第42話:永久凍土
――「世界の火山の連鎖的噴火」、そして「地球規模の氷河期突入」。
想像さえしたことのないワードに、わたしは唖然とするしかなかった。
画面の向こうの各国の首脳も、押し黙っている。
誰もが異を唱えたいが、口火を切るのをためらっている様子だ。
その沈黙を破ったのは、風間首相の傍らに座る銀髪の眼鏡の男性だった。
台風などの災害時に、TVで記者会見でよく見る顔だ。
いかにも実直な実務肌で、官邸の徒歩圏内に居を構え、災害発生時に誰よりも早く官邸に駆け付けると言われている。
――確か名前は……。
「日本の気象庁長官の橘です。
橘長官は、当惑の表情を隠さない。威厳を保とうとしているメンバーばかりの中で、ほとんど唯一、わたしが共感できそうな人だ。
「だから改めて、そのロジックと、発生可能性についてを説明してくれませんか?」
彼の言葉は、場のすべてのメンバーの思いを代弁しているようだ。
画面越しに、各国の首脳が頷いている。
創さんはポインターを操作し、世界の平面地図を投影する。
そこには赤い点が、ゆっくりと点滅している。
「あ、これって……」
わたしは隣の星に思わず小声で話しかける。
「うん、社会科で習った、世界の造山帯ってやつ」と星が言う。
「わたしは、連動的噴火のリスクを調査するため、世界各国の造山帯を調査してきました。環太平洋造山帯、アルプス・ヒマラヤ造山帯から、アフリカ・アラビア造山帯をはじめとする6つの造山帯を中心に、調査対象国は約70か国に及びます」
創さんが、ポインターのボタンを押す。
それぞれの赤い点の点滅が明らかに早くなる。
「当該の対象国に属する500以上の火山ですが、そのうちの約8割の火山が5年前と比較し、活発化しています」
ざわめきが会議室を覆う。
「そして、現在で、最も噴火可能性が高いのが、今、わたしたちがいる三式島なのです」
画面が切り替わり、三式島の火口の図が表示される。
溶岩こそ見えないが、黒煙がひっきりなしに吹き上げている。
――1日以内に噴火するかもしれない。
その警告がビジュアルイメージとともに、リアルに迫ってくる。
「しかし、火山の連鎖噴火するメカニズムは、まだ科学的には証明されていないはずじゃないのか?」
活火山を自国に持つ南米の科学者らしき男性が発言する。
「はい。地殻プレートの沈没や衝突によって、一地域の火山活動が他の火山に影響を与えるという理論は古くから指摘されていますが、証明はなされていません。ただ、8割の火山活動が活発化しているということ自体は、揺るがない事実です」
創さんが答える。
「仮に噴火した場合、どんな影響があるのかね?」
80過ぎとみられるヨーロッパの政治家が、尊大な口調で聞いてくる。
「まず、大規模な火山噴火は、大量の硫酸エアロゾル、つまり微細な微細な火山灰を大気圏及び成層圏に放出します。これらのエアロゾルは太陽光を反射し、地表に到達する太陽エネルギーを減少させるため、地球の気温が低下をもたらします」
「それの気温低下ってやつは、だいたい何度くらいなんだね?」
「推測ですが、地球全体で数℃の範囲内だと思われます」
老政治家は、してやったりという風に
「その程度の温度低下なら、むしろ涼しくなっていんじゃないのか?今年の夏もこんなに猛暑なわけだしな」
しかし、創さんは淡々と説明を続ける。
「はい。確かに、エアロゾルそのものによる気温低下への影響は限定的です。本質的な問題は、3点あります。火山灰による健康被害、日光不足による食糧不足、そして太陽光エネルギー不足です」
それぞれの被害量がグラフで可視化される。
それは、いずれも目を覆いたくなるような減少幅だった。太陽光エネルギーに至っては、ほぼ壊滅的な数値だ。
「そ、それは……」
そういえば、その政治家の出身国は、「地球にやさしいエネルギー」という耳障りのいい掛け声の下、大々的にソーラーエネルギーを推進してたので有名だった。
創さんは続ける。
「実際の温暖化への影響は、2つの目の太陽の黒点変化のほうが遥かに大きいと言えます。最近の観測により、太陽の黒点が減少傾向にあることが判明しています。アイロニクス財団の協力の下、地球シミュレーターによる映像をご用意したので、そちらをご覧ください」
創さんがカイに目配せする。
カイが手元のバーチャルキーボードを叩くと、ほどなくして画面には地球の衛星画像らしきものが映し出された。
約10分間の映像を見終えたとき、場は再び静まり返っていた。
冒頭、創さんが主導していたプロジェクトに参加していた、複数の気候変動研究の第一人者たちが、太陽の黒点変化の詳細な調査結果について説明を行った。それによれば、太陽活動の低下は、ほぼ確実な未来であり、あとは時間の問題だけという。
次いで、太陽活動の低下、太陽放射量の減少、気温の低下、そして地球全土の凍土化が、次々と地球規模のシミュレーターで示されたからだ。
「こ、これはいつ頃発生するものなのかね?」
自国の半分が凍土化したシミュレーションを見せられた、南米の首脳が戸惑いながら口を開く。
カイが創さんの代りに説明する。
「すでに太陽の黒点には変化がみられています。わたしたちのシミュレーションでは、遅くて2~3年で気温は反転し、その後の10年をかけて凍土化は進行します」
再び、場がざわめき始める。
「そ、それで、最終的に人類が居住可能地域は、どれくらい残るんだね?」
広大な領土を誇る北の国の科学者が訊ねる。
「居住可能の定義次第ですが、こう言い換えましょう。今から10年以内には、地球の陸地の70%から80%は、凍土に覆われる見込みです」
この言葉に、誰もが耳を疑った。
質問を投げた当の科学者も動揺を隠せない。
「つまり、人類に残された地は、2割に過ぎないということか?」
カイは、深く息を吸って、こう言い放った。
「この
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