第15話 『S級魔法士。元・ライバル(笑)の決断』
少し『おさらい』をしてみる。
魔法には『火』『水』『土』『風』の4属性と、特殊属性の『光』と『闇』の計6つの属性がある。
俺はその中の『火』に適正のある魔法使いで、ソフィアは『水』に適正のある魔法使いだ。
だが世の中には2属性適正とか3属性適正といった複数の属性に対して適正を持つ魔法使いが居て、凄いのになると全属性適正と言って6属性全てに対して適正を持つ者が稀に生まれる事もある。
で。魔法には計5つの段階というものがあって『初級』『下級』『中級』『上級』『最上級』がある。
これは6つの属性の魔法全てに共通していて『初級』から覚えていき『最上級』まで覚えれば、その属性魔法を『極めた』と言っても良い。
が。しかしである。
全属性適正持ちで、しかも6属性の全てを『最上級』まで習得した魔法使いが居たとして、そいつは果たして『S級魔法士』と比べて優れていると言えるのか?
「何故だっ!」
答えは『否』である。
「やかましいなぁ」
「もう少し静かに話して貰いたいですね」
今日、王城に呼び出された俺は『初めて』宮廷魔法士である『閣下』と対面してニコヤカに挨拶をしたのだけれど、何故か彼は俺の顔を見るなり顔を引き攣らせて胃薬のビンに風呂上りの牛乳の如く口を吐けて中の錠剤をジャラジャラと口の中に流し込み、バリバリと噛み砕いて飲み干した。
「ふぅ~。胃薬うめぇ~」
「……」
ちょっとだけ悪い事をした気になった。反省はしていない。
で。その閣下の用件というのが件の全属性適正があって更に6属性全ての『最上級』まで習得した魔法使いの異議申し立てだった。
「何故!こんな小僧が『S級魔法士』で私が『A級魔法士』なのですかっ!」
彼はある意味で天才の名を欲しいままにした魔法使いだが、そんな彼が喉から手が出るほどに望んでも得られない物が『S級魔法士』の位なのだった。
「あらゆる魔法を極めた私が何故『S級魔法士』として認めていただけないのですかっ!」
「…何故だと思う?」
閣下は何故か俺に質問をパスしてきた。
まぁ基本的に俺はソフィアとイチャイチャしているだけで、その男の訴えを受けているのは閣下の役割だったのだが、少しは助け舟を出して欲しいという事なのだろう。
だから言ってやった。
「あらゆる魔法を極めたって言ったけど、実際には半分だけだよね?」
「っ!」
どの属性でも『初級』から魔法を覚えていく手順となるので、そこから『派生』という形で魔法を覚えていく事が必須になる。
例えば『初級』は『初級』という魔法で固定になるけれど、それを覚えて『下級』の魔法を覚えようとすると『下級A』と『下級B』に分岐する為、どちらの魔法を選ぶのか選択しなければならない。
そして例えば『下級A』を選んだ場合『下級B』の魔法は覚える事が出来なくなる。
唯、この選択肢は『初級』から『下級』の魔法を覚える時のみ発生して『中級』以降には選択する必要はなくなる。
但し『下級A』を選んだ場合、覚えられる『中級』の魔法は自動的に『中級A』という分類になってしまう。
逆に『下級B』を選んだ場合は『中級B』しか覚えられない。
この法則は『最上級』まで一定で…。
『初級』→『下級A』→『中級A』→『上級A』→『最上級A』
『初級』→『下級B』→『中級B』→『上級B』→『最上級B』
という具合にしか覚える事が出来なくなる。
つまり1人の魔法使いが1つの属性を『最上級』まで覚えたとしても『初級』を除くと全体の半分しか覚える事が出来ないのだ。
要するに、この自称『あらゆる魔法を極めた』君は世の中にある魔法の半分くらいは使えないという事になる。
「そ、それがどうした?重要なのは使える魔法の数ではなく、どれだけ魔法を巧みに使いこなせるかという事だ!」
「…だそうです」
その男の言質を取ってから俺は閣下に話をパスする。
「うむ。見事なものだ」
「か、閣下?」
「お主が自分で言ったとおり重要なのは使える魔法の数ではなく、どれだけ魔法を巧みに使いこなせるかどうかだ」
「あ」
「よって。全属性を『最上級』まで使いこなせるお主であって『S級魔法士』に任命する事は出来ない」
「ぐ…うぅ」
自分で自分の首を絞めた訳だから誰にも文句を言う事も出来ず唸るだけしか出来ない自称『あらゆる魔法を極めた』君。
そもそも俺を含めた4人のS級魔法士だって多くても2属性適正で、そんなに魔法の数を重要視する奴は居ない。
「…勝負させてください」
で。こういう奴は口で言い負かせても納得しないのが世の常。
「この小僧が私より上だというなら、それを証明して見せてください!」
「ふむ。どうするかね?」
俺は平時にはダラダラさせて緊急時には対価を支払って都合よく動かせるというポジションに居る為、閣下でさえ俺に明確に命令する権利を持っていない。
「対価次第で」
という訳で自称『あらゆる魔法を極めた』君が自腹を切る形で俺と対決する事になった。
で。俺は早々に王城を出て冒険者ギルドに入り、いつもの席でソフィアとイチャイチャする事にした。
「『お姉ちゃん』お茶くれ」
「…ここは喫茶店じゃない」
と言いつつ嬉しそうに俺にお茶を出してくる『お姉ちゃん』。
はい。一向に呪いが解ける兆しもありません。
え?自称『あらゆる魔法を極めた』君との決闘はどうなったのかって?
そりゃ3秒で終わったよ。
無駄に高位の魔法の詠唱を開始しようとする奴にレーザーを何発か撃ち込んでやったら泣きながら降参してきた。
俺のは『初級』の魔法の応用だから詠唱とか必要ないし。
☆レギニア
舐めていた。
甘くみていた。
何をかって?
そりゃ色々な事だけれど、まずは魔法を覚えようとする俺を妨害するこの世界の『法』を舐めていた。
魔法を貴族が独占しているとは聞いていたが、その貴族ですら『法』には逆らえないらしく『魔法使いは弟子を1人しか取る事が出来ない』という法が重く圧し掛かる。
例えば貴族の中に魔法使いが1人居たとして、その貴族に子供が2人生まれたとする。
その貴族はその2人の内の1人にしか魔法を教える権利がなく、教える事が出来なかった方は他の誰かに弟子入りさせて魔法を教えて貰わなければ魔法を使う事が出来ないのだ。
そんな状況で貴族でもない俺を弟子にしてくれて魔法を教えてくれる人なんて居る訳無い。
次に王立魔王学院に対して舐めていた。
あの学院は貴族なら書類審査と面接だけという話だったが、それはあくまで『魔法を使える貴族は』って事だった。
魔法を使えないなら貴族だろうと一般試験を受けて入らなくてはならず、その倍率は笑ってしまうくらいの確率だった。
前年度の――つまりラルフが受けた一般試験は500人が試験を受けて受かったのは3人と言うのだから笑うしかない。
合格率1%以下だぞ。
で。魔法に関しては舐めていたし、甘くみていた事はこの通りなのだが…。
「あ~。うぅ~」
「……」
子育ても舐めていたし、甘くみていました。
いやぁ。見た目が俺と同い年くらいの女の子なので大変ながらも色々『期待』をしていた訳なのですが、全部吹っ飛んだわ。
この赤ん坊同然の女の子相手にエロい事をするとか無理。
ちょっとでも不快な事があると泣くし、機嫌が悪いと暴れるし、少しでも痛い目にあうと絶叫する。
そもそも最初裸だった女の子の服を揃えるだけでどれだけ大変だった事か。
その次に女の子に服を着せるのがどれだけ大変だった事か。
女の子に御飯を食べさせるのがどれだけ大変な事だったか。
女の子がお漏らしした後の処理が一体どれだけ大変だったか。
あはは。マジ舐めてたぁ。マジ甘くみてたわぁ。
これだけ苦労してエロい事無しですよ。
いや。とりあえず胸とかは触ってみた訳なんですけど全然嬉しくねぇ。
いや。確かに柔らかかったんだけど、それ以前に泣いたらどうしようとか考えて興奮とか出来ねぇの。
ってか実際に泣かれた。
半端ない罪悪感で2度とやらないと心に誓ったよ。
「あ~、畜生。なんで寝顔はマジで天使みてぇなんだ」
そして苦労して眠らせた後の寝顔が物凄く可愛い。
色々な苦労がこの寝顔だけで吹っ飛んでいく気がする。
「…これってなんか恋人っていうより父親って感じじゃね?」
いや。母親か?
なんかエロい事をする為に苦労している筈なのに、ドンドン趣旨がずれていっている気がする。
でも、この女の子は放置出来ないし、置いて行く事も出来ない。
「ってか。そろそろ名前決めないと」
いつまでも名無しのままじゃ流石に支障があるだろう。
魔法を覚える為の手段がない、女の子とエロい事も出来ない。
色々駄目な感じだが少しは良い事もある。
「うん。エレンにしよう。お前の名前はエレンだ」
「~♪」
俺が女の子の名前を決めた時、女の子――エレンは笑ってくれた。喜んでくれた。
こんな些細な事だけど、それが今の俺の幸せなのだ。
そして当たり前のように当たり前の問題に直面する事になった。
「…金がやばい」
俺は冒険者ギルドで結構稼いでいたけれど、王都を夜逃げのように逃げたので金の大半を置いてきてしまった。
だから近場で稼ぐしかないのだが――エレンをどうしよう?
まだ赤ん坊と変わらないエレンを1人残して出かける訳には行かないし、しかし誰かに預けるにしても信用出来る人など近くに居ない。
どうしようもないジレンマに襲われて――ふと思ってしまった。
「(王都に帰ろうか)」
エレンを連れて王都に帰る。
王都になら冒険者ギルドに信頼出来る人が沢山居るし、上手くすれば置いてきた金を回収出来るかもしれない。
それは良い案に思えたのだけれど――大きな問題が1つあった。
「(王都には…ラルフが居る)」
一方的に女を奪おうとして喧嘩を売った男が居る。
しかも、そいつは俺を殺そうと――否、殺した男なのだ。
目覚めてから――というか身体を修理されてから一晩経ってから唐突に訪れた吐き気を未だに覚えている。
あの時、訳も分からず胃の中身をゲェゲェ吐き出して――その中にムカデの死骸が大量に混ざっていた事は記憶に刻み込まれている。
間違いなくアレはラルフの奴がやった事だ。
俺の体の中に蟲を仕込んで体の内側から食い漁らせて確実にトドメを刺そうとしてきやがったのだ。
身体を修理された際に蟲も駆除してくれたようだが、それでも人間の体の中に蟲を仕込んでくるという発想が恐ろしい。
今でも思い出しただけで鳥肌が立つし、恐ろしくて震えが止まらない。
そのラルフが居る王都に行く。
「(無理。無理。無理だ!)」
もう完全に思い知らされた。
あんな奴に喧嘩を売るとか前の俺はどうかしていたとしか思えない。
いや。分かっている。
エレンを育てる事になって俺の考え方が『保守的』に変わったからこそそう思うのだ。
エレンを守らなければいけないのに、あんな奴と戦うなんて冗談じゃない。
「む…うぅ」
でも金はない。
金が無ければエレンを飢えさせてしまう。
それだけは――それだけは絶対に駄目だ。
当然、犯罪にも手を出せない。
俺だけなら良かったがエレンまで追われる身になってしまったら――エレンはきっと耐え切れない。
だから八方塞になる。
何が正しいのかが分からなくなる。
それでも俺とエレンに迷っている時間が無いのも事実で――俺は決断を余儀なくされた。
★
「……」
俺は、俺の前で綺麗な土下座をする男を前にして幻痛だと思うが頭痛を感じてコメカミを指で押さえて嘆息した。
「で?」
「っ!」
俺が声を掛けるとビクッと身体を震わせてガタガタ震えだす男――レギニア。
よくもまぁ俺の前に姿を現せたものだと思うが、それ以上によく生きていたもんだ。
「じ、実は…」
それから綺麗な土下座を決めたままレギニアが話した内容は――まぁ予想していた内の1つとしては十分ありえると思っていた内容だった。
あの時レギニアが動けたのはレギニアに死んで貰うと困る奴が居て、そいつの手によるもの――俺やレギニアをこの世界に転生させた俺が勝手に『管理者』と呼んでいる側の仕業だった。
で。その管理者モドキから女を貰ってきた――というか押し付けられたらしいのだが、その世話が大変で金が居るから王都に戻ってくる事にしたらしい。
でも王都には俺が居るから相当迷ったらしいが女――エレンというらしい――には変えられないので俺に土下座して謝ってなんとか許して貰いたいという事らしい。
「俺の記憶が正しければ…」
「……」
「最初にお前が俺に喧嘩を吹っかけてきた時『女を賭けろ』なんて言っていたよな?」
「っ!」
再び土下座の体勢のままビクンッと震えて見るからに汗をダラダラ流しているのが分かる。
「ここに前にお前が持っていた魔法石がある。これとその女を賭けて決闘でもするか?」
「勘弁…して…ください」
ガタガタ震えて泣きながら俺に哀願してくるレギニア。
なんか、これだと俺が苛めているみたい――いや、苛めているのか。
「で?お前はどの辺まで覚悟がある訳?」
「か、覚悟?」
「再び俺の前に現れたからにはそれなりの覚悟をしてきたって事だよな?」
「……」
「俺が信用出来ない相手に対して『何をするのか』大体想像出来ているだろう?」
「…蟲を…入れる…」
「……」
ふむ。やはり体の中に蟲を入れられたのは分かっていたのか。
リンクしていない式紙が殺されても俺には幻痛は返ってこないので蟲がどうなったかは分からないが、少なくとも今のレギニアの中には居ないのは分かる。
だったらどうにかして摘出したのか、それとも身体を修理される過程で取り除かれたのか、どちらにしろレギニアは俺が蟲を使う事を知っていた。
「蟲を体の中に入れられる生理的嫌悪感、蟲が体の中を這い回る圧倒的不快感、蟲に体の内側から食い荒らされる激痛。どれをとっても並の精神力じゃ耐え切れない程だ」
まぁ言っているだけで俺はこいつの中に蟲を入れる気はないのだが。
大体蟲を入れて発狂でもされたら誰が女の面倒を見るというのか?
そもそも、今のこいつなら蟲を入れられる事に対して『覚悟している』とか言いそうだ。
そうなって本気で耐えられてしまった場合、俺の手札が1枚減る事になる。
それに今のこいつに対して1番の弱みは、こいつ本人に対する苦痛ではなく…。
「魔法の中には呪いを掛けるようなものも存在する。それを保険として掛けさせて貰う」
「わ、分かった」
「へぇ。本当に分かっているか?」
「あ、ああ。何かあれば俺の命は…好きにしてくれて構わない」
「いやいや。分かっていないなぁ」
「…え?」
「呪いを掛けるのはお前じゃなくて『女』の方だろ」
「っ!」
そこで初めてレギニアは顔を上げて俺を猛烈な目で睨みつけてきた。
「お前の1番大事な者に対して保険を掛けるから意味があるんだろ?」
「…悪魔め」
「おいおいおい。それは幾らなんでもどうかと思うぞ」
俺はレギニアの言動に笑って呆れてしまう。
「この世で1番底なしの悪意と欲望を持っているのは誰だ?」
「……」
「この世で1番残酷で、おぞましいほどに残虐な発想が出来るのは誰だ?」
「……」
「『それ』に比べたら『悪魔』は流石に温すぎるだろ」
「……」
「悪態を吐くならせめて『この人間めっ』とか言った方が効果的じゃね?」
この世で1番悪意と欲望を持っていて残酷で残虐なのは間違いなく『人間』だと言う俺に対してレギニアは目を逸らして俯いた。
正確にはその事実を笑って語った俺から目を逸らした。
「お前が裏切らなければ発動しない呪いだ。お前が裏切りさえしなければ、何の支障も無く日常生活を送れるだろうさ」
「……」
「どうした?是か否か言わなければ話は進まんぞ」
「…分かった。俺は絶対に…お前を裏切らない」
「OK。それなら彼女にとびっきりの呪いを掛けて、この街で活動する事を見逃す事にしよう」
「…見逃す?」
「1度敵対した奴はサーチ&デストロイが基本だろ?」
「っ!」
「それをお前が裏切るまでの間だけ『保留』にしておくって言っているんだ。破格の条件だろ?」
「…はい」
こうして俺はレギニアの連れの女――エレンに呪いを掛けて2人が街に滞在する事を見逃す事にした。
「『お姉ちゃん』の目は誤魔化せない。あの子に掛けた呪いは偽物」
「まぁ裏切りそうにないですし本物の呪いを掛けるよりは安上がりですからねぇ」
この俺の嘘をあっさり見破るソフィアと『お姉ちゃん』は本気で厄介である。
いや。確かにレギニアは裏切りそうに無いから呪いっぽい消えない刻印をエレンに刻み込んだだけのフェイクを付けただけなのだが、それをあっさり見破るソフィアと『お姉ちゃん』が厄介すぎて困る。
「こういうのはバレたら意味が無いんだから公衆での発言は控えてくれよ」
「勿論、誰にも口外いたしませんわ♪」
「『お姉ちゃん』は弟に頼まれたら嫌とは言わない」
「……」
なんとなく――俺が本当に呪われているのに、あのエレンという女がフェイクなのは納得いかない気分になった。
というか今気付いたが『お姉ちゃん』を複数人で表現しようとしても出来ない事に気付いた。
例えば普通なら『2人』『3人』と数えられるところに『お姉ちゃん』が入っていると誰々と『お姉ちゃん』という表現に強制される。
どうやら『お姉ちゃん』は特別だから他の人と一緒くたにするのは駄目という事らしい。
本当。なんて無駄に厄介で高性能な呪いなのだろう。
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