第43話:突破口
――世界の陸地の7~8割が永久凍土で覆われる。
その衝撃は計り知れないものだった。
もしこれが、無名の科学者の発言であれば、一笑に付されていただろう。
だけど、創さんの地質学者としての世界的な名声は確固たるものだったし、そこに世界最大のAI企業・アイロニクス社の若き天才による、地球シミュレーター分析が加わったのだ。
それでも受け止め方は、それぞれだった。
懐疑する者、冷笑する者、絶望する者、
――そりゃそうだよね……。
わたしも、全く同じ気持ちだったからだ。
大きすぎる危機は、逆に夢物語のようにしか思えなくなってくる。
実際に会議の中の参加者は、希望的観測を唱えるものも多かった。
ある者は、「そもそもデータが間違っていて、実際に氷河期など来ないのではないか」と疑問を呈し、またある者は「科学技術が急速に発展し、今までにない解決案が浮かぶのではないか」と夢見がちなことを口走っていた。
そこに、科学的根拠など全くない。だけど、この重すぎる現実に対し、人はどうしても目を背けたくなる。
そんな状況が1時間ほど続いたその時。
ヴゥン、という機械音とともに、突如、全ての目の前の
いや、純白ではない。
中央にLUKAという四文字が浮かんでいる。
会場がざわついた。
――「LUKA?まさかあの……?」
徹底的した秘密主義を貫きながら、アイロニクス社を世界最大のAI会社にまで育て上げた男、ルカ・ローゼンバーグ。
「……父さん」
隣のカイがごくりと唾を飲み込む様子が分かる。
「諸君」
脳に響くような、威厳と説得力を感じさせる声だ。
親子だけあって、カイの声によく似ている。
全員が固唾をのんで次の言葉を待つ。
「世界の危機に瀕し、希望的観測に縋りたい者もいるだろう。だが、「信じたいものしか信じない」のであれば、それは科学的ではなく宗教に過ぎない。すぐさまこの場から立ち去るといい」
さきほどまで、好き勝手言っていた科学者たちが顔色を変える。
その代表格だった、アメリカの科学者が発言する。
たしか、科学とSFが混ざったようなベストセラーを何冊も書き、映画化もされている、お茶の間に人気の学者だ。
「き、君は可能性を探る議論自体を否定するのかね。それこそ、科学への否定じゃないか」
「夢物語は、あなたの本の中で描けばいい。今、語るべきは、私達共通の目的だ」
――場が、静まり返る。
「私たちの共通目的とは何か?それは、未来に一人でも多くの人類を、この地球上に生き残らせることに他ならない」
「し、しかし、地球の7~8割が凍るんだぞ。彼らは、一体どこに住めば……」
膨大な人口を抱える国の大臣が言う。
「その表現は正確ではない。なぜなら、地球の7割はそもそも大地ではないのだから」とルカは切って捨てる。
――あ。
わたしは、社会科の授業を再び思い出す。
確か、地表の7割は……。
「海上か!」
日本国総理大臣、風間真一が初めて言葉を発する。
「つまり、
「し、しかし海上で、どうやって人が住むだけのエネルギーを確保するんだ?当然、太陽エネルギーは使えないだろう」
エネルギー問題を常に抱える国の科学者が、訊ねる。
「カイ」
ルカさんが、初めてカイの名前を呼ぶ。
しかしそれは、親子の親しみの情を全く感じさせない、平坦な口調だった。
カイは無言のまま頷くと、バーチャルキーボードを操作する。
再び地球の平面図が現れた。但し、今度は赤でなく、緑色の点が光っている。
その点は、各大陸を取り囲むように、大陸の海岸線に点滅している。
一部、大陸上にも光点はあるものの、その8割が沿岸に集中していた。
その点がとりわけ多く集中している国があった。
――日本だ。
「メタンハイドレートの分布図ですね」
と橘長官が口を開く。
「な、なんだね。そのメタンハイド……何とかってのは?」
別の国の老政治家が問う。
――うっすら聞いたことはあるけど、わたしもよくは知らない。
カイは口を開く。
「メタンハイドレートは、天然ガスの主成分となる、メタン分子と水によって構成されています。これを分離することで、天然ガスとして活用することが可能です」
「それが、この海中に埋まっているってわけか。それで、どれくらいのエネルギーが確保できるんだね?5年分か、それとも10年分か?」
「もし仮に全てを活用できた場合、現行の人類が消費するエネルギーの約800年分から1000年分、と言われています」と、カイ。
おおっ、と期待の声が一部から聞こえてくる。
だが、そこには懐疑のどよめきの色も混ざっている。
「せ、1000年?と、とても信じられん」
と質問した政治家は動揺したように言う。
――で、でもそんなあるんだったら、何で今まで利用しこてなかったの?
素朴な疑問がわたしの頭に浮かぶ。
「ですが、それには、採掘に大きな課題がある。そうですね?」
橘長官が口を開いた。
「私が知る限り、推進500メートル以深の海底に眠るシェールガスの採掘には非常に高度な技術が必要となる。失敗すれば、爆発の危険性も大きい。だから、各国は研究を進めつつも、実用段階には至っていない」
その発言に、超大国の科学者が同調する。
「そうだ。その研究なら、我が国だってとっくに取り組んでいる。だが、500メートル、場合によっては1000メートルに及ぶ深海で、しかも爆発のリスクが計り知れないメタンハイドレートを安定的に採掘する技術なんて、存在していない」
再び、画面が白く染まり、LUKAの文字が浮かび上がった。
「自らが知らないことを、存在しないと断言することほど、愚かなことはない」
その声は、託宣のように響く。
科学者は、自らの発言が言下に否定されて、あきらかに動揺しているようだ。どもりながらも、抵抗を試みる。
「だ、だったら、どう採掘するんだ。深海に人間が潜って、手作業でもするっていうのか?」
その言葉が終わらないうちに、ルカはこう断言した。
「我々は、その突破口を発見した。今、まさに噴火が起ころうとしている、三式島で」
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