第31話:ハムハム

「つまり、こういうことよ」

 十萌さんがコンピューターのデジタルパネルを操作し始める。


「ゾーンに入り、リアルアバターを動かすためには3つのステップがあるの」

 謎の構造図や数式とともに、3つの文言がバーチャルプロジェクターに投影される。


 【ステップ1】フロー状態に入ること。

 【ステップ2】フローの範囲を、リアルアバターにまで広げること。

 【ステップ3】一気に感情の波を高め、脳波量を増加させること。


「夢華は、たまたまそのステップ通りに行ったから、リアルアバターが自在に動かせたんだと思う」


――なるほど。


それぞれ試行錯誤は繰り返してきたけど、確かに、順序までは考えたことはなかった。


アレクが訊く。

「この意思や "感情の波"っていうのは、正の感情でも、負の感情でもいいのかな?」


「そうね。緊張や集中をしているときに出る脳波・βベータ波が増えるのであれば、何でもいいと思う。一番分かり易いのは「怒り」だけど、強い波さえ起こせれば前向きな感情でも問題ないはずよ」


「そういえば、悟空がスーパーサイヤ人になったのも、クリリンが……」

ソジュンが思い出したように言う。


再び、ドラゴンボールの話題が花開こうとしたところで、十萌さんが機先を制した。


「さあ、みんな、ここで油断しないで。全員、今日中に脳波伝達率50%以上を目指すわよ。できるだけ早く、武器訓練に移りたいんだから」


「武器訓練って?」

わたしが問いかける。


「自分たちのアバターに武器を持たせて、地下格闘場で実戦を行うのよ。リンちゃんなら竹刀、夢華は三節棍といった具合にね」


「わたしたちの武器はまだしも、ソジュンの銃や、アレクの弓とかは危なすぎるんじゃ……。エリーの日本刀や、ミゲールの隠し剣だって……」


どれも、完全に銃刀法違反な気がする。


十萌さんは可笑しそうに笑う。

「そこは大丈夫。それぞれの武器を、特殊ゴムで加工をしてるから。せっかくお披露目したリアルアバターを、いきなり壊されたら困るしね」


――そりゃそうだ。

わたし達もつられて笑う。


――視界を阻む深い霧が、ようやく少し晴れ始めてきた気がする。


**********


「あの、十萌おねえちゃん?」

 暫くの間、わたしたちの訓練を見ていた美紀ちゃんが、十萌さんの白衣をくいっと引っ張る。


「ああ、約束のやつね。もちろん持ってきたわ」

 十萌さんが笑顔で言うと、机の下のボックスから、手乗りサイズの何かを取り出す。


 それは、もふもふのハムスターだった。 


「わぁぁぁ」

 と二人が歓声をあげる。


「子ども向け汎用アバター、通称、ハムハムよ。動物型アバターとしては、猫型ダイアナの二号機ね」


――可愛い。

ちょっと名前が安易だけど。


 体毛のないダイアナと違い、特殊繊維の体毛に覆われているハムハムは、一見して、普通のハムスターとの見分けがつかない。


「あっちでスタッフが、二人用にヘッドセットの調整をしてくれるわ」

そう言って十萌さんは、待機している研究所のスタッフを指さす。


二人が、喜び勇んで走っていく。


「これって、子どもでも操れるんですか?」

もふもふのハムスターを撫でながら、わたしが訊く。


「そ。理論上はね」

「理論上は?」


「体長はダイアナの四分の一くらい、人間と比べれば三十分の一くらいだから、その分必要な脳波も少なくてすむわ。それでも、動かせるようになるためには、少なくても数週間の訓練が必要なはず」


「長いですね」

 悠くんと美紀ちゃんががっかりする姿が目に浮かび、思わずつぶやく私。


「あら、自分たちがリアルアバターを動かすのに、どんなに苦労したか忘れちゃった?」

 と微笑む十萌さん。


 ――た、確かに。

 子どもたちに一発で動かされてたら、あれだけ苦しんだわたしたちの立つ瀬がない。


 そんなわたしの思いを察してか、十萌さんはちょっと声を小さくして言う。

「大丈夫、あのアバターにはチート設定が施してあるから」


「チート設定、ですか?」


「そ。あのアバターは、2名同時に脳波に接続できるようにしてあるの。だから、悠くんたちだけでは動かせない場合、他の人が同時接続して助けてあげられるわけ。例えばリンちゃんとかね」


 ――なるほど、難易度が高すぎるゲームにおける、サポートモードみたいなものか。


「あ、じゃ、わたしもあっち行って、二人を手伝ってきますね」

そう言って立ち去ろうとするわたしの襟首を、ぐっと十萌さんが掴む。


「ま・ず・は・自分のことからって、言ったでしょ。脳波伝達率が50%を超えるまでは、あっちを手伝っちゃダメ」


こっそり授業を抜けだそうとする生徒を窘めるように、十萌さんが言う。

「うかうかしてると、悠くんたちに抜かれちゃうかもしれないわよ」


――それはさすがに恥ずかしい。

すごすごとみんなのところに戻り、座禅を始める。


結局その日、わたしたち全員が、無事50%を超えることができた。

一番遅かったわたしは、一人居残りさせられ、終わったころにはとっくに日が暮れていたけれど。

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