第41話:衝撃

「良くやった」

 VRスカウターを通して、珍しくカイが褒めてくる。


けど、そんなことに喜んでいる場合じゃない。

「夢華と悠くんは!?」


 カイにそう訊ねると同時に、ガラガラと教室のドアが開かれ、 悠くんを背負った夢華が入ってくる。


 良かった。どうやら、無事のようだ。


 夢華は床に転がるカミラに目をやる。

倒せたようね」

「……って、ことは夢華も!?」


 夢華はさも当然という風に

「もちろん。三節棍で、足と前歯を全部へし折ったから、当分ご飯べられないだろうけどね」


 わたしは、うっすら血がにじんだ夢華の左肩を見る。

 それでも弱音の一つも吐かずに、黙って悠くんを背負っている。


 ――さすが、わたしの姉だ。


「さあ、車のある玄関まで戻るわよ」

 そう夢華が言った瞬間、ふいに地面が大きく揺れた。


 ビリビリと窓ガラスが震える。

 不吉な予感が頭をよぎる。


「震度5近い余震だ。今日にも噴火が起こるかもしれない。二人とも港に急げ!」

 カイが緊迫した声で言う。


 ――え、今日!?

 可能性は頭にはあったけど、それでも思ったよりもかなり早い。


「山野辺さん一家も、既に避難しているの?」

「ああ、錬司さんも既に船の治療室で手当てをしている。悠くんを救出できたことも連絡済だ」


 飛行車の後部座席に悠くんを寝かせると、夢華はアクセルを踏む。

 景色が流れ始める。


「住民のみんなは?」

 と夢華も尋ねる。


「住民の全員の居場所の確認は取れている。今、避難対策チームの指示に従って、続々と船に乗っているところだ」


「エリーやみんなも無事?」

「ああ、もうすでに俺たちと一緒に船の管制室で待機している」


「良かった……」

 わたしたちは、初めて安堵のため息をつく。


 どうにか、間に合いそうだ。


 ************


 ――こ、こんな巨大な船、初めて見た。

 車が三式港に着くと、豪華客船が闇夜を煌々と照らしていた。


 3000人に及ぶ三式島全員の命を預かる避難客船は、まるで一つの生き物のように、腹の奥底に響く汽笛音を響かせている。


 巨大な船内には、車ごと乗り入れることができるという。

 夢華は器用にハンドルを切り、桟橋から、船内の駐車場への乗り入れる。


 船内の駐車場で待っていたのは、十萌さんとスタッフだった。


「お疲れ様。頑張ったわね」

 十萌さんは安どの表情を浮かべ、すぐに移動式ベッドに悠くんを寝かせる。


 静かに寝息を立てる悠の頬に触れ、心音を確認する。

「外傷はない。心拍も正常よ。睡眠剤を投入されただけだと思うけど、念のため医務室でチェックさせるわ。ここはスタッフに任せましょう」


 着いてきて、といって十萌さんが歩き出す。

「疲れているとこ悪いけど、緊急の会議あるの。作戦室オペレーションルームに向かいましょう」


 駐車場からの先には、エレベーターまで設置されていた。

 乗り込むとボタンが十数個のボタンが並び、各階の表示に、レストランやら、プールやら、映画館やら様々な文字が並んでいる。


 ――なんか、一つのテーマパークみたいだ。


 十萌さんが胸から下げているカードをかざすと、階数名が書かれていないボタンが光った。作戦室オペレーションルームというのは、おそらく限定された人だけが入れる特別室なのだろう。


「これって、アイロニクス社の船なんですか?」

「まさか、こんなの使いきれないわ。急遽、ルカさんのツテを使って、クルーズ会社の新品の客船を借りてきたのよ」


 わたしはため息をつく。

「レンタカーみたいに客船を借りてくる世界が、現実にあるんですね……」

「なんせ、住民3000人と観光客を、全員収容しなきゃいけないからね」


「それでも運航するには、海上保安庁や国土交通省とかのお役所の許可が必要なの。そこは、創さんが根気よくお役所を説得して回ってくれたおかげで、どうにか間に合ったわ」


 ――そうか。だから創さんの到着がここまで遅れたのか。

 日本のお役所の意思決定の遅さを考えると、これでもむしろ早いくらいだろう。


 チン、と音が鳴り、エレベーターのランプが灯る。

 作戦室は最上階のようだった。


 重厚なドアを二たび開き、十萌さんに連れられた、わたしと夢華が入ると、広大な会議室は異様な空気に包まれていた。


 壁一面に投影された、数十のモニターから、様々な国の人たちが映し出されている。


 各モニターの右端には、国旗のマークが表示されていて、ざっと30か国は参加していることになる。どこかで顔を見た気がする政治家や官僚に加え、科学者っぽい白衣の人たちまで、多種多様だ。


 ただ、いずれもいかめしい表情をしているのには変わりがない。


 ――一体、これから何が始まるんだろう。

 わたしは不安が募ってきた。三式山の噴火という、日本にとっては重要事項とはいえ、そのために、各国の重鎮たちが一同に会するとは思いづらい。


 会議室中央の巨大な楕円形のテーブルの中央に着席しているのは、創さん、星、そしてカイだった。そこに、アレク、ソジュン、ミゲーラ、そしてエリーが入室し、それぞれテーブルにそれぞれ着席する。


 不休で救助活動を続けてたせいで、みんな疲労が色濃い。

 にもかかわらず、今まで見たこともない正装をしている。


 それだけ、向こうにいる人たちが重要人物ということだろう。


 わたしは、戸惑いながら十萌さんを見る。

「あなたの席は、星くんの隣の席よ」といって、そこまでエスコートしてくれる。


 星は私を見ると、緊張をほぐすかのように、穏やかな声で「あとで経緯を伝えるから」と耳打ちしてくれる。


 だけど、その目は笑っていない。

 それがわたしの不安を増幅させる。


「これで、揃ったようですね」

 テーブルの中央に座っている創さんが、立ち上がり、良く通る声で開会を宣言し、関係者を一通り紹介しはじめた。


 星が耳打ちする。

「G20をはじめとする主要国の関係閣僚が、画面の向こうにいるんだ」


 ――G20。ニュースでしか聞いたことのない言葉だ。

 確か、影響力のある国のトップ20みたいなランキングだった気がする。


 そして、中央のスクリーンに映し出されているのは、日本国首相・風間真一と、その閣僚らしき人たちだった。


 ――政治に疎い私でも、彼のことは知っている。


 風間真一は、長く停滞していた日本経済の復活を謳い、AIをはじめとする有望産業に大胆に投資することで実体経済を上向かせた功績で、国民的人気の高い首相だ。まだ50代そこそこで、特に若者層に人気がある。


「それでは本題に入ります」

 そう言って、創さん口を開いた。今までにない重々しい口調だ。


「一つ目は、三式島を発端とする、世界の活火山の連鎖的噴火の危険性について」


 ――え?

 世界の火山の連鎖噴火!?

 三式島だけじゃなくて?


「そして二つ目は……」

 創さんが深く息を吸い、言葉を続けた。


「太陽の黒点変化による、の可能性についてです」


 え? ええええええええ!?


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