第44話:希望と絶望

 ――え、突破口?三式島ここで?

 少なくてもわたしは、メタンハイドレートなんて言葉、一度も聞いた記憶がないけど……。


 わたしはカイをチラ見する。

 ――こいつ、まだなんか隠してるな……。


 「こちらの研究結果をご覧ください」

 わたしたちの脳波グラフ、アバターの3Dモデルなどを使って解説する。


 そして、話題が脳波の伝達率の話に及んだとき、一部の科学者連中から感嘆の声が上がった。


「脳波伝達率が、50%を超えただと?信じられん、従来研究の数倍じゃないか」

 脳科学者らしき人物が懐疑の声を漏らす。


「いやしかし、それが本当なら……」

 と別の科学者が発言する。

「脳波によるアバターの遠隔操作が格段に進歩することになる。それこそ、将来的には精神感応テレパシー的なものが実現するかもしれない」


 そこに、先ほどのメンツをつぶされた、超大国の科学者が口をはさみだす。

「君たちは、一体何の話をしているんだね?それが、メタンハイドレートの発掘と何の関係があるんだ?」


 カイがぴしゃりという。

「分かりませんか?つまり、脳波でアバターを操作することにより、従来できなかった深海での採掘オペレーションが可能になる――。そう言っているんです」


 ――そうか。ようやく話がつながってきた。

 そういえば、十萌さんも活用場所の例として、深海や超低温の世界がどうこうと言っていた気がする。思えば、今の事態を想定していたのだろう。


 科学者はなおも食い下がる。

「だが、パイプラインの問題はどうする?シェールガスの発掘はいいとしても、それを本土ステイツまで持っていくためのパイプラインがなければ意味がない」


 カイが即座に答える。


「なるほど……。つまり、海底で採掘したシェールガスを、海上都市で直接使うというわけか。であれば輸送効率は格段に上がるな」

 風間総理が納得したように頷く。


「超大規模版の、メガフロート計画というわけか。早速、国土交通省に調査をかけさせてくれ」


 各国の首脳も、口々に周囲の部下に指令を出し始める。


 ――もしかして、わたしは歴史の転換点にいるのかもしれない。

 そう思わせる光景だった。


 ここで、ずっと議論を見守ってきた創さんが口を開いた。

「実は、もう一つ、居住地区を増やす方法があります」


 ルカと並ぶもう一人のキーパーソンの、創さんの発言とあり、場の一同が注目する。


「ぜ、ぜひ教えてくれたまえ!」

 内陸国の大統領が喰いつくように聞いてくる。

 確かに、日本のような海洋国ならまだしも、内陸国にとっては海上都市建築など作りようがない。


「地下都市の建築及び移住です」

 おおっというどよめきが起こり、次いで口々に賛同の声が上がる。


 ――それなら、昔映画かなんかでも見たことがある。


 みんなが、ルカやカイの海上都市案に関心を奪われていたけど、普通に考えると、こっちの方が現実味があるように思えるのは、素人考えだろうか。


「しかし、地表が氷で覆われた場合、地下空間を人が暮らせる環境を維持するためのエネルギーをどう得るのかね?石油燃料にも限界があるだろう」


「マグマによる地熱発電です」

 創さんはそう言うと、今度は星に合図を送る。


 今度は、星が手元のキーボードを叩くと、映像が流される。


「これはアイルランドにおける実際のプロジェクトの様子です。地下約2000メートル超に流れるマグマの熱を、エネルギーに転換する試みが行われています」

 と、星が解説し、創さんが引き継ぐ。


「このマグマによる地熱発電が可能な地点を特定し、その上にシェルターを建築することができれば、シェルター内の電力の大部分をまかなうことは可能になる見込みです」


「そうか、活発化したマグマ活動を逆に利用するというわけか!」

 北欧の閣僚が手を叩く。

 

「わ、分かった。さ、さっそく我が国の地熱発電担当に調査をさせよう。だが今から調査を初めて、建築までどれくらいかかるか……」


 先ほどの内陸国の首相が遠慮がちに言う。

「も、もし君たちが協力してくるなら、話は別かもしれんが……」


 創さんは、しっかりとした声で言う。

「ご安心ください。貴国を含めた、事前調査が許された約70国のデータは既にまとめてあります。別途お送りいたしますので、そちらをベースにご検討ください」


「ほ、本当か、恩に着る!」

 各国の首脳に安どの表情が浮かび、口々にお礼や賞賛を口にする。


 しかし、創さんの顔は浮かない。


「ただ、最大の懸念は、食料問題です。潤沢に魚が捕れる海上都市と比べ、地下都市では食糧生産の仕組みを整えるのは困難だと言わざるを得ません」


 創さんは続ける。

「現時点でさえ、食料自給率が100%を超えている国は、たった五か国にすぎません。今後氷河期が訪れた際、穀物の育成、動物の飼育への影響は極めて大きいでしょう」


 わたしの背筋を寒気が襲った。

 世界中のシェルターで、食料を奪い合う光景が思わず頭に浮かんだからだ。そういえば、いつか見たシェルター映画も、最後はバッドエンドだったような……。


 創さんは言う。

「実現のためには、太陽光や土を使わない農業の革新的な進歩と普及が必要です。具体的にはLED照射栽培、水耕栽培、エアロポニクスなどがあげられます。それらは最優先で動いてください」


 再び各国の首脳が指示を出し始める。

 一通りの喧騒が去った後、超大国の大統領がこう尋ねた。


「仮に、今から世界が総力を挙げて海上都市と地下都市の建築を行ったとしよう。君たちの計算では、その二つに現在の世界人口の何割を収容できるのかね?」


 沈黙が支配する。

 誰もが聞きたかったが、恐ろしくて聞けなかった質問だった。


 まずは口を開いたのが、創さんだった。

「仮に氷河期が徐々に進み、10年後に本格的に突入することを前提としましょう。もし工事が理想的に進んだ場合、20億人前後は、地下シェルターに居住可能だと考えます」


 次いで、カイが発言する。

海上都市メガフロートは、約10億人が限度だと思われます。あくまでも、楽観的な試算ですが」


「で、では合計しても30億人じゃないか。世界人口は既に85億人に達しているんだ。残りの55億人はどこに行けばいいんだ?」

 某国の経済相が強い口調で攻め立てる。。

 脂肪がへばりついた顔から、球のような汗が流れている。


 創さんは、言いよどむ。

「一部は、わずかに残る凍土化していない土地に留まれると考えます」

「一部って、それじゃ困るんだよ、君ぃ!人の命をどう思っとるんだ?」


 いわれのない責めを受ける創さんを見ながら、わたしはだんだんとイライラしてきた。


 創さんやルカさん

は、たとえばそれが不十分であっても、解決案を提示している。

 それなのに、コイツときたら……。


 画面越しじゃなければ、竹刀で一発どついてやりたい。


 その時、ルカの声が響いた。

「より可能性の高いシナリオも想定済だ。世界人口の大半が収容可能になるシナリオが」


「な、なんだね。それは?早くいい給え!」

 経済相は汗を拭きながら、高圧的な姿勢を崩さない。


 創さんの表情がこわばった。

「それを言う必要はない。ルカ」


 ルカの声が響く。

「創、お前は甘い」


 抑揚のなかったルカの声色が、一変して強い感情の色に彩られる。

 ――これは、憎悪なのか、軽蔑なのか。


「こうした輩は今後いくらでも出てくる。自分では何も生み出さず、他人を貶めることでしか自分を正当化できない愚者が。そして放っておけば増長し、拡大していくのだ。がん細胞のように」


 激烈なまでの皮肉に、すっかり言葉を失った経済相に対し、ルカは冷酷に言い放った。


「現時点で最も高いシナリオは、10年以内に領土戦争が各地で発生し、世界人口が半分以下になるというものだ。まさに、君のような無能な俗物が引き起こす、無意味な戦争によってね」


 ――つ、つまり、将来戦争が起こって人口が減るから、収容率が増えるということ?

 ただの一ミリも忖度のないルカの発言に戦慄する。


 氷を張ったような空気が、場を支配した。

 さきほどの経済相は、雨の中打ち捨てられた犬のように押し黙る。


 どぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!

 氷の沈黙を破ったのは、夜空に突如響いた轟音だった。


 会議室に、十萌さんの声が響いた。

「三式山が、噴火を始めました!」


 全ての画面が、火口のリアルタイム映像に切り替わった。

 三式山の火口から、ぬねめりけのある深紅の溶岩が噴き出している。


 わたしたちは思わず目を奪われる。

 黒煙に包まれ、うねる溶岩は、まるで人類の未来を暗示しているかのようだった。

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