第35話:予兆
わたしは、夢華の射貫くような視線を感じながら、父の隣で縮こまっていた。
――き、気まずすぎる。
わたしと父は、夢華に母親を亡くした日のことを話した。
父からは、夢華の祖父と祖母には話していたらしいけど、夢華本人には伝わっていなかったようだ。
長い沈黙があった。
まだ1歳だったとはいえ、母が亡くなる要因を作ったのはわたしだ。
ただでさえ、わたしに複雑な感情を抱いていた夢華だ。
わたしを憎んでも仕方ない、そう覚悟していた。
「そう。わたしの母は、立派な人だったのね」
夢華は静かにそう呟き、わたしの目をまっすぐに見る。
「あなたを恨むつもりはないわ。人は、自分の意志で行ったことにしか、責任は取れないんだから」
でも……と、言葉を継ぐ。
「これから先は、
そういって、今度は、父親を向き直る。
「誠吾さん、
――意思。
そうだ。いつでも、夢華を貫いているのは、それだった。
自分が自分でいるための矜持。
それが彼女を動かしているのだろう。
「……強いな、君は」
父がつぶやく。
夢華が、強さと美しさを
「たくさんのものを、背負っていますから」
――夢華はいつでもブレない。彼女の中に、一本のしなやかな芯が通っている。
わたしもいつか、こうした生き方ができるのだろうか。
わたしと父が部屋から出ると、外で待っていた星が、私に声をかけてくる。
「どうだった?」
「うん。何とか」
わたしの表情から、全てを悟ったんだろう。
星は、それ以上何も聞かず、ただ少しだけ微笑んだ。
――あ、そういえば。
わたしはふと思い出す。
「創さん、一緒に来たんじゃなかったんだっけ?」
自分のことで精いっぱいで、すっかり忘れていた。
――そもそも星の来島が遅れたのは、もともと、緊急事態か何かで、創さんと一緒に来ることになったんじゃなかったっけ。
「それなんだけど……。ちょっとカイも交えて、いっしょに話をしたい」
星がいつになく真剣な目になる。
――もしかしてこれは本当に緊急事態なのかもしれない。
**********
1時間後、わたしたちアイロニクス研究所の会議室に集まっていた。
目の前のプロジェクターが白色の光を放っている。
星、カイ、十萌さん、そしてわたし。
そこに、創さんがあわただしく部屋に駆け込んでくる。
創さんは、いつものボロボロの恰好……というよりも、顔から服まで全体的に灰色に染まっている見える。
――まるで火山灰でも浴びてきたようだ。
初対面の十萌さんたちと簡単な挨拶をすますと、創さんは自分のパソコンをプロジェクターにつなぐ。
そこに移されたのは、島の中央に位置する、三式山の上空からの映像だった。
「こんな格好で申し訳ない。ただ、ことは緊急を有するんでね」
と創さんは言う。
「結論から言おう。三式山は、数日以内に噴火する可能性が極めて高い」
――え!? ふ、噴火?
思わず言葉を失ったわたしたちに対し、創さんは、スクリーンの画像を指す。
「2週間前に、三式島の火山ガスの放出量が増加したという連絡をもらったんだ。それ以降、東京都の研究チームに連絡し、傾斜計やGPSを使って火口の様子を調べてもらっていた」
スライドが切り替り、なにやらよく分からないグラフに切り分かる。
「その結果、マグマの活発化による、急激な地殻変動が確認された。さらに、4日前、噴火活動の予兆だと思われる震度6の地震が観測されている。」
――ああ、確かに。
4日前の夜、ベッドの上で感じた揺れは、やっぱり眩暈ではなく、地面の方が揺れていたんだ。
十萌さんが緊迫した面持ちで尋ねる。
「その予兆から、実際の噴火までどれくらいの期間があるんでしょうか?」
「それは分かりません。ただ、前回、つまり2000年に噴火が起こったときは、予兆と思われる地震の、ちょうど5日後に噴火が発生しています」
「え、あと1日!?」
わたしは思わず声に出してしまう。
「ああ。確実なことは言えないけど、一刻の猶予も許さない状態なのは間違いない。既に、日本国政府、気象庁、及び東京都には、噴火の可能性について一報を入れている」
カイが聞く。
「噴火した場合の規模や影響は?」
「それも予測の域を出ない。ただ、前回と同じ規模であれば全島避難は必須だ。そして、仮に、前々回と同じレベルだった場合……」
創さんはここで言葉を区切った。
「一つの集落が、まるごと溶岩に飲み込まれる恐れがある」
わたしは、改めて奇岩の海岸線を思い出す。
あれは、数百年前に溶岩が海岸に流れ込んだ跡なのだ。
つまり、それがまたおこっても不思議じゃないという証拠でもある。
カイは創さんに聞く。
「それは、このエリアが呑み込まれる可能性もあるということ?」
「否定はできない」
つまり、錬司さんの家もその周辺、溶岩に呑まれる可能性があるということだ。
「リリリリリリリリリ!!!」
張りつめた空気を、着信音が切り裂いた。
わたしのスマホだった。
夏美さんからだ。
わたしは慌てて受信ボタンを押すと、小声で伝える。
「ごめんなさい、今立て込んでいて……」
と言おうとする前に、夏美さんの動揺した声が飛びこんできた。
「悠馬が……。悠馬が誘拐されたの!!!」
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