第32話:共振

2029年8月6日

 

「あーもう、全っ然、動かない!!!」


合宿2日目の朝。

悠くんが悔しそうな声が、本堂に響き渡る。


昨日から繰り返し挑戦しているにもかかわらず、ハムスター型アバターハムハムがピクリとも動かないらしい。


「わたしも、できないー!」

美紀ちゃんも何度もトライをしたけど、やっぱり全く動かない。


「じゃ、今度は二人で同時に動かしてみて」

そう、十萌さんが二人にアドバイスする。


「やっぱり、子どもって、大人に比べて脳波量が足りないんですか?」

わたしは、十萌さんに訊く。


「脳波の種類は異なるけど、脳波の絶対量自体は、さほど変わりはないわ。だから、脳波伝達率が低すぎることが原因ね。せめて5%くらいにならないと、ハムスター型といえど動かない」


「でも、悠くんと美紀ちゃんが一緒に動かしたら、脳波の総量が増えて動かせるかもしれませんよね?」


「そうね。ただ、相性っていうものもあるわ。たとえば、一人がリアルアバターに「右」に行くよう脳波で指示し、もう一人が「左」と指示したらどうなると思う?」


「どっちにも、動けなくなりそうですね」

「それだけならいいんだけど、あまり矛盾が強い場合、受信機にバグが発生する原因にもなるわ」


「ま、でも悠くんと美紀ちゃんは息があってそうだし、うまくいくかもしれない。わたしも、双子で脳波実験するのははじめてだから、ちょっと楽しみ」


そう言って、十萌さんは二人のもとに歩み寄っていく。

どうやら、今度は二人いっぺんにハムハムにつなぐ実験に切り替えるようだ。


夢華が、わたしのそばで二人の様子を見守っている。

なんだかんだ、自分に懐いているふたりのことが気になるようだ。


夢華と二人きりになる機会はほとんどない。


これは、いい機会かもしれない。

わたしは、思い切って、夢華に訊く。


「初めて研究所で会ったとき、『やっと会えた』って言ってたよね。それって、どういう意味?」


「どういう意味って……。」

夢華は、一瞬記憶を巡らせるそぶりする。

そしてはっと目を見開いた。


「もしかして、あなたはの?」


「え……!?」

思わせぶりな口調に私は聞き返す。


そのとき。

「動いたー!!!」

と悠くんと美紀ちゃんの声が本堂に響いた。


そして、小さな物体が、向こうから走ってくる。

ハムスター型アバターハムハムだ。


ハムハムはわたしと夢華の前でとまり、ぴょこんとお座りをした。

その後、悠くん、美紀ちゃん、十萌さんがゆっくりと歩いてきた。


わたしは思わず歓声を上げる。

「すごい!ふたりとも、自分たちで動かせたんだね」

ふたりは息ぴったりに、親指を立てる。


その傍らの十萌さんの目は、なんか興奮しているように見える。


「二人の脳波伝達率、上がったんですか?」

と訊くと、十萌さんは首を振る。


「伝達率はほとんど変わっていないわ。ただ、脳波量が急激に増加したせいで、結果的に動かせたってわけ」


――え、脳波量が急増した?


不可解な表情のわたしを見て、十萌さんが解説をしてくれる。


「以前、脳波量が100だった場合、伝達率が5%なら、アバターに伝わるのは5になるって説明したわよね? 悠くんと美紀ちゃんの二人分の脳波を合わせても、脳波量はせいぜい200にしかならないはずだった。でも実際は、脳波量が一気に500まで跳ね上がったの」


「何で、そんなことが起こったんですか?」

「まだ解明しきれていないけど、たぶん、共振反応じゃないかと思う」


きょうしんはんのう?


「共振反応というのは、ある二つの似た特徴を持つ周波数が反応し合い、振れ幅が大きくなることを指すの。そして、それはわ」


「つまり、双子の脳波が共振反応を起こして、一気に脳波量が増えた――ということですか?」

「そう。そしてこれは、人類にとって大きな一歩かもしれない」


「人類?またまた、大げさなぁ」

相変わらず主語がデカくて、わたしは苦笑する。


でも、十萌さんの表情は真剣そのものだ。


「前に言った通り、人類が自分より大きいリアルアバターを動かせたことは、いまだかつてない。というのも、一人の人間の脳波量には限界がある以上、大きすぎるアバターのボディーを満たしきれないから」


たしかに昨日、「アバターを動かすには、まず、フローの範囲をアバターにまで広げる必要がある」と十萌さんは言っていた。


「でも仮に、一定の脳波量を持つ人たちが、協力して一つのアバターを動かせるようになったらどうなると思う?さらに、それを共振させて、脳波量を倍増させられるとしたら?」


――たしかに、数人がかりなら、より大きなアバターも動かせるかもしれない。


「そう。理論上は自分よりも大きいアバターを動かすことも可能になる。それこそガンダムサイズの巨大なロボットでさえも、ね」


わたしは、研究所の地下室の巨大アバターを思い出した。

確かにあれが動くとなると、ワクワクする。


誰よりも、メカ好きの星が喜びそうだ。


――そういえば、星はいつ島に来るんだろう。


会いたいな、とふと思う。


ただ、それ以上に、今はこの実験をやり遂げたい気持ちが強い。

カイや星と、並んで歩くためには、わたし自身が力をつけなければいけない。


もう二人に置いていかれるのは嫌だから。


「もう少しアバター操作の修行をしてきます」

そう十萌さんに告げて、場を去ろうとしたところに、傍らに立っていた夢華が私の肩をガッと掴んだ。


「あなた、本当に聞かされていなかったの?」

その双眸そうぼうは、明らかに怒りで燃えている。


気圧されながらも、わたしは聞き返す。

「だから、何を?」


それには答えず、今度は十萌さんを睨みつける。

「あなたは、気づいていたんじゃないの?」


十萌さんが視線を下に落とす。

その瞳は戸惑いで揺れている。


「直接は聞いてはいないわ。ただ、もしかしたらとは思っていた。身体的特徴と脳波パターンがあまりにも似ていたから」


さすがにイライラしてきて、わたしの語気も荒くなる。

「だから、さっきから一体何なのよ?二人とも、一体わたしの何を知ってるっていうわけ!?」


夢華が、再び私の方を見る。

一瞬の逡巡しゅんじゅんの後、意を決したかのように言い放った。


、よ」

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