第45話:目覚め

十萌さんが、部屋の全員に報告する。

「既に全島の住民は船内に収容しています。出航許可をお願いします!」


 カイが、創さんに目配せし、創さんが頷く。


「出航!」


 船がゆっくりと動き出す中、わたしたちは、言葉もなく、噴火の映像に見入っていた。

 不謹慎かもしれない。でも、暗闇で舞うように跳ね、流れ出す深紅の溶岩に、美しさを感じずにはいられなかった。


 島の人たちにとって、噴火は紛れもない災害だ。

 でも一方で、それが地熱発電という形で、人の生活に役立つこともある。

 

 自然に意思はない。それを意味づけるのは、唯一、人間だけだ。


 創さんが、同じく噴火の映像に見入るモニターの向こうの面々に言う。


「今日は、考えるべきことが、あまりに多すぎる一日だったかと思います。適切な判断のためには、よく食べて、良く寝ることも大切です」


 そう言って、いつもの穏やかな笑みを浮かべる。


「本日のデータは国連を経由して各国に送付いたしますので、まずは各々ご検討ください。追って、本日の続きをいたしましょう」


 そう言って、散会を宣言した。


 創さんが一通り挨拶を終え、モニターの画面を切る。

 わたしは、どっと疲れが押し寄せるのを感じていた。


「よく頑張ったわね」

 そう言って、十萌さんが肩を貸してくれた。

「別室にベッドを用意しているわ」


 わたしは、十萌さんに気になって気になっていたことを訊いてみる。

「あの、襲ってきた二人って、無事避難できましたか?」


「消えてたわ」


 ――え?


「私も気になって、探索型ドローンを飛ばして、カミラたちが倒れていたはずの教室の映像を見てみたの。そしたら、跡形もなく消えていた。ご丁寧に、血の跡までぬぐってね」


「つまり、別の第三者が、痕跡を消し去った上で、2人を連れ去ったっていうことですか?」

 もしかして敵は、思っていた以上に周到なのかもしれない。


「そうね、そうかもしれない」

 心なしか沈んだ声で言う。


 ここまで明るく振舞っていたものの、短期間で全島避難を指揮した十萌さん彼女へのプレッシャーもすさまじかったに違いない。


「さ、ついたわ」

 そう言って、船室のドアを開ける。


 島に来た時の10倍快適なベッドに、わたしを寝かせた。

「今は、何も考えず、ゆっくりやすみなさい。電気、消しておくわね」


 部屋に夜のとばりが落ちた。

 長い長い、一日が終わろうとしていた。


 **********


 2029年8月8日


 差し込む朝日の光で目覚めると、わたしのベッドの周りを、みんなが囲んでいた。

 夢華、アレク、ソジュン、ミゲーラ、エリー、そして星。その後ろには、夏美さんまでいる。


「あっ、起きた!」

 エリーの声は涙ぐんでさえいる。


「あれ、船、もう着いたの?」

 そう訊いてすぐ、明らかに船室とは違うことに気が付く。


 ――ここは、わたしの部屋だ。


 星が優しく説明してくれる。

「36時間寝続けていたんだよ、リンは」


「え……?……は??」

 思わず素っ頓狂な声が出た。


「そう言えば、島のみんな、無事に着いたの?」

「ああ。島の住民は全員都内のホテルで休んでいる」


 夏美さんが答える。

「ええ。錬司はまだ都内の病院に入院中だけど、大事には至ってないわ。悠馬なんて、病院中を駆け回って大変なの」


 ――良かった。

 あの死闘は無駄じゃなかったんだ。


「本当にありがとう。この恩は、一生忘れないわ」

 夏美がさんがわたしの手を強く握りしめる。


 そんなのいいのに。

 わたしは、一宿一飯の義理を返しただけだ。


「でも、あの後みんな大変だったんだからね」

 夢華が、どこかお姉ちゃんぶって言う。


 私が寝ている間、創さんのもとには、事態を聞きつけた関係各省からひっきりなしに電話がかかってきているという。


 創さんも精力的に対応をしているものの、到底一人では対応ができないため、星がそのサポートにあたっているらしい。


 ……と言っている最中にも、星の携帯が鳴り響く。表示された番号を見て、そそくさと電話に出る。口調からして、どこかのお偉いさんなのだろう。


 カイも同じくらい多忙を極めているらしい。

 なんせ父親ルカは、その全ての対応はカイに任せ、再び姿をくらましている。


 ――思えば、8年間に、創さんが家にカイを連れてきたときも、完全な育児放棄だった気がする。

 そこにはちょっとだけ、カイに同情してしまう。


 夢華、ソジュン、アレク、ミゲーラ、エリーたちも、当然、祖国からの連絡が絶えない。すぐに戻るように、指示を下されたらしい。


 そんな首脳たちに対し、カイはこう言い切ったという。


「この脳波研究は途上にあり、ここで研究の手を緩めるわけにはいかない。だから、当初約束していたの8月末までは、日本にとどまらせてほしい。


「技術提供の見返りに一体どんな要求を出されるのか」

それが気が気でなかった各国の上層部にとって、これは、紛れもなくポジティブサプライズだった。


 むしろ、そんな約束を勝手にされて激怒したのは、カイの祖国・アメリカ合衆国だ。当然ながら自分たちで技術を独占できると思い込んでいたからだ。


 一説によれば、大統領自らが、CIAのネットワークを駆使し、カイだけでなく、姿をくらまそうとするルカにコンタクトを取り、ほとんど脅迫に近い形で再考を促したらしい。


 だけど、2人は全く譲らなかった。ただ一言、ルカが会議の冒頭に宣言したことをひたすら繰り返しただけだった。


「我々の目的は、一人でも多くの人類を、この地球上に生き残らせることだ。それに反する一切に対して、受け入れるつもりはない」


 このド正論に、結局のところアメリカ大統領でさえも、屈せざるを得なかったという。


 「さ、さすがローゼンバーグの父子おやこね」

相手が誰であっても自分を曲げないところは、親子そっくりだ。


 夢華は言う。

「ルカさんの考えていることは正直分からない。でも、カイさんは、私たちのことを守ろうとしてるのかもしれない」


「守るって?」

「もしこの情報を公開しなければ、おそらく、私たちは一生つけ回されるわ。無数の諜報機関からね。あの時、廃校で私たちが襲われたときのように」


 確かに、あの時カミラは、私たちをスカウトしようとしてきた。

この脳波情報は、それだけ価値のあるものなんだろう。


 だけど、それが無償で公開するとなれば、敢えてわたし達を狙う意味は薄れるかもしれない。


「あのカイが、そこまでわたしたちのことを考えてるなんて、ちょっと信じられないけど……」


戸惑うわたしを見て、星が口を開く。

「これは、カイからは内緒にしておいてと言われたんだけど……」


その大きな瞳で全員を見渡す。


「あの晩、僕と二人きりになったとき、彼はこう言っていた。『君たちを護るために、世界とだって戦ってみせる』ってね」

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