火と氷の未来で、君と世界を救うということ

星見航

第1章:火と氷の預言

第1話:火と氷の預言 

 プロローグ 2044年12月31日 

 

 世界の運命を永遠に変えたあの十年のことを、人はこう呼んでいる。

「火と氷の時代」と。

 

 西暦2030年。この年が、悪夢の氷河期の始まりだと分かっていた人たちは、まだほんの一握りだった。


 それも無理はない。


 20年代までは猛暑が続いていたし、どっかの副大統領が広めた「温暖化で南極の氷が溶け続けて白クマが困っている」的なイメージが、いまだに人々の心に深く根付いていたから。


 それがまさか、十年のうちに地球の大部分が凍土と化すなんて、誰が想像できただろう。まして、連鎖的に襲った飢饉ききんとパンデミックで、人類の半数以上が死に絶え、かつて存在していた国家がもろくも崩壊していくなんて。


 今や世界は、たった二つの連合体によって統べられている。


 人類に残されたわずかな生存可能エリアで、地下シェルターで共生することを選んだ共和制連邦・ティエーラ。


 海上都市を建築し、高度なAI制御によってコロニーを維持する都市同盟・リベルテ。


 その二つの勢力を率いるのが、かつて親友として、かけがえのない時間を過ごした星とカイだ。


 星はティエーラの連邦議長として、カイは海上都市同盟の盟主として、戦火を交えている。三人で笑い合えたあの夏の日はもう二度と戻らない。


 今なお昔と変わらないものもある。星が「リン」とわたしを呼ぶときの、灯火ともしびのような暖かさに満ちたその声。それが、わたしは何よりすきだ。


 だけど、カイが放つ、氷のごとき哀しみを秘めたその言葉にも、わたしはなぜか抗えない。


 それでも、わたしは、選ばなければならない。

 星とカイがそれぞれに背負う、火と氷の世界のどちらかを。


 消えゆく意識の中で、まだわたしが、”わたし”でいられる、あとわずかな時間のうちに。


**********


 2028年3月28日 アメリカ・ハーバード大学


「星、リン。分かるだろ?いずれ国境は消えていく。だから、今、を作っているんだ」


「は……あ?」

 世界の天才の卵たちが集う、ハーバード大のスタバに、わたしの間抜けな声が響く。


 カイが発したことばの意味が呑み込めなくて、とりあえずわたしは、目の前の巨大なカフェラテをごくんと飲み込んだ。


 ――国境が、消える?人工頭脳を……作る?


「分かるだろ?」といきなり言われても、話が壮大すぎて、日本から呼び出されたばかりの時差ボケ頭には、全く入ってこない。


 助け舟を求めるつもりで、隣に座る幼馴染、七海星ななみせいをチラ見する。


 案の定、星はその黒くて大きな瞳を輝かせ、即座に会話に喰いついてくる。


「人工頭脳!?それじゃ、もしかしてブレイン・マシーン・インターフェースが実用化できたってこと?」


 え、ブレイン・マシーン・インター……?

聞き慣れない横文字に混乱するわたし。


「ああ、もう初号試作機プロトタイプもできている」

「すっげー!で、脳波伝達率のうはでんたつりつは?」


 何がすごいのかさえ分からない会話が、勝手に進み始める。

 二人の天才が顔を合わせると、いっつもこうだ。二人きりの世界に没入し、凡人のわたしは置いてかれる。


 わたしは軽くため息をつき、スマホに向かってそっとつぶやく。

「サラ」


「なぁに?」

 私の声に即座に反応し、猫型AIのサラがスマホ画面にポップアップしてくる。


「星がさっき言ってた、ブレイン・マシーン……なんとかって、何のこと?」


 アイロニクス社のカスタマイズ型AI、サラは瞬時にその知能をフル回転させ、弾んだ声で答えてくれる。


「ブレイン・マシーン・インターフェースっていうのは、脳と外部機器を直接つなぐ技術のことだよ」


――の、脳と外部機器をつなぐ……?


「ごめん、まだちょっとイメージ湧かない。画像で説明してもらえる?」

「オッケー、ちょっと待っててね」


 ――それにしても、便利な時代なったよなぁ。

 心からそう思う。


 20年代初頭に普及し始めた音声認識AIは、2028年の現在となっては、完全に検索エンジンに置き換ってしまっている。

 

 出始めたころは、わたしにも、普通の検索と何が違うのか分からなかった。でも、アイロニクス社が新型AIをリリースした瞬間、文字通り世界が一変した。


 声紋で個人を特定するこの最新型AIは、話し手の性格や会話の文脈を読んで、最適な答えを教えてくれる。でもそれだけじゃない。これが日本で爆発的に流行したのは、実はアイコンの可愛さにあると思う。


 味気ない他のアプリと違って、アイロニク彼らスのパーソナルAIは、自分の好きな写真やキャラを取り込んでアイコン化してくれる。これがまず女子高生の間で大きな話題を呼んだのが、大ブームのきっかけだった。


 そんなわたしのアイコンも、かつて飼ってた愛猫・サラを、二次元アニメ風にアレンジしたものだ。そのキュートな外見とはうらはらに、とんでもなく賢い。


 推しキャラやペットとの会話感覚で勉強できる。体育と美術以外は劣等生のわたしには、もう完全に手放せない存在だ。


「見つかったよ~」


 サラが紹介してくれた、1枚目の画像をめくる。

 それは、人間の脳から電子信号のようなものが発信されている画像だった。


 ――これって、どこかで見た気がする。


 次の画像を目にしたとき、その見覚えは確信に変わった。


 それは、かつてわたしたち三人を結び付けたアニメ、『攻殻機動隊こうかくきどうたい』のワンシーンだった。


「カイ、これってもしかして……」

 わたしは思わず興奮して、スマホ画面をカイに見せる。

 

 ようやく気が付いたのか、とでも言いたげにカイは頷く。


「ああ、あのアニメでえがかれていた世界に、ようやく一歩近づけるんだ。あらゆるものがつながる、あの電脳の未来に」

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