイミング的に何故か反論がしにくい。


 気付くと何故か封殺されている。


「ソフィア~」


「はいはい。私はずぅっと旦那様の味方ですからねぇ♡」


 ソフィアの胸に顔を埋めてよく分からない気分を慰めて貰う。


「私が追い詰める係で彼女が慰める係。これで結構コントロール出来る」


「勉強になります!」


 とりあえず俺はグレても良いと思った。




 ★




「ソフィアは良いんだよ、ソフィアは。俺の嫁だし、可愛いし、甲斐甲斐しく俺の世話を焼いてくれるし、言う事なしだよ。本当に」


「……」


「問題はレイラだ、レイラ。あの女、調子に乗りやがって。な~にが『私が追い詰める係』だ。ちょっと人が重要な案件を秘密にしていただけで根に持ちやがってぇ」


「……」


「あのセレーナとかいう女騎士も気に入らん。何かというと『歴代最速様』って懐いてきやがって。俺とソフィアの間に入ってくんじゃねぇよ。邪魔だっての」


「…おい」


 グダグダと管を巻いていた俺に不機嫌そうな声が掛けられる。


「どうして俺がお前の愚痴に付き合わなきゃならんのだ?」


「別に良いじゃん。暇だろ?お前」


「……」


「セレーナの何処が良いのか知らんが俺が命令すればお茶の1杯くらいは付き合ってくれると思うぞ」


「っ!」


 俺が愚痴を漏らしていた男――C級冒険者レギニアはセレーナの名前を聞いて顔色を変えた。


「俺が…そんな話に乗ると思っているのか?」


「確かにセレーナも美人だけどさぁ、お前って節操ないよなぁ。この間までソフィアに横恋慕してたくせに…美人なら誰でも良いのかよ」


「っっ!!」


 バレていないとでも思っていたのか絶句するレギニア。


「まぁ、お前がセレーナを口説きたいなら止めはしないがお奨めはしないなぁ。あれは尊敬出来る相手にしか恋慕の情を抱かないタイプの女だぞ。地位や実力が自分より上じゃない奴は相手にもされない」


「ぬ…ぐっ!」


「ちなみにセレーナは王立騎士学院の卒業証明証を持っているから実質的な地位は最低でも冒険者ランクで言うとC級以上。更に王国の騎士団所属の『1級騎士』らしいから実質的にはA級の権限持ちだな」


「……」


「冒険者ランクA級でやっと同等。最低でもS級にならないと男として見向きもされないって事だな」


「…依頼に行ってくる!」


「いてら~」


 鼻息荒く出かけていくレギニアを俺は手をヒラヒラさせて見送った。






「旦那様。あんな話をしてセレーナさんに芽はあるのでしょうか?」


「可能性はゼロじゃないって話をしただけ。奴の原動力になるし、俺も良い暇潰しが出来たしwin-winって事で良いんじゃね?」


「言い方を誤魔化しているだけで、それは唯『意地悪』をしただけ」


「…だってソフィアが構ってくれなかったんだもん」


「冒険者ランクの変更手続きをしている間くらい大人しくしているべき」


 俺がS級魔法士として正式に認定されるにあたって冒険者ギルドでの地位もSS級として確立された。


 これはぶっちゃけ冒険者ギルドで1番偉い筈の『ギルド長に命令出来る立場』という奴だ。


 それに伴って俺の弟子でもあるソフィアもA級の権限を手に入れたのだが、その手続きの為に少しだけ俺に空白の時間が出来てしまった。


 その暇潰しの為にレギニアを使っていた訳だ。


「それ以前にセレーナさんは貴族のお嬢様だから例え冒険者ランクがA級になろうと平民との結婚はありえない」


「S級になれば貴族相当の地位を与えられるんだし可能性はあるじゃん」


「冒険者ランクをS級以上まで上げられた人材なんて、記録によるとここ50年の間に1人しか居ない」


「ほぉ。優秀な奴も居るもんだねぇ」


「そんな非常識なのは君以外居る訳無い」


「…さいですか」


 俺以外にも3人ほどS級魔法士が居る筈だが、当たり前だが彼らは『冒険者』ですらない訳で、S級以上の冒険者として登録されているのは俺だけだ。


「弱冠16歳でS級魔法士でSS級冒険者。君は今後の人生を何をして過ごすつもり?」


「そりゃソフィアとイチャイチャしながら過ごす予定だが?」


「…君がその気になったら世界征服とか出来そう」


「やだよ。面倒臭い」


「『出来ない』とは言わないところに若干不安を覚える」


「世界を征服するところまでは出来るかもしれんが、その後の『統治』を考えたら『面倒臭い』以外に感想が出てこないじゃん。そんなの御免だね」


「……」


「おい。その『怠惰な弟』でも見るような目は辞めろ。鳥肌が立つ」


 この女、世話焼きの『お母さん属性』かと思ったら面倒臭がり屋の子を可愛がる『お姉さん属性』だったのかよ。


 だから俺に目を付けてやがったのか!




 ★




「歴代最速様。甘味は如何ですか?」


 俺がレイラに嘆息しているとセレーナがやってきてこげ茶色の物体を提示してきた。


「…どうしたんだ?これ」


「はい!最近話題の商店で新発売された甘味でして、少し苦労しましたが手に入れてまいりました!」


「へぇ~」


「『ちょこれいと』というらしいですよ。何でも甘くてほろ苦い癖になる味だと評判でして」


「『ちょこれいと』…ねぇ」


 見た目も匂いもまんま俺の知っているチョコレートそのものだ。


 しかし俺は異世界にこの手の甘味がある事に驚きは覚えない。


 俺を異世界転性させた奴の話では魂のバランスとやらを取る為にそれなりの数の人間を記憶を持ったまま転生させている筈だし、その中に『チョコ作りの知識』を持っていた奴が居ても不思議ではない。


「あ。美味しいですね♪」


「ん。美味」


「噂通り癖になる味ですねぇ」


 まぁ女性はどんな世界でも甘いものが好きという法則は変わらないらしいので美味しそうに食べているし文句を言う筋合いも無いだろう。


 俺も1欠片貰って食べてみる。


「(うん。普通)」


 流石に日本の洗練されたチョコを再現する事は出来なかったのか、頑張っているとは思うが俺の感想としては『可もなく不可もなく』といった感じだった。


「もっと沢山手に入れたかったのですが『限定品』と言われて少量しか手に入れる事が出来ませんでした」


「この手の甘い物は食べ過ぎると太りやすいから気をつけろよ」


「っ!私は…もう結構です」


「…同じく」


 やはりどんな世界の女性に対しても『太る』が禁句だったようだ。


 ソフィアとレイラは伸ばしかけた手を引っ込めて自重した。


「わ、私は毎日剣の訓練をしているので少しくらいは…大丈夫です」


 買ってきた張本人であるセレーナは結構多めに食べていたので言い訳しながら額から大量の脂汗を流している。


「まぁ偶に食べるくらいなら問題ないんじゃね?ソフィアも俺と毎日運動している訳だし」


「まぁ♪旦那様ったら♡」


 勿論、運動しているのは自宅のベッドの上でだ。


「あ、あのっ…!」


 そうやって談笑していたら依頼帰りと思わしきレギニアが傍に立っていて、机の上に放置されたチョコを凝視していた。


「えっと。食べますか?」


「…良いんですか?」


「ええ。私達は…十分頂きましたから」


 セレーナの目が『目の前にあると我慢出来なくなりそうだから誰でも良いから処分して』と語っていた。


「…いただきます」


 そして妙に真剣な目をしてレギニアはチョコを摘んで口に入れる。



「本物だ」



 そしてポツリと感想をこぼした。


 この時点で俺は奴が俺の『同類』である事を確信した。


 まぁ以前から田舎から出てきたばかりの世間知らずとしては違和感があると思って想定はしていたが、それが『確信』に至ったのは今だ。


 レギニアは俺と同じく異世界転生者だった。


「……」


 だからと言って俺は奴と情報を共有しようだなんて事は欠片も思わない訳だが。


 というか、このチョコを作った奴もそうだが、どいつもこいつも行動が無用心すぎると思う。


 自分で『異世界転生者です』『元は日本人です』とか宣伝しているようなもので、確かにこの世界においては1歩も2歩も進んだ技術で利益を得られるのかもしれないが、それに伴う『悪意』の接近を想定出来ていない。


 俺から見てレギニアは『魂の質』は高いのかもしれないが間が抜けて見える。


 しかし異世界転生者が皆レギニアみたいな奴ばかりとは思えないし、そもそも『魂の質』が高い人間は特別な素養を持っているという話だった。


 そんな奴らが近寄ってくる隙を作るのは少なくとも俺は御免だった。


「…なんだよ?」


「別にぃ~」


 というか、その原理に従えばレギニアも『魂の質』が高い人間な筈で、他の人間より特別な何かを持っている筈なのだが…。


「(全然、特別に見えねぇ)」


 確かに根性や根気はありそうだし強さを求める執念も凄い。短期間で冒険者ランクを自力でC級に上げた手腕も評価出来るが――その程度が『魂の質』の力とは思えない。


 もっと隠された何かが眠っているのか、それとも既に持っていて隠しているだけか。


「(どっちにしろ敵にも味方にもしない方が良さそうだなぁ)」


 同じ冒険者ギルドに所属するだけの関係に留めておいた方が良さそうだ。



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